先生と弟子
「先生、これでどうでしょうか」
僕が紙を先生に見せると先生は一瞥して破り捨てる。
「字が下手すぎ。こんなの誰も読めないわ」
僕は舌打ちをして書き直す。
何回も。
先生が良しというまで。
「字は少しはマシになったわね。だけど、今度は内容が子供過ぎる」
また破られる。
僕は苛立ちながら書き直す。
何回も、何回も。
先生が良しというまで。
「あなたの苦しみは分かったけれど、これじゃ渡された人がどうすればいいか分からないじゃない。書き直し」
またまた破られる。
僕はため息をつきながら書き直す。
何回も、何回も、何回も。
先生が良しと言うまで。
「へえ」
先生は笑った。
「大分良くなったじゃない」
「ありがとうございます」
「早速渡してきなさい」
僕は無言で口ごもる。
僕が何度も何度も書き直した手紙は強く握っていたせいでぐちゃぐちゃになっていた。
「どうしたの?」
先生の問いに僕は俯きながら言った。
「この手紙、出したくなくなっちゃいました」
「へえ」
先生は尋ねた。
「あんなに頑張ったのに?」
「はい。あんなに頑張ったのにです」
先生は言った。
「なら出すのをやめれば?」
「出すのをやめてどうすればいいんですか?」
「そうねえ」
先生は笑った。
「小説家にでもなったら? あなた、文章力がきっとすごく高くなっているわよ」
「そんな。あんなにも悩んでいたのにこんなことになるなんて恥ずかしいです」
「何いってんの。芸術家なんて悩んでなんぼよ」
その言葉に僕は勇気づけられた。
「なら、この手紙はどうしましょう」
「いらないなら貸して。いつもみたいにしてあげる」
僕が手紙を渡すと先生はそれを破り捨てた。
「それじゃ、頑張ってね」
「はい。先生」
先生の足元には僕が必死に書いた遺書が無残にも転がっていた。