輪廻転生
小説や漫画にて「異世界転生」というジャンルが流行し、誰もが物語の主人公となる事を夢見る現代。死にたくは無いけど死んだとしたら…等と思っている人も多く、如何に人々が転生に憧れているか窺えるだろう。
「うっ……。こ、此処は……?」
そんな中、よく有る話の筋書き通りに亡くなった青年が居た。顔付きは世間一般から見れば良い方であり、会社勤めのサラリーマン。ブラック企業であるが故に余計なスキルを多々身に付けており、加えて死因は子供をトラックから守る為に身を挺したから。条件を全て満たしていると言っても過言ではなく、この男自身も異世界転生を夢想してきた者の一人であった。
「そうか、俺は死んだのか……」
何もない真っ白な空間。周りを見渡して半ば諦めたように、それでいて何か期待しているかのように青年が呟く。すると、その声に答えるように、青年の目の前に一人の男が現れた。
「そうだ、お前は死んだのだ」
髭を生やし、一冊の書物を脇に抱えた男。現代社会から見れば余りにも異質で、それでいて何か逆らえない気迫を纏っている。
「チッ、女神じゃないのかよ」
だが、そんな男を前にして青年は少しも怯える様子を見せない。何なら舌打ちまでして宙に浮かぶ男の足元まで歩み寄ると、当然のように胡座をかいて愚痴をこぼし始める。
「選りにも選ってジジイかよ。リストラしろリストラ。女神が応対してくれた方が喜ぶに決まってるだろうが」
「お前は何を言っているのだ……?」
失礼な物言いの青年に眉を顰めつつ、男は地面に降り立った。続けて男が手を一振りすると机と椅子が現れ、男はゆっくりと腰を下ろす。だが、青年はそんな男の様子が気に食わなかったのか、再び声を張り上げた。
「オイオイ神様さんよぉ、人に頼み事する時は態度って物が有るんじゃねぇのか?こちとら電車通勤で足腰が疲れた会社員だぞ?せめて俺にもイスを出してくれよ」
それを聞いて、男は嫌な顔をしながらもう一度手を振って椅子を出す。男が青年の言う通りにした事で気分が良くなったのだろう。青年は少し満足そうにしたものの、すぐに気を取り直して男の方に向き直った。
「さて、俺からは幾つか条件が有るな。まず、俺を剣と魔法のファンタジーの世界に飛ばしてくれ」
「ふぁんたじー……?」
「それと、勿論だがスキルも欲しい。チュートリアル的な奴は欲しいし、チートスキルも…そうだな、不老不死とかが良いな」
「すきる……?」
「なんで神様の癖にそれすら分からねぇんだ?」
青年は流れるように言葉を紡ぐものの、肝心の男の方は首を傾げるばかり。段々と苛ついてきた青年だったが、仮にも交渉なのだと怒りを抑えて根気強く説明を続ける。
「まず、俺を現実とは全然違う世界に行かせてくれ」
「現実と異なる世界で良いのだな……?」
「あぁそうだ。剣と魔法も有って欲しい」
「うむ……了解した」
「あと、向こうの世界の案内役もくれ。スキルじゃなくていいから、人でも何でも案内してくれればそれでいい」
「分かった」
「んで、それに加えて不老不死にしてくれ」
「本当にいいのか……?」
「あぁ」
「なら良いのだが……。他には何も無いな?」
「無い!」
「よかろう」
青年が断言すると同時に、辺りに光が立ち込める。そしてそのまま光が消えた時、白い空間には男だけが困惑気味に立っていた。
「近頃の若者は変な奴が多いのだな。自ら地獄を望むだけでは飽き足らず、鬼の案内人や剣と魔法による責め苦まで望むとは……。更に不老不死となると、二度と地獄からは出られないであろうな。地獄で死なねば下界にも天国にも行けないのだから……」
男の名前は閻魔大王。脇に閻魔帳を抱えている、輪廻転生を司る神様であった。
東洋の神様って素敵ですよね(露骨な話題逸らし)
1500文字、お題は「転生」だった筈です。