第41話 組曲:ヒロイン・あの曲・焦り・いたずら
翌、金曜日――
俺のクラスでは、ある話し合いが行われた。
一応クラス委員ということで俺は前に出たが、書記として控えていることに徹してラクをする姿勢を貫いた。
話し合いは陽和が仕切ってくれたが、嫌な顔はされなかった。
……ちょっとは手伝った方がいいかな。
・・・・・・
昼休み、俺に話しかけてきた明は、にやにやとこの上なく面白そうな顔をしていた。
「なあ輝、うちのクラスの出し物、あんなので大丈夫なのかな」
クラスの出し物――
授業の時間を利用して話し合われたのは、かおる祭のクラス展の出し物についてだった。その話だ。
「ま、なんとかするんじゃないの」
興味がない俺としては、そう言うほかない。
それに対して、明は「うひひ」とでも言いそうな顔で話す。
「『なんとかする』ってお前、話し合い聞いてただろ? 無理だって、あれは」
話し合いはちゃんと半分くらいは聞いていた。でも俺は合唱部の練習で忙しいし、どうせクラス展は手伝わないんだ。関係ない。
それに、自主制作の映画もどきにするらしいが――気に入らない。手伝う気も失せる。
「まあ、お前は絶対渋るような内容だもんな。うひひ」
本当に「うひひ」と言った明。
そりゃあ渋るさ。酷いタイトル……「理想の学び舎と伝説の息子――少女たちの恋花を添えて」だと。なんだそれは。
伝説の先輩の息子が共学化された誠澄高校に入学し、5人のヒロインたちとの間で揺さぶられながら、新たな伝説を作っていく――などという内容にしたいらしい。
「ビックリするくらいリアルな設定だよな、伝説の先輩の息子がこの学校に――っての」
こいつめ――俺が嫌がるのを面白がってるな。
「……5人のヒロインと新しい伝説が足りてない」
どこがリアルな設定だ。
「そうか?」
「そうだよ」
俺はそう言葉を投げつけて、話を切った。
それでも明がまだ話を続けようとしたので、俺は精一杯渋い顔をしてみせたが、ちょうどそこに陽和がすたすたと歩いてきた。
「輝、ちょっと伝えたい事があるんだけど――いま、大事な話?」
そう言って、ちょっと首を傾げる陽和。いいところに来てくれて、その仕草。なんだかほっとさせられる。
「人類の歴史上最大のくだらない話してた」
「へ? なーに、それ」
陽和は俺の言葉に、花のような笑顔をみせてくれる。
そしてそこに、明が余計なひと言を添えた。
「かおる祭の出し物の話だよ。そうだな、伝説の息子」
「ああ、あの話? 輝」
俺は明を横目でにらみながら、その気に入らない物語を断固として批判する。
「俺は創作とかよく分からないけど――リアルかどうかは置いておくにしても、ヒロイン5人は多すぎだろ。映画、2時間くらいやるつもりか?」
当日の上映も、それまでの撮影と編集も、とんでもない時間になるだろう。なに考えてるんだ、うちのクラス。
さっきからずっと、にやつくのをやめない明が俺に聞いてくる。
「それじゃ、伝説の息子本人としては、どういうシナリオがいいんだ?」
「宮田くん!」
俺を伝説の息子と呼んだ明に、陽和が抗議の声をあげる。ああ、いっそ隣の席が陽和だったらよかった。明じゃなくて。
とりあえず、ただの海野輝として期待したいシナリオは――
「教室に来ずに合唱部で練習して、本番で舞台に立って、全曲きっちり歌い切るやつがいい」
その言葉を軽く鼻で笑った明と、微笑んだ陽和。
陽和は手を後ろで組んで、視線を逸らしながら言った。
「そのシナリオだと……ヒロインは、私?」
え――?
それは……
そうなるか――?
「お、桜井それいい台詞。みんなに教えとこ」
「ちょっとやめて!」
「おいやめろ!」
重なった俺と陽和の声に明は、くくくと笑った。
「ま、そんなもんだよな。俺たちの物語は」
――?
「俺たち?」
そう聞いた俺に、明は軽く肩をすくめる。
「俺だって器楽部だぞ、ステージ発表に出るんだ。やることはお前らと大体同じ。クラス展は他のやつらに任せるさ」
そう言って、明はまた笑みを浮かべた。
「どうだ輝、無茶な事するやつらをちょっと引いた視点から眺める気分は。なかなかいいもんだろ」
「……そうかな」
そう返してから、俺はふとある事に思い当たった。
「お前ひょっとして、いつも俺をそんな風に見てる?」
そう言う俺に明は、ひひひ、と笑う。こいつめ……
それから昼休みが終わるまで俺は、いつも以上に俺をおちょくる明と、優しい声をかけてくれる陽和を相手に、他愛のない話を続けた。
陽和が俺の所へ来た理由――「ちょっと伝えたい事」を陽和が言い忘れたままだったのに気付いたのは、午後の授業が始まってからだった。
・・・・・・
放課後、先に着替えに行ってしまった陽和に追い付くため、俺は大急ぎで着替えを済ませて女子更衣室の方へ向かった。
そして運よく、陽和と琴音が連れ立って出てくるところに出会うことができた。
「ねえ、陽和」
「ん?」
少し首を傾げる陽和に、昼休みの「ちょっと伝えたい事」が何だったのか、聞いてみる。
先にそれに反応したのは、琴音だった。
「陽和、それ……あの曲のこと?」
琴音に視線を向けられた陽和は少し考えてから、はっとした顔で言った。
「あ……言うの忘れちゃった」
「あの曲」って、なんだ?
琴音は俺に、硬い表情を向けた。
「輝、秘密――守れる?」
「ああ」
ひとまずそう答えたが、秘密って何だろうか。そんなに重大な話か。
「これは部の伝統みたいなものだから、みんなは知っているけれど……輝は当然知らない話ね。いい?」
琴音はそう言って俺の目を見てから、陽和と視線を交わす。陽和がうなづいたのを見て、琴音はまたこちらを見た。
「かおる祭の2日目、一般公開の日の最後の曲は――」
・・・・・・
「――分かった。それで、その曲の用意は?」
「まだできていない。準備が少し遅れているの。今は台本の修正の方を優先していて、時間がちょっと――来週には、必ず楽譜を渡すから」
そういうしきたりがあったのか――
これはうっかり口にしたらまずいな。特に練習室では、絶対に。
でも、その目的で歌うのなら――
……その歌は、俺が歌っていいんだろうか。
・・・・・・
それから練習室へ移動して、今日の部活が始まった。
今日は、7人の部員は合わせを、俺は山口先生の指導で音取りをすることになった。
本番で俺が歌う曲のうち、独唱の「故郷」を除くと残るは3曲。既に2曲の音取りが終わり、昨日の岩村先生の指導で3曲目に入っている。できれば今日中に済ませて、来週月曜にはみんなとの合わせに入りたい。
そんな俺の思いをよそに、山口先生が進める練習はあまり速くなかった。もどかしいしじれったかったが、直接口にするわけにもいかず、時計と楽譜を交互に見ながらの練習になった。
それでも――山口先生は、計算していたのだろうか。練習時間をほぼ目一杯使ったところで、3曲目の音取りは最後まで終わった。
ひとまずこれで、俺が合わせに出る準備は整った。
最後の小節まで音取りを終わらせた山口先生は、軽く息をついて言った。
「ひとまず、時間内には収めたけれど……ちょっと急だったかな。来週は少し復習をしてから合わせに入りましょう。岩村先生に言っておくね」
復習……また今日みたいに個別での練習になるのか。
それはちょっと――時間が惜しい。
「いえ、できればすぐ合わせに入りたいです。間違いがあったらその場で直します。それよりも、他のパートが入った時にどうなるか――早く確かめたいです」
「早く」という言葉を聞いて、先生は少し微笑んだ。
「……輝くん、ちょっと焦りすぎかな? 復習といっても、1日ずっとやるわけじゃないから」
確かに、焦ってはいる。本番まであと3週間なんだから。もう時間的余裕は――
「輝くんは優秀だけど、さすがに土日をまたぐし――たぶん、みんなの足並みを乱しちゃうかな」
……。
みんなの足並みを、乱す――
――いけない。
「……すみません。月曜、復習からお願いします」
ああ、そうだ。
俺は焦っていた。さっきから、自分の事しか考えていなかった。
ひとりが練習不十分な状態で合わせに入ったらどうなるか――俺は小4から6年間の経験を積んでいたのに、そんな事も忘れて合わせを急ごうとしていた。
あるいは少し――「6年間の経験」に、驕っていたかもしれない。
合唱は、みんなでやるものだ。自分ばっかり歌おうとしても、その通り、みんなの足並みを乱すだけ。良いことはひとつもない。
山口先生は静かに言った。
「気持ちは分かるよ。みんなより音取りが遅れているから、急いで済ませないと追い付けない――そんな気がしてるでしょう?」
「はい……」
正直、今でさえそう思っている。
「大丈夫、輝くんなら。音取りさえ完璧に済ませて合わせに入ったら、みんなと横に並べているのがちゃんと分かるから」
……そうであってほしい。
どのみち、月曜は復習が終わったら合わせに入る。追い付けているかどうか、そこで嫌が応にも分かるんだ。
そうであってほしい。
・・・・・・
部活が終わり、みんなに交じって練習室の片付けを済ませた。
今日も俺は、里奈の勢いのいいおしゃべりに相槌をうちながら更衣室へ向かった。
また男子更衣室までついてきた里奈と別れてから着替えを済ませ、たぶん里奈が大急ぎで着替えているであろう女子更衣室の前を過ぎて、練習室へと歩いていった。
・・・・・・
練習室へ戻ってくると、愛がこちらを振り向いて、にっ、と笑った。
「てーるさん?」
……何を仕掛けようとしているんだ、愛。そんなに悪戯っぽい声で。
「ちょっと、あっち向いててください」
あっち向いたら、何か仕掛けを用意するんだろう。
でも、とりあえず言う通りにしてあげようか。こんなに楽しそうに笑っているんだし。
後ろを向いてしばらくすると、背中側から愛の声が聞こえた。
「はい、もういいですよー」
仕掛けは終わったか。
俺は、ちょっとした事じゃ驚かないぞと心に決めながら振り向いた。
――!?
あれ、愛がいない――?
ふたつ並んだ、旧制服のセーラー服の背中。愛がいなくなった代わりに、よく愛と一緒にいる髪をポニーテールに結んだ部員が2人に増えている。
つまり、いつもツインテールの愛がポニーテールに結び直しただけ――のはずだが……
「さーあ輝さん、私を見つけてくださーい」
絶対に、にやついている愛の声。
でも分からない……前から見る時は普通に見分けがついていたのに。髪型を同じにして背を向けられると、どっちか分からない。身長も体格も、まるきり同じ。コピペしたみたいに同じ背中が、並んでいる。
ちょっと困って、向こうで机に向かっていた陽和に視線を送った。「タ・ス・ケ・テ」と。
しかし、俺の無言のメッセージに陽和は首を振った。
「輝、自分で考えて。これはみんなが通る道だから」
なんだよ、それ。
愛、これみんなにやってるのか。自慢の持ちネタなのか。
そんな事を思っていると、俺のすぐ近くで鞄を開いていた琴音が声をかけてくれた。
「輝、大丈夫――」
ああ、助かる。真面目な琴音のことだ、いい助言をくれる。
「確率は、50%」
……。
あの、琴音さん? そんな事言うの?
確率は50%、つまり琴音が言いたい事は――「ワ・カ・ラ・ン」。
じゃあ無理だろ、これ。俺が来る前からふたりと付き合いのある琴音が、分からないなら。
ああ、「もうあてずっぽうで行け」と言うのか。まあ見分けられそうな特徴もないし……よし。
「……左」
どうだ――?
「にひひ……よーし」
愛の声がして、ふたりが振り向いた。
こっちを向いたら、すぐ分かった。顔を見ると、雰囲気は全然違う。
愛は――右だった。
「にひ、輝さん、不正解ですね」
嬉しそうに言う愛。
「輝さん、私たちのこと髪型だけで見てませんか? だめですよ、後ろから見ただけでぱっと見分けられなきゃ」
え、そんな義務あるの?
……まあ、確かに髪型で区別してたのは事実だけど。
そんな愛の言葉に、左側の、本物のポニーテールの部員が言う。
「愛、無理言っちゃ駄目。だから私たち髪型別にしてるんでしょ」
そうだったんだ。
「ちひろー、あんまり輝さんを甘やかしちゃだめだよ。陽和さんみたいに」
向こうでガタッと音がした。
「愛……」
ポニーテールの部員が、無表情の顔で愛をじっと見る。
「……はい、ごめんなさい」
愛が謝った。
なるほどこのポニーテールの部員は、悪戯っぽい愛のストッパー役なんだ。
それからすぐ立ち直って笑顔をいっぱいに浮かべた愛が、威勢よく言った。
「それじゃあ、予定通りに。お見合い、行ってらっしゃーい!」
はい?
「え、なに?」
俺の当然の質問に、愛はわざとらしく口をとがらせる。
「輝さんが選んだんじゃないですかー。あーあ、せっかく『私を見つけて』ってお願いしたのに」
そう言って愛は、ポニーテールの部員の背中をぐいぐい押して、こっちまで歩かせてきた。
「はい輝さん、向こう向いて」
「え、ちょっと――」
愛は俺の背中もぐいっと押して、ドアの前へと押しやる。
「さあ、行った行ったー」
そう言った愛がドアのレバーに手をかけようとしたとき、そのレバーが勢いよく上がった。
「輝さ、ん……?」
いつも通りに戻って来た里奈が、元気な声で俺の名前を呼びかけて、途中で勢いを失う。
「里奈、ちょっと輝さん貸してね」
そんな、俺をもの扱いに……
里奈はむっとしながら室内へ入る。不機嫌そうに……
そんな里奈に、愛は笑顔で言った。
「輝さんはみんなのものだからね、独り占めはだめだよー」
「輝さんは『もの』じゃないです」
そうだ里奈、その通りだ。
あと、「みんなのもの」になった覚えもない。
不機嫌そうな里奈に、愛はますます悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「それじゃあ……里奈だけの男の人?」
「へ?」
里奈は固まった。
その隙をついて、愛は里奈が開けたままのドアへ向かって、背中を押してくる。
「ほーら、でていけー!」
ぐっと廊下に押し出されて、少しよろけた。
立ち直って振り返った時には、勢いよくドアが閉じられるところだった。
――ガシャッ!
勢いよくレバーが下ろされる。
ポニーテールの部員と、ふたりで廊下に立ち尽くした。
閉まった灰色のドアを、ぽかんと見ながら。
……締め出された。




