痕
夜半、気配を感じて目を開くと部屋の隅に彼女がいた。
布団の端を持ち上げて入ってくるよう促すが、彼女は身じろぎもせずにこちらを見ている。
暗くて瞳を見ることは叶わないが、怒っているらしいことは容易に想像できた。
何をそんなに怒ることがある、と問いかけると、
「そんなの、わかっていることでしょう」との答えが返ってくる。
正直な話、心当たりはある。ありすぎて困るくらいだ。
けれどその度になんらかの罰が当たって来たのだから、そんなに怒っていずともよいだろうに。
「せっかく来たのだから」となおも怒れる彼女の手を取って、寝所へと導く。
冷たく柔らかな指が、手の甲を抓り上げる。
それからは彼女の独断場であった。
腕も腹も足も首も背中も。身体中、痛いくらいに吸われて痕を付けられる。
機嫌を損ねないよう、獣のように身体を蹂躙する彼女をただただ撫でてやる。
「私なら、誰よりもうまくできるのに」
ぽつりと彼女がつぶやく。
「どんな順番で、どこが良くて、どんな風にしてほしいのか。私なら」
あぁ、これは怒っているのではない。
――拗ねているのだ。
途端愛おしい気持ちが湧き上がって、ぎゅっと抱き寄せる。
「あぁ、その身体の隅々にまで、魂の奥深くにまで私の名前を刻みつけられたら良かったのに」
耳元で彼女が囁く。
首筋に噛み痕が付けられた。
鋭い痛みに、思わず苦笑が漏れる。
これはそういうことかと気づいて、彼女の首筋に同じ痕を付けてやる。
愛らしいうめき声が彼女の口から漏れる。
全身に吸い痕を付けてやる。
お互いがお互いを所有していることを、誰が見ても理解できるように。
「ずっと傍に居てくれるのなら、こんなことをする必要もないだろう」
「そうしましたら、私、格が下がってしまいましてよ」
差し込む月明かりの中、悲しそうに、女が笑った。