世界で一番の酒
友人の田中から「世界で一番の酒を飲ませてやる」と誘われたので、彼のアパートへ。
部屋の中には、なぜかブルーシートが敷いてあった。これでは宅飲みというより、例えば花見みたいな、野外で飲む気分だ。
「なんだい、これは?」
「ああ、気にしないでくれ。ほら、こういうの敷いておけば、もしも汚れても後片付けがラクだからさ」
「いや、室内で酔って暴れるつもりもないし、そんな汚れる心配なんて要らんだろ」
と軽口を叩きながら、田中と一緒にシートの上に座り込む。
田中は早速、コップを差し出した。透き通った酒が、既に注いである。
「それじゃ、乾杯!」
グイッと一口で、一気に飲み干す。
まさか一杯だけということもあるまいし、すぐにお代わりを注いでもらえると思ったのだ。
肝心の味は、口の中に広がる香りも喉ごしも、ごくごく平凡だった。
「おいおい、これが世界一うまい酒か?」
「誰もそんなこと言ってないぜ。俺が言ったのは『世界で一番』ってだけだろ?」
「じゃあ何が『一番』なんだ?」
「答えは、これだ」
田中はニヤリと笑いながら、一枚のメモ用紙をこちらへ。
テーブルなどなく、直接ブルーシートの上に置かれた紙だから、かがみ込むような姿勢でそれを読むと……。
そこには『最後』と一言だけ。
「どういう意味だ……?」
よくわからないまま、顔を上げる。
すると、いつのまにか田中は目の前まで迫っていて、しかもその手には鈍く煌めくナイフが……。
「『一番最後』って意味さ! それが、お前がこの世で最後に飲む酒だ!」
(「世界で一番の酒」完)