十六話
翌朝。俺はいつものように麻でできた服を着て、ベルトに武器を引っ掛けて、日課のスライム退治を終えてシロコの作ってくれたサンドイッチを頬張って教会を飛び出した。
「えーと、集合場所は確か東門だったか」
俺は朝にナトス様から教えてもらったお勤めの情報を頭で反芻させる。
東の門から街を出れば少し遠くに見える小さな森。
ナトス様の話によれば、その森は別の街との行商ルートとしても使われているらしく、そのせいで知能があるゴブリンなどのモンスターがその荷馬車を襲う為に巣を作るのだとか。
普段なら護衛などを雇うらしいのだが今は何処もスライムに手一杯らしく護衛を引き受けてはもらえないらしい。
今回のお勤めはこのゴブリン達の殲滅。少し気乗りはしないが頼まれたものは仕方がない。
「悪い待たせた!」
そんなことを考えているとようやく門が見えてきた。
よく見ると既にチサトが門の前で待っていて門番と何かを話している。
「時間ピッタリッスね。自分的には文句無いッス」
なんだ、そのまるで自分じゃなかったら文句あるみたいな物言いと表情は、なんて言えるわけもなく俺はその場を苦笑いで流す。
「さ、行くッスよ。タイムイズマネーッス」
門番に挨拶をしたチサトがササッと門を潜っていく。俺も慌てて彼女の後を追う。
「マネーで思い出したんだけど、この世界の通貨ってエクセルだけなのか?」
「自分が知る限りはエクセルとパワポの二つッスね」
「……………知らないとこでワードとか言う通貨使われてないよね?」
俺の質問にチサトは答えない。いや、答えられないのだろう。
………そう言や俺この世界の常識とか何も知らないかも。
俺はそんな事を思いながら別れ道に立てられた看板を見る。右に行けば行商の森が、左に行けばドワーフの街、ドヴェルグがあると書かれている。
………よくわからない文字で。そう。よくわからない文字なのに読めてしまうのだ。
「………そう言えばさ、俺ここに来てから言語に困った事無いんだけど。ラノベとか漫画だったら物語の都合上何故か文字も言葉も通じるモンだけどさ。現実じゃそんなこと絶対ないだろ?あれってどうなってんだ?」
今まで何だかんだで流してはいたもののやはり気になってしまう。
俺の疑問にようやくもっともな疑問が来た、とでも言いたいような感じでチサトが俺を見る。
「ノーサス様が言ってたッス。自分達の魂を転生させる上で自分達そっくりの器、つまり身体を作ったらしいんス。その身体の目と脳に自動翻訳の術式を組み込んだらしいッスよ」
「術式ィ?」
つまりはどう言う事だろうか。俺達の目と脳に魔法陣が刻まれていると言うことだろうか。
「………何それ怖くね?てか、俺らの神様がそんな器用な事できるようなイメージないんだけど」
片や全てを拳で沈めていそうな竹を割ったような性格の神様に、片や力の神とか言われるほどの髭面ゴリマッチョ。
魔法陣のような繊細さを要する物をあの二人ができるとは思えない。
「そこは知恵の神ティジェフ様がやってくれたらしいッス」
「知恵の神………」
頭に非常食としてキノコを群生させている神様、ティジェフさん。彼の顔を思い浮かべながら俺はなるほど、と納得する。
「お喋りはこれくらいにして早く森に行くッスよ。昼前までには終わらせたいッス」
そう言ってチサトはさっさと右の道へと進んでいく。
ようやく森の入り口へと到着したところで、チサトは持っていた荷物を下ろして近くにあった倒木に座る。それに倣って俺も荷物を置いてチサトと同じ倒木にできるだけ距離を空けて座った。
「それじゃあ作戦を立てるッス。モモさんができることは何スか?」
「俺ができる事?君ィ、モモさんの風貌を見てみなさいな。ベルトに薙刀一本よ?突き刺したり斬るくらいしかできねーよ」
以前持っていた二つの脇差はある戦いで爆発に巻き込まれて消え去ってしまった。
代わりにティジェフさんの教会に所属している鍛治師のドワーフ、バイモンさんに作ってもらったのが現在ベルトのフックにかけたキーホルダーくらいの大きさの薙刀だ。
「小さいッスね」
「気軽に持ち運べるように縮小化の呪いがかかってるんだよ」
こちらは同じくティジェフさんの教会に所属する魔法研究者のエルフ、フレイアさんがかけてくれた呪いだ。
「魔法とかは………?」
「一応初級の基本魔法は一通り。あ、でも薙刀を元の大きさに戻すのに常時解呪魔法を使ってるから薙刀使ってる時は使えない」
だが、おかげで薙刀に高価なマジックライトメタルが使用されずに、前回の脇差よりは安価で作ってもらうことができた。
バイモンさんには神子への協力だから代金などいらないとは言われてしまった。
ただでさえ神子割引きなどど八割引きにされているのに流石にそこまで甘えられない。
「……………恩恵は貰ってるッスよね?」
「貰ってるよ。不死の恩恵」
「何か強そうッス」
「バカ言え。どんだけ苦しくても死ねないんだぜ?できるだけ恩恵には頼りたくないんだよ」
恩恵で貰えたのはこの世界で生き残れると言う補償であって、決してチート無双の俺TUEEEEEEを実現する力ではない。
「そう言うお前はどうなんだよ。力の神子とか呼ばれるみたいだけどどんな恩恵を貰ったんだ?」
「自分は純粋なパワーッス。多分シロナガスクジラくらいなら持ち上げて向こうにポイっとできちゃうッス」
………シロナガスクジラの体重で科学的推定じゃあ200トンあるとかどっかに書いてなかったけ?
それをポイっと?
「それ日常生活大変じゃない?」
「大丈夫ッス。一定条件下じゃないと外れないようにノーサス様が枷を付けてくれてるッス!」
そう言うとチサトが両手の指貫グローブを外して俺に手首を見せてくる。
確かにチサトの手首にはよく奴隷が着けていそうな枷が嵌められている。
「いや、これ………。別のデザインとか無かったわけ?」
「シュシュタイプとかもあったッスね。でもこれが一番気に入ったッス」
「シュシュタイプって………中世ヨーロッパ的な世界観じゃねーのこの世界?………まぁ、いいや。それで、その条件って言うのは?」
「ピーマンッス」
「ピーマン………?」
ピーマンってあのピーマン?確か学名がCapsicumannuum'Grossum'のナス科トウガラシ属のあの?
「何故に?」
ピーマンを食べてパワーアップ?
何か別の野菜だけどそれ食べて強くなるとかは知ってるけどピーマン?
「嫌いな物は普段食べないタチッス」
「好き嫌いするんじゃありません!」
「制限時間は三分ッス!」
「ウルトラマンかよ!」
嫌いなピーマン一個食べて三分のフルパワーとは割に合わなそう………、と思いながら俺は溜息を吐くのだった。
さて、何はともあれ今はゴブリン討伐をしなければならない。だが未だに敵の数などがわかっていないため先ずは死なない俺が敵勢力の偵察をすることになった。
この森はとにかく高くて鬱蒼とした木々が生え揃っていて、左右前後も上空も見通しがかなり悪い。
だからこそ索敵魔法や認識阻害魔法を習得必須事項と定めている行商人にとっては格好の隠しルートなのだと言う。
「え〜と、巣は………っと。あ、あれか………」
俺は高い木に登って辺りを見渡してみる。
田舎育ちだったからか木登りだけは得意だった。ついでに言うと視力も結構良かった。
昔はよく山で一番高い木に登って風を感じては降りれなくなって周りの爺様方達に叱られたものだ。
視力の良さを武器に高い場所からゴブリンの巣を観察する。
巣は日本史の教科書でよく見るような竪穴式住居が幾つか並ぶ集落と行った感じで、ゴブリンの見た目はよく見る漫画に出てくる緑の肌に原始的な服装が特徴だ。
「数は1、2、3、4、5、6……………10匹か。武器は見た感じ斧が7に弓が3………。これどうにかできんのか?」
斧は戦ってみないとまだ分からないが勝ち筋なら少しくらいは見える。
だが弓はどうだ。近距離しかいないパーティで遠距離は辛いだろう。
「考えろ俺。そして思い出すのだ、俺!受験の合間にやった縛りプレイ数々を………。先ずは弓の対処だな。正直やれる幅が少な過ぎて対処法が浮かばない………。最悪俺が盾になれば良いけどそれはマジの最終手段だ。俺も痛いのは嫌だし………」
何やら会話をしているゴブリン達を眺めながら作戦を俺は口にする。と、言っても現状マジに俺が捨て身の盾作戦しかない。
………が、何なのだろうか。この朝学校に登校する時に感じる何か足りない感じのするイヤ〜な悪寒は。
そう、この後ろから定期的に感じる生暖かい風。
いや………、気のせいに違いない。だってここはめーっちゃ高い木の上だし。
ここに息が届く魔物なんて早々いる訳が………。
「よーし、落ち着こう。まずは深呼吸ね。はい、ヒッヒッフー。いや、これはラマーズ法!さぁ、緊張が解れた所でいざ!」
自身の鉄板ギャグをかまして笑いで緊張を解して勢いよく振り向く。
端的に言おう。気のせいではなかった。
そこに居たのは明らかに怒っているであろう超でかいゴブリン。
「あ………、お宅覗いてすいませんでした。直様退散するのでその怒りを収めていただけると幸いです」
俺はスルスルと木から降りてチサトのいる方向に向かいながらその場を去る。
「グァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「ですよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
咆哮と共に超でかいゴブリンが俺に向かって走り出す。
「あぁもう!何でこんなことになるんだ!つーか、あんな巨大で足音一つなく背後に忍び寄るとか何だあいつ!」
「ギャギャ!ギャギャ!」
「しかも何か巣にいたゴブリンも気付いて追って来たし!」
おそらくさっきの咆哮が原因だろう。
後ろからヒュンヒュンと弓が飛んでくる。
「現在進行形で俺のジュニアもヒュンヒュンしております!誰かお助けェェェェェ!!!」
もはや自分が何を言っているのかも分からない。何やら最低な下ネタをほざいた様にも思う。
叫びながら逃げる中、永遠にも思えた獣道からようやく出口への光が見えた。
しかし………。
「ギギ!」
「!」
すぐ横を何か黒い物体が飛んできて木の幹に突き刺さる。
だがそれを確認しようとする前に鋭い痛みに襲われ、それと共に右肩から赤い液体が飛び出して顔に飛び散ってくる。
その赤い液体は木の幹に刺さっていた血の付着した斧と後ろの唯一斧を持っていないゴブリンを見て今の俺の状況が分かった。
俺はゴブリンの斧の投擲により右の腕を切り飛ばされたのだ。
「いってぇぇぇぇぇ!!!」
俺は右肩から吹き出す血を抑えながら無様に地べたに這いつくばって唸る。
油断していた、と言うのが正直な感想だ。ゲームで言えばゴブリンなんて序盤で出てくる雑魚中の雑魚だ。
しかし、同じカテゴリーであるスライムさえ倒すには一苦労な上に下手をすれば人が死にかねない威力の爆発を起こす。
ならばゴブリンもただの雑魚では無いと予想できていたのだから投擲だって予想がある程度できたはずなのだ。なのにそれを注意しなかったのは間違いなく俺の慢心だ。
「あぁ、クッソ。しくった………」
これじゃあきっとチサトと共闘したとしても俺は彼女の足手纏いにしかならないのだろう。
だったら今ここで少しでも敵を減らしてチサトの負担を減らした方が良いはずだ。
しかし、片腕が落ちた以上俺は薙刀が使えない。魔法だって初級は基本的に戦闘には向いていない。精々武器に属性を付与するくらいだ。かと言って、逃げるにはまだ距離もあるし出口までには絶対に追いつかれる。
某フランス人のように三択問題をしても確実に三番だ。やはり現実は非情である。
「………だから、どうした」
ナトス様がこの場にいたならば、今から俺がやろうとしていることを見てきっと俺をマヌケとなじったことだろう。
「マヌケ上等!俺にできることがこれしかないなら捨て石だろうが囮だろうが肉壁だろうがやってやる!テメー等覚悟しやがれよ。テメー等にとっちゃあ俺は唯のカモかもしんねーけどな、カモでも爪痕は残してやるぜ!」
俺は左腕で木の幹に刺さった斧を握ってまずは斧を投げて来たゴブリンに向かって走り出す。
超でかいゴブリンが俺に拳を振るってくるが、何とか紙一重で避ける。しかし、パンチの風圧が強くて飛ばされそうだ。
「ちょ!ただでさえ利き手じゃない左腕で斧持ってんだからあんまバランス感覚が狂うようなことするんじゃねーよ!でも………」
「ギイ!?」
バランスが少し崩れたおかげで斧無しゴブリンの懐には入り込めた。
「ありがたく右腕の敵は取ってやるぜ!」
斧無しゴブリンを袈裟斬りにして倒れた所に更に斧で頭を割って息の根を止める。
後ろから斧で襲ってくる二匹のゴブリンを目視してゴブリンの死体から斧を抜き振り向きざまに横に一回転。
焦っていたからか、刃とは逆向きに回ったのだろう。斧の腹に当たって吹っ飛ばされた二匹のゴブリンが木にぶつかる。
運悪く打ち所が悪かったのだろう。二匹とも動く気配はない。もっとも、俺にとっては運が良いことだが………。
「手首イッテェ!」
「グリィ!」
無理な体勢で斧を振ったことによる手首の痛さに悶える俺に再び超でかいゴブリンが覆い被さるように襲いかかってくる。
最早避けることはできそうにない。
だがそれでも三体は減らした。惜しむらくは弓持ちゴブリンを一匹も殺せなかった事か………。
「………いや、避けれはしねぇけどまだできる事はあるか」
俺はそこ等辺にあった小石を手に取ると思いっきり超でかいゴブリンに投げる。
「グァ!?」
その小石がまた運良く超でかいゴブリンの右目に直撃して奴が悶え始める。
「ギャギャ!」
「ギャァァァ!!!」
痛みで大暴れの超でかいゴブリン。後ろで俺の最期を楽しみに待っていた残りのゴブリン達がまるで虫ケラの如くプチっと潰されていく。
これで本当に俺の役目は終わりだ。もう頭上に奴の足が降りて来ている。
身体がペシャンコになっても生きてるってどんな感じなのかな………、などと既に戦闘の事なんて頭から捨て去って不安事項に思いを募らせる。
だが、奴の脚が俺に届く寸前で何故か軌道がそれて俺の横スレスレに倒れてしまう。
何があったのかと聞かれてしまえば、結局あの三択問題の答えは二番だったと言う事だ。
「お待たせしましたッス!叫び声が聞こえてからピーマン食べ終わるまでに三分経っちゃいましたけどソラサト・チサト只今参上ッス!」
「………いや、助かった」
ピーマンを食べるのに三分もかかったことに関しては聞かないでおく。
「それにしてもコイツ、ゴブリンロードじゃないッスか」
「ゴブリンロード?」
「極稀にゴブリンの群れのリーダーが進化してゴブリンロードになるんッス」
「この世界モンスターの進化とかある世界観なんだ………」
新たな真実に目を見開きながら頭の吹き飛んだゴブリンロードの死体に目を移す。
俺の何倍もある巨体。歩くだけで地鳴りや揺れを感じそうだ。
やはりこの巨体で足音もなしに背後に迫って来るなんて不可能か気がしてならない。
「なぁ、コイツって何か特殊能力とかあんの?」
「特に無かったような気がするッス。何か気になることでも?」
「いや………何でもない。多分気のせいだ」
しかし、今考えたところで分からないものはわからないので、俺はとりあえず疑問を頭の片隅にへと追いやることにした。
「とにかく、これで全部ッスよね?」
「そうだな。何匹かゴブリンロードにぺちゃんこにされたけど………」
「まぁ、数は把握されてなかったし大丈夫ッス。でも討伐の証としてゴブリン達の親指だけは取ってほしいッス」
「うへ………。マジで?」
ナイフで平然とゴブリン達の親指を切り取るチサト。転生者にしてはこの世界に馴染みすぎだろ、なんて思いながら俺もチサトを手伝う。
「んで、この仕事っていったいおいくら万円な訳?」
左手だけで覚束ない作業をこなしながら、雑談がてらに俺はチサトに問いかける。
「五万エクセルッスね。二人だから山分けして二万五千エクセルッス」
「二万五千か〜」
月の食費にはなるか?何て考えているとムッとした顔でチサトが距離を詰めてくる。
「あの!お勤めはお金のためにやる物じゃないッス!困っている人がいるから助ける為にやるんッス!」
「わ、わかってるよ………」
とは言え、スライムのせいで物流が途絶えている現段階でルートを確保する意味もあまり分からない。
そう心の中でぶつくさと言っている時だった。森の奥から一瞬眩い光が俺の目に届いたのだ。
特に何かを思ったわけではない。強いて言えば眩しいなぁ、と言うくらいだ。
でも、人の悪寒とはよく当たる物だ。俺は悪寒に従って振り返り、光に気づいていない様子のチサトを抱き上げて走る。
その一歩目を踏んだ瞬間、轟音と共に背中から物凄く強い熱風が背中に吹き付ける。
「がぁ………!」
「モモさん!?」
背中から何かが焼けた様な異様な臭いが鼻を劈く。
背中が痛む。浮遊感も感じる。ただ右腕がないこの状況で気を抜けば抱き上げているチサトを落としてしまう。
俺はこの熱気に晒されても死にはしない。だが、チサトは違う。
「チサトォ!息止めてろ!」
喉が焼ける。もう喋れない。まだだ。まだ気を失うな。
不幸中の幸いか、俺の身体が壁になってチサトに目立つ火傷はない。更に熱風が追い風であり俺の身体を森の外へと押してくれている。
森の出口が見えて数秒もしない間に俺たちは森の外へと放り出されて、俺は背中の痛みと肉の焼ける嫌な臭い、泥だらけのチサトが俺を呼ぶ声を聞きながら意識を手放した。
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