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7 後悔 バルドside①

 ◆◆◆


 バルド・フェイジョアとアンネッタ・マウニの婚約が整ったのは、二人が十歳の頃だった。

 政略ではなく、お互いの親が友人同士だった事と、自分たちの子供が男女で同じ年だった事から結ばれた婚約だった。


 アンネッタは貴族令嬢らしくない溌剌とした女性だった。

 人付き合いの苦手なバルドを支え、バルドの考えを誰よりも理解してくれた。

 そんな相手を得られたことは、バルドにとってとてつもない幸福だった。


 しかし、結婚式まであと一年というところで、アンネッタは体調を崩した。


 初めは風邪のような症状だった。

 しかし次第に寝込むようになり、最後には血を吐いて亡くなった。

 あまりのショックに彼女の家族は碌な死後検査も行わず、うつるような病を危惧してこの国では珍しい火葬にしてしまった。


 バルドはアンネッタの最後に立ち会うことも許されず、今生の別れの際も彼女の顔を見ることすら叶わなかった。

 当然、婚約は解消。

 十年以上の婚約者だったアンネッタを失い、バルドの心を喪失感が支配した。

 

 しかし、悲しんでばかりもいられない。

 バルドの父も数年前に負った怪我が原因で体調を崩している。

 その為、予定よりも早くフェイジョア侯爵家の当主となることが決まっており、その為には妻を娶らなければならない。


 この国では、爵位を継ぐ際には妻を娶っているのが常識とされている風潮があった。

 法律で決まっている訳ではないが、真っ当な貴族の子息であればそうであるのが長年の常識とされてきたのだ。

 勿論、それを気にせず独身で爵位を継ぐ者もいるが、大抵は変わり者として認識されてしまうきらいがある。 


 バルドは真面目、悪く言えば堅物だったのでその風潮に従い、妻となる相手を探した。


 しかし、そこの頃には同世代でマトモでちゃんとした令嬢は殆どいなかった為、必然的に消去法で相手を選ぶ事になる。

 そうして選ばれたのが、マリアーナ・プルメリア伯爵令嬢だった。

 爵位がアンネッタの家と同じだったことも都合が良かったし、悪い噂が無かったのが彼女くらいだったので、バルドはマリアーナを選んだ。


 流石にすぐに結婚というわけにはいかず、一年間の婚約期間を設けた。

 その間の二人の関係はとても良好だった。マリアーナに戸惑いはあったものの、バルドに歩み寄る姿勢を見せていたから。

 バルドもそれに応え、アンネッタに教えられたことを守り、彼女を丁重に扱った。


 だが、結婚式前夜、バルドはマリアーナのよくない噂を聞いてしまった。

 彼女が、アンネッタの死を喜んでいたというのだ。

 アンネッタが死んだお陰で、自分は侯爵のバルドと結婚できたとか、せっかく侯爵夫人になれるところだったのに、死んでしまうなんてアンネッタは馬鹿だとか。

 とにかく死者を貶めるような発言を、繰り返していたのだという。


 バルドは許せなかった。

 自分が愛したアンネッタを、その死を、そのようにマリアーナが考えていたことを。

 これなら、実は男癖が悪かったり、金使いが荒い方がマシだった。

 マリアーナこそ、死んでしまったアンネッタの代わりでしかないというのに。


 頭に血の上ったバルドは、その噂の()()()()()()()()()()()()、今更中止することのできない結婚式に臨んだ。


 そのような状態なので初夜もなく、マリアーナの顔も見たく無かったので、ひたすら仕事に打ち込んだ。

 使用人たちに非難されようとも、仕えている王太子や同僚達に不審に思われようとも、マリアーナと顔を合わせる時間を意図的に減らした。

 そもそも、バルドが非難される謂れはない。

 死者を貶める人物を、なぜ大切にしなければならないのか。

 しかもその相手はバルドの妻になる予定だった人物だ。バルドとは長年婚約関係にあった人物だ。

 バルドにとってそれは大切な相手だったと、容易に察せられるはずだ。

 彼女を選んだバルド(自分)にも責任はあるので、金銭的にも生活面でも不自由させていないだけ感謝してほしいくらいだと、バルドは思っていた。


 バルドの結婚から一年近く経った頃、夜会にさえも妻を同伴してこないバルドに、流石に王太子が理由を聞いてきた。


 護衛を部屋の外に立たせて、王太子の執務室で二人きりになる。


「バルド、君の奥方は体が弱いのか? 夜会にも伴わないなんて……」


 王太子の目が、夫婦仲は大丈夫か? と暗に語っている。


「……問題は、ありません」


「ないわけないだろ!? 結婚式を挙げたのに翌日から仕事しまくりだし、休みも結婚前より取らないし! 不審に思わない方がおかしいぞ!?」


「……それ、は」


 王太子にそこまで言われては、理由を話さないわけにはいかなかった。


 バルドは、マリアーナがアンエッタの死を喜んでいたという話を説明した。


「……なるほどな。しかし、マリアーナ嬢はお守り作りが趣味な変わったご令嬢ではあるが、人の死を喜ぶような性悪な女性だとは思えないがな。昔は()()とも懇意にしていたというし」


「私もそう思っていました。ですが……」


「そもそも、バルドはそれをマリアーナ嬢本人から聞いたのか?」


「え?」


「まさか、人伝に聞いたことを真に受けただけ、じゃないだろうな?」


「そ、それは、その……」


 バルドに冷や汗が流れる。

 確かに、自分で噂の出所を確認することはしなかった。

 何故?


「そのまさかか!? バルド。オレが言うのもなんだが、お前は堅物だが、仕事ができるしイケメンだ。人間の良し悪しを見抜く才能もある。なら何故、真っ先にマリアーナ嬢とお前の仲を快く思わない人間が、ありもしない彼女の悪評を流した可能性に思い至らなかった?」


「──っ」


 王太子の言ったことは尤もだった。

 普段のバルドなら、その可能性に真っ先に辿り着く。

 だが──。


「愛していた、アンネッタを、悪し様に言われて……」


「頭に血が上ったか? お前らしくもない。……お前、ちゃんとアンネッタ嬢の死を悲しんだのか?」 


「──え?」


「ちゃんと泣けているのか、と聞いたんだ。お前は優秀な人間だ。貴族の鑑と言ってもいい。だがそれ以前に、一人の人間なのだ。悲しければ、最愛の人を亡くしたのなら、泣いたって良いんだ……」


「あ……」


 その瞬間、バルドの目から涙が溢れた。

 情けないが、自分では止めることもできず、気がつけば声を上げて泣いていた。


 王太子はその様子を静かに見守っていた。


 ◇

 

 そうしてバルドが落ち浮いた頃、ハンカチをバルドに渡しながら、王太子は口を開いた。


「……バルド、ちゃんとマリアーナ()()と話し合え。そして、お前が間違っていたのなら、誠心誠意、謝るんだ。いいな?」


「……はい」


 その日はいつもよりも早く邸宅に帰った。

 マリアーナは、いつものようにバルドを出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、バルド様。今日は早いのですね!」

 

 その表情(かお)に醜悪なものはない。

 そもそも、彼女の実家は裕福だ。彼女自身もお守り製作で身を立てることができる。

 それなのに、侯爵夫人の座に固執する意味が無い。

 バルドはいかに自分の目が曇っていたかを実感した。


「……ただいま」


「え?」


 驚いた顔をされる。

 そう言えばこの一年、まともに挨拶さえ返した覚えがない。


「マリアーナ、久しぶりに夕食を一緒に摂りたい。そして、その後に話がある」


「──わかりました」


 驚いた表情だったマリアーナも、バルドの提案には応じてくれた。


 そして、考えるのは誰がマリアーナの悪評を流したのか、ということだ。

 思い返してみると、外ではその噂を聞いたことはなかった。

 夜会の際に伴わなかったことも、妻の体調が悪いといえば周りは皆納得し、それで終わりだった。

 

 そもそも、バルドとマリアーナを不仲にして、得する者がいない。

 バルドは侯爵家当主になるにあたり、妻という存在を必要とはしたが、マリアーナとは政略結婚ではない。

 彼女の実家であるプルメリア伯爵家は中立派で、どこかと対立している様子はなく、バルドの家であるファイジョア侯爵家は代々王族に仕える家系だが、この国に王子は一人だけ。現国王の歳の離れた弟がいるが、王位に興味がない為、派閥は表面的には無いに等しい。

 結局、嫉妬した誰かのタチの悪い嫌がらせとしか思えなかった。


 結婚してから、初めてマリアーナと食事をする。

 しかし、話題がない。

 よくよく考えれば、まだ謝ってもいないし、彼女から話も聞いていない。

 故に何を話していいかわからず、硬い表情のまま食事は済んでしまった。

 

 そして、食後のお茶を飲んで一息入れる。

 さあ、話し合おうとしたところで、マリアーナが倒れた。


 バルドは、その様子をただ見ていることしかできなかった。

 思考が停止して、表情が凍りつく。


 床に倒れ、絨毯を吐血で汚すマリアーナを助け起こした時には、すでに彼女は亡くなっていた。


 バルドは、血で汚れるのも厭わず、ただ、彼女の遺体を抱いて、静かに涙を流していた。






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