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18話 クロナの才能



フォルテの旅籠は良い宿だった。今までの人生でも上から数えた方が早い程には私もあの宿を気に入った。美味い食事に寝心地のいいベッド、なによりあの浴場。どれをとっても素晴らしいの一言で、クロナも心から疲れを癒せて楽しめていた。


帰りに寄れるならまた寄ろう……そう心に決めながらあの女主人が宿を出る時にくれた朝食のパンとハムのサンドイッチを頬張りながら道を進む馬車の外をクロナと共に眺める。


旅は順調そのもので予定通りにトリアネスに到着できるだろう。クロナへの負担も最小限で済みそうで私としても嬉しい限りである。


窓の外を眺めていたクロナは飽きてきたのか鞄からサーシャの魔導書を取り出して読み始めている。……今までトリアネスへ行くのを優先していたが次の休憩時に軽く魔法を教えてあげよう。


「クロナ、次の休憩の時に魔法を教えよう。杖も使ってみたいんじゃないか?」


「えっ!?いいの!?」


「あぁ、外を眺めるばかりでは暇だろう?これからは時間を見つけ次第教えていこう」


クロナの顔がぱっと明るくなり、嬉しそうに膝の上に広げていた魔導書を閉じた。


「やったー!お母さんありがとう!杖使うの楽しみにしてたの!」


その言葉に私は思わず笑みを浮かべた。クロナは本当に素直で、何事にも興味を持つ。その純粋な情熱は、私の心に小さな灯をともしてくれる。旅の中で魔法を教える時間を取れるのは、私自身にとっても新鮮で有意義だ。


「じゃあ、休憩場所に着いたらすぐに準備をしよう。魔導書を読むのはいいが酔わないようにな……?無理はダメだ」


「ふふーん!分かってるよ!真っ直ぐに読めば酔わないからそう読む!」


そう言うと、クロナは魔導書を平行に持ち直し真剣な表情でページをめくり始めた。その姿を見て微笑む。


クロナのこういうところは本当にサーシャそっくりだ。そんな風に思いながら私はクロナの腕を支えつつ次の休憩場所で教える魔法について考え始めた。






馬車が休憩の為に一旦停止すると、御者が降りる声をかけてきた。


「お客さん、ここで小休憩だよ。だいたい1時間くらいだ。荷物は置いておいて構わないが貴重品は忘れずにな」


私は軽く頷き、クロナを促して馬車を降りる。他の乗客たちも思い思いの休憩を取っている。降り立った場所は小さな広場で、木造の簡素な休憩所がぽつんと建っている。馬をつなぐための柵と、旅人たちが腰を下ろして休むための簡素なベンチが並んでいるだけの本当に簡易な休憩場所だ。


「クロナ、あそこに行こう。少し広い場所があるから魔法の練習には丁度良さそうだ」


クロナは待ちきれないといった様子で私の手を握りながら指差した場所へと向かう。広場の一角には草が短く刈られた空き地があり、周囲には特に邪魔になるものもなかった。


「よし、ここで練習しよう。杖を出してごらん」


クロナは鞄から自分の杖を大事そうに取り出すと、それを両手で握りしめた。その姿に私は微笑みながら立ち位置を整えた。


「まずは基本の魔法からだ。クロナは恐らく光属性が得意だろうから、魔導書の2頁、「光虫の煌き」だ」


「光虫の煌き……うん!やってみる!」


クロナはこくりと頷き、目を閉じて集中する。私も少し離れた場所で様子を見守る。彼女が新しい杖を握る手に少し力を入れ、静かに魔力を込めると、杖の先端が淡く光り始めた。


「いいぞ、そのまま前にボールを投げるイメージで魔法を放つんだ」


「前に……投げる……!!」


小さな白い光が杖の先に揺らめき、フヨフヨとクロナの前方に飛び出していく。それを見つめるクロナの瞳がさらに輝く。私はその光をじっと見つめながら、少しだけ指摘する。


「流石はクロナ、上手だな。だが、もう少し魔力を安定させるように意識を集中させてごらん。光が揺れているのは、少し力を入れすぎている証拠だ」


クロナは私の指示に素直に従い、再び光を安定させようと努力する。その光が少しずつ揺れを収め、安定した球体となったのを見て、私は満足げに頷いた。


丸い光が宙に浮かび、周囲を僅かに照らしている


「私の娘は天才だな……よし、これが基本だ。これからどんな魔法を学んでも、この集中力を忘れちゃダメだぞ?」


「うん!お母さん、もっとやりたい!次は何をするの?」


クロナの熱意に私は軽く笑いながら次の課題を考える。無理をさせるつもりはないが、まだ時間もある。


「そうだな……じゃあ、次は少し実戦的な魔法を教えよう。『光矢』……さっきの光の玉を勢いよく発射する魔法だ」


そう言いながら、私はクロナに具体的な手順を教える。彼女はまた真剣な表情で私の説明を聞き、何度も頷いてから再び杖を構えた。


「光の矢を作る……!やっ!!」


クロナは呟きながら、慎重に魔力を込めていく。すると、杖の先から光の小さな矢が放たれ空に消えていった


「できた!お母さん、見てた!?ビューンって飛んでいったよ!!」


クロナの頑張りに私は拍手を送り、褒め言葉を掛ける。実際クロナは凄い。贔屓無しに見てもここまで習得が早いのは天才と言うしかない、こういう所までサーシャそっくりでその懐かしさに私は目を細めてしまう。


「すごいぞ、クロナ。たったこれだけでここまでできるとは…やはりお前には才能があるな」


「えへへ!あっ、今度はお母さんの魔法も見たいな!」


その言葉に少しだけ戸惑いを覚える。確かにま私は魔法使いというよりは剣士だ。だが、クロナに何か見せてあげられる魔法があるとすれば…


「……よし、なら魔法を見せよう。ただし!真似はするなよ?こういうのはしっかり基礎を覚えてからだ」


クロナが興奮して頷くのを見て、私は久々に昔使っていた魔法を発動する。


風律ガウスァール


懐かしい魔法名を唱えれば、周囲に転がる石は木の枝、果てはクロナが宙に浮かび私の周囲をクルクルと回り出す。


「おお〜〜!?お母さんわたし浮いてるよ〜!?」


クロナが驚いている。その表情がなんと微笑ましいことか……よし、興が乗った。


昔はこの魔法で剣を複数本操って魔獣どもを斬り刻んでいたんだ、石や枝程度なら今でも自分の腕のように簡単に動かせる


「『やぁ、クロナ元気かい?』」


必死の裏声で宙に作り上げた石と枝の棒人間に声を当てる。浮かんだ棒人間を糸人形のように動かして更にクロナの周りに複数体作ってやる


クロナの視線は目の前で繰り広げられる浮かぶ棒人間たちの劇に完全に釘付けだった。宙に浮かぶ棒人間たちは私の魔法の力でまるで生きているかのように踊り、跳ね、クロナの周りを回っている。


「お母さん!すごい!この人たち、ほんとに生きてるみたい!」


「ふふ、そうか?ならもう少し凝ってみようか」


浮かぶ棒人間たちの一体を動かし、クロナの前でぺこりとお辞儀をさせる。次にその棒人間が「手」を振り上げて宙返りをするように魔力を流して動かすと、クロナが目を輝かせながら拍手を送る。


「おお〜〜!お母さん、その子たちもっと動かして!もっと見たい!」


「ふふっ、了解した。では、次はちょっとした御伽話でもやってみるか」


そう言いながら、私は浮かぶ石と枝の数を増やし、更に新しい棒人間を作り上げる。そして、一体を王様役、もう一体を勇者役に仕立て、残りを敵の魔獣に見立てた。


「昔々、悪い魔獣がとある王国を襲いました。すると、勇者が立ち上がり……」


私は棒人間たちを魔法で操りながら、即興の物語を語り始める。勇者役の棒人間が手下を一体ずつ倒していくと、クロナが更に興奮し声を上げた。


「やった!勇者さん強いね!頑張って〜!」


クロナが声援を送る中、棒人間たちは次々に"激しい戦い"を繰り広げる。そして最後に悪い魔獣の王……に見立てた棒人間が勇者に倒されると、私は勇者をクロナの前に降ろして小さな礼をさせた。


「……こうして、勇者は王国を救ったとさ。めでたしめでたし」


「わぁ〜〜!お母さん、ほんとにすごい!お話も面白いし、この魔法すごく楽しい!!私も覚えられるかな〜?!」


クロナが嬉しそうに手を叩きながら笑う。その姿を見ていると、私も自然と顔がほころぶ。こんな風に、娘に自分の力を見せて楽しんでもらえるなんて旅に出る前には考えたこともなかった。


「ふふ、楽しんでくれたならよかったよ。でも、これはあくまで魔法の応用だ。基本をしっかり覚えないとこういうこともできるようにはならないからな?」


「うん!私もちゃんとお勉強して、お母さんみたいに魔法でお話作れるようになりたい!」


「クロナなら私なんてあっという間に超えていくさ。きっと家を浮かばせるようになったりしてな?」


クロナの純粋な目に力強い決意が宿っている。その姿がなんとも可愛らしく、頼もしい。私は魔法で浮かせていた石と枝をそっと地面に戻し、クロナの頭を優しく撫でた。


「……さっ、馬車に戻ろう。次はそうだな……防御魔法を教えてあげよう」


「防御魔法!本格的な魔法だ……うん!また教えてねお母さん!!」


杖を仕舞い、元気よく手を握り締めてくるクロナの手を握り返し、私は頷き馬車に戻る。

……クロナを連れながら私は背後の、クロナが光矢を放った先にあった大岩に視線を向ける。あの大きさなら精々凹み傷を与えるのが関の山だが…



—————その岩は着弾点を中心に深く抉れている



幸い着弾の瞬間に防御魔法で覆ったので音などは周囲の乗客にはバレていない筈……だ。恐らくクロナも気付いていない

あの程度の魔法であの威力、それはまるでサーシャのようで……


「??」


こちらを不思議そうに見上げてくる娘の瞳にサーシャを幻視してしまう。恐ろしいまでの魔法の才能……正しい方向に導いてあげなければクロナはきっと自分の力に苦しめられる


そうならない為にも……私が守らねば。

思わず握る手に力が込もる。見上げてくるクロナに私は笑いかけてみれば、釣られて笑う娘の笑顔がこの世界でなによりも眩しくみえる。


馬車に戻り、丁度馬車が動きだす。私の膝の間に収まるクロナの頭を撫でながら私はふと思う。


サーシャならどうしただろうな——————と。


……答えが返ってくる筈もないその問いを私は脳の奥に仕舞い込む。頼る相手はいない、私自身が考えて導くんだ……クロナの為に……


そう自問自答している間も馬車は進んでいく。
















『イーファなら大丈夫』


・イーファの魔法

一般的な魔法とは異なる系統の魔法を使用している。

それらは全てサーシャから教わったものをイーファが自分用に改良したもの。基本的には戦闘の補助に使用する。

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