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五話

 翌日、俺は貰った脇差の試し斬りの為にナトス様と共に街の外で未だに沸きまくっているスライムの退治を行っていた。

 今日は珍しく朝ご飯が先だったこともあり、始めるのは体感朝の十時頃だった。

 そして今日の俺は昨日の俺とは一味も二味も違う。

 その理由は単純明快。ナトス様の頼みでバイモンさんが作ってくれた脇差だ。

 まずナトス様から貰った剣と違うところはやはり何と言ってもその軽さと斬れ味だ。昨日持たせてもらった時も思ってはいたが重さが無い分頭で考える身体の動きと実際の身体の動きのラグが最低限で済んでいる。しかも切れ味がいいから、スライムのぽよぽよボディで力を流されることがほとんどない。

 そして最大の特徴は………。


「我、フジサキ・モモの名においてかのものを穿て!サンダーボール!」


 剣に自身の魔法を付与できることだ。

 これについてはバイモンさん曰く魔力伝導率が何たらかんたら………、おそらく熱伝導率の様な物がこの世界には概念として存在して、それがマジックライトメタルは高いのだろう。この世界の専門用語などは学ぶ必要がありそうだ。


「なかなか、様になって来たじゃねーか」


 ここら辺にいた最後のスライムを倒したのを見たナトス様が俺に近づいて来て話しかけて来る。


「この武器のおかげですよ」

「謙虚な奴だなオメー………。そこは素直に受け取っときゃあいいんだよ!」


 そう言われても実際脇差のおかげだ。レベルアップもステータスもないこの世界で強くなるには特訓しかない。

 毎日特訓はしているものの、ほんの一週間ちょっとで成長するとも思えない。


「そう言えばよ、オメー昼からティジェフんとこの神子と一緒にお勤めに行くんだろ?」

「そうですね。確か宮廷魔導士団のお手伝いに亜人の街の近郊まで。何か遺跡の調査だとかなんとか」


 宮廷魔導士団………。

 この国の国王直属の魔法特化の騎士団だ。騎士団と言っても彼らは剣を使わない。

 名前の通り魔法のスペシャリストで、入るには魔力の評価がA以上ないと入れないと言われている、らしい。昨日ティジェフさん達から聞いただけだからよくは分からない。


「亜人の街………デミゴスか。あそこら辺で最近遺跡が見つかったって話は聞いてたが………。あんなとこにそんなもんあったか?」


 ナトス様が何かを考える様にそこら辺にあった石に座り込む。

 俺も近くにあった木に座って刃こぼれもない脇差を時間潰しに眺めた。

 見れば見るほど綺麗な脇差だと思う。刃の焼き入れによってつけられる波紋も鮮やかな色合いだ。バイモンさんは本当に腕の良い鍛冶屋なのだろう。


「………まぁ、宮廷魔導士団と一緒ってならそうそう危ない事にはならなそうだな。わかってると思うが、オメーはオレ様の代わりみたいなもんで行くんだからな。あんま連中と騒ぎ起こすんじゃねーぞ?」

「分かってますよ。アンタ俺のことどう思ってるんですか………」

「ムキになると周りが見えなくなるバカだな」

「否定しずらいのが辛いですね………」


 そして、俺は再び立ち上がり少し増えて来たスライムを倒しに向かう。

 結局、スライム退治は予定の一時間前まで続いた。


「いっけなーい!遅刻遅刻ゥ!」


 ようやくスライム退治が終わり、少女漫画の冒頭でよく見そうな台詞を吐きながら俺は走って教会にある身支度を取りに向かっていた。

 この身支度はありがたいことにマリアンヌさんと言う年配シスターがやってくれたらしく、おかげで俺はギリギリまで特訓ができた。

 ナトス様は何やら調べたいことがあるらしく、何処かへと行ってしまった。


「おい、兄ちゃん!」


 そんなことは気にすまいとばかりに、教会で身支度を受け取り、マリアンヌさんに感謝しながら一歩一歩を走っていると、急に野太い声が俺を止める。

 振り返ってみればそこに居たのは屋台から顔を出したスキンヘッドの男。俺はその男に見覚えがあった。


「アンタは………。路地裏で店開いてた第二異世界人のオヤジさん!」


 そう。俺が転生してすぐに出会って道を教えてくれた親切なオヤジだ。


「店の場所変えたんですか?」

「まぁな。最近は商売も好調で、おかげで大通りに屋台を構えることができたんだ」

「へー」

「それよりも聞いたぜ。兄ちゃんナトス様の神子様なんだって?そりゃあノーサス様の神子様の家に遊びに行ってても不思議はねぇわけだ」


 あれは完全にナトス様の転生の位置ミスだがそんなことを言っても信じてもらえないだろうし良い様に解釈してくれているなら黙っておこう。

 後、聞き逃してはいけなそうな単語も聞こえてきたが、そんなことより、と俺は話題を変えて屋台の商品を見る。ガラス玉や液体の入った瓶、顔の付いた植物なんかも置いてある。見た感じはよくわからないが骨董品とかだろうか。


「ここって何を売ってるんですか?」

「あん?あぁ、これらは全部魔道具だ」

「魔道具?」


 この怖面の如何にも近接戦闘とか鍛冶屋のオヤジ風なこの人が?魔道具?

 俺は目をギョッとさせて魔道具とオヤジさんは交互に見る。


「おい。考えてることが分かるぞ。魔道具屋の店主で悪かったな」

「い、いやいや!アハハハ………。あ、そうだ!便利な魔道具一つ買いますよ!丁度お小遣いもありますし!」


 話題を逸らす為に俺は商品を見るフリをしながらオヤジさんの様子を伺う。

 オヤジさんも商品を買ってもらえるとなって気分を良くしたのか、ノリノリで商品を漁り始める。


「お、それならコイツはどうだ?」


 しばらく考えた末にオヤジさんが手に取ったのは野球ボールくらいの小さなガラス玉だった。


「何ですかそれ?」

「一回限りでどんな魔法でも吸い取って相手に跳ね返す魔法の水晶さ。値段は五千エクセルだ」

「便利そうなのに結構安いですね」

「一回ポッキリの使い捨てだからな。そう考えちゃあ中々の値段だろ」


 そう言われれば確かに、RPGなどで使い捨てアイテムを買い込むことはあるがそれに五千円いるとなれば流石に買うことはない。

 とは言え、この一週間ちょっとお勤めをしてお小遣いが入った俺にとっては五千エクセルは払えない額でもない。一回きりでも使い方によっては有用だろう。


「わかりました。じゃあそれ一つ」

「まいど」


 俺はオヤジさんに代金を渡して水晶玉を受け取る。


「また来てくれよ」


 オヤジさんの言葉に会釈して再び俺は走って、ようやく大通りの半分くらいに辿り着いた。

 宮廷魔導士団の人達は、基本的にティジェフさんと城を繋ぐ大通りの、城側の出口にある詰め所にいて、今回の集合場所もその詰め所となっている。

 そして、この時点で俺の体内時計が告げている。残りの時間はおよそ四十五分だと。歩いても全然間に合う時間だ。

 だが、どうだ?宮廷魔導士団と言うことは言うなれば日本の陸上自衛隊のような方々の位置付けだろう。

 時間にもきっと厳格で三十分より前には全員が集合していることだろう。そこにぽっと出の俺が後からノソノソと来ればきっと良くは思わない。

 下手をすれば宮廷魔導士団とウチの教会は不仲になっていき………。


「ウオォォォォォォ!!!唸れ!俺の脚!」


 そんなことは絶対にさせない!そんな後味悪そうなことは嫌だ!などと、本音がチラリズムしながらも懸命に大通りを走り切り、集合場所である宮廷魔導士団詰め所、更に言えばその中庭へと辿り着く。ジャストギリギリ三十分だ。


「ハァハァ………、お、遅れてすいません!」


 俺は息を整えながら中庭を見る。

 ………誰も居ない。誰も居ないのだ。ティジェフ様の神子はおろか俺の頭の中では時間に厳格な宮廷魔導士団の人すら誰も居ない。

 あるのはよく中世ヨーロッパなどで見る人を運ぶ馬車の車部分だけ。


「時間………間違えたかな?」


 俺は辺りを見渡して詰め所の見張りをしているのであろう衛兵に話しかける。


「あの………すいません」

「どうした?見かけない顔だな………。誰かに面会か?」

「あ、いえ。自分亜人の街の近郊の仕事に参加することになったナトス様の神子なんですけど、後三十分で出発のはずなのに誰も居なくて………」


 あぁ………、と衛兵が面倒くさそうに頬をかきながら建物の方を指差す。陰で見えにくくはあるが、確かに人が何人かいる。


「神子様って事は異世界人だろ?なら、知っておくと良い。この国では貴族から見て亜人………特に獣族は凄く地位が低い。もう奴隷扱いだ。宮廷魔導士は大抵が選民思想の強い貴族のボンボンばっかでな、デミゴスん所に派遣される奴らは極刑を言い渡された罪人みたいに塞ぎこんでるんだよ。ま、平民出身の俺からしたら何でそんなに嫌ってるのか分からねーがな。獣族はいいぜ。尻尾がモフモフで気持ちいいんだ」

「モフモフですか」

「モフモフだな。気になるならデミゴスのモフテリアに行ってみろ。他の街でも人気な店の本家本元だ」


 しばらく俺と衛兵が見つめ合った後、固く手を交わし俺は再び車に向かう。


「それにしても準備とか無しなのか?車を引くにも動物は居るだろ………」


 既に出発まで三十分を切った状態で物資の積み込みすらされていない様子だ。


「て言うかティジェフさんの神子はどこに居るんだ?」


 宮廷魔導士は見つけた。

 ではもう一人の神子はどこに居るのか。辺りを見渡してもそれっぽい人影は見えない。


「あ、あの〜」

「ホワッ!?」


 不意に後ろから声が聞こえて前飛びになりながら声の正体を確認する。

 ローブを羽織り、黒髪で、芋いおさげのメガネ少女。


「昨日の切腹女!」

「ひぃ!すいませんすいません!」


 頭を何度も下げる少女を見ながら、俺は頭を掻く。

 またこの状況だ。俺はいったいどうすれば良いのだろうか………。


「あー………、とにかくその謝るのを辞めてくれると嬉しいかな」

「そうですよね………。すいませ………ん!」


 再び謝りそうになったことに気付いたのか少女は自身の口を手で塞ぐ素振りを見せる。


「ところでお前、名前は?宮廷魔導士の人には見えないけど………どうしてここに?」

「………ぷは!私、ウサミ・マホって言います。ここにはその………ティジェフ様の神子として魔導士さん達のお手伝いに………」


 口を塞いだ上に息まで止めていたのだろう。

 ウサミ・マホと名乗った少女は目を逸らしながら語っていく。


「へー、ティジェフさんとこの神子はお前だったんだ」

「は、はい………。私みたいなのが神子ですいません………」

「だーから謝んなって。悪いことしてないだろうが。そんなことされたらこっちが後味悪くなるわ!」


 短い悲鳴を上げながらマホは近くにあった柱の影に隠れてしまう。

 ………まぁ、彼女のことは一旦置いておくとして何とかこの出発前から詰んでいる状況は打開しなければならない。

 俺は絶望した面持ちの宮廷魔導士達に歩み寄って話しかける。


「すいません。貴方方のリーダーは今何処にいらっしゃりますか?」

「あぁ………一緒に行く予定の神子かな?団長なら二階の団長室にいると思うよ。しかし………団長も酷いお人だ。何故我々があんな獣臭い地に赴かねばならんのだ」


 どうやら、衛兵の言うように本当に亜人、というか獣人への差別は深刻なものらしい。二言三言目にそれが出てくるのが確かな証拠だ。

 さて、魔導士の言う通り二階に辿り着きまず俺がとったのは辺りを見渡すことだった。

 知らない場所にくればまずは空間の把握。探索ゲームの鉄則だ。ここはゲームではないのは重々承知しているがVRMMOのやり過ぎで癖になってしまった。


「団長室は何処かな〜っと」


 団長室と言うくらいだしこの建物の中心に位置していてもおかしくない。

 どうやらこの建物の構造は漢字の『回』の形をしているらしく、さっきまで居た中庭が何処からでも見える。


「階段がこっち側だし向かいかな」


 建物の構造を見て中の部屋を予想するのも探索の醍醐味だと言えるだろう。偶には寄り道をして、いいアイテムとかが手に入った日にはもうウハウハだ。


「お、ビンゴ?」


 目星を付けた部屋の扉の上。確かに団長室と書かれている。

 俺はやや緊張しつつも、コンコンと扉を叩く。


「どうぞ」

「………失礼します」


 中の人の許可が降りて俺は扉を開き、一歩一歩部屋へと入っていく。

 そこにいたのは奥の椅子に座る白髪の片眼鏡を掛けた何とも好印象を受ける青年だ。おそらく彼も貴族なのだろう。とても気品が感じられる。

 部屋には執務机があり、その前には客を迎える為であろうソファーとテーブルが置かれている。


「来ると思っていたよ。君の噂は聞いていたからね」

「………既にご存知のようですが、改めまして。お初にお目にかかります。私、ナトス様の神子をさせていただいているフジサキ・モモと申します」


 漫画知識の、紳士な貴族風の喋りに気をつけながら俺は次に喋ることを考える。

 彼はここのリーダーだ。失言をしようものなら本当に関係が終わりかねない。


「うん。僕はノーン。ノーン・イロンハット。不明の魔術師なんて呼ばれているよ」


 イロンハットと名乗った青年は椅子から立ち上がって二つのカップに飲み物を入れると一つをテーブルに置く。


「君もどうだい?」

「私は………、苦い飲み物はあまり………」

「それは残念だ」


 自身のコーヒーを一口飲んでソファーに座り、俺を見ながら顎でソファーを指す。

 座れと言うことだろう。イロンハット卿の指示通りに俺は彼の向かいのソファーに腰を掛ける。


「………それで、話があるから来たんだろう?何となくは想像できるけど言ってみるといい」


 片眼鏡をクイっと上げて、見透かしたように俺を見るイロンハット卿。俺は緊張を抑えるために一呼吸を置いてから口を開く。


「イロンハット卿。今回の任務、私とティジェフ様の神子の二人で行く許可をいただきたい」


 士気の低い兵士が居たところで逆に邪魔になるのは何処の戦場だろうが会社だろうが一緒だろう。神子風情が何を言っているのかと思うかもしれないが、その実例が冬将軍で士気が下がったナポレオンのシベリアの敗戦だ。

 イロンハット卿もその事には気付いているのだろう。彼も低い士気の兵を出して万が一にも無駄な犠牲は出したくないはずだ。

 俺のその願いにイロンハット卿はんー………、と唸りながら目を閉じる。


「それは………ちょっとできない」

「勿論成果はそちらに全てお渡ししますし条件があるなら受け入れます」

「いや、問題はそこじゃないんだ。今回君達に頼みたいのは先日見つかった遺跡の調査なんだけど、どうやら魔法の仕掛けがそこら中に張り巡らされているみたいでね………。魔法に精通している者が欲しい」

「それは………私達の方が役に立ちませんよね?」


 俺は初期魔法しか使えないし、マホもあの感じではきっとあたふたするだけで役には立てないだろう。

 だが、イロンハット卿が首を横に振る。


「そんな事はないよ。僕は君の起点の良さとマホ君の底がない魔力に期待しているんだ」

「起点の良さって………。私にそんなものありませんよ」


 ニコニコとイロンハット卿がこちらを見て何も答えない。正直に言ってしまえば彼の本心が何も見えてこない事に気持ち悪さすら感じてしまう。


「よし。ならこうしようか。君達に我々が所有する魔法に精通した亜人を一人付けよう」

「亜人………?」


 亜人を差別している宮廷魔導士団に所属する亜人?嫌な予感しかしない。それに所属じゃなくて所有………。

 俺は所有と言う言葉に違和感を抱きながら不審の目でイロンハット卿を見る。


「ハハッ、見てもらった方が早いだろうね。それじゃあ着いてきてくれ」


 コーヒーを全て飲み終わったイロンハット卿がソファから立ち上がって部屋の外へと出る。それを見て俺は緊張でかいた汗の分、残ったもう一杯の方のコーヒーのカップを手に取りコーヒーを口へと流し込む。


「ニッガッッッ!!!」


 俺は机にカップを戻すと急いで部屋を飛び出してイロンハット卿を追った。

 彼を追った先は宮廷魔導士団詰め所地下室。光なんて物はほとんどなく、鉄の匂いが鼻に付く。

 胸糞の悪いこの場所に、俺は早くこの場所から出ていきたい、とそんな事ばかりが俺の頭を反芻する。

 鉄の匂いを辿ってみれば規則的に並んだ鉄格子の檻があり、その中には身体中が傷だらけの人の姿がある。しかもそれはただの人じゃない。耳や尻尾が生えている。彼ら彼女らがきっと亜人なのだろう。


「あの………これは?」


 我慢できなくなり俺はこの異様な光景に笑顔を崩すことのないイロンハット卿へと尋ねる。


「彼らは我々が所有している奴隷だよ。遠征なんかの時に車を引いてもらっている」


 彼らは馬や牛よりも力があるからね、と付け加えてイロンハット卿がある檻の前で立ち止まる。ここだけは何故か見張りの兵がいる。

 俺も足を止めてその檻の中を覗いてみればそこにいたのは先ほどの人の見た目をした亜人とは違い、狭い牢屋の奥で眠っている、汚れた白い毛皮の虎だった。。

 暫くするとその虎も俺達に気付いたようで起き上がりって檻に近付いてくる。


「コレを君に付けよう」


 じっと虎を見ているといきなり虎が檻に頭をぶつけ出す。


「!?」

「ハハッ。少し気性が荒いが大丈夫。僕の隷属魔法の権限を君に渡しておくから」


 そう言ってイロンハット卿が懐から紙を取り出して俺に手渡してくる。紙を見てみればそこには何やら魔法陣が描かれている。


「それを持っている限り君はコレに襲われる事はないし言う事も聞かせられる」

「…………………」


 確かに、安全のためには持っていた方が良さそうだろう。


「ありがたくお借りします」

「うん。それじゃ………」


 イロンハット卿が見張りに合図をすると見張りが鍵を取り出して牢の扉を開ける。牢の中にイロンハット卿が入ると、直様虎が彼に襲いかかっていく。

 急いで助けようと走り出そうとするが見張りに二人に止められる。彼らはイロンハット卿がどうなってもいいのだろうか。


「主人の僕が命じる。キミはこれからナトス様とティジェフ様の神子をデミゴスまで送り届けて、調査を手助けすること」


 虎の手がイロンハット卿に振り下ろされる瞬間、虎の胸元が光出して虎が姿勢良く座る。


「………いい子だ」


 イロンハット卿は虎を誉めているが撫でる様子はない。虎も何だか嫌々従っているようにも見える。


「これを使えばデミゴスまで一日ほどで辿り着ける。宿代は後日請求してくれ。こちらで経費として引き落としておくよ。兵を動かさなくて済む分費用も浮いたからね」


 イロンハット卿が牢から出ると、後を追うように虎も出てくる。


「コレはウチの亜人の中では一番能力が高い。何故か人型にはならないけど………まぁ、車を運んで魔法陣を罠を解析するだけならなる必要はないから関係ないよね」


 ………本当に笑顔が気持ち悪い男だ。

 俺がここまで初対面の人間に不快感を覚えるのは多分珍しい。

 普段なら少なくとも出来るだけ距離を置いておこうくらいだ。

 でも彼は違う。そんなものとは比べ物にならないほどの、出来るならもう会いたくないくらいの胸糞の悪さがある。


「………感謝します」

「いいよ。これからも懇意にしようじゃないか」


 俺は頭だけ下げ、虎を連れて車の置いてある中庭へと向かうのだった。

繋ぐ時に暴れると思っていた虎も、案外大人しくしていてくれた為すんなり繋ぐ事はできた。ただ、問題があったとすれば臭い事だ。

 出発の用意もできた事で、俺は操縦席へと座る。と、言っても彼女が勝手に進んでくれるそうなので俺がやることはこれと言って特にはない。


「おーい、マホ。早く乗れ〜」

「は、はい!」


 未だ柱に隠れていたマホを呼んで俺は後ろの座席へと座るように促した。

 促したのだが………。


「………なんで俺の隣に座ってるの?」


 何故か俺の隣に座ってきたのだ。


「あ!す、すいません!私なんかに隣に座られて迷惑でしたよね………。でも、男の人は女の子に隣に座られると喜ぶ物だとバイモンさんが………」


 どうやら彼女も自身の教会で愉快な生活を送っているようだ。


「それを俺にしてどうすんだよ。そう言うのはね、好きな男にやるモンだよ」


 今度こそ、マホが後ろの席に座って俺も虎の手綱を握る。


「よーし、それじゃあ行くか。頼むぞ、えーっと………」


 そう言えばこの虎の名前をイロンハット卿から聞くのを忘れていた。

 いや、きっと彼のことだから名前なんて知りもしないのだろう。


「お前、名前なんて言うの?」

「………」


 そう言えばこの虎も亜人であったことを思い出して尋ねてみる。

 亜人ならば言葉を話せるはずなのだが、この虎は答えるつもりはないらしい。


「………じゃあ、もう虎で行くからな。嫌ならちゃんとテメーの口で言えよ」

「あの………さっきから何で虎さんに話しかけてるんですか?そ、それに他の人達は………」


 俺はマホに士気の低い兵は邪魔だから俺達だけで行くと提案したこと、それに伴ってイロンハット卿がこの虎をお供につけてくれたことなど、虎が奴隷のような扱いをされていると言った悪い部分は除いて今までの経緯を説明した。


「エェェェェェ!?わ、私達三人で行くんですか!?」

「まぁ、そう言うことだ」

「無理無理無理無理!無理ですよぉ………。モモさんはとにかく、私なんて………」


 何となく、彼女がどんな人間なのか分かった気がする。

 彼女はきっと自己肯定感がもの凄い低いのだ。だからすぐに謝ろうとする。

 なら、こう言う類いの人間はどう扱えばいいのか?


「大丈夫だって。俺君のこと一切知らないけど噂は聞いたことあるし!魔法で山潰せるとか凄い魔力じゃん!」


 その者の自己肯定感を高めてやることだ。


「ティジェフ様からの貰い物ですけどね………」

「………」


 作戦は、失敗した。

 そんな話をしていると不意に虎が動き出す。

 そう言えばそろそろ出発の時間だな、なんて思いながら二階のとある窓を見る。その窓からイロンハット卿がこちらを眺めてニコニコと笑っていた。

 しかし直様奥へと姿を消していき、俺も再び前を向いた。虎はそのまま東門から街を出て道なりに進んでいく。


「この先って何処の町に繋がってるか分かる?」

「ひ!?あ、あの………多分農村に繋がってます」


 俺の問いにマホがカバンに入れていた地図を取り出して俺に見せてくる。


「それってどれくらいで着きそう?」

「ゆ、夕陽が沈んだくらいだと思いますけど………」


 つまり辺りは殆ど暗がりだと言う事だ。

 夜の行動はとても危ないと言うのは何処の世界も同じだろう。


「なら、今日はそこで宿を取ろう」

「は、はい」


 しばらくの進んでいると辺りの風景が平原から山へと変わっていく。


「………そう言えばさ、マホはどう言うことができるんだ?魔法で山を吹き飛ばしたって聞いたけど」

「あ、あれは違うんです!誤解なんです!」

「誤解?」


 マホが何度も頷き返して俺も頭を悩ませる。


「スライムを倒そうとして………、緊張しちゃって………。魔法の調整を間違えたんです」

「調整?」

「ま、魔法の威力は………その魔法にどれだけの魔力を注ぎ込むかで変わってくるんです。でも私、あがり症でそう言うのが苦手で………」

「ほへー、魔法もまだまだ奥深いんだなー」


 魔法の奥深さに感心しながら、俺は山を見渡してみる。豆くらいの大きさのセントラルシティが遠くに見える。そのセントラルシティの南の方に視線を向けてみれば距離は離れているものの海も見える。

 こう、遠いところから俺がいつもいるところを俯瞰してみれば街が色んなところに繋がっていると実感できて感慨深い。

 俺たちはそこから山に更に入っていって、ある橋に出る。

 その橋は別に谷にかかっているとか川の勢いがすごいとか深いとか言うわけでもない。ただただ、かかっているだけの橋だ。


「よし、ここで一旦休憩しよう。」


 俺は車から降りて、カバンに入れていた竹で作られた水筒に川の水を入れる。


「マホも水が欲しかったら入れとくから水筒置いとけよ。虎もここまで歩きっぱなしだろ。しっかり水飲んどけ」


 虎が返事をする事は無かったが、しっかりと川の水を飲みに近付いて川に舌を入れ始める。

 それにしてもこの虎。虎にしては結構毛があって暖かそうだ。汚く無かったら思う存分モフりたいところだ。


「……………」

「べ、別に何も考えてないからね。勘違いしないでよね!」


 返事をしてくれない虎相手に何真剣に弁明しているのだろうか。


「………あ、それと後三時間は歩いて貰うから用を足しとくなら足しとけよ」

「!?」


 虎の動きが止まって、信じられない様な顔で俺を見てくる。なんだ?と俺が虎を見ていると虎がいきなり俺に向かって襲いかかってきた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!何何何!?」


 この追いかけっこは再び出発するまで続くのだった。


「あぁ………酷い目にあった」

「自業自得だと思いますけど………」


 手綱を握りながらため息を吐いて口を吐く俺に後ろで地図を見ているマホが声をかけてくる。


「いや、男同士のコミュニケーションって言うか………」

「え?虎ちゃんって、女の子ですよね………?」

「え?」

「え?」


 いや、待て。待ってくれ。この虎が女の子?もしそれが本当なのだとするならば………。


「俺女の子に用足せとか言ったクソ野郎じゃん」

「あ、はい」

「否定してくれてもよくない?」


 オドオドしてるだけと思ったが、どうやら言うことはズケズケ言う性格らしい。

 とりあえず、虎には誠心誠意謝って、それからしばらくは誰も喋らないまま山の風景を堪能しつつ山道を道なりに進んでいく。

 ようやく夕陽が傾いて来た頃、山道から山に囲まれた村が見えてくる。


「なんだ?」


 しかし、その村がおかしいのだ。

 目に見えるのは田んぼに瓦屋根の建物。明らかに中世ヨーロッパ風の世界には似付かわない景観だろう。


「な、懐かしい感じですね………。古き良き日本を感じます………」

「言ってる場合か!何がどうなってるんだ………?」


 とにかく暗くなってしまっては元も子もないので虎には少し急いでもらうことにして村へと辿り着いたのはギリギリ夕陽が沈みかける頃だった。


「………やっぱり日本の田舎って感じだな。なんか懐かしい感じがする」

「実家が田舎だったんですか?」

「ん?あぁ………そうだな。特に面白みもない田んぼが広がった田舎だった」

「へぇ………。私は東京です」

「何で今自分の出身言った!?自慢か!自身がシティーガールであると言う自慢か!」


 慣れてきてくれたのかマホの喋り方にも大分どもりが無くなってきたことに気づいて、俺も少しだけ笑みが溢れる。


「って!こんな事やってる場合じゃねぇ!急いで宿探さねーと!」


 そんなことをしていると、ちょうど良い所にお爺さんが通りかかってきたので虎に止まってもらい話しかける。

 畑仕事の帰りだろうか、鍬を持って麦わら帽子を被っている。


「すいません。ちょっと良いですか?」

「他所者か………。宿ならこの道をまっすぐ行けば辿り着ける」

「え………」


 まだ何も質問していないのに求めた回答を出すお爺さんに俺は言葉が詰まる。

 確かにもう暗いしこの村で一泊しようとしていると予想をする事はできるかもしれないが、できていたとしても普通は要件を聞くものだろう。


「変なお爺さんですね………」

「だな。何はともあれ宿はあるみたいだし急ぐぞ」


 再び虎が進み出してしばらくすると確かに宿が見え始める。この宿もやはり日本風だ。

 宿の前に辿り着き、俺たちは車が置かれている場所に車を停める。

 横にも幾つか車があって、近くからは馬の声も聞こえてくる。


「他にもお客さんが居るんでしょうか?」

「見た感じ居そうではあるな」


 俺は車から荷物を下ろして虎と車を繋ぐ紐を解く。


「お前も泊まるよな?」

「……………」


 虎が返事をする事はないが、目を丸くして驚いているのは分かる。

 だが、すぐにその場に寝そべって目を閉じる。


「一応三部屋取っとくからな」


 俺は虎にそれだけ伝えるとマホと一緒に宿へと向かった。

 宿に入るとまずよく見る虎の屏風が目に入る。玄関とも言えるそこはこの世界では未だ見たことのない玄関から奥に段差がある作り。非常に靴を脱がなければと言う使命感に駆られてしまう。


「おや、珍しい」


 そんな中奥から誰かの声が聞こえてくる。

 振り向いて見れば俺たちに向かって歩いてくる藍色の着物の女性だった。


「あ、あの………珍しいって?」

「最初はお客様は皆さん靴を脱がずに上がろうとなさるので」


 マホの質問に女性がスリッパの様な上履きを用意しながら答える。


「いらっしゃいませ。私はこの宿の女将でございます」

「部屋を三つ取りたいんですけど………」

「申し訳ございません。只今空き部屋が一つしか無くて」

「一つ?」


 一つなら仕方がない。部屋の形にもよるが日本旅館なら大抵あるよく分からないスペースに俺が寝ればいいだけだ。


「分かりました。それでお願いします」

「かしこまりました。それではまず、こちらにお名前を」

「あ、はい」


 女将がペンと冊子を取りだして俺に差し出してくる。

 俺はそれを受け取って、冊子の空いた欄に名前を書こうとするが、そこでペンが止まる。

 そう言えば、俺この世界の文字全然書けないじゃん………。

 致命的だ。お約束的なもので読んだり話したりすることには問題がないらしいが書けないと言うのはやはり生活を送る上での障害になってしまう。


「えっと………、マホは書ける?」

「うぇ!?は、はい!ティジェフ様に教えてもらいましたので………」


 そう言って俺が渡したペンを受け取ると、マホはスラスラと記帳していく。

 この場はマホのおかげで何とか事なきを得たが今後のためにも少し勉強しておく必要がありそうだ。


「フジサキ・モモ様………。変わったお名前ですね。出身は?」

「しゅっ!?」


 さて、再び困ったことになった。何と答えればいいのだろうか。

 馬鹿正直に神様に神子として呼ばれた異世界人です!、なんて言っても良いのか?

 セントラルシティの人々様子を見れば言っても何ら問題は無さそうだが………。


「わ、私達、神子として呼ばれた異世界人なんです!」

「マホさん!?」


 答えたのはまさかのマホだった。俺は何とか誤魔化そうとするが女将はまた目を丸くして奥へと引っ込んでしまう。そして戻ってきたかと思えば手に持っていた四角い紙を俺たちに渡してくる。


「さ、サインをお願いできませんか!?」

「へ?」


 話を聞いて見ればこの村はスーゼ村と言い、昔から神子達のファンを村ぐるみでやっているらしい。一ヶ月前、ノーサスさんの神子チサトというらしいが召喚された時も村を上げて宴を開いたのだとか。

 サインも書き終わって女将に部屋へ案内してもらい、虎の亜人が来たらここに案内して貰う様にだけ頼んで俺たちは一時の休みへと入る。

 分かってはいたがテレビがない。部屋は予想通りの畳の部屋とよく分からないスペースに分かれていた。

 まぁ、ここは中世ヨーロッパ的な世界観なのだから無いのは当たり前なのだろう。

 しかし、俺はこの世界で現代的なスポーツブラを見てしまったのだ。ならば、現代的といわずとも、金を入れて動くテレビがあるかな?、何て淡い期待をしていたとしても何ら不思議ではないはずだ。


「モモさん。この宿、温泉があるみたいですよ?あ、でも男女で使用時間が決まってますね………」

「なーにが、温泉だよ。どうせレトロゲームもねーんだろ知ってるよ!中世ヨーロッパ的な異世界だもんな!」

「な、何をそんなに怒ってるんですか………?」


 恐る恐る涙目になりながら尋ねてくるマホに俺はグイッと近づいて語る。


「温泉旅館と言えばなんだ!そう!誰がやるの、とかよく残ってたな、とか思ってしまう様なレトロゲーム!レトロゲームの無い風呂上がりなんぞタコの入っていないたこ焼きに等しい!マホもそう思うよな?!?」

「えっと………、私温泉に入ってきます!」


 逃げる様に部屋を出ていくマホを目で追って俺はため息を吐く。

 何を思ったのかマホに結構捲し立ててしまったが、よくよく考えれば彼女には関係ないどころかどうでもいいことだろう。

 そもそも、ここの旅館にも失礼な物言いだったと反省する。


「………後で謝っておこ」


 自身の行いを反省しながら荷物整理の為に俺は荷物を纏めた袋に手を伸ばす。しかし、袋に手が届く前に扉が叩かれる音が響いた。

 俺が扉を開くとそこに居たのはこの旅館の女将だった。


「失礼します。フジサキ様、少しお話ししたいことがありまして………。今お時間よろしいでしょうか」

「えぇ、大丈夫ですよ」


 廊下では何だと、女将を部屋に入れて座布団の上に座って貰う。


「………それで、お話しと言うのは?」


 部屋に用意されているお茶を差し出しながら俺も座布団の上に正座する。


「実は最近、この近くでマウンテンウルフが出始めまして。国も最近は繫殖期のスライムにかかりきりで余裕がなく。これじゃあ仕事もできないと村の皆も困り果てているんです」

「マウンテンウルフ?」


 知らないモンスターの名前だ。ウルフと言うからには狼なのだろう。


「マウンテンウルフと言うのは岩山などに生息していて、群れを作って狩りをするモンスターです」

「でもここって岩山なんて………」

「ありません。おそらく北西の岩山からこちらに来たのでしょう」


 西の山………、と呟きながら俺は自身のお茶を喉に通して外を見る。すでに真っ暗ではあるが、ところどころに松明や家の灯りが見える。

 すると女将がいきなり後ろに下がり頭を下げた。


「どうか、お二人のお力で村をマウンテンウルフの脅威から救っていただけませんか?」


 マウンテンウルフ。どんなモンスターかまだ分からない以上迂闊な事は出来ない。

 だが、帰りもここを通って帰る予定ではあるため、帰りに襲われるリスクも減らしておきたい。

 第一、ここでこの村を見捨てしまっては後味が悪すぎる。


「わかりました。少し、時間を下さい」


 しかし、こう言うことは俺だけで決めていい問題でもない。


「よろしくお願いします」


 再び女将は頭を下げた。

 女将が部屋を出て行ってから三十分ほどが経過した。

 その間俺はお茶を飲んでみたり鼻歌を歌ってみたりして時間を潰したが、あまりにも虚しすぎて途中で止めた。


「た、只今戻りました………」


 マホの声が聞こえて来て、まずはさっきの事を謝ろうと振り返る。

 しかし、そこに居たのは田舎の芋いおさげ女子などでは無く、少し湿った髪を下ろして、温泉に入った後の赤みを未だ肌に持つ浴衣姿の妙に色っぽい美少女だった。


「あ、あの………どうしました?」

「………あ、ごめん!ボーっとしてた」

「………やっぱり、似合ってませんよね。私なんかが浴衣なんて………。私なんてドロドロのモンペで十分なんです」

「そ、そんなことないって!さっきは俺も言い過ぎだよ。ごめん」


 マホを宥めながら俺はさっき怒鳴ったことを謝罪する。


「それよりさ、ちょっと相談したいことがあるんだけど………」


 俺は先程の女将との会話のマウンテンウルフのことや、俺はそれを引き受けたいと言うこと、その理由などをマホに伝えた。


「お前が嫌なら虎と一緒に先に行ってくれてもいい。どうする?」


 正直命に関わる事なので彼女には断って欲しい気持ちもある。

 そもそもこれはもし断ってその後に襲われたらと言う妄想の元、後味を悪くしたくないと言う俺の我儘だ。彼女がそれに付き合うことなど一切ない。


「そ、その………やります。わ、私も、誰かが悲しむ顔は、見たく、ないので………」


 彼女の言葉に嘘はないのだろう。だが確かに、彼女の声は震えていた。

暫くして部屋に届けられたドボクジカのジビエを頂いて、俺は深夜の誰もいないであろう時間帯に温泉へと向かう。

 あまり知らない人に裸を見られたくないため誰もいない時間帯を狙ってみたが薄暗すぎて何かが出て来そうだ。

 しかし、入浴可能時間的にはまだ入っている為きっと大丈夫だろう。そんな楽観的な考えの元、『男』と書かれた暖簾を潜って脱衣室に入る。


「あの暖簾、女将は絶対漢字の意味を分かってかけてないな………」


 その証拠に他の場所では漢字などは一切使われていない。

 大方男ならこっち、女ならこっちと言った大雑把な感覚だろう。


「さてと、レトロゲームはなかったけど風呂は毎日入んねーとなー」


 服を脱いで腰にタオルを巻き、いざ、浴場へと足を踏み込む。

 見た感じはここは洋風な作りになっている。右の壁には幾つものシャワー用魔法陣が並べられ、左の壁には三種類の湯船がある。奥を見て見れば小さな部屋と扉がある。

 色々好奇心が刺激される物が多いが、とりあえず先ずは身体を洗う為に右の席に座って辺りを見る。

 この世界には当然石鹸やシャンプー、リンスなどと言った物はない。その代わりにこの世界にはドクタークラゲなるモンスターが存在していて、そいつが身体の汚れを全て食べてくれるのだ。しかもそのドクタークラゲはスライムと似たモンスターである為伸ばしても巻いてもつぶしても問題がない。


「ほんっと、この世界には不思議な生き物がたくさんいるな」


 ドクタークラゲの粘液をシャワーで洗い流し、今度はドクタークラゲを覆う様に広げて頭に乗せる。このまま湯船に浸かっていれば、頭の汚れを食べ終えたドクタークラゲは元の位置へと戻っていき、出る時に頭の粘液を落とせば綺麗になっている。

 ようやく身体を洗い終わって、俺は一つ目の湯船に浸かる。この湯船は至って普通の湯船で湯が出ている魔法陣に魔力を込めれば温度の調整もできるようになっている。


「それでこっちは………わーお、ジャグジー………」


 どうやら二つ目の湯船は三つの寝転がるタイプのジャグジーらしく、泡がブクブクと大量に出ている。いっちょ試してみようか、などと思った俺は一つ目の湯船から出てジャグジーの湯船に寝転がる。


「おぉ………中々気持ちいな………」


 全身に泡が当たり、まるでマッサージを受けている様な感覚へと陥ってしまう。

 しかし、それも束の間で、俺は最後の湯船を見上げる。そう、見上げるのだ。

 最後の湯船は何と古き良き五右衛門風呂だった。ウチの実家にも五右衛門風呂はあったが、これはそれよりも大きい。おそらく何人か同時に入れる様にだろう。


「懐かしいなぁ………五右衛門風呂」


 今、オトンとオカンは何をしているのだろうか。俺の葬式ももう終わってるだろうし、いつもの生活に戻ったのか?それともまだ塞ぎ込んでいるのか?だとしたら、言ってやりたいものだ。

 俺は異世界で第二の人生楽しくやってるから気にするなって。

 少しだけ懐かしい顔を思い出した俺はジャグジーから出て奥の扉へと向かう。

 曇りガラスのその向こうにはボヤけてほとんど見えはしないが、辛うじてそこが外だと分かる。


「露天風呂!?」


 俺はさっそく外に出て露天風呂に出ると冷たい風が俺の熱った身体に打ちつける。


「ひゃ〜!さっぶ!」


 今の季節はよく分からないが夜とだけあって寒い。

俺は急いで湯船に入り、中にある大岩に背中を預ける。


「いつぶりだ?こんなにゆっくり風呂に浸かったの………」


 最近はお勤めだ何だで忙しかった。と、言うか今もお勤めに向かう最中だが、それでもこうやってゆっくりできたのはこの世界に来てから初めてかもしれない。


「ババン、バ、バンバンバン」


 俺は有名な風呂の歌を口走る。ここは今無人なのだ。歌を歌っていたって誰に迷惑をかけるわけでもない。

 そんな最中、浴場の方から音が聞こえてくる。


「人いたのか………」


 少し、恥ずかしさを覚えながら俺は口を閉じて静かにお湯に浸かる。

 しばらくして中の人物も露天風呂に来たのだろう。曇りガラスに人影が映っていく。


「?」


 が、何かがおかしい。主に人影の頭、胸部、尻の辺り。

 人影の頭には出っ張った影が見え、尻には細ら長い何かが蠢いている。それだけならまだいい。エルフやドワーフ、獣人など亜人が存在する異世界。影の向こうの人物のシルエットが変でもおかしくはない。

なら、何がおかしいのか。

 胸部だ。あの胸部の膨らんだ影。とてもではないが男の胸板とは言い難い。そうなるならば、影の人物の性別は女と言う事になる。

 さて、ここがこの俺、フジサキ・モモの男と人間性が試されるところとなるだろう。男としてはこのまま彼女が入ってくるまで見ていたい気持ちがある。

 そもそも今は男の入浴時間だ。非は完全に向こうにあるのだからこのままいても何ら問題はない。つーか、ちゃんと案内読めよ!

 だが、この俺は世界でも礼儀正しいと言われる日本人だ。下半身に任せてこのままいるのはそれに反してしまうのではないのか?

 男と人間性、この二つが鬩ぎ合った結果俺は………。


「ひ、一先ず岩陰に隠れよう………」


 人間性を取るのだった。

 ガラガラと扉が開く音と閉まる音が順番に聞こえた後、水音が聞こえてくる。おそらく彼女が湯船に浸かったのだろう。このまま彼女が出ていくまでこの水音を楽しんでも良いのだが、残念ながらそろそろ浴場が閉まる時間だ。

 当然男女の入浴時間を把握していない様な人物がそこを把握しているとも考えにくい。彼女が烏の行水であることを願うしかないが、あまりにも不確定要素過ぎる。


「ムカつく………」

「?」


 どうこの危機を乗り越えるかを懸命に考えていると、ふとそんな女の声が聞こえて来た。


「何だよアイツ!何度も何度も話しかけて来やがって!こっちは無視してんだから気付けよ!話したくねーんだよ!デリカシーのねー発言!ありゃセクハラだろ!一発ぶん殴ってやりたかったわ!チクショー………。なんでオレがこんな目に………」


 何やら不満を一人でにぶちまけている様だ。

 それにしても………クソみてーな奴も居たもんだな………。

………いや、それは俺もか?俺も虎に無視されてもずっと話しかけていたし、女と知らずに下の話をしてしまった。


「………と、今は反省してる場合じゃねーな。早く脱出しないと」


 と、言っても現状八方塞がりな状態だ。あの出口以外に脱出できそうな場所もない。

 さてどうすると、再び熟考していると何やら足元でざぶんと言う音が聞こえてくる。


「ざぶん?」


 嫌な予感がして下を見てみればそこには俺の頭から離れてスイスイと泳いで帰るドクタークラゲの姿があった。


「誰かいるのか!」


 空気読めやクソクラゲ!

 結構な音があったのだ。気付かれないわけがない。

 ………つーか、あのクラゲ自分で扉開けて帰ってったんだけど?え、そんな器用なことできんの?

 とにかくだ、逆に考えればこれはチャンスかもしれない。今のできっと彼女はこっちに向かってくるだろう。それならば逆側から素潜りでゆっくりと逃げていけばいい。幸いなことに、ドクタークラゲのおかげで扉を開ける必要がない。音を立てることもないので上手くいけば気付かれずに脱出できる。


「死に晒せェ!」

「ファ!?」


 だが俺の予想は大いに外れて彼女の声と共に温泉のそこら中が光出す。


「アバババババババババ」


 身体に鋭い痛みが流れて俺は態勢を崩す。


「やっぱりお前かこのヤロー」


 やっぱり?彼女は俺を知っている?

 顔を確認しようと頭を上げて俺は気を失った。


「……………ま!…………様!フジサキ様!」

「んあ?」


 誰かの呼び声と身体を揺さぶられる感覚に俺は目を覚ます。


「よかった!目を覚まされましたか!」


 身体を起き上がらせると隣には女将と涙目のマホがいる。


「ここは?」

「フジサキ様のお部屋です」


 話を聞いてみれば、どうやら浴場の清掃時間となり浴場に入って来た宿の従業員が露天風呂で浮かぶ所々焼け爛れた俺を見つけて急いで運んでくれたのだとか。


「あ、あの………、一体何があったんですか?」

「あぁ、いや、何もなかったよ」


 無駄ではあるだろうが、一先ずは誤魔化しておく。

 この場合、隠れて様子を伺っていた俺にも責任の一端はある。


「絶対ウソですよね?」


 案の定ウソはバレてマホに詰め寄られる。


「それにしても………、従業員からはまるで湯煙サスペンスの様だと伺っておりましたが、流石生死の神、ナトス様の神子様。知の神ティジェフ様の神子様もあれだけの怪我を一瞬で治してしまうとは………凄まじい魔力をお持ちで」

「この世界湯煙サスペンスとかあんの!?」

「えぇ、はい………。と言っても劇や小噺の類いですけど」


 衝撃の真実。女将は眉を顰めているが、やはり湯煙サスペンスはサスペンス劇場の定番だろう。………今度誰かと見に行こう。


「あの………、こんな時に失礼なんですけどマウンテンウルフの方は………」

「あぁ、はい。請け負います」


 俺は立ち上がって身体がちゃんと動く事を腕を伸ばしたり肩を回したりしながら確認する。外を覗いてみれば、未だ月明かりが望みの真夜中だ。


「随分寝ちまったな………」

「何かお夜食をお持ちしますね」

「あ、お構いなく………」


 女将が部屋を出ていき部屋には俺とマホの二人きりとなる。


「そ、その………、一応怪我は全部治しましたけど、明日、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だろ。いざとなればお前も居るし!スッゲー魔法でぶっ飛ばしてくれよ!」

「え………あの………はい………」

「どうした?」

「な、何でもありません………」


 気分でも悪いのだろうか?明日までに治っていなかったら俺一人で行こう。などと頭の中で考えながら殆ど真っ暗闇の外を見る。


「てーへんだてーへんだ!」


 そんな中、小さな光が大声を上げながら宿に入ってくるのが見えた。


「なんだ?」


 俺はマホに部屋に残ってもらう様に頼み、宿の玄関へと向かう。

 玄関に近づくに連れて何やら話し声が聞こえてくる。


「何かあったんですか?」


 玄関に出ると、そこには女将と岡っ引きの様な身なりの男が慌てた様子で話をしていた。


「フジサキ様!大変なんです!この村のライゾウと言うご老人が帰ってきていないみたいで………」

「ライゾウ?」

「へい。この村の古株でごぜーやす。いつも畑仕事をしてて麦わら帽子被って鍬を手にしてるんで村じゃ有名で」

「麦わら帽子に鍬………?」


 その特徴を聞き、俺はある男が脳裏に思い浮かぶ。俺達にこの宿を教えてくれた不思議な老人だ。


「あぁ、その人なら知ってますよ」

「本当でごぜーますか!?」

「は、はい。確か夕暮れに向こうの山の方へ………」

「あの山!?」


 俺がライゾウというお爺さんの向かった山、つまりは俺たちが越えた山を指さすと、岡っ引きが驚いた様に顔を青ざめて、そのまま外に走り出してしまう。


「何なんだ?」

「あの………山に行ったのは確かなんですか?」


 何が何だかわからないが、俺は女将の質問に頭を縦に振る。


「あの………それがどうしました?」

「先ほどお話ししたマウンテンウルフが出る山は、ライゾウさんが向かった山でして」

「はぁ!?」


 俺は女将の肩を掴み更に問う。彼だって村の一員ならばこの事は知っているはずだ。


「なんで!」

「その………彼の孫娘が先日マウンテンウルフに攫われたんです。もちろん私達も懸命に山の中を捜索しました。でも、あまりにもマウンテンウルフの数が多くて………」

「その、お孫さんは?」

「多分まだ生きています。マウンテンウルフは獲った獲物をしばらく生きたまま保管してから食べますから」


 随分悪趣味な魔物だな、と悪態を吐きながら俺はマホを呼びに走る。


「マホ!今すぐ狼狩りだ!気合い入れろよ!」

「うぇ!?は、はい!」


 流石に了承していない虎は呼べなかったが、俺はマホと共に直様来た道を走る。辺りは暗いが、昨日フレイアさんに教えてもらった『ライト』の魔法を使い進んでいく。


「や、山って言っても広いですよ?あ、当てはあるんですか?」

「マウンテンウルフってのは人を食うらしい。この山は一本道だったろ?なら道を中心に探していけば見つかるはずだ」

「でもそれなら山には別の動物だって………」

「人を食った動物がなんですぐに殺されるか分かるか?」

「え?えーと………」


 俺の質問にマホを頭を悩ませる。


「自然界じゃあ塩分ってのが不足してるから肉食獣は他の動物を食って塩分を補給する。そんなところで塩分大量接種してて、筋肉もあんまり使わないから肉も柔らかい人間を食ったらどうなる?例えるなら人間は肉食獣にとって塩で下味を付けたサーロインステーキッ!一度食えばもう戻れねぇ。だからマウンテンウルフとか村で対応できない奴以外ならすぐさま駆除されるだろ?」


 と、なるならば人が行き来するあの一本道を活動範囲にするのはマウンテンウルフに絞り込める。

 ようやく一本道に辿り着いてまず俺は辺りの道を見る。


「!見ろ。足跡だ」


 さっき通った時は暗がりで村の明かりばかりを見ていた為気が付かなかった。


「じゃ、じゃあこの辺りに………?」

「そうだな」


 俺は足跡を追って茂みを掻き分けながら散策していく。どれほど経っただろうか。山肌にポツンと開いた穴が一つ見える。

 そして、その穴からは鼻を劈く鉄の臭いが………。


「しない!セーフ!」


 とにかく、誰もマウンテンウルフにバリムシャされてはいないことに安堵しつつ、一度立ち止まって穴を観察する。


「?何か蠢いてる?」

「ちょ、ちょっと見せてください。視覚共有の魔法を掛けますから………」


 マホがアイ・シェア、と呪文を唱えると俺の視界に何故か見ているものと違う物が写ってくる。


「うぉ!」

「あ、あまり動かないで下さい。結構酔うんです」


 言われる通りに俺は何とか動かないように我慢しながら鮮明に見える蠢く何かを見る。

黒い狼が二匹ウロウロと入り口を歩いている。見張りと言ったところだろう。


「………臭いでバレないよな?」

「ここら辺は銀杏ばかりで狼さんの鼻は効かないらしいです。女将さんが言ってました」

「君本当に緊張しぃか?」


 それにしてはサラッと他人から情報を貰ってるし、結構便利な魔法でサポートしてくれてるし………。


「で、でもどうしましょう?見張りが居たら巣に入れません!」

「強行突破」

「え?」


 相手はただの犬畜生だ。ゴブリンみたいに頭のいいこともないないだろう。


「マホは隠れてろ。ちょっと行ってくる」


 俺は脇差二本を抜いて狼二匹に向かって駆け出す。


「ま、待って下さい!マウンテンウルフは………」


 狼に脇差を振るうと、ガキンと、明らかに動物の肉を斬った音では無い音が世闇に響く。


「のわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 結局、二匹のマウンテンウルフにあちこち噛み付かれた後に何とか始末できた。


「マウンテンウルフは毛が岩みたいに硬いんです」

「そう言うことは早く言ってくれ………。俺じゃなきゃマジで死んでたぞ………」


 身体中から出た血の水溜まりを眺めながら俺は呟く。明らかにこれは致死量だ。


「い、言おうとしましたよぉ………」

「それは………うん、ごめん」


 とにかくだ。これで見張りは片付けたし、見張りのおかげで倒し方も大体把握できた。


「それじゃあ、行くか」

「は、はい………!」


 俺たちは先が見えない洞窟にいつマウンテンウルフが現れるか、と冷や汗を流しながら慎重に足を踏み入れるのだった。

 ライトを頼りに俺たちは一歩一歩前へと進む。偶に照らされる人骨と洞窟の外からは感じなかった血の臭いがこれまでの被害者がどうなったのかを予想させる。


「大丈夫か?」

「は、はい………」


 常日頃から実写ホラーなどを見ていた俺はまだ耐えられる程ではあるが後ろの見た目十六のお下げ少女はどうだ?既に顔を青くして限界寸前と言った感じで着いてきている。

 できるだけ早く事を済ませた方が良さそうだ………。

 俺は後ろのマホの様子に注意しながらも先へと進む。幸運なのか、おかしな事になのか、未だ入り口にいた二匹のマウンテンウルフ以外のマウンテンウルフを見ていない。

 更に先へと進んだ辺りの曲がり角で俺は足を止める。


「ど、どうしたんですか?」

「シッ!」


 俺は不安そうにこちらを見つめるマホの口を閉じさせて親指で顔を少しだけ出して覗かせるように指示を出す。俺の指示通りにマホが壁から顔を出すと目を見開いて驚いたように俺を再び見る。


「な、何ですかあれ!?」

「オレが知るか!」


 俺は再び顔を覗かせて目の前に広がる光景に生唾を飲み込む。

 気を失っている少女とライゾウと呼ばれていたお爺さんを取り囲む大量のマウンテンウルフとそれを見守るように奥に佇む人一倍大きなマウンテンウルフだ。


「アイツがボスか?」

「た、多分………」

「アレはマウンテンハイウルフだな。別名シャドウウルフ。影に溶け込んで獲物を狩る厄介極まりない奴だ」

「ほー、それは中々に厄介そうで………って、誰!?」


 不意に後ろからマホじゃない言葉が聞こえてきて俺とマホは振り返る。

 そこに居たのは白髪に少し黒髪が混じったポニーテールに、猫の耳と尻尾が生えた見るからにギザギザの歯の背の高い女だった。


「あ?今はオレの事なんてどうでも良いだろ。今大事なのはマウンテンウルフ共に攫われた奴らの解放。マウンテンハイウルフの後ろの方を見てみろ」


 眉を顰めながらそう言う女の言う通りに俺たちは再び首だけ出してマウンテンハイウルフの後ろの方をマホのアイ・シェアで見る。そこの窪みには人がゴロゴロの倒れている。


「あんなに………!」


 驚愕するマホに俺もこれはどう助けたらいいのか、と頭を悩ませていると後ろの女が再び話出す。


「オレも女将にアイツらの救助を頼まれてな、一宿一飯の恩義って奴だ」

「………それで、全員助ける策とかあるんですか?」


 怪しくはあるが、今は戦力が欲しい。

 一先ず女を信用して質問する。


「あるないかで言えばある」


 その答えにマウンテンウルフ達から目を逸らして俺は女を見る。


「ただ、お前は怒るかもしれない方法だ」

「後味さえ悪くなければ怒りませんから!言ってください!」

「そうか、なら良かった」


 次の瞬間満面の笑みとなった女が俺を蹴り飛ばす。

 尻餅を吐いて女の方を見ようとした瞬間、辺りからいくつもの唸り声が聞こえてきて辺りを見てみれば、先ほどまでライゾウさんを取り囲んでいたマウンテンウルフ達が俺を睨んでいる。これはマズイと急いで立ち上がり状況を確認する。

 現状逃げるしか手はないのだろうが、マホの方に逃げてしまえば女はともかくマホが危険だ。この空間にはマホのいる道以外には残り二つの道がある。マウンテンハイウルフがいる道ともう一つ、何処に繋がっているか分からない道だ。


「クソッタレェェェェェ!!!」


 マウンテンハイウルフがいる方は絶対無理だと直感した俺は残った選択肢である何処に繋がっているか分からない道へと一目散に走り出す。


「バフバフ!」


 それを見たマウンテンウルフも俺を追う様にその道に入ってくる。狼と人間、いずれは追い付かれるのは誰の目から見ても明らかだ。


「クソッ!クソッ!こんなのどうしろってんだ!」


 ライトがあるとは言え足場も不明瞭な上に出口すら見当たらない。おまけに数でも向こうが圧倒的に有利と来た。死なないだけの俺に勝ち目なんてあるわけがない。

 しかし、しかしだ。仮に何もできなかったとしても何もしないのは俺じゃない。

 俺は急いで腰の脇差を抜いて、マウンテンウルフたちの方に振り返る。


「我、フジサキ・モモの名においてかの物を燃やせ!ファイヤーボール!」


 脇差の一本に魔法を付与すれば、ライトは消えてしまったが火属性の魔法のおかげでさっきよりは明るくなった。

 一番槍とも言えるマウンテンウルフが迫ってくるのを目視し、俺は思いっきりソイツを蹴り上げる。


「キャウン!?」


 例え毛皮が岩の様に硬かろうがその下はただの狼と変わらないただの肉だ。だとしたら、奴らにも毛が薄い場所がある。


「ウオォォォォォォ!!!」


 それは股間の辺り。そこを突き刺して思いっきり突き上げれば殺すことも出来る。


「ハァハァ………」


 動かなくなったマウンテンウルフを見ながら俺は一度深呼吸をする。

 スライムの時は全然大丈夫だったが、俺の知っている生物と同じ見た目をしたマウンテンウルフを殺してしまったことに嫌な脱力感が襲ってくる。

 既に取り囲まれているのに呑気なものだな、と自嘲しながら一斉に襲ってくるマウンテンウルフに脇差を振り下ろす。

 一匹のマウンテンウルフを止めれば他のマウンテンウルフが俺の全身に噛み付いてくる。俺は全身の痛みに耐えながら一体一体、確実に殺していく。

 何匹殺しただろうか?全身の筋肉はズタズタに噛みちぎられ、全身の骨もボッキボキだ。もはや立つことも脇差を握ることもままならない。呼吸するたびに骨が肺に当たって痛い。

 だと言うのにまだ残っているマウンテンウルフは涎をダラダラと垂らしながら俺を見ている。


「コヒューコヒュー」


 俺、肉なんてないから食べてもそんなに美味くないぞ、等とお馴染みの命乞いセリフを言おうと試みても、出てくるのは歪な呼吸音と血の塊だ。

 ………あれからどんくらい経った?体感で三十分くらい?マホは大丈夫か?狼は全員俺を追って来てたみたいだし、きっとうまくやってるよな………。

 ジリジリとマウンテンウルフが距離を詰めてくる。そう言えば、ここまでの怪我は初めてかもしれない。

 もし仮にコイツらに食べられたとして死ぬことはないのだろうが、一体どうなってしまうのだろうか、などと思いながら俺は痛みで動かしづらい手を上に向けて伸ばす。


「グルルルルル………ガッ!」


 その瞬間マウンテンウルフが一斉に俺を食おうと飛びかかってくる。そして俺はその瞬間を今か今かと恐怖しながら目を瞑り待つ。

 しかし、更なる痛みは待てども一向に来ず、次に聞こえたのはマウンテンウルフの短い悲鳴と何かが潰れる水音だった。


「………いつまで目ェ閉じてるつもりだ?」


 声が聞こえた。

その声に目を開くと、そこに居たのは俺達と一緒に村まで来た虎だった。

 温泉に入ってきたのか毛は綺麗な白で、匂いも気にならない。


「お前………なんで………」


 水音の正体は何となく怖かったので見ずに、俺は喉の痛みを我慢しながら何とか声を振り絞る。まさか虎が俺を助けに来てくれるだなんて思いもしなかった。


「なんでって何言って……。あー、待て。うん。まぁ、色々あってな、女将からお前らを助けて欲しいって頼まれた」


面倒くさそうにそう言うと、虎が俺を咥えて急いでその場を走り出す。


「とっとと逃げるぞ。何処かでマウンテンハイウルフが見てるはずだ」

「ま、待て。まだ………人が………」

「捕まってた奴なら魔法使いが全員助け出して村に連れて行った。女将と魔法使いに感謝するんだな。もう少し遅けりゃ村の奴らが山を焼いてお前は狼共と一緒に丸焼けだった」


 もう喋る力すら残っていない。このまま虎に任せようと力を抜いた瞬間、虎が急ブレーキを踏む。


「………ちょっと待ってろ」


 虎に地面に降ろされて、何事かと身体を地面に引き摺りながら虎の向かう方向を見る。


「………!」


 マウンテンハイウルフだ。

 コイツはきっと、俺達が出てくることを予め想定していてここで待ち伏せていたのだ。


「知恵はあるみたいだが、随分冷酷なリーダーだな」

「グルルルルル」


 虎の軽口を無視したのか、それとも乗せられたのか、マウンテンハイウルフが虎に襲いかかっていく。虎の一回りほどある巨体が虎に目掛けて飛んでくる。


「図が高ェぞ、ワンコロ。オレを誰だと思ってるんだ?」


 虎が右手を突き出すと、吸い込まれる様にマウンテンハイウルフの左頬に直撃して吹き飛んでいく。壁に強く身体を打ち付けたマウンテンハイウルフはピクピクと身体を痙攣させるだけで起き上がる気配は一向に無い。


「………ったく、影からの奇襲もできねーなんてとんだ雑魚も居たもんだな」


 ………本当にそうなのか?第一どうやって先回りした?何かを見落としている様な気がする………。

 ふと、俺は倒れて動かないマウンテンハイウルフを見る。


「………ハ!」


 そして俺は気付いた。右耳だ。コイツは右耳が欠けていないのだ。さっき見たマウンテンハイウルフは右耳が欠けていた。つまりコイツは………。


「別のマウンテンハイウルフ!?」


 と、なれば奴はまだ何処かに潜んでいるはずだ。しかも、さっきのマウンテンウルフ達の統制の取れた動きからして近くにいる可能性が非常に高い。

 そこで俺はある一つの可能性に辿り着き、根性だけで握っていた脇差を隣にある虎の影に思い切り突き立てる。


「ガァァァァァァァァ!!!」


 鋭い断末魔と共に、血を吹き出した右耳の欠けたマウンテンハイウルフが虎の影から姿を現す。

 シャドウウルフ。影に溶け込む狼。

 それは決して比喩などではなく、本当に獲物の影に溶け込んで狙うことを意味していたのだ。


「………ちょっとくらいは認めてやるよ。生死の神子!お前は何もできねーボンクラの助平じゃなかったみてーだな!」


 虎の全身から電気が流れマウンテンハイウルフの首に勢いよく噛み付いていく。暴れるマウンテンハイウルフ。それを決して逃がさない虎。

決着は目に見えていた。次第にマウンテンハイウルフは動かなくなり、最後には全く動かなくなった。

 マウンテンハイウルフが死んだことを確認した虎は骸となったそれを投げ捨てて再び俺を咥える。


「待ってろよ。すぐに魔法使いのところに連れてってやるから」


 洞窟を出れば、既に日は出かかっており、洞窟に入った時よりも明るくなっていて、草木がよく生い茂っているのが見える。

 薄れゆく意識の中で虎が懸命に走る揺れと、意識を保たせる様にと呼びかけてくれる虎の声が俺の頭に響く。

 ………そして、ここからは事の顛末だ。

 まず、あの後俺は虎によってマホの元に担ぎ込まれ、彼女の回復魔法により、外傷は全部治してもらった。

 そして村人達が山を焼き討ちにしようとした話であるが、どうやら次に被害者が出たら焼き討ちにしようと決めていたらしい。俺達がいる事は分かっていたらしいが、神子を騙る偽物だと思っていたらしく、死んでもかまいはしないと思ったのだとか………。

 しかし、この村で一番純粋と呼ばれている(らしい)女将の説得と、攫われていた人達を先導していたマホのおかげで焼き討ちは中止。普通なら死んでいる筈の傷で生きていた俺を見て神子と信じてくれた。

 次に攫われた人達の事だが、食べられた人もいたらしいが、その大半は無事だった。しかもその大半が行商人で宿の近くに止められてあった荷車などはその人達のものだと言う。通りで車の多さの割に宿で人を見かけなかったわけだ。逃げていた馬に引かれた荷車を女将が預かっていたらしい。


「何か、お礼をさせて下さい!」


 明朝、俺達が出発しようと車に乗り込むと行商人の中の太った男がそう行ってきた。どうやら、ソイツが行商人でも一番偉いらしい。


「いや………。俺らは神子として当然の事をしたま。別にお礼を言われる様な事は………」

「我々行商人は等価交換がモットウです!命を救われてお礼の一つもできないようで何が行商でございましょう!」


 男が盛大に語ってくれてはいるものの、別にお礼をして欲しくてしたわけでは無い。俺は後味が悪いのが嫌だっただけだし、マホは村人の悲しむ顔が見たくなかっただけだし、虎は………何でだろ?


「貰ってやりゃあいいじゃねーか。お前らはそんだけの事をしたんだから………。じゃねーと、お前の嫌いな後味が悪くなるだけだぜ?」


 虎の方から要らぬちょっかいをかけられて俺は悩む。確かにそうかもしれない。ここで断ってしまえば心にイヤーなモヤモヤが残るだろう。


「マホはどうしたい?」

「わ、私も………貰っても良いと思います」


 運転席に座るマホにも聞いて見るが、多数決では俺の方が劣勢らしい。俺は一息つきながら行商の男に振り返る。


「分かりました。それなら皆さんの持っている品の中で便利で貴重な物があればそれを頂きます」


 これならば後腐れもないだろう、と俺は自信満々に言い放つ。

 行商人達が互いに顔を突き合わせて、一人のひょろっとした男が太った男に二つの石を差し出す。


「それならばこう言う物は如何でしょうか?」


 そのまま差し出されたそれを俺とマホはじーっと手に取って見る。


「これは?」

「魔力を通じて遠くからでも会話が出来る伝魔水晶、通称伝魔です」

「何か………いかがわしいな」

「モモさん!」


 ふと出た感想ではあったが、マホに怒られてしまった………。

少しだけ反省しつつ、俺はそれの一つを手に取る。


「ではこれを頂きます。もう片方はナトス様かティジェフさんの所に持って行ってもらえるとありがたいです」

「それくらいお安いご用ですよ!では、我々はこれで………」


 男が会釈すると、行商人達は列を組んで俺達と反対方向に進んでいく。


「お兄ちゃん!お姉ちゃん!虎さん!」


 今度こそ、出発しようかと虎に声を掛けようとしたが、幼い少女の声が待ったを掛ける。振り向いてみれば、ライゾウ爺さんとその隣で寝かされていた女の子だ。


「助けてくれてありがとう!」

「ワシからも礼を言おう。息子夫婦の忘形見のこの子を助けてくれて感謝する」

「か、感謝なんて………!」


 照れるようにマホが手を振ると少女がマホに巾着袋を渡す。マホがそれを受け取ると袋からジャラジャラと音が聞こえてくる。


「これ………お金!?」

「助けてくれた礼と、疑って殺そうとした詫びじゃ村の皆から少しずつ集めた」

「そんな………受け取れませんよ!」


 目をギョッとさせながらマホが女の子に袋を返そうとするが女の子はそれを突き返す。


「受け取って欲しいの!」

「でも………」


 マホが困ったように俺の方を見てくるが俺ももはやお手上げだ。


「もう、貰っとけ」

「はい………」


 後でこのお金は孤児院か何処かにでも送ってやろうなんて考えながら、ようやく車が動き出す。


「ったく、グダグダしやがって………。当然の権利なんだから最初から貰ってりゃいいんだよ………」


 虎もなんだかんだで最初よりはずっと喋っている印象だ。

 村の方を見てみれば村人が手を振っている。俺はそれを彼らの姿が見えなくなるまでずっと眺めるのだった。


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