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17話 アルシェルへの道 Ⅰ



整備された広い街道を私たちを乗せた馬車が走る。クロナは流石に外の景色ばかりを眺めるのに飽きたのか、私に過去の旅の話をせがんできた。私は記憶の糸をたどりながら、訪れた村での出来事や食べた物の話、魔獣との戦いについて、できるだけクロナにも分かりやすい言葉で噛み砕いて話した。


別に特別な話ではない。ただの思い出話だ。それでも、クロナの大きな瞳が私の言葉に反応し、驚いたり笑ったりするのを見ると、どこか誇らしい気持ちになるのだから不思議だ。


気がつけば、話がずいぶんと長く続いていた。クロナが聞き上手だからだろう。彼女の小さな相槌や時折挟まれる「それでどうなったの?」という質問が私の記憶を掘り起こさせ言葉を引き出してくれた。


そして、気づけば馬車は最初の宿場町に到着していた。


……先程まで左右が平原の街道にいた筈なのにな。ここまで話に夢中になっていた自分に正直驚いている


「ここが宿場町?」


クロナが町並みを眺める。宿場町と言っても都市…というより集落だが大抵の場合、災厄期に物資の中継地点として機能していた場所で、戦争が終わり空白となった場所に避難民が集まり集落を形成したりしている……と言うのを村にいた頃にノリスから聞いた。


実際、この宿場町の景観はカルベナなどとは異なり建築様式や暖かみを感じる色合いの住居が建てられていて、この様式的に北方の避難民がこの集落を作ったのだろう。


係留所に馬車が停まり、後方に乗っていた乗客達が続々と降りていく。


「そうだな。ここで一泊してまた明日に備える。それが旅の様式だ。さっ、降りるぞ」


馬車を降りた私はクロナの手を引きながら、今日泊まる宿を探す。



「今日はどんなお宿に泊まれるかな〜?」


クロナがワクワクしながら私の手を引いていく。そんなクロナを微笑ましく思いながら私も私で宿を探す。小さな宿場町なので精々宿は2〜3軒あればいい方だろう。


「あっ、お母さんあそことかどう?なんだか良さそうな気がするよ!!」


クロナが指差した先には、煉瓦作りの3階建ての建物があった。屋根には太い煙突があり、今も煙を吐き出し、北方特有の赤い色が目を惹く。その入り口には「フォルテの旅籠」と書かれた木製の看板が揺れていた。古びてはいるがきちんと手入れされた印象で中々の好印象だ。


「ここがいいのか?」


私が確認すると、クロナは力強く頷いた。その目はもう此処に泊まる!という決意でで一杯だ。


「うん!なんだかここなら安心できそう!」


「よし、ならここにしよう。少し高くても今日はしっかり休むのが大事だ」


私たちは宿の扉を押し開け、中に入った。木の床が軋む音が心地よく響き暖かな光が室内を照らしている。カウンターの奥には、年若い少女が帳簿に目を通していた。彼女は私たちが入るとすぐに顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべた。


「いらっしゃいませ!"フォルテの旅籠"へようこそ!旅の方ですね?お部屋をお探しですか?」


「ああ、一泊したいのだが部屋は空いているだろうか?」


「もちろんです!ちょうど良い二人部屋がありますよ!食事つきで800ギースですが、それでよろしいですか?」


適正な価格だと判断した私は軽く頷き、腰のポーチから代金を取り出した。


「ではそれで。夕食は此処の階で?」


「はい!食事はこの奥の食堂で提供しています!あっ、それとこの宿一推しの設備があるんですけど入ってみますか?」


「一推しの設備……?」


「えー!?気になるー!!お母さん入りたい!!」


女主人の言う"一推しの設備"という言葉に惹かれたクロナが私の手をゆすってくる。


「……仕方ないな。では、その一推しとやらにも入らせて?もらおうかな」


「承知しましたー!追加で50ギースいただきますがよろしいですか?」


「50ギースか、分かった」


全く内容を想像できないが50ギースを支払う。


「では、夕食の後私の方からご案内させてもらいますね!こちらがお部屋の鍵です!どうぞごゆっくり〜!」


女主人から鍵を受け取り、私たちは案内された二階の部屋へ向かった。




部屋の鍵を開けるとその部屋は古びている外観と違い、綺麗な内装で、手入れも隅々まで行き届いている。部屋の中心には大きく柔らかそうなベッドがあり、2人には十分過ぎるほどの内装と広さで私も驚いてしまう。


クロナのブーツを脱がせる、軽く泥を払いケープを脱がせる。するとクロナは待ち切れなかったのかベッドに飛び込んでその柔らかさに興奮しているようだ。


「すごーい!お母さんこのベッドふかふかだよ!すごく暖かくて落ち着く〜!」


クロナの嬉しそうな感想に私も頬が緩む。確かにこの宿は当たりだ。ブーツを脱ぎ、私もベッドに腰を下ろす。


クロナの言う通り、その柔らかさはカルベナの宿のベッドよりも柔らかく馬車で蓄積した腰の負担が和らいでいくのが実感できる



「これは……確かに柔らかいな…ふふっ、クロナはしゃぎすぎて壊したらダメだぞ?」


「むー!そんなことしないもーん!」


「ははっ、悪い悪い」


拗ねたように頬を膨らませるクロナの頭を撫で、私はベッドにうつ伏せになる。


「……馬車に慣れていないから一度自覚すると腰が痛くなる……まだ老け込むには早い筈なんだがな……」


口から溢れるその言葉にクロナが反応した。


「お母さん疲れてる?なら、私が踏んであげる!」


「ん?別にそこまでしなくてもいい————」


そう言おうと顔を上げた瞬間だった。


クロナが私の腰を踏んできたのは。小さなそれでいてしっかり重い衝撃が私の腰を貫通して腹に至る。


「グゥっ!?」


私の口から出る情け無い呻き声。しかし、クロナは善意で私の腰に乗り腰を踏んでくれる。


……娘の優しさが心に沁みる。ただ、一つだけ言うとするなら……


「く、クロナ……踏んでくれるのは嬉しいがもう少し優しく踏んでくれ……」


「うん?分かった!!」


クロナの踏む力が変化した。



その後、暫くは私の腰を踏むクロナの足音と偶に漏れ出る私の呻き声が部屋を響くのだった……







夕食の時間になり、腰を抑えながら階段を下り、私たちは夕食のために食堂へと向かう。料理の香ばしい匂いが食欲を唆らせる。


「お母さん、あそこ空いてる!あそこに座ろうよ!」


クロナが指差す先には窓際の二人掛けの席があった。私は軽く頷きクロナの手を引きながら席に向かう。窓の外には宿場町の小さな広場が見え、日が沈む直前のオレンジ色の光が差し込んでいる。その光景をクロナが目を輝かせながら眺めていた。


「わぁ……夕日すごくきれい……」


彼女の感嘆の声に、私もつられて窓の外を見やる。確かに美しい景色だ。長く旅をしてきた私にとっても、このように落ち着いて夕日を眺める機会は少なかった。


「綺麗だな……良い景色を眺めながら夕食を食べる…最高の贅沢の一つだ」


「うん!旅に来てよかったと思える!どんなご飯かない〜楽しみだな〜」


クロナの無邪気な笑顔に、思わず私は微笑みクロナの顔を眺める。幸せそうな笑顔で見ているだけで癒され私も幸せを感じる。


そうこうしているうちに、先ほどの女主人がこちらに料理を運んできた。木のトレーには肉が入ったシチューと焼きたてのパン、そして新鮮な野菜のサラダが並んでいる。飲み物で私はエールを、クロナは果実搾りのジュースを注文して、暫くするとエールとジュースが机に運ばれてくる。


「こちらが今日の夕食とお飲み物です!どうぞゆっくり召し上がってくださいね!」


「ありがとう。とても美味しそうだ」


そうして、食事の前に祈りを捧げるとクロナは「いただきます!」と元気よく声を上げ、さっそくスプーンを手に取る。その姿を見て、私もスプーンを手にした。シチューを一口すくって口に運ぶと、濃厚な味わいが広がり、体の芯から温まるのを感じた。


「おいしい!お母さん、このパンもすごくふわふわだよ!」


「そうか、よく味わって食べるんだぞ。旅先ではこんな食事が贅沢に感じる時もある。ほら、お母さんのパンをあげよう。沢山食べて明日に備えないとな?」


「わーい!うん!いっぱい食べて元気蓄えるよ……!!」


「ふふっ、ただ食べ過ぎには注意だぞ?」


クロナはパンをちぎりながらシチューに浸し、満足そうに頬張る。その姿を見ているだけで、私の心も満たされていく。


食事を楽しむクロナを眺めながら私もパンを口に運び、エールで喉を潤して食事を満喫させてもらった。






夕食を終えると、クロナは女主人に案内されながら「一推しの設備」を楽しみにスキップ気味に女主人に着いていく。興味津々のクロナを連れて私は案内されながら宿の奥へと進む。そこには湯気が立ち上る木造の小さな浴場があった。


「ここがこの宿自慢の浴場です!温かいお湯は疲れはもちろん傷も癒せる優れものなんです!そして奥の部屋は蒸し風呂になっています!どうぞごゆっくり堪能していってください!」


「お風呂だ!お母さん、お風呂入ろう!」


クロナは大興奮だ。私も実は少し気分が高揚している。浴場がある宿は珍しい。長旅の疲れを癒すには丁度良い。湯に浸かればその日の疲れなど瞬く間に吹き飛んでいく。


「そうだな、一緒に入るとしよう」


脱衣所で服を脱いだ私たちは女主人から渡されたタオルを巻き浴場に入る。


簡単に体を流してから湯船に浸かった。お湯はちょうど良い温度で、緊張していた筋肉がほぐれていく。


「うわ〜……気持ちいいね、お母さん……」


「そうだな……久しぶりにこんなに広い湯船に浸かったよ……旅の疲れが取れる気がする」


クロナは湯船の端で小さく泳ぐように動き回っていた。その無邪気な姿を微笑ましく思いつつ、私も足を伸ばして体の疲れを取る。


「お母さん、またお風呂のある宿に泊まろうね!」


「数は少ないが、そうだな……風呂がある宿があればそこに泊まろう。ほら、クロナこっちにおいで」


湯に浸かった後は、蒸し風呂に向かう。蒸し風呂の前には水が入った大きめの桶が置かれていて、それを通り過ぎ扉を開けて中に入れば木造の小屋の中に煙と薪の匂いが充満していて、不思議な空間になっている。


そして何より……


「あ、あつーい……すごく暑いよ…!?」


小屋の中は薪と薪によって温められた石由来の熱気が立ち込め肌を焼いてくる。


私とクロナは椅子に座る。


「北方のある地方ではこういう風呂で汗をかくのを楽しむそうだが……悪くはないな。……クロナ我慢はしてはダメだぞ……?少ししたらまた湯に浸かろう……」


「うん……」


ある程度汗をかいた私たちは小屋を出て、湯で汗を洗い流し、髪と体を備え付けの石鹸で洗っていく


「お母さん、背中洗ってあげるね!」


「ふふふっ……ではお言葉に甘えよう」


クロナの言葉に頷き、クロナが私の背中を洗い終えたあと、逆にクロナの髪をそっと濡らして洗い流してやる。


滅多に経験できないこの浴場での時間……


親子で共有するこの時間は、何物にも代え難い一時だった



浴場を出た後、水を飲み喉を潤したクロナは早々に疲れたのか大きなあくびをしながら部屋へ戻る足を急がせていた。


「ふわぁ……お母さん、今日もいっぱい楽しかったね」


「あぁ、とても楽しかった。とても良い一日だったな……さあ、部屋に戻ったらすぐに休むぞ。明日も早いからな」


「うん……明日も楽しみ……」


部屋に戻ると、クロナはベッドに飛び込むようにして横になり、あっという間に寝息を立て始めた。その穏やかな寝顔を見ながら、私はクロナの頬を撫でる


「……おやすみ、クロナ」


次の旅路がどんなものになるかは分からない。それでも、この瞬間の平和が、何よりも私の心を支えてくれるのだと感じながら、私もベッドに横になる。


アルシェル…引いてはアークレインまでの旅はまだ始まったばかりだが、今の私にはこの時間が何よりも楽しくそれでいて尊い。


年甲斐もなく明日への期待に胸を膨らませながら私もまた静かに目を閉じて夜の静けさに身を任せるのだった



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