15話 杖を買おう
「ん〜〜〜……ふわぁっ……」
クロナの朝は早い。ボサボサの髪で覆われた視界を手で解放し、漸く浴びた朝日で意識が覚醒。
知らないベッドに部屋、そして天井。それらを全て見回し、窓の外に映る景色を見て自分が母親と旅に出ていることを思い出す。
「………お母さん!! 」
そして、慌てて起き上がり母親の姿を探す。キョロキョロと顔を左右に振り回し、少し落ち着き視線を感じる方に顔を向ければ
「おはよう、変な夢でも見たのか?」
隣で朝から元気よく活動を始めた娘の姿を不思議そうに眺めている母親、イーファと視線が合う。既に着替えを終え、ベッドの上で髪を整える母の姿にクロナは深く安心感を覚える。
「おはよう!!」
朝日が照らす部屋に響く元気な朝の挨拶。
「おはよう、早起きできて偉いな。ほら、こっちへおいで、髪が大変な事になっているぞ?」
イーファはこうしてクロナが自発的に早起きするといつも褒めてくれる。それが嬉しくてクロナはいつの間にか早起きするのが習慣になっていた。
櫛を片手に手招きするイーファの元にクロナは走っていき、膝の間にポスンと飛び込む。まだ小さい娘の体を受け止めて、イーファがクロナの髪に櫛を通し解き始める。
小鳥の囀りと活動を始めたカルベナの街の音を背景にしながら母と娘の穏やかな時間が部屋に流れる。
「クロナの髪はサラサラだな……ふふっ、若いっていいな」
老け込んだ発言をするイーファにクロナが首を動かし下から見上げてくる。
「お母さんの髪だってサラサラだよ?お母さんのその髪の色もかっこよくて好き!」
その言葉にイーファが黒に染めている自分の髪を手で触り、小さく笑う。
「クロナは褒め上手だな、なら今日はお母さんを褒めてくれたお礼に三つ編みにしてあげよう」
「えへへ〜!ならお母さんもお揃いがいい!お揃いの髪型で買い物いこっ!」
「私が三つ編み?……似合わないと思うぞ?」
「似合うの〜!!」
結局、イーファはクロナの懇願に簡単に折れ、クロナも参加して親子お揃いの三つ編み姿でカルベナの街に繰り出して行くのだった
◇
色が落ちた染めた黒髪の三つ編みと鮮やかな金色の三つ編みを揺らし、イーファとクロナは手を繋ぎカルベナの様々な店を眺めている。
「さて、クロナ改めて確認だ。今日買うべき物は?」
「服と食べ物!!」
「それとクロナの杖だな。さて、では何から買いにいく?」
「杖!魔法使いみたいな木のすごいの!」
「はははっ、なら将来の大魔法使いクロナの為の杖を買いに行こうか。と言っても今のクロナには練習用の抑え目の杖がいいだろうが」
「ええー!?私すごい杖がいいの〜!」
「すごい杖はもう少し魔法に慣れてからのお楽しみだ。まずは練習用の杖で腕を磨くのが大魔法使いへの第一歩だぞ?」
「うーん……でも、お母さんの言うことなら信じる!魔法練習してお母さんみたいになる!!」
「嬉しいが私は魔法使いではないぞ?」
クロナは少し不満そうに口を尖らせたかと思えば、すぐにニコッと笑いながら手をぎゅっと握り返す。その純粋さにイーファは自然と笑みが溢れ、クロナの頬をムニムニする。
「それでいい。お母さんが責任を持って選んでやるから、しっかり見て学べよ」
「はーい!」
カルベナの街も日が高くなるに連れて活気づいてきた。露店の店主たちが威勢の良い声で客を呼び込み、道を行く人々は足を止めて商品を物色している。香ばしいパンの匂いや、果物の甘い香りが漂い、どこか懐かしい気持ちになる。
そんな中、お揃いの三つ編みを揺らし手をしっかりと握った親子は魔法具を扱う店を探して歩いていった。
◇
街の中心近くに辿り着くと、立派な看板が目に入った。そこには「レジーナ魔導具店」と彫られている。
「ここが良さそうだけ。さあ、クロナ入るぞ」
2人が扉を開け、店に入る。
店の中は外から見たよりも広く、所狭しと魔法具や杖、書物が並べられている。中央には年代物の大きなテーブルが置かれ、その上には様々な杖が立てられていた。
「わぁ……すごい!」
クロナが目を輝かせながら店内を見回す。その姿を見ながらイーファは店の奥に声を掛ける。
「すみません、子供用の魔法の練習用の杖を探しているのですが」
「おや、いらっしゃいませ。子供用ですか……そちらの棚に並べてありますよ。どうぞご覧ください」
奥から出てきたのは緑色の長い髪、そして特徴的な尖った耳…エルフ族の女性だった。
「……エルフか、久しぶりに見たな」
小さく呟くイーファ。クロナは不思議そうに母を見上げ、エルフの店主は穏やかに笑う。
「おや、私が珍しいですか?」
「いえ……エルフ族と会うのが久しぶりだったので」
「エルフ?お母さんエルフってなに?」
クロナがエルフの女性とイーファを交互に見る。
「森に棲む魔法を得意とする種族のことだ、尖った耳が特徴的だな……」
「魔法が得意!すごーい!お姉さんもすごい魔法使えるの??」
「うふふ、かわいいお嬢さん。勿論、私も魔法は得意としていますよ。貴女のお母様と同じです」
「冗談を……私は少し齧っただけだ」
「ふふっ、そう言う事にしておきましょう」
イーファは過去の経験からエルフが苦手だった。嫌いというのではないが、イーファが出会ってきたエルフ達はやたら好戦的ですぐ勝負を挑んできたのでつい警戒してしまう。
とは言え、目の前の店主にそんな気配はなく穏やかに微笑み、魔法の杖を見繕ってくれている。警戒しすぎだったな、とイーファは心の中で申し訳なさを覚える。
「どれがいいかなぁ……」
クロナは興味津々といった感じで杖を一本一本手に取って眺めている。その小さな手に収まる杖の中からイーファが比較的扱いやすそうなものを見定める。
「クロナ、これなんかどうだ?」
イーファが手に取ったのは一本の細めの杖、無骨な杖といった感じで、初心者向けに設計されている。
「うーん、悪くないけど……もうちょっとカッコいいのがいいなぁ!」
「なら、これを試してみては?」
店主が笑みを浮かべながら一本の杖を手に取る。それは先端に小さな青い宝石が埋め込まれ、蝶を模した装飾が施されている子供が扱いやすいサイズ感の杖。クロナの背丈にも合っている。
「うわぁ!これカッコいい!」
クロナがその杖を手に取り、目を輝かせる。その姿を見てイーファは小さく微笑みながら店主に尋ねた。
「これは初心者向けなのか?」
「ええ、適度な魔力制御を助ける機能も付いております。練習には最適ですよ」
「エルフが言うなら間違いないか……ならこれにしよう。クロナ、気に入ったか?」
「うん!これがいい!ありがとう、お母さん!エルフのお姉さん!」
イーファが杖の代金を払い、その杖をクロナに持たせる。新しい杖を手に入れて満足そうなクロナは、店を出ると早速振り回して遊び始めて、それをイーファが注意する
「クロナ、杖は大事なものだから振り回すな。壊したら使えなくなるぞ?それと店の中だ、迷惑になるからやめなさい」
「ごめんなさい……」
しょんぼりして杖を抱きしめるよクロナの姿に、イーファは少し胸を痛めた。
「ふふっ、構いませんよ。そうだ、折角なのでお嬢さんに一つ魔法をお教えいたしましょう」
ポンと手を打った店主が立ち上がり、クロナの側に近寄る。クロナの目線に合わせてしゃがみ込み、柔らかな笑みを浮かべながら杖を指差した。
「ほんと!?お母さんいい!?」
クロナがイーファを振り返り、大きな目を輝かせる。その純粋な期待に満ちた表情を見て、イーファは小さく笑みを浮かべて頷いた。
「……好意に甘えよう。ただし、店を壊したり迷惑をかけたりしないように注意するんだ」
「はーい!ありがとう、お母さん!」
クロナはすぐに店主のそばに戻り、杖を構える。店主は優しく彼女の手を取り、杖の正しい持ち方を教えながら、穏やかな声で説明を続けた。
「頭の中で土から芽が出るイメージをして……そしてこう唱えるんです…「芽吹け」と……」
クロナは真剣な顔つきで目を閉じ、小さな体で全力を尽くしてイメージを描こうとした。静かな店内に、彼女の息遣いだけが聞こえる。
クロナが杖で店内の床を軽く叩く。その瞬間、杖の先端に埋め込まれた青い宝石がほのかに光っかたと思うと
——————ピョコンと床に小さな芽が咲いたのだった。
「わぁ!お母さん、見て見て!なにか出た!芽が出たよ!!」
店内に芽吹いた小さな緑に、クロナは目を輝かせた。店主も嬉しそうに微笑みながら、彼女の頭を軽く撫でた。
「よくできましたね。初めてでこれほど上手にできるなんて、あなたには素晴らしい魔法の才能がありますよ」
「本当に?ありがとう、お姉さん!お母さん、わたしもっと練習するね!」
イーファも思わず柔らかな表情になり、クロナを褒める。
「流石だぞ、クロナ。お母さんも鼻が高い」
「えへへ、これからも頑張るよー!」
クロナは杖を大事そうに抱きかかえ、満足げな笑みを浮かべた。その姿を見て、イーファは静かに店主に視線を向けた。
「ありがとう。親切にしてもらって助かった」
「どういたしまして。お嬢さんにはきっと素晴らしい未来が待っています、母親としてどうかその未来を支えてあげてください」
イーファは一瞬だけ視線を下げた後、深く頷いた。
「……もちろんだ。この子の未来を守るのが、私の役目だからな」
杖を手に魔道具店を2人は後にする。その2人の背中、特にイーファに向けて店主が声を掛ける。
「良き旅を鏖砕。貴女と貴女の素晴らしい娘さんに大地の祝福がありますように」
その名で呼ばれたイーファが立ち止まる。不思議そうにするクロナの手を握りながら店主に向き直り
「———————ありがとう」
ただ、それだけ返答した。
◇
予備の服を買い、市場で食糧などを揃えた2人は今日はそのまま宿に戻ることにした。
部屋に戻り、買った荷物を置き外套を脱ぎ身軽になった状態で下の食堂へ降りて夕食を摂る。
パンにスープ、干し肉とチーズといったメニューを口に運びながらその日のことを振り返り、話に花を咲かせる。
「クロナ、明日は朝早いぞ。市場で聞いたがアルシェルには此処から馬か馬車だと最短で3日は掛かる。辛いだろうが我慢できるか?」
「お母さんと一緒なら我慢できるよ!旅の本番って感じして私ワクワクが止まらない!外で眠る用意もできるてよ!」
「それは立派だが、クロナに野宿はまだ早い。途中に宿が何軒かあるらしいからそこで泊まりながらアルシェルを目指そう」
「はーい!色んなお宿楽しみ!お母さん途中で魔法も教えてくれる?」
「もちろん、お母さんに任せなさい」
クロナが喜びの声を上げ、イーファがそれを見て笑う。穏やかな食事を済ませた二人は部屋に戻り、荷物を整える。
「お母さん、おやすみなさい。明日からも私頑張るよ……」
「……そんなに力を入れなくていいんだぞ?景色でも楽しみがながらのんびり行こう」
その言葉に安心したクロナが眠ったのを確認したイーファもまた静かに眠りについたのだった
ブックマークと評価をしていただければ励みになります




