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十話

 ………正直に言ってしまえば、俺は今、非常に困惑している。

 マホがあんな感じで怒ったと言うのもあるが、二日間しか一緒に居なかった相手に対してあそこまで言えることにも驚いた。俺と違って死ぬかもしれないと言うのに何が彼女をそこまで突き動かすのだろうか。服や下着を着ながら考えたって、今の俺にその答えが出せる道理もない。あるのは俺が彼女達の共闘を認めたというその一点だ。

 そんなことを思っている間に次第に作戦が纏まっていき、俺は最後の調整として身体を動かしながら頭の中でキメラの情報を反芻させる。

 身体の方はまだ少し重いものの、戦えないと言う程でもない。戦に赴く武士の気持ちと言うのはこんなものだったのだろうか?


「緊張するか?」


 そんな最中、ふと、シロコが話しかけて来た。その手には日誌が置かれていて、まるで高名な学者の様だ。


「オレもよくそんな風になる。戦いの前の晩は眠れずによく星を眺めた」


 ゆっくりと、シロコは俺に近づいて、隣に胡座をかいて座ってくる。そのまま何度も頷きながら再び口を開いた。


「そりゃそうだろうな。生きるか死ぬかの大勝負。その結果さえ大勢に影響するんだ」

「アンタ、まるで戦慣れしてるような言い草だな」


 俺の軽口にシロコはあぁ………、と自嘲気味に笑い飛ばす。


「奴隷になる前はな、よく戦をやってたよ。相手はモンスターだったけどな」


 戦相手がモンスター?言っている意味はよく分からないが、彼女は戦いに慣れているのは間違いない。


「………そうだな」


 だから俺は、戦いの先輩に心中を打ち明けてしまった。


「正直に言って、俺は戦いが怖いんだよ。痛いのも嫌だ。今も平気そうにしてるけどさ、気を抜いたら多分俺はこの場から一目散に逃げると思う。いや、絶対に逃げる」


 なんて情けの無い宣言だろうか。だけども、それが俺だ。この一週間程、毎日毎日戦ってきたが、一度たりともそれを楽しいと思ったことはなかったし神子の仕事を放棄してのんびり過ごしたいなんてしょっちゅう思っていた。でも、それを辞めても異世界じゃ行き場なんてない。


「それでいいだろ別に」

「え………?」


 まさかの言葉だった。何当たり前の事言ってんだ、と言うような顔を向けてくるシロコ。


「いや、命掛かってんだから当たり前だろ。なんだお前?敵前逃亡は死罪とかそんな古い価値観の持ち主だったのか?」

「え?え?逃げるの?」

「オレの親父の故郷の近くにある島国じゃあな、三十六計逃げるに如かずだの逃げるが勝ちだのと言う言葉がある。意味は今の状況とは結構違うが、時には命欲しさに逃げるのも大事って事だよ」


 シロコの論った諺に聞き覚えはあるものの、今はスルーして俺は目の前にぶら下がった選択肢に向き直る。戦うか、逃げるか。ここで俺が逃げの一手を打ったとしてもきっと二人は責めないだろう。後味が悪いと言う理由だけで勢いよく来てしまったが、はたして正しかったのか、ずっと迷っている。

 しばらくして、俺は小さく頷く。


「うん。やっぱ俺戦うわ。ここで逃げて奥にいるキメラを見逃しても後味悪そうだ」


 それでも結局、俺は何処までも後味が悪いと言うよくわからない理由で動いてしまう。昔からの悪い癖だとは分かっていても、今の今まで変えることができなかったのだ。


「………ま、それがお前の選択ならそれで良いんじゃねーの?あ、でもオレとマホに黙ってやらかそうとしたのは許してねーからな?それとモフテリアで暴れた弁償代と慰謝料」

「慰謝料の方は宮廷魔導士団につけるか亜人ナンタラ戦線の自業自得と言うことでケリつけてくれよ。飲み食いした分の料金は払ったぜ?」

「テメーのケツくらいテメーで持てってんだ」


 悪態をつきならがシロコが立ち上がり、俺の肩を掴む。何事かと思っていると、シロコが右手の人差し指でマホを指す。


「互いにこれが最後の雑談かもしれねーんだから話に行ってこい」


 ふざけてる様子も見れないシロコに気圧されて、俺はマホに近付いて行く。何度も命を掛けて来たシロコだからこそ、思うこともあるのかもしれない。戦場では別れが突然に来ることがあるのは素人の俺だって知っていることだ。

 予想ではあるが、きっとその前に別れをすませておけと言う意味もあるのだろう。


「ま、マホ………?」

「………随分、シロコさんと楽しそうにお話してましたね。一人寂しくしてる私にも聞こえてくる大声でした」


 俺がマホに話しかければ、マホは三角座りでそっぽを向きながら答える。

 ………拗ねてる?もしかして拗ねていらっしゃる?

 頬を膨らませるような分かりやすい態度ではないものの、眺めていればつーん、と聞こえてきそうなくらいには拗ねているマホを見てとりあえず俺は解決法を考える。

 解決法その一、取り繕う。


『そ、そんな事ないよぉ。俺にとってはマホもシロコも大事だし!』


 ………辞めておこう。二股を掛けるクズ男が開き直ってるみたいでなんか嫌だ。

 解決法その二、話題を変える。


『そ、そう言えばぁ!今話すべきじゃないかもだけど女子校ってどんな感じだったのかな?聞いてみたいなー!』


 ………却下。向こうが乗ってこなかったら意味がない。

 解決法その三、褒める。………よし、これで行こう。


「凄いなマホは!結構離れてるのによく聞こえたな!耳がいいのか?」

「二人が大声だっただけです。別に聞き耳を立てていた訳じゃないですから勘違いしないで下さい」

「………………」


 うん。失敗。え?本当に何で拗ねてんの?さっきまで普通だったじゃん。俺なんかした?シロコと話してただけだよね?


「えーっとね、話はめちゃくちゃ変わるんだけど、マホって恩恵のおかげで魔力が無尽蔵なんだろ?いやー!羨ましいなぁ!」

「魔法、暴発しますけどね」

「………………」


 どうしよ。マジで原因が分からない。こうなってしまえば、もう正直に聞いてしまうのが得策だろう。


「何か、俺気に障ることした?」


 俺の質問にマホは頭を横に振る。


「あ、なんかサラッとアイツとため口で話してたけどな、あんな言い合いした後だから敬語に直しにくいだけだから」


マホが答えることはない。

もはやお手上げ状態なので、俺は直接彼女に理由を聞いてみることにする。


「……じゃあ、何で拗ねてるの?」

「さっき大見得切ってモモさんの事を友達って言ったのに、私はモモさんの胸の内を全く知らなくて………」


 ………さっきの話、本当に聞こえてたのか。

 ポツリポツリと出てくる言葉に俺は疑問符を頭に浮かべる。


「友達ってさ、知らない事があっちゃいけないの?」

「………え?」

「いやさ、そりゃ人間なんだから隠し事の一つや二つや三つや四つ、あって然るべきとモモさん思うわけね?俺だってマホの事全部知ってる訳じゃないし」


 この二日寝食を共にしたから友達、と言うのは大分極端な気もするがそこは黙っておく事にする。とにかく、俺はマホの頭にポンと手を置いて笑って見せる。


「シロコには別れの挨拶をしとけって言われたけどよ、俺、死なないし。二人をむざむざと殺させるつもりもないし?だからマホも安心してドーンと支援魔法やってくれや」


 自分で言っていて少し恥ずかしくなって来た。後ろからは笑いを我慢しながらも堪えきれずにたまに吹き出すシロコの声も聞こえてくる。

 後ろの馬鹿は後で一発ぶん殴るとして俺は俯くばかりのマホを見る。


「………分かりました。支援は任せてください!」


 顔を上げて元気を取り戻したマホを見て、俺もキャラじゃないことやったなー、なんて思いつつ、小石を拾って未だ笑いを堪えているシロコへと投げつける。見事に額に直撃すれば、今度はシロコが小石を三個投げつけてくる。これが、やられたらやり返す、倍返しだ!と言う物なのだろう。


「話は終わったか?」


 満足したのか、シロコは満面の笑みを浮かべながら俺の頭を鷲掴みにする。


「んで、お前あの扉どうやって開けた?」


 あの扉、とはキメラの居る部屋に続く扉の事だろう。


「正直俺にもよく分かんないんだけどさ、多分本棚にあった本を塵にして燃やしてたら開いた」

「何だそれ?」

「何か壁に日本晴れとか書いてあったから何か適当に炎技の威力が上がりそうな感じにやったんだよ」

「訳わかんね」


 とにかく、だ。扉を開けるにはそれで良いはずだ。しかし………。


「あの………。本棚も本もメチャクチャで使えそうに無いですけど………」


 マホの視線の先には俺の血でぐちゃぐちゃになった本棚の残骸。最早希望は断たれてしまったのだ。


「だよなぁ。本は全部俺の血でシナシナで燃えそうにないし。さっき身体動かしがてら扉見に行ったらまた閉まってて開かなさそうだったし」

「………いや、裏技があるかもしれないぞ?」


 俺とマホが萎びた本の塵を眺めながら呆然としていると、ふとシロコがそう言った。


「あ!?」

「ど、どう言うことですか?」


 俺たちが驚いてシロコに振り替えれば顎に手を当てながらシロコが淡々と言葉を返す。


「そもそもだ、それが扉を開ける手順だったとして、どうやってそれを判断してるんだ?見た感じ動きを見て扉を開ける使い魔みたいなのもいねーしよ」


 言われてみれば、確かにその通りだ。何となくで扉を開けることは出来たものの、その原理については全く気にしていなかった。


「えっと、モモさんは本を塵にして、燃やしてばらまいたんですよね?」

「あぁ、そうだな。自分ながらぶっ飛びすぎてて何がどうなってるかは分からんけどな」

「問題はたぶん、その燃やしてまいたって所だな」

「どう言う事だ?」

「たまにこう言う遺跡にはあるんだよ。水に濡らしたり暗闇にしたりする限定発動の魔法陣が。今じゃ再現不可能なオーパーツなんだぜ?」


 少し興奮気味のシロコを抑えながら俺は今でも帰りを待っているであろう虎の顔を思い出す。


「でもそうか………。そんな珍しい奴なら虎にも見せてやりたかったなぁ」

「も、モモさん?それ、まだ本気で思ってます?」


 信じられない物を見るような顔つきのマホに疑問符を浮かべているとシロコの咳払いが聞こえてもう一度向き直る。


「まぁ、二人と一緒に来た虎の事は置いといて、だ。問題はその燃える塵の何処に魔法陣が反応したかだ」

「や、やっぱり炎なんじゃないですか?」

「うーん、塵がちょっと燃えたくらいじゃ大した炎にもならないと思うけどな。モモはどうだ?その場にいた当事者だ。何か思いつくもの」


 手を挙げたマホの意見を聞いて、やんわりと否定しながら今度は俺に向いてくる。


「そうだなぁ………」


 俺は扉を開けた時のことを思い出す。本を塵にして使うところまでは漕ぎ着けたが、そこからどうしていいのかわからない。だから、日本晴れから炎の威力アップを思い立ち、予備の本はまだあるし、試しに燃やしてみることにした。

 塵を空中に投げつけて、ファイヤーボールで放つ。魔法の火球が空を奔れば、それによって塵が燃え広がっていく塵芥。

 次第に部屋がゆらゆらと揺れ動くように見え、炎天下のように暑くなったと思えば、扉が開き始め、俺はあの腕に襲われて、首だけで一つ前の部屋に取り残されてしまったのだ。

 そこまで思い浮かべて、その時に感じたある違和感と共に俺は一つの答えに達する。


「………熱」

「熱?」

「あの時使ったファイヤーボールがいつものより熱く感じたんだ。普通燃え広がったってあんなにはならない」


 普段から武器に魔法を付与させている俺が間違える訳がない。確かにあれは初級魔法のファイヤーボールにしては異常なほどの熱だった。


「だとするなら、仕掛けは一定以上の熱を感知すると作動する魔法陣か。なら、塵は火力が足りない時の為の燃料ってとこか?恐らくは二人のような神子の為の」

「私達のための?」


 シロコの言葉にマホが首を傾げると、再びシロコが日誌を開き最後のページを見せる。そこに書いてあるのは壁のヒントの存在を示したあの日本語だった。


「この文字、古い文献にちょくちょく出てはくるものの未だ解読されていない。各地で文字が形として残っているところもあるが、分かっているのはこれが歴代の神子が書いた文字と言うことだけ。そんなもんでヒントを残すってことはこの字の持ち主は神子で未来の神子が扉を開けるに足る熱を持っていない時の補助としたんだろう」


 真剣に考察を続けるシロコに俺もマホもいつもの雰囲気と余りにも違いすぎてあっけに取られてしまう。


「………とにかく、試してみる価値はありそうだ。どうした?」

「あ!い、いえ!気にしないでください」

「そうそう。ちょっとボーッとしちまっただけだから」


 俺たちの弁明にシロコは明らかに呆れたような顔を見せながらぱたんと日誌を閉じる。


「んだよ。弛んでんなぁ。直に戦闘なんだから気ィ引き締めろよな!」


 一人で先に手前の部屋へと向かうシロコの背を見て、俺は両頬を両手でバシンと叩く。


「行こう、マホ」

「は、はい!」


 ジンジンとなる頬の痛みを感じながら、俺はマホと共にシロコを追って歩き出した。

 再び俺が訪れたあの何も無い空間は、やはり最初に来た時と違い、天井が抜け、床には瓦礫が溜まっている、さっき確認に来た時と何も変わらない光景だった。そんな状態の床を物ともせずにシロコはスタスタと扉へと向かっていく。

 この有様にも関わらず、当の部屋は崩れた様子はない。


「さーて、こっからはある意味地道な作業だぜトーシロ共。条件が何にしろ魔法陣はこの部屋の何処かに描かれてるはずだ」


 そう言いながら、扉をあちこち触りまくるシロコにマホが質問を投げかける。


「で、でもこれだけ崩れてたら魔法陣も無くなってるんじゃ」

「いーや。まだこの扉は閉まったままだ。無くなってない。オレはこの扉調べるから二人は他の場所を調べてくれ」


 こっちを見ずに答えるシロコを背に俺も部屋の探索を始める。月明かりだけが頼りのこの空間ではあるが、壁や床を見るだけなら事足りる明るさだ。慎重に瓦礫を登ったり降りたり退かせたりしながら探してみる。しかし、これと言って魔法陣のようなものはない。


「マホ。そっちはどうだ?」

「だめです。見つかりません」


 時にはマホと情報交換をしながら互いの探し場所を交換して行く。

 体感で三十分程経っただろうか。少し腰が痛くなって立ち上がって腰を叩きながら扉にいるシロコを見てみれば、普段からは想像もできないような真面目な顔で開かずの扉を睨みつけている。

 彼女は粗暴で口も悪いが、勉強や謎に対してはきっと真摯な人なのだろう。そんな彼女の胸元にあるのは、誰の所有物であるのかを示す紋章だ。亜人の、特に獣族などは差別されているとつい最近聞いた。

 モフテリアでも亜人解放戦線とか言う集団がそれっぽい事を言っていた。奴隷の身分だ。あの虎の様に地下牢に閉じ込められているのかは定かではないが、少なくとも学ぶことのできるマトモな環境に身を置いていないのは確かだろう。


「モモさん。あんまり女性をジロジロ見るのはどうかと思いますよ?」

「ん?あ、あぁ………。そうだな」


 そんな事を考えていると、マホに声をかけられて俺はシロコから視線をそらして再び壁や地面を見る。


「どうかしたんですか?」


 俺がシロコをじっと見ていたことが不思議だったのか、俺の瓦礫の撤去を手伝いがてらマホが聞いてきた。

 瓦礫を退かせ、魔法陣が無いのを確認してから俺は身体を伸ばして口を開く。


「虎も、アイツも、これが終わればまた自由の無い生活に戻るのかなって思ってさ」

「………………」


 俺の返答にマホは苦虫を潰したような顔を浮かべる。


「何とかしてやりたいとは思うけどさ、国が認めてる以上無理だろうし。できたとしても当の本人達も他所者がしたんじゃ納得なんてしないだろうし」


 そう呟いていると、何だか怒りが湧いてきた。何かを成せるような力を持っていなかった元の世界じゃこんなに悩むこともなかったと言うのに。なまじそんな力を持ってしまったばっかりに、伸ばせる腕が長くなってしまったばかりに、俺はずっと悩み続けてしまっている。

 他人からしたらエゴイスト以外の何者でもないのだろう。自分でも気持ち悪いと思ってしまう。


「モモさん?」

「………!悪い。ちょっと考え事してた」

「シロコさん、呼んでますよ?」

「え?」


 マホの指差す方を見てみれば、確かに少し怒り顔のシロコがこちらをじっと睨んでいる。

 急いで彼女の方に向かうと飛んできた第一声は案の定お叱りの言葉だった。


「おらぁテメェ!なーにボーっとしてやがんだ!戦じゃそう言う奴から死んで行くんだぞ!」

「いや、俺死なねーし」

「御託はいい。ちょっと手伝え」


 呆れたようにため息を吐きながらシロコは何かに指を指す。彼女の指先を目で追うと、そこは何もない壁だった。


「何もなさそうだけど………」

「見えないだけだ。ちょっとだけ試してみたが、どうやら熱で浮かび上がる仕掛けらしい」


 熱、と言うワードは当たりだったようでワードを出した俺も少しだけ安堵する。だが、少しだけ疑問も残る。


「で、俺は何をすれば良いんだよ?魔法陣があそこにあるならお前が起動させればいいだろ?」

「あぁ、そうだな。魔法陣が二つなけりゃオレもそうしてた」

「二つ?」


 俺が聞き返せば、シロコは踵を返して扉を真ん中に丁度対照に位置する壁を指差す。


「コイツはどうやら同時に熱を感知させて起動させる代物らしい。魔法陣を浮かび上がらせれば自動で魔力を扉に流す。つまり、あの紙の目的は火力の上乗せじゃなくてそれに生じる熱を部屋全体に行き渡らせることだった訳だ」


 魔法を同時に撃てない奴が開けられるように、と付け加えてシロコが詠唱を始める。

 それに合わせて急いで俺も詠唱を始めながらチラリとマホを見てみれば、彼女も杖を両手に持って何かを呟いている。


「「我、シロコフジサキ・モモ(シロコ)の名においてかの物を燃やせ!ファイヤーボール!」」

「我、ウサミ・マホの名においてあらゆる障害を跳ね返せ!鏡の如き湖を今こそここに顕現せよ!リバーシブルバリア!」


 感覚的にはほぼ同時だったと思う。コンマ数秒とか言われてしまえばそれまでだが、どうやら心配は無かったようで二つのファイヤーボールが当たった場所に瞬く間に魔法陣が浮かび上がり開かずの扉が音を上げる。

 前回は油断して開いた瞬間に伸びてきた腕にやられてしまった。しかし、それがあるかもしれないと分かっているなら何とでも避けられる。


「ッ!来たぞ!」


 猫耳がぴくりと動くと同時にシロコが叫ぶ。

 さっきまでゆっくりと開き始めていた扉が中から一気に押し開かれて腕が飛び出してくる。だがしかし、その腕は俺たち向かってくることなく何かに押し返されたのだ。


「腕の攻撃は私が全部跳ね返します!今の内に中に突入してください!」


 後ろで待機していたマホが叫ぶと同時に俺たち三人は部屋の中へと駆け込む。何本もの腕が襲ってくるがその悉くが跳ね返っていく。部屋に全員入れば作戦通りに俺が一番前でターゲットであるキメラを睨みつける。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」


 悲鳴にも聞こえるような叫び声を発し、首とも分からぬ首には何度も引っ掻いたのであろう爪痕が残る痛々しい姿。

 後ろからマホのえずく声が聞こえて来る。振り向いて様子を見たいが、目を離せばキメラは襲いかかってくるだろう。

 作戦、と言っても決めたのは基本的な陣形と動きだけであり倒し方なんて言うのは未だに分かっていないそれを見極める為にも俺は走る。

 キメラにでは無い。奴の足元あたりにあるまだ新しい頭のない白骨死体………。その腰に携えられた二つの刃物に向かってだ。

 勿論、その間もキメラの攻撃が病む事はない。全身から腕が何本も伸びて、俺を捉えようと迫ってくる。


「………!」


 上から来た一本目を身体を屈めて避ける。次に真正面から来た腕をジャンプして避ける。

 今度は左と右から順番に伸びてくる。それを右に左に身体を逸らして避けたと同時だった。俺の死角だった真後ろから腕が迫ってきていたのだ。


「しまっ………!」


 しかし、その腕が俺を掴むことはなかった。やはり、跳ね返っていったのだ。


「もう………大丈夫です。モモさん、シロコさん」


 えずいていた、マホが復活して護ってくれたらしい。そのまま俺は死体の刃物を二本抜く。


「おかえり」


 不意にそんな言葉が出てきた。この二つの刃物とそれを持っていた首無しの白骨死体が着る服には見覚えがある。これは俺の死体だ。どうやら新しい身体が出来れば古い方は即骨になるらしい。首だけの時には、身体の感覚があってまだ残っているのは分かっていた。

 それがまさかキメラの足下なのは予想外だったが。


「ボケっとすんな!」


 死体の荷物漁りを終わらせて少しほっとしていると、シロコの喝で俺は現実へと引き戻される。

 腕が目の前に迫っていた。


「防御魔法の射程圏外です!」

「何とか避けろモモ!」


 避ける?この距離で?無理だ。だけども、俺だってこの異世界でずっと呑気にスライム退治をしていたわけじゃない。ナトス様直々のトレーニングを積んでいるのだ。

 自然と剣を握る手と地面を踏む足に力が入る。刃を合わせた二つの剣を振り上げて腕が迫ってきたと同時に振り下ろす。勢いよく迫っていた腕は捌かれる魚の様に綺麗に二つに裂けていく。


「ザマーみやがれ!」


 肘まで斬れた所で脇差が腕から離れ、その隙に俺は定位置へと戻る。


「モモお前………戦えたんだな」

「おう、喧嘩ならこれ終わった後にでも買ってやるぞ?」


 シロコと軽口を叩きながらキメラの次の動きに注目する。斬られた腕を見ながら何やら考えているようだ。


「さっきから、腕を伸ばしてくるばかりで動きませんね」

「足が全身の体重を支えられてないんだ」


 確かに、シロコの言うようにあの饅頭のような身体の下に足があれば歩く事は不可能だろう。


「アア!アアア!!!」


 不快な叫び声がこだましたかと思えば俺が斬った腕が元のようにくっ付いて再び伸びた腕が襲いかかってくる。

 俺はその腕を迎えうとうと構えるが、腕は俺の傍を通り過ぎていく。そう、奴の狙いは俺ではなかったのだ。


「!?」

「マホ!」


 奴は標的を防御魔法を使えるマホへと切り替えた。

 マホが再び防御魔法の詠唱を始めるが腕のスピードからして間に合いそうにない。急いで戻ろうとして、俺は足を止める。腕とマホの間でバチバチと稲妻が走ったのだ。


「こっち狙ってくるたぁいい度胸だぜテメェ!」


 そこにいたのは手首から先が虎になって、その鋭い爪からは電気が出ているシロコだった。シロコがその手を思いっきり振り下ろせば腕は五つに裂けて痙攣を始める。


「すっげぇ………」


 明らかにさっきの結構本気だった俺と比べても何倍も上の力だろう。


「マホ、大丈夫か?」

「は、はい!」

「よし!」


 マホの無事を確認したシロコが今度は俺に向き直る。


「モモ!お前はキメラに集中しろ!マホには俺が指一本触れさせねぇ!」

「りょ、了解!」


 再びキメラ本体に視線を向けれると、今度はキメラの腹の辺りの肉がまるでマグマのようにボコボコと音を上げて泡を出しては消していく。何だ?と思って警戒しながら見ていると、泡の中から人影が現れた。


「イ、ダイ………」

「!?」


 徐々に見えてきた人影の正体に俺は息を飲んだ。

 百八十はあるであろう全身を守る硬そうな鱗が特徴的なトカゲの尻尾と顔を持つ種族。

 その顔に生気は感じることができないが、あれは確かにセントラルでもよく見るリザードマンと言う種族の男だ。


「ゴロ、ジデ………」


 あれは、本当に生きた人間なのだろうか?確かに生きていると言えるような顔ではない。あのキメラのように唸っているのならまだしも、はたして死体が言葉を喋るものなのだろうか?あれは………彼は、いったい何なんだ?


「迷うな!あれは死体だ!」

「!?」


 足が動かない俺の耳にシロコの叫び声が聞こえてくる。


「で、でも………喋ってる」

「なら尚更斬れ!そいつは死にたがってんだ!」

「……………!」


 悲鳴のような雄叫びを上げて目を閉じながら俺は右手の剣を振り下ろす。手ごたえを覚えて目を開らくと真っ赤血に染まった脇差と腕に目の前には動きそうに無い名も知らないリザードマンが倒れている。それを見た瞬間、嫌な汗が背中を流れる。

 初めて生き物を殺したのはスライム退治の時だった。その時はまだゲームに出てくるモンスターを退治してやったくらいの感覚だった。

 次に殺したのはマウンテンウルフだ。この時点でもうゲーム感覚は無かったし、何とかコイツらは野犬と言い訳して保っていた。

 だが、今目の前にいるのは明らかに止めをさした俺と全く同じ存在だ。俺は初めて人間を殺した。


「は、はは………」


 乾いた笑みが溢れる。言い訳のしようがない。


「ダヅ、ゲデ………」

「ボサッとしてんじゃ………!」


 リザードマンの死体を眺めている俺にキメラから出てきた新手が襲いかかってくる。体躯はリザードマンの二回りほどあるライオンの亜人だ。

 俺では勝てないと見たシロコがフォローに入ろうと地面を蹴って掛けつけようとする。

だが既にライオンの亜人の爪は俺の首まで後数センチに達している。今からではマホの防御魔法も間に合わない。


「………は?」


 しかし、次の瞬間シロコの顔が強張る。ライオンの亜人の手によって俺の首が飛んだから? 違う。

 彼女の視線の先にあったのは先ほどまであった首を無くしたライオンの亜人が首から噴水のように血を吹き出させて倒れる姿。なら首は何処に行ったのか?その場にいる誰もその疑問を感じることが無かった。

 何故なら、ライオンの亜人の血を全身に浴びた俺が右手に持つ剣のその上にそれがあったのだから。

………違う。これは俺じゃない。微かに見えたその光景を否定しながら、俺の意識は深い闇の中へと沈んでいった。

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