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19話 襲撃



カルベナを出発して早二日。

2つめの宿で一泊した私たちを乗せた馬車がその2箇所目の宿場町を出発して早数時間、太陽は真上から街道を進む私たちを照らしている。


昼食の干し肉を口に運び、そのまま噛み千切る。柔らかくすべきなのは理解しているが面倒なのでそのままで食べるのが私は好きだ。クロナは宿で買ったパンを頬張っている。


馬車には平和な時間が流れている。魔獣の襲撃の気配もなく、賊が出そうな雰囲気もない。


乗客たちを軽く見渡してみればカルベナを出た時よりも人数が減っている。私はてっきり乗客全員がアルシェルへ行くものだと思っていたが、そうではなかったらしい。


最初から乗っていた冒険者風の男たちも一つ前の集落で下車していった。

まぁ……何も起きないだろうし、起きたとしても大抵はどうにかなる。私は暇を紛らわそうと視線を外の景色に向ける。


すると、視線の先にある赤い果実が目に飛び込んで、それと同時にクロナの声が耳に届く。


「お母さん、あの赤い実食べれる?」


「あぁ、あれはスカルフルーツだな。食べれはするが生はダメだぞ?お腹を壊してしまうからな」


私がそう説明すると、その説明が聞こえていたのか乗客の一人である中年の男性が笑って私たちに声をかけてきた。


「はっはっは!奥さん冗談はいいが時には事実をしっかり伝えるのも大切なんだぞ?あれは生で食べたら死に至る危険な果実なんだ、お嬢ちゃん絶対食べちゃダメだよ?」


「えー!?死んじゃうの!?ぜ、絶対食べない!!おじさん教えてくれてありがとう!」


「むっ、そうなのか……?前食べた時は腹を下すだけだったが……」


男性の言葉にクロナは戦慄し、私は首を傾げた。いや、食べたのは本当だぞ?


サーシャと旅をしていた時に空腹を我慢できずにサーシャの忠告を無視して齧ったらその日は腹の調子が最悪になった記憶は私の脳にしっかりこびり付いている。


……ただ、死ぬような感じはしなかった


その時、サーシャがどんな顔をしていたか私は結局思い出すことができなかった









馬車が進んでいく途中で私は側に立て掛けてある愛剣アリストリスを眺める。

私のせいで10年近く埃を被せてしまっていたが、それでもかつての輝きは健在だ。とは言え歴戦の傷が直ることはなく、災厄の王との戦いでの欠けもそのままだ。


可能ならば、修復してやりたいが、この剣を直せるのはこの剣を鍛えたドワーフ達ぐらいだろう……


アークレインが主目的な以上、寄り道はクロナの負担になるのであまりしたくない。寄り道が旅の醍醐味と言われれば確かにそうなのだが、クロナはまだ子供だ。長旅で体調を崩してしまえば最悪の……事態もあり得てしまう。


馬車に揺られながら、私はアリストリスに手を伸ばし密かに願う。


どうかクロナが無事に旅を終えれますように……と。



——————瞬間、馬車が急停車した


「うわぁ!?」


「ッ!!?」


クロナの体を抱き寄せる。他の乗客たちの悲鳴や荷物が落ちたり、転がる音。

今の今までこんな風に馬車が急停止することはなかった。つまり、何かが起きた。


……本当に平穏を願った側からこれだ。


「クロナ、ここにいるんだ。お母さんは少し様子を見てくる」


「う、うん……お母さん気をつけてね……?」


「……そんなに心配するな、すぐ戻る」


クロナを抱き締め、混乱する乗客を宥めながら私はアリストリスを腰に差し、馬車を飛び降り状況の確認に向かう。


「御者、何が……」


御者席に座る御者は無事だ。だが、その顔は青褪め、声を発することなく震える手を動かして前方を指差す。



視線を向ければ—————魔獣……そして人の死体。どれも惨い状態で周囲にも血が飛び散り、まだ時間が浅いのか特有の刺激臭が鼻につく。


「……惨いな。御者、怪我は?」


「あっ……いや、俺はない……」


「そうか、では少し待て。様子を見てくる」


御者が無事なのを確認できたので、私はその現場に慎重に近付いていく。抵抗がない訳ではないが、この手の現場は戦争中に飽きるほど目にしてきた。血を踏まないよう気を付けながら、現場を観察する。


魔獣も人間も損壊が激しい割に、周囲には争った形跡がない。と言うより人間側が魔獣を倒したようには私には思えなかった。

武器も見渡す限りどこにもなく、魔力の残滓もない。オマケに、遺体の傷……これはどう見ても剣で斬られたような——————



「——————血を寄越せ」


背後から突然聞こえた男の声、そして殺気


「——————‼︎」


即座にアリストリスを抜き、殺気を感じた方向を斬り付ける。


手応えはない。



「チッ……あれに反応するとは貴様何者だ?」


アリストリスを構えながら声のする方に向き直る。声質は男、だがその気配は私の経験にない気色の悪いもの。


「貴様こそ何者だ、気色の悪い奴め……魔獣と人が混じった気配がするぞ……」


声の主は木々の陰に隠れているようだったが、ただならぬ存在感を放っていた。私がアリストリスを構え、相手を探るように視線を巡らせると、その気配は木々の合間からゆっくりと近づいてくる。


「気色が悪いとは随分なご挨拶だな?まあ、確かに貴様ら人間からすればそう見えるかもしれんがな……」


男の声が嘲るように響く。同時に木陰から現れたのは黒い外套をまとい、異常に痩せ細った体つきをした男。顔には深い皺が刻まれ、その瞳は血のように真っ赤に染まり、背後では魔獣のような形状の尾が不気味に揺れていた。



「貴様……魔獣の眷属か?」


私はアリストリスを握る手に力を込めた。この気配と姿はただの人間ではない。だが、完全な魔獣とも異なる。人間の知性と魔獣の本能が混ざり合ったような……そんな不気味さを感じた。人の指とは明確に異なるその細長く鋭い枝のような爪からは血が滴り落ちている。


男は低い笑い声をあげた。


「眷属?いいや、違うな。私はその程度の存在ではない。この身は災厄期が生んだ進化の果て———()()()()()()()()を果たした究極の存在だ」


その言葉に背筋が凍る。噂程度に聞いたことがある。災厄期、人類と魔獣が壮絶な戦いを繰り広げた時代に行われたという忌まわしい実験———魔獣の力を取り込み、人類の兵士を強化するための融合実験。それをとある都市が行なっていたという。だが、その都市は既に"暴食の獣(カダルヴォルン)"によって滅ぼされ、噂が本当かを知る術はなかった。


この男はそれが成功して生まれた者だというのか……?


「くだらん……そんなもの進化とは言わん。人でも魔獣でもない中途半端な存在だ、究極などと囀るな、異常者め」


私の挑発に、男は笑みを深めた。


「中途半端だと?ククク…人間も魔獣もこの力の前には無価値だ。だが、貴様は面白い……その剣、そしてその動き。久しく見ぬ実力者だな。私の糧として相応しい」


馬車を背後にしながら、防御魔法で馬車を覆う。最低限の防備はできたはずだ。


言葉が終わると同時に、男の姿が霧のように掻き消えた。その瞬間、背後から猛烈な殺気を感じる。


「なるほど、面倒な奴だ……!」


即座に振り返りアリストリスを振るうと、男の爪がアリストリスに叩きつけられる。爪の一撃は異様なまでの硬度を持ち、アリストリスとの衝突音が辺りに響く。


「おお……その剣、ただの剣ではないな」


男がそう呟くのを無視し、私は踏み込みざまに斬りつけた。だが、男は軽々と後方へ跳び退る。


「強いな、貴様。この感覚、そしてその琥珀の瞳……まさか、お前は……」


男の瞳が鋭く光る。そんな事お構いなしに私はアリストリスで男の周囲を薙ぎ払ってやる。


「私を知っているのか」


「……チッ、もちろんだとも。貴様の剣の輝き、そして立ち振る舞い……その英雄の噂は我々にも届いていた。だが、落ちぶれたな。噂とは程遠い」


「そう喚くな、噂は噂だろう?」


そう言い放ち、私は再び男に向けて突進する。アリストリスを振るうたびに、男は身を翻してかわしていく。だが、手応えが全くないわけではなかった。私の一撃が、奴の外套を裂き、血が一筋垂れるのを視認する。


「くっ……面白い、面白いぞ!」


男はさらに速さを増して動き回りながら、鋭い爪を振るって攻撃を仕掛けてくる。だが私は、冷静にその攻撃を剣で受け流し、一撃一撃を見極めながら反撃を試みる。



一進一退の攻防の中で、私は男の攻撃パターンを大体理解できてきたので、奴の攻撃に合わせてカウンターを叩き込む。着実に奴に傷が増えていくことに奴自身苛つきを隠せないようだ。


「貴様……衰えている筈なのに、これはどういうことだ……!?」


「衰えた?貴様が弱いだけだろう」


「ほざけっ!!忌々しい女め……俺の爪を避けるのみならず小癪な攻撃を……!!」


「私は天才だぞ?貴様如きの動き、目を瞑っていても対処できる」


私の挑発に男が額に青筋が浮かべる。調子のいいことを言っていた割に、煽り耐性は低いらしい。私からすれば好都合だ、相手が冷静さを欠くに越したことはない。


「クソアマァ!!」


男が叫び、獣のように突進してくるのを私はアリストリスを構えて迎え撃つ。



「その首噛み千切ってやるぁぁ!!」


魔獣のように牙を剥き出しにして突っ込んでくる男の姿は狂気そのもの、だからこそ此処で仕留めなければ。血に飢えた獣に次を与えるべきではない。




「——————地獄で殺した者達に詫びろ」




突っ込んでくる()にアリストリスを私は振り下ろした。




……また手応えがない。触れた瞬間に別の気配が男と重なったのを感じた。


木の上に気配を感じるので其方に視線を向ければ、重傷を負った男をまた別の存在が手で雑に抱えている。


「次から次へと、鬱陶しい」


その木の上に立つ存在に向き直る。二体一だろうが負けるつもりはない。


「クッソォ…!!クソォォオ!!このクソアマ!!ブッ殺してやる!!喉引き千切って腑引き摺りだしてやるっ!!降ろせぇエグ!!」


喚く男の声が実に耳障りだ。アリストリスを振り、斬撃を飛ばす。


しかし、それは恐らく男を抱える存在の防御魔法で防がれた。


「—————落ち着きなさい。アレは貴方が勝てる相手ではないわ、今は退くわよ」


「逃げるつもりか、紛い物ども」


「……えぇ、今日のところは失礼するわ。この続きはいずれ……また会いましょう"鏖砕"《クランヴォール》」


言葉遣い的に女だろうが、それだけを言うと奴らは木々の間に跳ねて消えていった。


「……面倒だな」


アリストリスを鞘に戻し、馬車に戻る。

……っと、その前に魔獣の死体の処理と遺体の埋葬を。





後処理を終えて私は馬車に戻った。


「お客さん凄いな……騎士がなんかだったのか?」


「昔に少し……な」


「そ、そうかい」


防御魔法の内側から事の成り行きを見守っていた御者とそんな短い会話を交わし、荷台に戻ればクロナが抱き着いてきた


「お母さん怪我ない!?大丈夫!?すごい音してて私心配で……」


「……私は大丈夫だよ、心配ない。問題も解決したし、次の宿場町にもすぐ着くさ」


「ほんと……?お母さん無茶しちゃダメだよ……」


クロナの泣きそうな声に私の心が締め付けられる。こんな幼い娘に心配をかけてしまい、私は母親失格だな……




—————馬車が動き出す。抱き着いたまま動こうとしないクロナを抱えたまま私は席に座り直しクロナの背中や頭を撫で続ける。


結局、道中で何があってきたかを聞いてくる乗客たちの相手をしている時も私の頭からあの不気味な連中のことが離れるときはなかった。



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