8 やり直し バルドside②
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それから様々な調査が入った。
バルドはその様子を、ただ静かに見守っていた。
「バルド、マリアーナ夫人の事は、その、残念だったな……」
バルドは王太子から長い休みをもらっていた。
本来は新婚当時に使う予定だった休みだ。
「いえ、お心遣い、感謝します……」
「話はできたか?」
「いいえ……」
「そう、か……」
マリアーナの突然死で真っ先に疑われたのがバルドだった。
しかし、夫婦仲が良くなかったとはいえ、王太子の側近を務めるバルドがそんな事をする訳もなく、証拠も無かった為、疑いは晴れた。
「死因調査の結果、目立った外傷、病の症状はなかった」
この日、王太子は邸宅に引きこもっているバルドに、マリアーナの死因調査の結果を伝えにきたのだ。
「では毒ですか?」
「その反応も無かった」
「そ、それなら、なぜ──」
「代わりに、魔力が暴走した痕跡があった。というか、マリアーナ夫人の死に方は、魔力暴走による死と同じだった」
「魔力の、暴走?」
「ああ──」
この世界の者は、誰でも魔力を持って生まれてくる。
その量に違いがあっても、魔力が全く無いという事はない。
だが、魔力が少なくても生きていくには困らないが、魔力が多すぎるとまれに制御できずに魔力が暴走し、死に至る事がある。
その際の死に様は、身の内から爆ぜたように凄惨になる事が多い。魔力が多ければ多いほど、周りを巻き込むこともある。
まさに人間爆弾と言っても良い。
「ですが、マリアーナの魔力は生活魔法を使える程度だと、聞いています」
「ああ。魔力量が少ないのに、魔力暴走を引き起こす事はまずない。だが、例外がある」
「──まさか」
「そう、呪いだ。確か隣国に、そういう呪いを扱える呪術師がいたそうだな。現在は全て管理されているらしいが」
「呪い、だとしても、一体誰が……」
「そう言えば、バルド。亡くなった君の元婚約者であるアンネット嬢も、最後は血を吐いて亡くなったそうだね?」
「は? いや、まさか……」
「遺体はどうなった?」
「感染る病の可能性があると、火葬に……」
バルドは血の気が引く感覚がした。
それは、まるで死因を周りに悟らせないようにしているみたいだ。
「どうやら、犯人は君が女性とくっ付くことを良しとしていない人物のようだね」
「──うぐっ」
その時、バルドは胸の痛みを感じて、うずくまった。
「どうした?」
「魔力が、乱されて──?」
「……既に影響が出始めたか。どうする?」
「犯人を、見つけたいです。でも、願わくば、全てを、やり直したい、と──」
「そうか。急ごう」
「何を?」
王太子はバルドと共に転移する。
行き先は王宮の第二宝物庫。
国宝の装飾品などの価値のある物を保管する第一宝物庫方ではなく、様々な意味で外には出せない物品を保管する場所だ。
「ここは、第二宝物庫ですか?」
「そうだ。良くない曰く付きのものから、現代では禁忌扱いの魔法道具などが眠っている。そして、今は亡き、魔女たちの遺産もここにある」
「魔女達の、遺産……」
昔、この世界でまだ瘴気や魔物が在った頃、世界を秘密裏に守っていたと言われている存在だ。
現在では既に神々の国へ帰ったと言われている。
「その中に、時を戻す物がある。レコードキーパーの魔女が世界を破滅の運命から救うためにこの世界にもたらしたものだ。結局は使われなかったらしいがな」
「そんなものが……」
王太子はある物の前で立ち止まる。
石造の台の上に赤いクッションが敷かれ、その上に手に乗るサイズの虹色の玉が置かれていた。
虹色の玉には金属の四本の足が取り付けられており、自立するようになっている。
その上部にも金属のパーツがあり、その先端が鋭利に尖っている。
良く見れば、球の中には幾何学的な構造が見られ、明らかに今の人類が作れるようなものではない事がわかる。
「これを使えばこの生の時間をやり直す事ができる。だが、使用者の魔力と足りなければ寿命を奪われるだろう。どうする?」
「使います」
「即答か」
「でも良いのですか? 世界をやり直しても」
「大丈夫、どうせ使用者以外は誰も覚えてはいない。ならこの未来は無かったことになるだけだ」
「そう、ですか」
「戻った先でも、オレに仕えてくれよ?」
「もちろんです」
「なら、この先端の針で手を刺せ。そうすれば発動する」
「王太子殿下。ありがとうございます」
バルドは躊躇なく、その鋭利な先端に右手の平をかざし、そして刺した。
途端に視界に虹色が溢れ、そして意識が暗転した。
◆
「──!?」
次に気がつくと、自室のベッドの上だった。
カレンダーを確認すると、ヴァルヌス歴七年第三月二十二日。
あの日から約三年前に戻っていた。
最初に感じた異変は自身の中の本来あった何かが、ごっそり無くなっている感覚だった。
これが魔力を失っている感覚なのだろう。
バルドの魔力量は貴族としては平均的だが、特別多いわけでもない。おそらく寿命も使われている。
それでも、二人の女性を屠った犯人を探すことを諦めなかった。
そして気づく。
この時点ではまだ、アンネッタは生きているということに。
バルドは急いで身支度を済ませると、先触れも出さずにアンネッタに会いに行った。
◇
「バルド? どうしたの? いきなり来るなんて珍しいわね?」
そこにはまだ元気なアンネッタがいた。
「──っ」
バルドは、何も言わずにアンネッタを抱きしめた。
「ちょ、ちょ、バルド? どうしたの? バルド〜?」
訳がわからないが、とりあえずバルドの背中をポンポンと叩くアンネッタ。
──ああ、いつもの君だ。
バルドの目から涙が溢れた。
「ええ!? 泣いちゃった!? 何? 嫌な事でもあったの? 大丈夫?」
それから落ち着くまでアンネッタに抱きしめてもらっていた。
「それで、何があったの? バルドらしくもない」
いつの間にか人払いがされたアンネッタの部屋で、ソファーに座らされ蜂蜜の入ったホットミルクを用意される。
明らかに泣き疲れた子供に出すメニューだ。
だがバルドは文句も言わずにそれを啜った。
「それで? 何があったの?」
「アンネッタ。体調はどうだ?」
「体調? そう言えば最近、風邪っぽい感じがするけど、それくらいよ? 寝込むほどではないわね」
「アンネッタ。良く聞いてほしい。君は呪われている可能性がある」
「は? 呪い? 私を?」
「そうだ。このままだと一年も持たずに君は死ぬ」
「え、ええ!? だって来年にはあなたと結婚するのよ?」
「それを快く思わない者がいるらしい」
「それで、私を? 一体誰が──」
その時、アンネッタの部屋のドアが、激しく叩かれた。
「お姉様? バルド様がいらっしゃるって本当ですの? わたくしもご一緒させてもらっても良いいかしら?」
「──シンディか」
「……そうね」
「お姉様〜? 開けてくださいまし!」
淑女らしからぬノックの連打。
ふと、バルドは前回のことを思い出す。
マリアーナと婚約中も、アンネッタの妹であるシンディはバルドに良く会いに来た。
アンネッタの妹なので無下にもできず、興味もなかったので放置していたが、婚約関係のなくなった相手の家に元婚約者の妹が入り浸るというのは、異常ではないだろうか?
マリアーナは話し相手ができたので、喜んではいたらしいが……。
それに婚約期間、アンネッタの邸宅に来ると、いつもシンディが同席していた。
婚約者同士の茶会に、何故と思っていたが、アンネッタの事しか目に入らなかったバルドは気にした事がなかった。
だが、良く考えてみればおかしな事だろう。
「アンネッタ。シンディはいつもこうなのか?」
「そうね。私の持っているものはなんでも欲しがって、両親も甘やかしているからシンディの大抵の希望要望は通されるわね」
「それがもし、姉の婚約者をほしいという願いも?」
アンネッタの顔が強張る。
「──そうね。そのお願いは、今年に入ってから何度もされたわ」
「──っ」
バルドの中で何かが繋がった。
「アンネッタ。今すぐ私の屋敷で一緒に暮らそう」
「え?」
「君をみすみす殺させる気はない」
「……わかったわ。すぐに用意する」
アンネッタはバルドの真剣な様子に押されて、すぐに屋敷を出た。
そのすぐ後に、アンネッタ宛にマリアーナから試供品会の招待状が届き、バルドはマリアーナに手紙を書いた。
謝罪と真実を話すために会う機会を望んだ。
調べてみると、マリアーナはエリア・モルダナ公爵と婚約していた。
前回とは違う出来事に、バルドはマリアーナも前回の記憶があると踏んだ。
そうして、了解の返事を貰い、試供品会の当日となった。