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12話 クロナの願い Ⅰ



剣を破壊してしまった冒険者には十分な弁償金を渡し、労いの言葉を添えて謝意を示した。その後、コルネリウス神父と別れの挨拶を交わし、イーファとクロナは人々の出入りが激しくなってきたメイル教会を静かに後にした。


一時の混乱が去り、落ち着きを取り戻しつつある街。イーファはクロナの小さな手をしっかりと握り、人混みに紛れながら街中を歩く。活気を取り戻した通りには露天商が立ち並び、彼らの威勢の良い呼び声が響いている。道端では子どもたちが追いかけっこをし、大人たちは立ち話を楽しんでいた。





香ばしいタレの匂いに誘われ、串料理の屋台に立ち寄ったイーファとクロナ。店主の威勢のいい声が飛び交う中、手際よく焼かれる串に目を輝かせるクロナを見てイーファは思わず微笑む。


「お嬢ちゃん、このタレは特製だよ。食べてみて損はさせないよ!美人の奥さんもどうだい!サービスしとくよ!」


「本当!?お母さん、食べたい!わたしお腹減った!!」


「そうだな…じゃあ二本、頂こうか」


熱々の串を受け取ると、クロナが嬉しそうにかぶりついた。その様子にイーファもつられて一口。香ばしさと甘辛いタレの味が口いっぱいに広がり、思わず顔が綻ぶ。


「美味しいね、お母さん!」


「あぁ、美味しいな。…ふふっ、クロナ、口の端が汚れてるぞ……ほら、じっとして」


クロナの口元を布で拭いてやるイーファの仕草は、親子としての自然な温かみを感じさせた。次に立ち寄ったのは通り沿いの衣料品店。派手な装飾が目立つ看板に惹かれたのはクロナだった。


「お母さん、新しい服ほしい!」


「そうだな。せっかくだから新しい服も買おうか」


店内に入ると、目の覚めるような鮮やかな布地やデザイン豊かな服が並んでいる。クロナが目を輝かせる中、店員がすぐに駆け寄ってきた。


「まあまあ、こんなに可愛いお嬢さん!ぜひ色々試着してみてくださいね!」


テンションの高い店員の勢いに押されるまま、クロナは次々と服を着替えさせられた。フリルがたくさん付いたドレスや、おしゃれなコート、動きやすそうなズボンのセット——どれも可愛らしいデザインだった。


「お母さん、どうかな?」


「可愛い、正しく天使だ。クロナは何を着ても似合うな……可愛いぞ、本当に可愛い」


イーファは完全に親バカの顔になり、柔らかい笑みを浮かべながら「可愛い」を連呼する。凛々しい顔からは想像もつかない柔らかな笑みを浮かべる母親の表情に、店員も思わず微笑みを浮かべた。


最終的にクロナが気に入った服をいくつか購入し、袋を抱えて店を後にする。途中、ヴィム爺への土産を買うために寄った雑貨屋では、可愛らしい木彫りの人形を選び、店主に丁寧に包んでもらった。





荷物を纏めて、激動の2日間を思い返しながらヴィム爺の馬を引く。メイルの門を出る直前、クロナは再び露店で買った人形を手に取り楽しそうに眺めていた。


「クロナ、そろそろ出発するぞ。その人形も落とさないようしっかり持っておくんだぞ?」


「うん!お母さん、これお爺ちゃん喜んでくれるかな?」


「きっと気に入るさ。クロナが選んだものだからな」


二人は馬に跨り、メイルを後にした。温かな日差しが降り注ぐ中、イーファはクロナを後ろに乗せながら、村への道を進む。旅路を彩るのは、クロナの小さな笑い声と、馬の蹄が地を踏む音だけだった。



クロナと出会ったあの日と違い、この場に居るのはイーファとクロナだけ。イーファはその顔をフードで隠すこともなく、クロナが落ちないようしっかり固定し、馬の背に揺られる。


結婚すれば人は変わる、子供ができたら人は変わる、よく言ったものだ。あれだけ閉ざし一人で苦しんでいたイーファの心はクロナというたった一人の少女、世界にただ一人の愛娘の存在によって大きな変化を迎えた。


心の傷が癒えた訳ではない、サーシャを喪った悲しみが消えた訳ではない。あの時の後悔が消えた訳ではない。責任から目を背け、10年間逃げ続けた事実が消える訳ではない。


それでも、英雄と讃えられながらその重圧に耐えきれなかったイーファという一人の人間は…確実に良い方向へと変化した。



親友を失った空白を娘で埋めただけかもしれない、ただそれでも一人の人間が前を向き、生きる希望を持てたのは何よりも尊いことなのだろう。


そんな時、決意したかのようにクロナが口を開く。


「ねぇ、お母さん…」


「どうした?疲れたか?」


イーファが心配そうにクロナに顔を向ける。心配そうな表情で休息を取ろうと馬の速度を緩める


「ううん、違うの。あのね……私ね…寝てるときいっぱい夢を見たんだ」


クロナが見たという夢、その言葉にイーファも思うところがある。クロナは夢で見たからと言い、サーシャを彷彿とさせるおまじないという名の魔法を使ってみせた。確かに、優れた魔法適正を持つ者は夢で自身の魔法についての啓示を得るという。実際、サーシャがよく夢で見たという魔法をいきなり使用していたことをイーファは思い出す。


それだけクロナの魔法適性が高いということなのだろう。その辺りの感覚はイーファには分からないものだった。魔法が使えるとは言え、本職の上位層と比べたら当然精度などは劣る。イーファの魔法は本来足りない魔法知識を天性の才能で補っているに過ぎない。


「それはクロナが優れた魔法使いになれる証だな…お母さんは誇らしいぞ」


イーファが頭を撫でるとクロナは嬉しそうに目を細め、すぐさまそうじゃないとばかりに首を振る。


「えっとね、夢にお母さん出てきたの。…すごく悲しそうだったし苦しそうでね……」


クロナの雰囲気にイーファは一旦口を閉じる。

  

イーファはクロナの言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。クロナが夢で見たという「悲しそうで苦しそうなお母さん」——それはまさに、自分の本心そのものではないかと感じたからだ。


馬をゆっくりと歩かせながら、イーファはクロナの顔を覗き込む。


「……そうか。クロナにはそんな夢が見えたのか。だが夢は夢だ、私はクロナと居るだけで幸せだし苦しくもない、今が最高に幸せだよ」


「えへへ……嬉しいな。あっ、でもね夢の中で黒髪のお姉さんが私にいっぱいお話ししてくれたんだ!」


クロナの悲しそうな声が一変、明るい声に変わる。


「黒髪、の……」


イーファの声が詰まる。なぜ、クロナが知っている、何故……サーシャが夢に出てくるのかと


「そのお姉さんすごいんだよ!魔法でお星さまいっぱい出したり、雨を晴らしたり!けど、最後は決まってこう言うの—————」


イーファの息が止まる。過去を思い出す。

サーシャが得意としていた魔法『星譜の刻』夜空に輝く流星群を擬似的に再現する魔法、サーシャが一番最初にイーファに見せた魔法。


「—————『イーファをお願い』って!イーファってお母さんの名前だよね?」



それは本当にただの偶然だったのかもしれない。魔法を教えた時にできた魔力の繋がりからそういう夢を見ただけかもしれない。


それでも嬉しかった。イーファは不思議な感覚に襲われる。


「そう、だな……きっとその人はお母さんの親友…だな。本当に世話焼きだ……」


「親友…そうなんだ……夢の中でお姉さんにいっぱい綺麗な場所教えてもらったんだよ。山より高い灯台とか、地面の下の街とか、すごく大きく樹とかいっぱい!!」


「夢があるな……いつか行ってみたいな」


ポツリとイーファが零した。山より高い灯台には心当たりがあった。というより、其処しか思い浮かばなかった。


「うん!!だからね…私、お母さんと————————」







「———————旅に行きたいの!!」




「…えっ」


イーファの思考が完全に停止した。




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