十一話
私には何が起こったのか分からなかった。モモさんに襲いかかったライオンの亜人の首がいきなり彼の剣の上に置かれていたのだから。
「モモ、さん………?」
先ほどまでとは雰囲気の違うモモさんに私は恐る恐る声を掛ける。しかし、彼は呼びかけに答えることもなく私とシロコさん、そして未だに次のゾンビをその腹部から産み出すキメラを一瞥してから大きく息を吸った。そして………。
「なんじゃこりゃー!!!」
叫んだ。
「ひさしぶりに適合者が現れたと思ったらなにこれ?なんでいきなり戦ってんの、儂!?しかもこれ空っぽじゃん!」
いきなりよくわからないことを口にしているモモさん。そんなモモさんにまたもゾンビが襲っていく。今度はエルフの男女だ。
「ん?」
それに気付いたモモさんはそれでも武器を構えることなく今もその場に立ったままだ。
「ばっ!逃げろ!!」
ハッとしたシロコさんもモモさんを助けようと再びその足を動かす。
「何じゃなんじゃ?今度は二人同時か?困ったのぅ」
ため息交じりにモモさんが剣を振れば、ゾンビたちは一瞬で上半身と下半身が切り離される。
「むぅ………。こやつらは所謂ぞんびというやつじゃな?ムムム。このぞんび共はあの大福みたいな化生から現れてると見たぞ!」
剣に付着した血を振り払いながら、ゆらゆらとモモさんがキメラに近づいて行く。
キメラにも自我と言う物があったのか、怯えたようにその腹部からゾンビを放ち続ける。
一人二人の話じゃない。ここまで来れば一個旅団と言っても過言じゃない。
「力で敵わぬと見て数で来よったな?ハッハッハ!考えは悪くないがのぅ。じゃが、この数は些か儂を舐め過ぎじゃ」
豪勢に笑いながらモモさんが再び剣を振る。シロコさんも、勿論私も、割って入ることが憚られるような一方的な蹂躙。今まで私が見て来たモモさんとは実力面でも性格面でも違う彼の姿に私達はただ息を飲むしか無かった。
誰もが声を出せないこの部屋で唯一、一人笑い声を上げるモモさん。何の気無しに立ち止まると悩むように唸りを上げる。
「この身体、ちと筋肉が足らんと思うんじゃが………。それに術もイマイチ使いこなせん様じゃし……。空っぽすぎてすっぽりと入れたが、今世がまさかこんな脆弱な身体になるとわなんだ………」
「おい!」
ゾンビや伸びてくる腕をいなしながら何かをブツブツと呟くモモさんにシロコさんが声を掛ける。
「お前、何モンだ?その身体の持ち主はどうした?」
「ム?お主はこの身体の持ち主の仲間じゃな?何、儂は此奴の代わりに身体を動かしとる浮遊霊じゃ。まぁ、儂の事はそうじゃのう………。アマさんとでも呼ぶと良い」
「アマさん?」
私が彼女の名前を復唱すれば、モモさんに取り憑いているらしい浮遊霊のアマさんは、迫りくる腕を見事に切り落として答える。
「そうじゃ。で、この身体の持ち主のことじゃったか?何、死んどりゃせん。ちょいとした放心状態で中身が空っぽじゃから儂が借り受けてるだけよ」
「放心状態だぁ?」
「ウム。何やら壮絶なしょっくを受けたようじゃな」
ショック………。
彼の言葉に私は心当たりがあった。
「ゾンビを倒したから………?」
リザードマンのゾンビを倒してから明らかにモモさんの様子が可笑しくなった。普段なら信じることはないが、ファンタジーなこの世界なら彼?彼女?の言う通り、放心状態で取り憑かれたなんてこともあり得るような気もする。
どうにかしないと、と思っているとアマさんが人を小馬鹿にするような声で話しだす。
「屍人を斬っただけで放心とは、現代は随分と平和みたいじゃのう。それともこやつが腑抜けなだけか?」
「後ろ見ろテメェ!」
シロコさんの目にアマさんの背後から奇襲を仕掛けるゾンビ達が飛び込んできて、叫び声を上げる。それと同時くらいにゾンビの奇襲を軽くいなしてアマさんがゾンビたちを蹴り飛ばす。
「むぅ………。大人数相手に斬り合うのは楽しいモンじゃか些か敵が弱すぎる!逆に鬱陶しくなって来よったわ!」
苛立ちを見せ始めたアマさんがゾンビを切り伏せながら吠える。すると何を思ったのか、いきなりこっちを向いて声を上げた。
「あー………そこなを掛けた小娘!」
「わ、私ですか!?」
「うむ。見ればお主、術を使う力に長けておるようじゃ。どれ、ちと奴らを纏めて吹き飛ばしてはくれんかのぅ」
今の今まで動きにも着いていけなかった私を見て何故そう思ったのかは疑問だが、それは一先ず頭の片隅に置いて首を横に振る。
「む、無理です!私まともに魔法使えなくて、下手したら皆さんを巻き込んで暴発して………」
「なら、儂らがその範囲から逃げ切れた後に自爆せい」
「………え?」
………いま、モモさんの身体に取り憑いた彼?彼女?は何と言ったのだろうか?あまりにも予想外だった言葉に私の思考は停止する。
しかし、シロコさんの怒号と共に、私の思考は現実へと引き戻された。
「何言ってんだテメェ!マホに死ねってのか!?」
「あぁ、そうじゃ。そもそもこやつらは兎も角あの饅頭擬きは犠牲無くしては勝てん」
人が無意識に呼吸するのが当然であると言うかのようにさらりと肯定するアマさんに私はただ息を飲む。そんな最中でも未だにゾンビと斬り結ぶアマさん。
「ッチ。マホ、気にする事はねぇ。幸い敵の注意は奴に向いてる。今のうちにあのバカの中から奴を追い出す方法を考えるぞ」
シロコさんがアマさんを睨みつけながらそう口にする。
……………死にたくない。それが私が最初に浮かんだ言葉だった。でも、それは直ぐに消え去って次に浮かんだのはあのアマさんの言っていることが本当かどうかだ。
「あのキメラを倒すには、犠牲が必要………?」
「!」
ぽろっと出てしまった言葉にシロコさんは距離を詰めて私の胸ぐらを掴む。
「馬鹿野郎!必要な犠牲があってたまるか!確かにこれは戦いだ。誰かが命を落とす可能性はゼロじゃあない。だがな、端から犠牲を必要とした作戦を立てる奴は人殺しと変わりねぇ!」
私の胸ぐらから手を放したシロコさんが人の姿から虎の姿に変わってゾンビの一団へと突っ込んでいく。きっと彼女も弱音を吐く私に呆れ返ったのだろう。
「オラオラァ!雑魚ども邪魔だ退きやがれ!」
「何じゃあ!?」
ゾンビたちを薙ぎ払い、アマさんの横を通り抜けてキメラの懐へと到着する。
「テメェに恨みはありはしねーが、同胞の死を汚すってぇなら容赦はねぇ!」
人の何倍も大きな虎の手に電気が纏われ、キメラを斜めに両断していく。次の瞬間部屋中に響き渡る金切り声。吹き出るキメラの血を一身に浴びながら更に傷口にその牙を突き立てる。
まるで死体の肉を貪り食う猛獣と言ってもいいような姿に私は恐怖を感じた。
しかし、一方のアマさんはと言えば、愉快そうに笑いながら私に話しかけてくる。
「やはり獣族は肝が座っとるのぉ。饅頭に見えるからって流石の儂も噛みつこうとまでは思わんわ。なぁ?」
「………楽しそうですね」
恐る恐る私が尋ねてみたらアマさんは口角をあげて抑揚のある声で答える。
「うむ。楽しいぞ。戦いというのはこうでなくちゃあいかんわな!自分と敵の裏の描き合い。いくら策を練ろうとも正面から叩き潰す力のぶつかり合い!儂の望む戦とはまさにこう言う物じゃ」
豪快に笑うアマさんを目の前に私は拳を強く握り下唇を噛む。少し血の味がしたのに気づいて私は口を開いた。
「勝利の為に誰かが犠牲になってもですか?」
「………先ほどの話、聞こえておった」
私から目を逸らしたアマさんが今も暴れるシロコさんを見る。
「あの虎公の言うこともまた事実よ。じゃがな、儂は軍師ではない。一人の足軽に過ぎんのじゃ。よって儂は勝ちのためならば何だってするし、誰だって犠牲にする」
「………アナタの発言は共感はできませんけど理解はします」
当たり前だけど私は戦なんて経験したことがない。授業で習ったりはしても、基本的には平和な国で、誰に脅かされるでもなくのほほんと本を片手に生きて来たのが宇佐見真穂と言う人間だ。
転生して数ヶ月、戦闘だって魔法の試し撃ちで誤って山を砕いてしまった一回のみ。シロコさんや幽霊さんみたいに犠牲は覚悟の上なんて心持ちにはなれない。
……………でも。
「それでも私は、誰かを犠牲にする勝利なんて欲しくありません」
この部屋に入ってから身体の震えが止まることがない。それでも私は堂々と臆することなく心からの言葉を投げかけた。
「お主が何と言おうとそれ以外手がない以上作戦は変わらん」
「………………………作戦が、あれば良いんですね?」
そう言って私はポケットに入れていたある野球ボールくらいの小さなガラス玉を取り出して見せる。
「それは?」
「どんな魔法も一回だけ吸い取ってくれる魔法の水晶です。これに私の魔法を吸わせて防御魔法の中で爆発させます」
モモさんの部屋に転がっていたこれを見た時、何となくで持って来てしまった魔法の水晶。それをジロジロと見ながらもアマさんは疑いの目で私を見る。
「良いか?儂が見る限りあの饅頭は幾百幾千と人の魂を食うて出来た怪物じゃ。それゆえにその魂達を繋ぐ核が何処かにある。が、伊達にそれだけの魂を食うてるわけではない。その分再生力も、術に対する耐性すらも桁違いじゃ」
私はゾンビを一掃してキメラと戦っているシロコさんを観る。シロコさんの鋭い爪に裂かれても一瞬で傷が塞がり、その手に付与されている雷魔法すらも効いている様子はない。
「お主は………。お主にはできるのかの?再生力も、耐性すらも物ともせん火力の魔法を撃ち、尚且つそれを内に留めておく防御の術を貼ることが」
試すかのような物言いと視線にドクンと一度心臓が跳ね上げる。
偶々持ち出していた水晶玉を思い出して思い付いただけの行き当たりばったりだ。その上、全ては私の力量に掛かっている。
果たして私にできるのだろうか?そんな疑問を頭に浮かべ、すぐに振り払う。
「やるしか道はありません」
私の答えにアマさんが優しい眼差しで笑う。
「良い答え、かは知らんが儂好みじゃ」
アマさんが再び剣を二本構えると、地面を蹴ってシロコさんを死角から狙おうとするキメラの腕二本を斬り落とす。
「誰も犠牲にならんで済む作戦の目処が立ったぞ」
「あぁ?」
「成功率は五分と言った所じゃが、この勝負乗るか?反るか?」
「乗った!!!」
襲いかかる腕を物ともせずに何かを話し続ける二人。方や生まれ持っての体躯と鋭い爪で敵を切り裂く大虎に、方や武器の扱いに長けていて、素人が見ても綺麗な動きだと分かってしまう浮幽霊。二人とも一騎当千と言える実力がある強者だ。間違いなくあの二人が一緒に戦えば向かうところ敵なしだと思う。
そんな二人を尻目に私は準備へと取り掛かる。水晶玉を置いて少し離れた場所に魔法強化の魔法陣を描く。
原則として、魔法は同時には撃つことが出来ない。呪文を唱え切らなければ発動できないからと言うのもあるが、まず二発同時の瞬間的な魔力出力が常人では耐えきれないと言うのが一番の理由だ。時たま生まれる才能のある人は呪文を唱えずに魔法を発動する上で、その瞬間的な魔力出力に耐える事はあるらしい。
しかし私はただの人だ。
魔法を撃つ魔力の源泉は無尽蔵にあったとしても、それを出力する蛇口の耐久性に関しては一般人とそう変わらない。だからこそ、凡人は凡人なりの知恵を使う。
魔法を撃つ時、全身に魔力が回る。その特性を利用して、全身に回った魔力を魔法陣を経由させてその効果を相乗させる事を思い付いた。
「我が求めるは原初の炎、即ち太陽。原初の炎よ、永久に燃ゆる命の炎よ、燃やせ燃やせ燃やせ。我、ウサミ・マホの名においてかの物を滅却せよ!スルト!」
最上級炎魔法スルトがまるで矢のように水晶玉目掛けて飛んでいく。見る見るうちに魔法が水晶玉に吸われていくと、残ったのはスルトの放った熱だけだった。でも………。
「!?」
ピキッと言う嫌な音と共に水晶玉の破片が私の頬を掠める。
掠めた傷口から血が垂れる感触で私は理解した。
「容量オーバー?」
どんな魔法も吸い取る水晶玉にも、流石に容量があったらしい。このままでは水晶玉が砕け散りその場で大爆発を起こしてしまう。
「失敗、した?」
これでは結界を貼る前に爆発してしまう。まごう事のない失敗だ。
「ま、だ、じゃあ!」
絶望に染まった私の耳にこの数日何度も聞いた声が飛び込んでくる。
中身は違う。でも、確かにそれは彼の声だ。
「手伝えよ虎ァ!」
「シロコだ馬鹿野郎!!!」
腕をシロコさんに咥えられたアマさんがもう片方の腕でひび割れた水晶玉を拾い上げる。そのままくるりとシロコさんが振り返れば、血飛沫をあげてアマさんがキメラの口の中へとすっぽり入っていく。
見事にホールインワンした光景に私が呆気に取られているとシロコさんが叫ぶ。
「急げマホ!野郎が水晶玉を抑えるにも限界があるぞ!」
「は、はい!」
急いで私は防御魔法の呪文を詠唱する。
「東に翠を、西には白を、南には赤を、北には黒を。世界を守護する四つの護り手よ、その聖なる力を持って我々を護り給え。我、ウサミ・マホの名においてかのものを留めよ!サンクチュアリ・ビースト」
呪文を唱え終われば、光の柱がキメラを囲い始める。キメラも腕を伸ばして壁を壊そうと躍起にはなっているが、壊れる様子は一切ない。
そして次の瞬間、キメラの内から閃光が走り、大きな音を上げて熱気と風圧が襲いかかる。
やはり、今の私では全てを封じるには力不足だった。
それが十秒ほど続いてから、ようやく私が頭をあげる。
そこには私の前でうつ伏せになる虎の姿のシロコさんがいた。彼女は熱気や風圧から私を護ってくれていたのだ。
「シロコさん!!!」
急いでシロコさんに近寄れば、熱気が当たっていた側の胴が焼き爛れている。
「!」
急いでシロコさんの傷に回復魔法を掛けるが、意識を取り戻したシロコさんがそれを何故か止めた。
「き、めら、は、どう………だ?」
シロコさんの問いかけに私は爆心地の方に目を向ける。
「………姿はありません。核のような物も。………モモさんの姿も」
自然と涙が頬を伝った。これは明らかに自分のせいだ。自分が水晶玉の容量を過信してしまっていたからモモさんは死んでしまった。
「私のせいで、モモさんは………」
誰も犠牲にしたくなくて考えた作戦が、他の誰でもない私のせいで犠牲を出した。
身体さえ残っていれば、私は彼をどれだけ魔力を消費しようと助けることができただろう。でも、あの爆発は彼の身体を灰も残らず燃やし尽くしてしまった。
「泣くのは、早い、ぜ」
「………え?」
シロコさんの言葉に呆気に取られていると彼女の口からでろりと一本の腕が出てくる。
「あ、あの………それ」
「モモの腕………。必要かと思って噛みちぎっといた」
私は急いでその腕に駆け寄って、回復魔法を掛ける。見るみるその断面から筋繊維や骨が伸び始め、三分もすれば人の身体に戻っていく。見間違うことはない。それは確かに、モモさんだった。
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