10 和解と真実
そうして、試供品会は終わった。
王太子殿下が謝罪したのは、シンディ様のことだったらしい。
よくもやってくれたなと思うが、おかげでお守りの効果が証明されてしまったので、結果オーライとなった。
参加者には後日、改めて即売会と新作発表会を開くと告げてお開きとなった。
予約品がすでにキャパオーバーっぽいんだが……、頑張ろう!
そして、私たちは王宮の一室に集められ、予定通りバルド様と話をすることになった。
予定外なのは、王太子殿下やアンネッタ様も同席していること。
思わず、エリアの手を握りしめると、彼に微笑まれた。
うん、大丈夫。
これは、もしかして――?
「マリアーナ嬢、申し訳なかった!」
開口一番、バルド様に頭を下げられる。
「な、なんですか!? いきなり!?」
「マリアーナ様、私からも謝罪します」
「ええ!?」
アンネッタ様まで!?
「あ、あの、頭をあげてください。一体なんの謝罪ですか?」
「それは――」
意を決したようにバルド様が語り出す。
「手紙にも書いたと思うが、私には前回の記憶がある、というか、やり直しをしたのは私だ」
「は? 本当ですか?」
バルド様の説明は、こうだ。
結婚直前に、私がアンネッタ様の死を冒涜する様なことを吹聴しているという噂を耳にした。
それに怒り、頭に血の上ったバルド様は真偽を確かめることもせずに私を冷遇。
王太子殿下に諭され、ようやく自分が間違っていたことに気づき歩み寄ろうとした矢先、私が死んでしまったらしい。
死の間際に見たバルド様の冷たい表情は、いきなり私が血を吐いて倒れたので、呆然としていたってこと?
分かりづらいわ!!
「なるほど、そう言った経緯があったのですね。殿下とアンネッタ様が同席しているということは、お二人も前回のことはご存知なんですね?」
「そうだな。初めて聞かされた時には、バルドの頭がおかしくなったのかと思ったが、確かに宝物庫にあったレコードキーパーの魔女の遺産が壊れていたから、本当の事なのだろうな。まあ、同じ事があれば、オレもそうしたと思うし」
レコードキーパーの魔女の遺産が、時間を戻したのね。
「私もバルドから聞きました。この人の思い込みで、マリアーナ様には、大変不快な思いをさせてしまったというし、本当に申し訳ないです! ほら、バルドももっと謝りなさい!!」
「も、申し訳ない!」
「せっかく私の代わりに嫁いでくれた女性を蔑ろにするなんて、信じられない!! 殴られても文句は言えないわ! マリアーナ様、気が済むまで殴っていただいてもかまいませんわ! 私は殴りましたから!!」
「い、いえ、結構です……」
病死したっていうイメージがあったから、深窓の淑女的なイメージだったけど、結構アグレッシブだなアンネッタ様!
っていうか、殴ったの? グーで?
「とにかく謝罪は受けとりました。確かにバルド様と結婚していたあの一年はあまり思い出したくはありませんが、でも気付いたこともあるのです」
「気付いた事?」
と、バルド様。
「私、別にバルド様のこと好きでもなんでもなかったな、ということです」
「え?」
バルド様が、驚いた様な顔をする。
「だって、バルド様のことを本当に愛していたなら、時間が戻っていることに気ついた時に、バルド様とやり直そうと思うか、あるいはその思いが反転して復讐しようとすると思うんです。でもそんな思いは、少しも湧かなかったんです。むしろ、アンネッタ様を助けようと思いました」
「私を?」
「だって、アンネッタ様が亡くなってしまったら、また私とバルド様が結婚しなければならないじゃないですか! そんなの二度とごめんだと思いまして……」
「――マリアーナ、その辺にしておいてやれ」
「エリア?」
「バルドが打ちひしがれている」
「ええ!? 何故です!? 私の事、好きではなかったでしょう?」
「男というのは、そういうモノなんだ」
「はあ、とにかく。やり直させてくれたことには感謝いたします。おかげで、エリアのことが好きだと自覚できましたし!」
「ああ、うん。それは、ヨカッタ……」
バルド様が、涙目になってる。何故かはわからないが、ザマァである。
「それにしても、よく国宝級の遺産を使いましたね」
王太子殿下を見る。
優秀とはいえ、一側近のためにそこまでするのか?
「ああ、そうしないと、この国が滅ぶと思ったからね」
「そうなのですか?」
「そうなんだ」
満面の笑みの王太子殿下。
あ、これ、説明する気ないですね。
「それで、その、シンディ様は……?」
「生きてはいる。だが、呪い返しに遭っているから、もう普通の生活は望めないだろうな」
「そうですか……。でも本当に、彼女が犯人なのですか?」
「信じたくない気持ちはわかる。前回では、その、君の友人だったのだろう?」
バルド様が言った。
「そうですね。バルド様の邸宅にいた時に、よく遊びに来てくれました。他愛の無い話をしたり、お茶を一緒に飲んだり。恨まれていたなんて、思いもしませんでした」
「シンディは、マリアーナ様を恨んでいたわけではないんです」
「アンネッタ様?」
「あの子は、自分の欲しいモノをただ手に入れたかっただけ。それで邪魔になった私やマリアーナ様を亡き者にしようとしたのだと思います」
「それ、だけの事で?」
実の姉と、私を死に追いやったの?
「あの子はにとっては、他者の命より自分の好き嫌いの方が優先されるのでしょう。姉として、深くお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした」
「それに、シンディ嬢には呪術師の協力者がいた。そいつはすでに確保している」
「呪術師……」
そいつと出会わなければ、シンディ様もここまでのことはしなかったのだろうか。
「流石に前回の罪状は問えないが、呪術を使った時点で重罪だ。裁きはこちらで行うが、それで良いか?」
「はい。お願いします……」
王太子殿下の言葉にうなずく。
「それでは、解散。積もる話は後ほど各々で設けてくれ。それくらいの時間はあるだろう?」
そうして、解散となった。
エリアにエスコートされながら、馬車へ向かう。
「仲、良かったのか? シンディ嬢と」
と、エリア。
「シンディ様は、バルド様のいない日中によく遊びに来ていたの。最初は不審に思ったけど、使用人以外に話し相手がいなかったから、次第に心の支えになっていたわ。でもあれって、監視するためだったのよね……」
シンディ様はバルド様のことが好きだった。婚約者であった実の姉を亡き者にしても良いくらいに。
やっと邪魔な姉が亡くなったと思ったら、私が間に入り込んだ。そりゃ、呪われるわ。
「でも、マリアーナがバルドと結婚しなくても、彼はシンディ嬢とは結婚しなかったんじゃないかな?」
「そう?」
「だって、試供品会での行動を見ただろう? アンネッタ嬢の話もあるし、あれは相当甘やかされて育っているな。そんな奴が、王太子の側近を務める侯爵の妻は無理なんじゃないか?」
「だねぇ」
悲しいけど、前回の様に死人が出なかっただけよしとしましょう。