十四話
この王都セントラルシティには三つの教会が存在する。
その三つの教会を結ぶ大通りがあり、大通りでできた三角形の重心の位置に城はある。また、城からそれぞれの教会に、更に伸びて門まで繋がる大通りも存在する。
つまり、それぞれの教会がある三つの広場には鳥の足跡のように大通りが作られているのだ。
力の神様であるノーサスさんの教会は、並んでいる三つの大通り中で一番左の大通りだ。
その大通りを五分ほど全力疾走すれば、彼の教会へと辿り着く。
息を整えながら、教会の中を覗いてみて俺は我が目を疑った。
「ギャハハハハハ!!!飲め飲めェ!」
「さぁ、張った張った!」
「トムに一票!」
「俺はジェリーだ!」
「俺この前お勤めでゴブリンを皆殺しにしてやったぜ!」
「マジかよ!」
辺りを見れば色取り取りのモヒカンにリーゼント、鉄仮面に刺青と明らかにカタギとは思えない世紀末のヒャッハー集団がたむろしている。
本当にここが神様のいる教会なのかと疑いたくなってくる。
「こ、これが………力の神様の教会………」
YouはShockとかあのopでは言っていたが、確かにこれはショックを受けてしまう。
「あぁん?何だぁテメェ?」
そんな中、一人のモヒカンが俺に気付き声を上げる。
すると、さっきまで賑やかさが嘘のように静まり返り、全員の視線が俺に向いてくる。
「い、いや………、あの、ですね?」
流石にこの状況。俺もいつものように話せるわけも無くしどろもどろになってしまう。
「あぁ?よく聞いたらテメェ息も絶え絶えじゃねーか」
「え?」
彼の言葉に答える暇もなく、俺は中へと引き摺り込まれる。
逃げようにも首がガッチリホールドされていて抜け出せない。
そのままの状態で辿り着いたのはまさかのカウンターと化した主祭壇だった。
「マスター、コイツにいつもの頼む」
マスターと呼ばれた渋いオジサンが会釈をするとノーサスさんと思われる筋肉質の男の像が担いでいるワイン棚に続く階段を登っていく。
しばらくしてボトルを持って階段を降りてくると、グラスを一つ取り出してそれに黄色い液体をトクトクと注いでいく。
「お待たせしました」
差し出されたグラスの中身を確認してから俺は俺をここに連れてきたモヒカンに質問する。
「あの………これって、そちらのお二人が飲んでたのと」
「一緒だな」
トムとジェリーと呼ばれた双子の男達が飲んでいた物。推定お酒を前に俺は生唾を飲む。
出された物を飲まないのは失礼かも知れないが、何度も言うように俺はナスターシャを助けるためにここに来たのだ。酒を飲んで酔っ払っている暇などない。
「ちなみに………これの名前は?」
だから、どう断ろうか詮索するために、まずはこの酒の名前と度数をマスターに聞いてみる。
「こちら、リンゴジュースとなります」
「リンゴジュース!?」
「果汁100%です」
「果汁100%!?」
俺は視線を落としてもう一度グラスの中身を見る。
そして俺はグラスを持って、中身を口の中へと流し込んだ。
「マジだ………。リンゴジュースだこれ」
と、言うことは何か?あのトムとジェリーと呼ばれた双子のモヒカンはあんなイカつい顔をしてリンゴジュースの飲み比べをしていたのか?
俺が漏れそう漏れそうとトイレに向かう二人を目にやれば、何を言いたいのか分かったのか隣のモヒカンが口を開く。
「酒なんて飲んだら周りの人に迷惑かかるだろぉ?」
当たり前のことを言ってくれてはいるのだが、いかんせん顔がイカつい。
「急に静かになったスけど何かあったんスか!?」
苦笑いを浮かべながらそこら中に並ぶ怖面を見渡していると部屋の奥、ウチで言うところの居住区から聞き覚えのある少女の声が聞こえてくる。
振り向いてみれば、間違いなくウチの教会でソラカゼ・チサトと名乗った少女だった。
「チサトの嬢ちゃんの知り合い?あ、もしかしてこれかぁ?」
「カーンさん?ぶっ飛ばされたくなかったらお口にチャックをお願いするッス」
冗談混じりに右手の小指を立てるモヒカン。
そんな彼に笑顔で青筋を浮かべる少女に俺はやはり少し恐怖を覚える。
「おっと、おっかねぇ。それじゃあな坊主」
少女に詰められてそそくさと逃げていくモヒカン何て俺は見たくなかった………。
そんなことはさておき、ようやく本題に入れることに俺は安堵する。
「その、例の件なんだけど………」
人目はあるが、一刻も早く本題に入るために俺は言葉を濁しながらチサトに尋ねる。
「分かってるッス。とにかく、まずはこっちの部屋に来て欲しいッス」
そう言われて俺は彼女の後へと続いて、この教会の居住区の方に足を踏み入れる。
中は一般的な居住地と言った感じで、家具の配置などがウチの教会と若干違う程度だ。
「こっちッスよ」
部屋を見渡していると、いつの間にか奥の扉の前にいたチサトが声をかけてくる。
俺が足早に彼女に近付くと、チサトは扉を三回ノックし返事を待つ。
「おーう。入れーい」
渋い声が扉の向こうから聞こえてくる。
そのままチサトが扉を押し上げて、俺もそれに続いて部屋に入った。
まず気になったのが、部屋の湿気と匂いだ。異様なまでにムワムワして汗臭い。
俺が顔を顰めて奥を見てみると、そこにはベンチプレスに寝転がり、バーベルを上げ下げしている筋肉質の巨漢がいた。
見た目的には五十代くらいで髪や顎に蓄えられた髭は白い男。彼の周りだけ景色が何故か歪んでいる。
「チサトッス。ノーサス様、ナトス様の神子を連れてきたッス」
ノーサス様と呼ばれた巨漢がバーベルを床に置くと、ジロリと俺を睨む。
「ほぉ………。コイツがナトスが連れてきた神子か。聞いた話じゃあこのセントラルを滅ぼせるキメラを下したって話だったが、案外ヒョロそうだな」
近くにあった足を持ち上げてグビグビと飲んでいくノーサスさん。………物すごい酒臭い。
「自分も信じられないッス!」
「いや、あの、最終的にトドメをさしたのはマホであって俺では………」
「ん?そうなのか?」
「なら納得ッス」
ちょっとこの美少女失礼すぎじゃないだろうか?普通そんなこと思ってても口にしないよ?
俺は隣にいる美少女に少しだってムッとして、何故ここに来たのかを思い出す。
「ノーサスさん、いやノーサス様!お願いがあります!」
「なんだ?」
俺は一歩前に出てベンチプレスに座る大男に虚勢を張りながら口を開く。
彼の方もいきなり大声を上げた俺に物怖じせずに淡々と聞き返す。
「ウチの教会のシスター見習いが拐われてしまいました!犯人の要求する身代金を用意することができません!どうか、どうかお金を貸していただきたいのです!」
「ほーう、シスター見習いが。で、幾らだ?」
顎を指で摩りながら興味深そうにノーサスさんが聞いてくる。
「………一億エクセルです」
俺の返答にノーサスさんは間髪入れずに吹き出して笑い飛ばす。
「ガハハハハハ!一億!無理に決まってるだろ」
「!」
やはり、無理だった。一億なんて大金をそうそう用意できる訳もなければ、ウチの為に用意する義理もない。
「と、言いたいんだがなぁ」
「………?」
何だ?何やら様子がおかしい。
「元々チサトをそっちに行かせたのも協力体制を敷くためだからなぁ」
「協力体制?」
俺の質問に後ろでずっと黙っていたチサトが口を開く。
「今このセントラルシティではある重大な犯罪が行われているッス!」
「重大な犯罪………」
「幼女ストーキング事件ッス!」
「おぉ、貯めた割にはショボそうな犯罪なのね」
いや、犯罪とはみなまで言わず決して許されざることではある。そこにショボいもショボくないもないのではあるだろうが、如何せん殺人や強盗、誘拐などの直接命に関わるような犯罪ではなかったことに少しだけ肩を落としながら胸を撫で下ろす。
「ショボいって何ンスか!女の子にとってこれは恐怖ッス!トラウマッス!」
「あ、いや、それは重々わかってるつもりだよ?でもこっちは直接的に人の命が関わってるって言うか………。できればこっちを優先したいなぁて言うか………」
お金を貸してくれ、と頼みに来た手前で断るのか、と言われてしまうかもしれないが、見ず知らずの少女達よりも今は身内の少女一人の方が俺には優先度が高い。
ふむ、とノーサスさんが何かを考えるように俺を見ると、しばらくして口を開く。
「お前さん、なんでウチがそっちと協力体制を敷こうと考えたから分かるかい?」
「え?それは………」
俺がある程度の候補を頭の中で挙げて無難な物を答える前に、ノーサスさんは再び口を開く。
「人手が足りないから、ってのは無いな。ウチは三つの教会で最も信者が多い。戦力的な話ならチサトがいるから問題はない」
「そもそも戦力になるかも怪しいッス!」
そろそろ本気であのガキをぶっ飛ばしたい。
「………まぁ、チサトの事は気にしないでやってくれや。それより話を戻すが、チサトの懸命な捜査と推理の結果、おそらくホシの狙いは身代金目的の誘拐であるだろうと言うことが分かった」
「被害者の女の子は皆有力な貴族のご令嬢だったッス。まぁ?誰にでもできる初歩的な推理ッス。でも?もし仮にモモさんが自分を褒めたいって言うなら止めはしないッスよ?」
「ハイハイ、スゴイスゴイ」
もうコイツのことは居ない体で話を続けよう、と俺はノーサスさんに視線を向ける。
「じゃあ、そのストーカーがウチのシスターを誘拐したって事ですか?」
「可能性は高い」
ノーサスさんが立ち上がってチサトの頭にポンと手を置く。
「坊主のとこにゃあ悪いが、ワシは誘拐されたと言うその見習いシスターに囮を頼むつもりだった」
一瞬。ほんの一瞬で全身が熱くなって目の前の大男に俺は殴り掛かろうと踏み込む。
しかし、瞬きをした次に見た光景は見覚えはあるものの何だか違和感のある天井だった。
「自分の前でノーサス様を襲おうとするなんて太い輩ッス!」
「………それを言うなら不逞の輩だ」
ノーサスさんの訂正に顔を青ざめるチサト。
「ご、ごめんなさいッス!今度までに全ての語彙を覚えておくので許して欲しいッス!」
「いや、怒ってない怒ってない」
泣きながら懇願するチサトに俺は違和感を覚えながら身体を起き上がらせる。
とても異様な光景だ。俺もよくナトス様とは喧嘩になる。そこにシロコが割って入って喧嘩がエスカレートし、最終的にはマリアンヌさんに諌められると言うのが定番の流れになってはいるが、こんなことはしたことが無い。
まぁ、神様と神子の関係が教会それぞれと言うのもあるのだろうが、何だか違和感と言うか、既視感を感じてしまう。
その既視感が何かを探っていると、チサトを落ち着かせたノーサスさんは俺を見て手を差し出してくる。
「結果的にはそうならなかった訳だが、お前さんがそうまで怒るようなことをやらかそうとして悪かった。こちらも貢献度稼ぎと言う打算ありきだが、シスターの救助を手伝わせてもらおう」
ノーサスさんの手を取って俺は立ち上がる。俺の二回りくらいはある手だ。
「ありがとうございます。後、すいませんでした。いきなり殴り掛かろうとして」
「気にするな。取り急ぎとして一億は用意しよう」
ノーサスさんが部屋から出ていけば、泣き止んだチサトが俺を睨みながら言った。
「自分、モモさんが下着泥をしようとしたこと忘れてないッスからね?」
「それに関しては全力で否定する!」
あれからしばらくが経ち、色々と準備をしていて、気付けば既に日が暮れかけている。そろそろ誘拐犯が指定してきた時間だ。
俺とチサトはノーサスさんが用意してくれた一億エクセルを詰めた何故この世界にあるのか分からない現代的なアタッシュケースを手にセントラル公園の前に立っていた。
「あの………される前に言っておくッスけど絶対にふざけないでくださいね」
隣にいたチサトが俺を見ずに呟く。
「バカヤロー。こっちはウチのガキ人質に取られてんだ。ふざけるわけねーだろ」
「そ、そーっすよね!こっちも銀行にお金を借りてるんで失敗たら大赤字ッス」
「あぁ。失敗する訳にはいかねー」
「そーッスよね………」
俺とチサトの間を沈黙が包む。周りは公園ということもあり、ザワザワと人々の話し声が聞こえてくる。
再び、チサトがこの沈黙を打ち破り、恐る恐ると言った感じで口を開く。
「………心なしか、公園にいる皆さんがこっちをチラチラ見て遠ざかって行くような気がするッス」
「不思議だな。まぁ、取り引きするなら無関係の人間巻き込まないだけこっちの方がいいだろ」
「そーッスね………じゃ、ないッスよ!何でパンツ一丁なんスか!?」
チサトに指摘され、俺は自分の服装を見直してみる。
上半身は謎の光が胸部を隠し、下半身にはパンツを履いている。
「パンツ一丁じゃねぇ!よく見ろ!乳首の謎の光もある!」
「訳わかんないッス!あれから何があってそうなるんスんか!」
チサトの当然であろう疑問に俺は先程の出来事を思い浮かべながら口を開く。
ノーサスさんとの話が終わった後、お金の問題を全て押し付けるわけにも行かないと思った俺は、教会の方で何人かが賭けをしているのを思い出して自身のお小遣いを手に参加した。
ゲームの内容はリンゴジュースをどちらが多く飲めるのか、を賭ける物だった。俺はトムという細身の男に賭けたのだが、結果は見事に惨敗。
そして、驚くべき事に俺と一緒にトムに入れていたモヒカン達があろうことか服を脱ぎ始めたのだ。そう、これはお金を賭けていた訳ではなく、何回か賭けてどれだけ脱がなかったかを競うモヒカン達のゲームだったのだ。
もちろん、賭けに負けた以上俺も脱がなくてはならない。しかし、上はシャツ一枚だった為に上裸で向かうわけにもいかずに賭けを続行。見事にパンイチになってしまった。
「俺、テストの山とか推しガチャならガチで運が良いんだけどなぁ」
「いや、アホでしょ!」
叫ぶチサトに俺は耳を塞ぎながら更に言い訳をする。
「いや、流石に乳首はマズイからさ、この前フレイアさんに貰った失敗作の薬をね」
確か、人の注目を集める薬だっただろうか?戦闘時に敵の注意を容易に引けるとかで騎士団達も注目している物らしい。
失敗作も確かに悪い意味で人の注目を集めている。
「あんまり近付かないで欲しいッス。知り合いだと思われたくないんで」
「わ、分かったよ」
チサトの本気の懇願に俺も少し彼女から離れて公園に入る。
ここからは別行動だ。俺が指定の位置で待ち、チサトが遠くから監視する。
よっこらせ、と噴水の台座に腰掛けてアタッシュケースを膝の上に置く。
子供の喧騒はもはや聞こえない。俺の耳に入ってくるのは吹き抜ける風と風に揺られて擦れる葉、噴水の水の音のみ。
こんな平和で物寂しい場所で今から犯罪の取引が行われるのだ。
「モモー!」
そんな事に想いを馳せる中、何やら聞き覚えのある呼び声がこの静寂を破る。
「な、ナスターシャ!」
声が聞こえた方を見れば、ナスターシャと黒ずくめの知らない男が一緒に歩いてくる。
「何でそんな格好してるの?」
「いや、これは色々あったと言うか………。てか、無事か!?何処も怪我してないか!?」
開口一番それでいいのか?とは思ったが、俺はとにかくナスターシャの無事を確認するため噴水の台から立ち上がって駆け寄ろうとする。
「おっと!ガキは金と交換だ!」
黒ずくめの男に行手を阻まれる。俺は足を止めてチラリと呑気そうに疑問符を浮かべるナスターシャを見る。
今現在、ナスターシャは男の手中に居るのだから従った方が懸命だ。
「わ、分かった………」
「へっへ。これで一生遊んで暮らせ………」
俺が地面に置いたアタッシュケースに黒ずくめの男が手を伸ばして動きを止める。
今更ながら俺の今の格好に絶句しているのか?とも思ったが様子からして何か違う。俺を見ていると言うより俺の奥にいる何かを見ているようだ。
俺が黒ずくめの男の視線を追っていくと、反対側の入り口から鎧を纏った顔がそっくりの屈強な二人の男が入ってくる。
鎧的に彼らは衛兵だろう。
「チクショー!衛兵にバラしてやがったな!」
「ち、違う!」
このままではマズイと思い弁明しようと振り返ると、黒ずくめ男はナスターシャも、金の入ったアタッシュケースにも目もくれず遠くに走り去っていた。
結局奴は何をやりたかったのか?と思いながら全て解決したことに安堵する。と、思っていた。
これがまた変なのだ。何が?と聞かれれば今度は衛兵の二人が、だ。
誘拐犯が逃げたと言うのに一向に追う気配はなく、寧ろ目当ては俺と言うかの如く俺を睨みつけてみる。
そして、ジワジワと疑問が浮かんできた。今回のこの誘拐。俺を含めてチサトとノーサスさんの三人しか知らない筈だ。なら、あの衛兵二人は何故ここに来た?答えはすぐ目の前、と言うか真下にあった。
パンツ一丁で乳首を眩く光らせ、公園で幼女と佇む少年。これがもし俺ならばどうした?まず間違いなく捕まえに行っただろう。
俺は膝を地面に付けてナスターシャの目線で言い聞かすように語りかける。
「いいか、ナスターシャ。この近くに話し方はちょーっと変だけど多分頼りになるお姉さんが来る。それまで公園で待っていられるか?」
「モモは何処か行くの?」
純粋な眼差しのこのシスター見習いに今から衛兵さん達と鬼ごっこします、なんて言えるわけもない。
もう直ぐそこまで来ている衛兵を尻目に俺は最大限の作り笑顔を見せて告げる。
「お昼、食わせてやれなかったからさ、ちょっと材料買ってくる」
それだけ言って、俺はナスターシャから離れて駆け出す。
それと同時くらいに二人の衛兵の片方が俺に急接近してくる。俺は急いで腰を屈めながら地面の砂を掬い上げて衛兵に向けて撒き散らす。
「ぐぉ!?」
「兄者!」
目潰しをされた衛兵を見てナスターシャを保護していたもう一人の衛兵も慌てて駆け寄ってくる。
目当ては俺と言うよりもまずは相方の方らしい。
「ごめんなさーい!!!」
二人が怯んでいるうちに俺は急いでその場を離れる。何度か変態なる大変不名誉な叫びをされた気はするが気にしないでおこう。
路地裏と大通りを何でも出入りしながらしばらく走っているとドカッと、俺は路地裏から現れた何者かにぶつかってしまった。
「す、すいません!」
「いや、こっちもよそ見してた。悪かった」
俺は起き上がって相手の無事を確かめようと視線を相手に向ける。
「「あ………」」
目があった。歳は三十ちょいと言った感じで無精髭も生えていて控えめに言って清潔とは言い難い。
いや、そんなことでは無い。俺が驚いているのは彼の服装だ。
彼は確かに黒ずくめだった。先ほど、公園でナスターシャの隣にいた男の服装に瓜二つだ。
向こうも俺の格好ではなくて顔で硬直しているように見える。つまり、十中八九先ほどの男で間違いはない。
と、なればこれから何が起きるのかなど想像できる。
「………ッ!」
「あ、テメェ待ちやがれ!」
新たな鬼ごっこの始まりである。
「きゃー!変態!変態よ!」
「うぉ!パンツ一丁で乳首光ってる!何だあれ!?」
「変態が出たぞぉ!子供を避難させろ!」
「え、衛兵さーん!」
何だか大変な騒ぎになってきた。
このまま変な噂が立つのも嫌なので何とか男を路地裏の方に追い込もうと考えていると、後ろから叫び声が聞こえてきた。
「待てェ!変態野郎!」
「これ以上の変態行為は例え神や国王陛下が許しても、俺たちレストレード警備部隊長が許さねぇ!」
レストレードと名乗る先ほどの双子の衛兵が一気に俺との距離を縮めてくる。
「ひぃ!レストレード兄弟!」
前から黒ずくめの男の小さな悲鳴が聞こえてくる。
レストレード兄弟。世情に疎い俺でもその名は少しくらい耳に入っている。
本名はレス・グレグソンとレード・グレグソン。双子で一つの部隊を纏める部隊長であり、主にこの首都、セントラルシティの治安維持に勤めている。
そんな彼らは犯罪者を決して逃さない事で有名だ。例え何処に逃げたとしても必ず捕まえると専らの噂になっている。
だが逆に、これはチャンスとも取れる。
「おーい、オッサン!」
「オッサンって誰に抜かしてんだガキ!こちとらまだ二十九だわ!」
「安心しろー。若い奴にとっちゃ三十辺りから全部オッサンオバサンだから!」
ショックを受けて項垂れた様子の黒ずくめの男に俺は更に話しかける。
「あの二人が追ってるからにはもう逃げられないぞ!大人しく自主した方が身の為だ!」
「うっ………」
俺の言葉に黒ずくめの男の走るスピードが明らかに遅くなる。
「よし!」
「そこのパンツ一丁で乳首を光らせている男!速やかに止まりなさい!」
「あ」
次の瞬間、黒ずくめの男は最初の頃よりも早いスピードでまた走り出す。
後ろにいる双子に俺は心の中で舌打ちしながら更に早く走る。心臓が痛い。体力の限界も近いだろう。
「もーう。ダーリンったら私がいないとすーぐはっちゃけちゃうんだから」
目も霞んできたその時、俺の耳に入ってきたのは聞き覚えのある声だった。
それと共に最後の力を振り絞って、精一杯息を吸い込む。視界が明瞭になり、見えてきたのは逃げる黒ずくめの男に立ち塞がるように佇む白髪に少し黒髪が交じった背の高いポニーテールの女。猫耳と尻尾が特徴的な女。
成り行きにも関わらず律儀に俺をダーリンと、番と呼ぶ女。
「退けェェェェェ!!!」
「あ、おいよせ!」
「ぶへぇ」
そして、俺が今知る中で多分一番強い女。それが彼女、シロコ・イツガミ。この異世界で俺にできたお嫁さんである。
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