八話
辺りが暗くなり始め、そろそろ木々の先が見えなくなってきた頃。俺は昼頃に訪れた遺跡の前に立っていた。
「イツツ………。アイツらマジに殴りやがって………」
昨日から楽しみにしていたモフテリアに行ってみれば、そこはモフモフ天国では無く、男の欲望渦巻くキャバクラで、すぐに帰ろうと思えば亜人解放戦線なる輩に拘束されて………。
「どうやら今日の俺はマジに厄日らしいな………」
そう、悪態を吐きながら唇から出た血を親指で拭い、口に溜まった血をぺっ、と吐き捨てる。
「すいません」
「貴方は昼間に来た………。どうしたんですか、その怪我!?」
俺に気付いた見張りの衛兵が焦ったように、俺に回復魔法をかけてくる。昼間俺達を遺跡に入れてくれた好青年の印象を受ける衛兵だ。
「あ、ありがとうございます」
「お礼なんかより、どうしてこんな怪我を!まさか、亜人解放戦線の奴らに何かされたんじゃ………!」
どうやら亜人解放戦線の名はここの衛兵にまで轟いているらしい。近所にあるのだから不思議では無いが、彼らの名は街の外にまで轟いているようだ。
衛兵の回復魔法で傷も全て塞がった事を確認した俺は腕を回して身体の動きも確認する。
「衛兵さん。今から俺、もう一度遺跡に入りたいんですけど構いませんか?」
「な、何言ってるんですか!貴方さっきまであの大怪我だったんですよ!?」
「まぁ、俺ってばナトス様の恩恵のおかげで不死ですし。何とかなりませんか?」
「何でなると思ったんですか………」
俺の説得も虚しく、彼は俺を遺跡に入れてくれる様子はない。
「大体、あんな怪我してどうして遺跡に入りたいんですか?」
「それは………」
あの遺跡の奥にいる人達に用がある、と言っても信じてもらえないだろう。そもそも、これは俺一人で解決すると決めたのだ。彼を巻き込む事もできない。
「正当な理由があるならおっしゃって下さい。私だって融通は効かせます」
「……………」
俺は衛兵の目をじっと見る。嘘を吐いている様子は無い。
数秒ほど深く息を吐いて、俺も覚悟を決める。そのまま衛兵の首根っこをひっ捕まえて引き摺りながら遺跡へと入り、入り口が見えなくなった辺りで俺は衛兵を放した。
「この遺跡は、元々生物実験の研究所だったそうです」
「け、研究所?」
強く引っ張りすぎたのか、衛兵は咳き込みながら聞き返してくる。
「な、何の研究をしていたんですか?」
間髪入れずに出されたその問いに、俺はどこかに置き忘れたあの本の中身を思い出す。全て読んで、顔色を変える事なく、吐かずにいられた自分を褒めてやりたいくらいに、あの本の内容は醜悪だった。
「簡単に言えば、亜人を使ったバケモノの製造、ですかね」
俺の答えに衛兵は信じられないような目で俺を見つめながら両肩に手を置いてくる。
「冗談、ですよね?だってそんなの………許される筈がない。生命への冒涜だ」
「………この実験がされたのは、今から三百年ほど前。俺が見つけた本に年月と実験経過が事細かに書かれていました」
信じられなかろうが、俺は俺が読んだ事を語る。口にするだけで吐きそうな非人道的な実験の数々。リザードマンの鱗、エルフの羽、獣族の爪や牙、挙げるのならばまだあるが、様々な種類の亜人を融合したキメラのようなバケモノ。それが、この遺跡の奥に眠っているのだ。
力無く俺の肩から落ちていく彼の手を見ながら俺は最後の要件を伝える。
「とにかく、貴方はここの衛兵達を全員出来るだけ遠くに避難させて下さい」
「貴方は、どうするんですか?」
遺跡の奥に行こうと振り向きざまに、衛兵が質問してくる。
………正直に言って、自分でも今何故こんな事をしているのかはあまり分からない。生物兵器として作られたバケモノに死なないとは言え唯の人間が敵うはずもないのに。そもそもあの部屋からバケモノが出られないから三百年も平和だったのだ。まさに触らぬ神に祟り無しと言ったところだろう。
それでも、俺は思ってしまったのだ。
「このままにしても後味悪いんで、ちょっと倒してきます」
おそらく見たところで安心できないような歪な笑顔を彼に見せ、振り返る事もせずに走る。後ろから彼の声がこだましてくるが、しばらくして聞こえなくなるのだった。
そのまま走って辿り着いた奥の部屋に続く石で出来た大扉。
三百年放置されていたからか、扉はあちこち苔や植物に覆われていて、その大きさも相まって、一見すれば唯の壁にしか見えない。唯一、扉と判断できる要素と言えば右と左の扉の間にある溝のようなものだ。
「確か、ここらへんだったよな………」
外も暗くなり、ライトを出したは良いものの、それでもまだ部屋の中は真っ暗で、部屋の中を捜索するのも手探りだ。
あの本には、二つの筆跡があった。一つはもちろん、あの悍ましい研究を日夜記録し続けていた人間。当たり前ではあるのだが、コイツの文字が大半だった。
そして、二つ目は、その本の最後数ページに書き記してある文字の持ち主。彼こそが今目の前にある扉の奥にバケモノを封じ込めた人物であると綴られている。
あの本を読んでいて、何となくではあるが予感はしていた。三百年も前に作られた生物兵器は今現在、あの誰も入れないような扉の奥で、自分達をこんなバケモノにした者と救いのない世界に復讐するため今か今かと待ち侘びているのだろうと。陰謀論じみていると自分でだって思わないわけじゃない。でも、こう言う予感は本当によく当たる。
「お、あったぞ」
この暗がりで、ようやく見つけたお目当ての物。それは壁に書かれた日本語だ。不思議なことにあの本には最後数ページに渡っては、何故か日本語でつらつらと書かれていたのだ。
その文曰く、この大きな石の扉を開けるには手前の部屋に掘られた文に従わなければならないらしい。
俺はすぐにライトを壁に近付けて文字全体が見えるように調節する。
日本晴れ。
「あぁ?」
まさかの四文字。わけがわからない。そもそも何で日本晴れ?炎タイプの技の威力アップ?兎に角、俺みたいな転生者が三百年前にいたということは確かなのだろう。
「ったく、謎解きなんて苦手だってーのに………」
悪態を吐きながら俺はもう一度、あの本の最後を思い出す。
塵芥の如き白き物を供えれば、きっと羅生の扉は開くだろう。
………訳が分からない。何なんだ塵芥の如き白き物って言うのは。羅生の扉?そもそも羅生に何ら意味も無いはずだ。
「……………芥川龍之介の羅生門?」
塵芥と羅生の扉。無理矢理繋げようとして、ふと俺はそんな言葉を吐いた。確か、下人と白髪の老婆のお話で老婆の方が死体の髪で鬘を作っていたような気がする。
「しろい………かみ?」
はっ、と俺はある物が頭の中に思い浮かび、直様その場所へと足を運ぶ。
もし、あの本の文が芥川龍之介の羅生門を意味するのだとしたら、きっと白き物と言うのは老婆の白髪、つまりは白い髪の事だ。
「塵芥の如き白き物。………コイツか!」
俺は目的の物を目の前にしてそれを手に取る。しかし、何分古すぎて俺の力に耐えられずに塵芥となって床にパラパラと落ちていく。部屋の本棚の中の古びた本。きっとこれが塵芥の如き白き物なのだ。と、言うか現段階では俺の頭ではこれしか思い浮かばない。
後は壁の文字を読み解くだけだ。しかし、あの四文字にいったいどんな意味が隠されているのだろうか?
俺は近くの椅子にゆっくりと腰を掛けて、何度も何度も日本晴れと呟くのだった。
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