9 試供品会
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試供品会の当日となった。
場所はエリアに任せたが、まさか王宮の大広間を貸してもらえるとは思わなかった。
「ちょっとエリア! 王宮の大ホールなんて借りて大丈夫なの!?」
王宮には名目上、申請さえすれば誰でも使える場所がある。
大中小の広間や、音楽や演劇用の広間など。
割と好評で、普段は貴族のマダム達の趣味の場として利用されている。
もちろんタダではなく、相応のレンタル料がかかり、それは王宮の財源の一つとなっている。
特に大広間を単独で借りる者は、ほとんどいない。
「大丈夫だよ。むしろ、兄上は快く貸してくれたぞ?」
「は? あなたの兄上って……?」
「そりゃ国王陛下だよ。歳離れてるから親子にしか見えないけど。両親が高齢になってからできた子供だから仕方がないんだ」
確かに国王陛下には、年が離れた弟がいるって聞いた事があるけど!?
「あ、あなた、王弟殿下だったの!?」
「え!? そこから!?」
「いや、だって、そんなこと一言も言われなかったし、貴方の家柄とか興味なかったし……」
「はあ、マリアーナらしいな! そういう所も好きだわ」
「え?」
「言っとくけど、今更、婚約解消とかしないからな!? 俺は絶対君と結婚する!!」
「そ、それは、はい。お願いします……」
なんだか顔が熱くなる。
「良かった!」
「それで、護衛が多いのね」
護衛も必須だけど、ここまで多いと物々しいな。
まあ、見た目がいい殿方を見繕ってくれたみたいで、ご令嬢方には好評みたいだけど。
そんな会話をしていると、試供品会開始の時間になる。
「それじゃあ、行こうか」
「ええ!」
大広間には結構な数のご令嬢や、付き添いらしき殿方もいた。
アンネッタさんは来ているかしら?
「皆さん、本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます」
まずは主催である私の挨拶から。
今回の試供品会と、お守りについての説明。
試供品会なので、お守りのブレスレットは一人三つまで持ち帰り可能。
その代わり、デザインなどについての意見を後日手紙で送ってもらうのだ。
結構な数を用意したから、足りなくなることはないだろう。効果も折り紙付きだ。
「エリア・モルダナ・エクレールです。私は今回、婚約者であるマリアーナ嬢のプロジェクトに協賛させていただきました。今回、お守りに使った技術は──」
次にエリアの挨拶。
「それではごゆっくりご鑑賞ください」
そして、試供品会が始まった。
「まあ、魔除けと幸運を授けるお守り? これならアクセサリー代わりにつけても悪くないわね」
「希望を出せば、効果も選べるのね」
「これ、ガラスじゃないのね? 樹脂に魔力石の粉を混ぜて固めた物? 軽くて良いわね」
「強度はどうかしら? 強い衝撃を受けなければ問題ない?」
「私この花の形がいいわ。赤もいいけどオレンジや緑もいいわね」
「私はこの丸い形! シンプルでいいわ」
「他のアクセサリーは予約? ならするわ!! デザインも選べるのね」
「あ、私も予約するわ!」
「私も!」
どうやら好評みたい。
対応は、エリアが懇意にしている商会の方々に任せたけど、大正解ね。
そして、その人が目に入った瞬間、心臓が嫌な跳ね方をした。
金髪碧眼の美丈夫。
私の前回の夫でもあった、バルド・フェイジョア様だ。
傍には、赤い髪と金の瞳を持つ美人。おそらく、本来の婚約者であるアンネッタ・マウニ様だろう。
バルド様がアンネッタ様を見る目は慈愛に満ち、愛する人を見る目だった。
前回の結婚期間では、ついぞ私に向けられることのなかったものだ。
今更それがほしいとは思わないが、イラッとするというか、モヤッとするのは仕方がないと思う。
「マリアーナ? 大丈夫か?」
「大丈夫よ。この後の事を思うと、少し緊張してしまうだけ」
「オレも付いている。心配するな」
「そうね、心強いわ」
そう、私にはエリアがいるもの。
そうだ。私の側にはいつもエリアがいてくれて、でも前回は私が結婚するから私から離れたんだ。
もし、私がエリアに相談していれば、あんな事にはならなかったのかもしれない。
でも、これで良かったとも思える。
だって、これで私とエリアは離れなくても済む。
あら? 私ったら、エリアと離れたくなかったのかしら?
どうして?
あ、そうか──。
「ねえ、エリア」
「ん?」
「私、貴方のことが好きだったみたい!」
「は、はあ!? それ今ここで言うことじゃなくない!?」
エリアの顔が、真っ赤になる。
「だって、すぐ伝えなきゃ。何が起こるかわからないじゃない!!」
「それは、そうかもしれないけど!!」
そんなことを言い合っていると、声をかけられた。
「おや、我が叔父上は随分と、婚約者殿と仲が良いようだな」
「アーヴィン……」
「お、王太子殿下!? この国の太陽であらせられる──」
「堅苦しい挨拶はいい。マリアーナ嬢が作るお守りには、俺も世話になっているからな。ところでマリアーナ嬢」
「は、はい」
「先に謝っておく、すまない」
「え?」
「アーヴィン? 何を言って……」
「お姉様! やっと会えたわ! どうして会ってくれないの!?」
その時、女性の声が響いた。
「──あ」
私は、その声に聞き覚えがある。
「あれは、シンディ嬢だな。アンネッタ嬢の妹だ。と言っても異母妹だが」
「知っているわ」
だって彼女は前回、私をいつも慰めてくれていた友人だったのだから。
アンネッタに招待状を出したのだから、彼女の妹であるシンディにも当然招待状は出していた。
だけど、これは一体何事?
「シンディ、この様な場ではしたない、静かに──」
「いいえ、お姉様! この様な場でないとお姉様は逃げてしまうでしょう? いい加減、バルド様を私に譲ってください!! 私はバルド様のことを愛しているのです!!」
「シンディ……」
「シンディ嬢、私はアンネッタを愛しています。あなたの事はアンネッタの妹としか見ていません。あなたこそいい加減に諦めてください」
バルド様が、アンエッタを守る様にして立ちはだかる。
「どうして!? いつもお願いすれば、お姉様は私になんでも下さったじゃない!! どうしてバルド様のことはくださらないの!?」
「それは、私もバルド様のことを愛しているからです。それにバルド様は物ではありませんのよ?」
「ああ、もう、うるさい、うるさい!! お姉様がいるから、私の思い通りにならないんだわ!! だったらお姉様なんて死んじゃえばいいのよ!!」
そう叫ぶと、シンディ嬢は何かを取り出し、それをバルド様達に向けた。
「いかん!」
エリアが叫ぶと、周りに防御結界を張り巡らせた。
ご令嬢達は既に護衛騎士たちが守っているので、バルド様達とは距離をとっている。
いつの間に?
「何!?」
「あれこそ、呪いだ。おそらく、前回、マリアーナを殺したのは彼女だ」
「まさか、そんな──。なんて、言っている場合じゃないわね!」
思い返してみると、納得できる部分もある。
でも今は、シンディ様を止める方が先。
「マリアーナ、呪い除けは?」
「全ての試供品に組み込んでいるわ」
「なら問題ないな」
アンネッタ嬢の手首には、お守りが着けられている。
シンディ様が呪いを放った瞬間、それは弾かれる。
同時に、アンネッタ様の手首にあったお守りが弾け飛ぶ。
そして、跳ね返された呪術は、術者に返される。
「あ、がは!?」
シンディ様は、血を吐いて倒れた。
前回の私の最期と同じように──。