2 お得意さまを巻き込む!
◆
朝食時の光景は、確かに三年前の今頃と同じだった。
姉はすでに嫁いでいて、この邸宅には居ない。
兄は仕事が忙しいらしく、この所、職場に泊まり込みでこちらも居ない。
なので、父と二人での食事。
「マリアーナ、お守り作りはどうだい?」
「上々ですわ、お父様!」
「それで、その、いいお相手、とか……」
「いませんわ、お父様!」
「そ、そうか。まあ、無理にとは言わんがね……」
兄姉が居ないので、お父様は少し寂しそうだった。
このリアル感、夢とは思えない。
どうやら本当に私は三年前に戻ったらしい。
その後、私は急いである人物に魔術手紙を出した。
魔力の少ない私でも使える、魔動具だ。
動力の魔力は魔力石を使っているので、魔力が少ない私でも使える。
今すぐ会いたいなんて内容だったが、多分この時期は暇してる筈なのですぐに来てくれるだろう。
そして、予想通り彼は来てくれた。
転移魔法できたらしく、直接私の部屋に現れた。
未婚の男女が同じ部屋にいるのは良くないが、今は緊急事態なので仕方がないのだ。
「いきなり、すぐに会いたいなんて手紙を寄越してどういうつもりだ? ラブラブカップルでもあるまいし。お守りの納品日はまだ先だろ〜?」
黒いローブを羽織った、いかにも魔法使いですといった出立ちの彼は、エリア・モルダナ。
私のお守りを良い値段で買い取ってくれるお得意さまだ。
魔法省に所属しており、膨大な魔力を持つ凄い魔法使いらしいけど、良くは知らない。貴族ではあるらしい。
だって私は、彼の懐事情にしか興味がないから!
でも魔法使いの知り合いなんて彼しかいないので、彼を巻き込む──、いや、頼ることにした。
「エリア、今から話すことは、誰にも言わないで欲しいのだけれど……」
「待て待て待て! オレのこと何か厄介事に巻き込もうとしているな!? オレの了解を得る前に話し出すな!!」
そう言って、エリアは部屋に防音魔法を張ってくれる。
さすがですね。
「ありがとうございます。それでですね──」
「だから、話し出すなっての!」
「私の命に関わる事なので、巻き込まれてください」
「そういう事を言われると、了解するしかないんだが……。まあ良いか、話してくれ」
「ありがとうございます。実はですね──」
私は自分が三年前から、やり直したということを説明した。
この先、バルド様と婚約し結婚することも、その後、冷たくされることも。
「というわけでですね、マジ最悪な目に遭ったんですよ!!」
思わず、ムキーッと話してしまう。
エリアは私の本性を知っているので、今更取り繕う必要もない。
「お、おう。バルド・フェイジョアといえば、侯爵家の跡取りか。王太子の側近もやっているな。確かに彼の婚約者のアンネッタ嬢が、最近体調が良くないという噂は聞いたことがあるけど……」
「そうなのね。なら急がないと!」
「急ぐって、どうするつもりだ?」
「アンネッタ様を助けるのよ。今ならまだ間に合うでしょ? 私はもうバルド様とは結婚したくはないし、アンネッタ様が生きていれば、私は彼と結婚しなくて済むし!」
「……それより、もっと簡単な方法があるだろ?」
「何よ?」
「お、オレとけっ──ンンッ。いや、婚約すれば良い、だろ?」
「え? エリア、貴方、婚約者とか恋人とかいないの?」
「いないよ!」
「なら丁度いいわ! 婚約しましょう、私たち!!」
「そ、そんな、あっさりと……。良いのか?」
「良いわよ。どうせ、私の婚約者も探す予定だったし! 丁度よかったわ〜」
「……オレは、その、本気だけど?」
「え? ええ。そうなの?」
どういう事? 本気で協力してくれるの? ありがたいわ!
「まあ良いわ、あとはアンネッタ様を助けるだけね!」
「結局彼女のことも助けるのか?」
「当たり前よ! バルド様は侯爵なのよ? しかも王太子殿下の側近なのだし、権力でどうにかされるかもしれないでしょう?」
「それなら大丈夫だと思うけど……。まあ良いか。前回でアンネッタ嬢が、どんな病だったかは知っているのか?」
「詳しくは知らないわね。なんでも発症して一年足らずで急変して、亡くなってしまったというから、かなり進行の早い病気よね? この時期ならまだ大丈夫だと思うけど」
「うーん、なら直接会ってみるしかないか」
「エリアはアンネッタ様とは知り合い?」
「バルドもアンネッタ嬢も、夜会とかで見かける程度だな。だが、会える場はなんとか用意できるかもしれない」
「本当?」
「ああ。だけど、マリアーナ、君も協力しろよ?」
「良いけど、どうするの?」
「君の作るお守りの試供会を開く。新作だの何だのと言ってな。その新作を若い女性向けのデザインにすれば、アンネッタ嬢を呼んでも不自然ではない。お守りには病避けや平癒祈願の効果がある術式でも組み込めばいい。体調の悪い彼女なら飛びつくんじゃないか?」
「えーと、それはつまり、新しいデザインのお守りを作れ、と?」
「そういうことだ。期限は今から一ヶ月後。これくらいなら、アンエッタ嬢もまだ寝込むほどではないだろうし、もし寝込んでいたら、人伝に体調不良を知りお守りを試して欲しいとか言って、お見舞いに行けるかもしれない。
そもそも、次のお守りのデザインは元々計画していたことだし、少しくらい早まっても問題はないだろう? もちろん、必要な材料はオレが調達しておくから心配はいらない」
「ソウデスネ」
「それでは、オレたちの婚約のための書類を準備するから、今日はもう帰るぞ」
「あ、うん。よろしく」
改めて、エリアと婚約することを意識すると、ちょっと照れる。
「あれ? 照れてる?」
「照れてない!」
「あはは、それじゃ、また」
エリアが転移魔法で私の部屋から消える。
と、とりあえず、なんとかなりそう、ね?
◆
私とエリアの出会いは、貴族学園に入学した頃だった。
その頃の私は、自分が貴族としては魔力が少なくて、幼い頃からの夢だった魔法使いになれないという現実を認められず、それでも魔法に関わる仕事に就きたいと思ってなんとか足掻いていた。
古代の魔法関係の仕事や、他国の珍しい魔法関係の仕事を調べ上げ、なんとか私でもできそうだったのが、『お守り』だった。
お守りには大きく分けると、能力を向上させたり幸運を祈願するタリスマンと、病や魔などを除けるアミュレットの二種類がある。
どちらも古代から使われている魔術道具の一種で、魔力石を組み込むので作り手も使用者も魔力量に左右されずに使用できるのだ。
なので、魔力量が少ない私でも、技術さえあれば作ることができる。
構造としては、魔力伝導率の良い素材に術式を刻み、魔力石を組み込むだけ。
この術式が、通常の魔術用とは異なるものもあり、昔は個人で編み出したものもあったりと、なかなかに奥深い。現在では廃れてしまったものもあったりと、私はその研究にのめり込んだ。学園の進級が危ぶまれるくらいに。
今では、この国で一番お守りに詳しいんじゃないかなと自負している。
あ、魔法使いは名乗れないけど、魔術師は名乗れるんじゃないか? だって魔法技術師の略だし!
そしてどうにか形にして、あとはどう売ろうかと考えていた頃、エリアに出会う。
彼は一歳年上だったが、飛び級でさっさと学園を卒業し、その後、最年少で魔法省に就職。
その仕事の一環で学園の魔法に関する授業の、顧問をしていたらしい。
そこで、お守りに興味を持ってもらったので、凄い勢いでプレゼンをし、なんとか作ったお守りを定期的に買い取ってもらうことに成功した。
まあ、そのおかげで、試験が赤点ギリギリになったこともあるが、勉強を見てもらったりしてなんとか助かったのだ。
いや、我が家は魔法関係に疎いので、この出会いにマジ感謝だった。
そんなわけで学園を卒業しても、いい取引相手として関係が続いたが、前回は私が婚約、結婚することになりお守り作りを引退した為、関係は終了。
お守りのレシピを彼に渡したのを最後に、その後は会うことは無かった。
……もし前回、バルト様と結婚しなかったら、私とエリアはどんな関係になっていたのだろうか?
ずっと、お守り職人とお得意様の関係だったのだろうか?
そんなありもしない事を思いながら、早速私は若い女性向けお守りのデザインを考えることにした。