優しいヤンキーが見たいわ!
変人という言葉を知っているだろうか。奇人と言い換えてもいい。普通の人ができない、思い付きもしないことを平気で行う。頭のネジか数本外れている方達のことだ。どちらにしろ、平和な日常を送りたいと思っているなら、あまり関わるべきではないだろう。
しかし残念ながら俺、宮村日楽は──
「優しいヤンキーが見たいわ。」
──学校一の変人と呼ばれている志方奈弥に遊び相手として半ば強制的に関わっている。
奈弥先輩といる場所は駅周辺の裏路地に喫茶店の端の席。料理も美味しいし雰囲気もお洒落だが立地が悪いせいか俺達以外の客はいない。
「優しいヤンキー……ですか。」
優しいヤンキー。漫画とかではよく見るが実際に見たことはない。まあ、そもそもあまりヤンキーと関わることがないけれも。
「最近ヤンキーが出てくるアニメを見たのよ。そのヤンキーは周りからとても怖がられているのだけれど捨て猫を拾うような優しい人なのよ。私感動しちゃったわ。」
先輩は頼んだコーヒーを飲みながら言う。
顔がいいせいか、それとも喫茶店の雰囲気のおかげか、その様は絵になっている。
「それで会いたくなったんですか?」
「そうよ。」
「……」
「あら、馬鹿を見る目ね。今すぐやめなさい目の中にコーヒー流し込むわよ。アンタの白目を品のある黒に染めてやるわよ。」
「すいませんでした。」
しかし実際優しいヤンキーなどいるのだろうか。居たとしてもどう見つけるのだろうか。
「安心しなさい。作戦はあるわ。」
そう言うと先輩は懐から何かを取り出し机に置いた。犬である。
「先輩……いくらなんでも飲食店に犬連れ込むのはどうかと思います。」
「偽物よ偽物。羊毛フェルトって知ってるかしら。」
ニュースで見たことがある。要は人形だ。話の流れから察するにこの犬も羊毛フェルトなんだろう。しかし随分と精巧に作られている。初見で人形と見破れる人は少ないだろう。
「これ人形なんですか。にしてはリアルですね〜〜。どこで売ってたんです?」
「作ったわ。崇めなさい、褒め称えなさい。」
「わ〜〜。先輩すご~い。無駄に洗練された無駄でしかない才能の無駄遣いですね。流石行動の80%が無駄でできている先輩です。お見逸れしました。」
「コーヒーとココアどっちがいいかしら?」
「目に入れるのは目薬で十分です。」
「はあ……。もういいわ。うちの学校に坂見裕太っているじゃない?」
「いますね。」
坂見裕太。今どき絶滅危惧種のリーゼントをしたヤンキーだ。その粗暴な性格……というよりあまりにも時代錯誤な見た目から周りからは避けられている。
「その人の通学路に段ボールに入れたこの人形を置くわ。」
「それで拾うか確かめる……と?」
「正解よ。きっと拾ってくれると信じてるわ。」
「そんなうまくいきますかね〜。捨てられた動物を拾うヤンキーとか二次元にしかいないと思うんですけど。」
「分からないじゃない。もしかしたら動物に優しいヤンキーかもしれないじゃない。あのリーゼントで森林伐採で住む場所がなくなった小鳥を飼ってるかもしれないじゃない。優しいリーゼントかもしれないじゃない。」
「……まあ、いいですよ。やりましょう。それでいつやるんです?」
「そうね……。早いほうがいいし明日にしましょう。」
次の日、俺と先輩は坂見の帰宅路に先回りし、犬の人形を段ボールに入れ、曲がり角の塀に隠れて待機していた。周りに人はいないため、坂見以外に拾われる心配はない。
「うまくいくんですかね。」
「大丈夫よ。私は信じてるわ。きっと彼は心優しいリーゼントよ。」
「趣旨変わってません……?」
「シッ!静かに。来たわよ。ほら、あっち
。」
そう言って先輩が指さした方向を見ると、リーゼントの男が歩いてきていた。着崩した制服とその髪型はまさしく、昭和のヤンキーといえるものだ。
「なんていうか……まんまね。」
「こう分かりやすいと助かります。お、見てください。犬の人形に気づいたみたいですよ。」
坂見は犬の人形が入った段ボールに近づき、膝を曲げて人形を撫でた。
「「お、おお!」」
俺と先輩の声が重なった。
「絶滅危惧種を観た気分ね。」
「動物園でパンダにハマる人ってこういう気持ちなんですかね。今ではあのリーゼントも可愛らしく思えます。」
なんて会話を俺と先輩がしていたとき、今まで人形を撫でていただけの坂見が口を開いた。
「お前も……一人なのか。」
それはよくある孤独な主人公が動物に自分を重ね合わせて放つ言葉。短く何度も使われてきていながらも、そのキャラの背景を多分に想像させるセリフである。無駄にキメ顔で、尚且つ無駄にいい声で放たれた言葉が自分達の耳を刺激したとき、俺と先輩は──
「「クッ、ブハハハハハハハハハハ!」」
──堪えきれず爆笑してしまっていた。
「せ、先輩……。わ、笑ったら失礼……ブハハハ!」
「貴方だって笑ってるじゃないの!ヒーッ!苦しい。息が。」
いや、悪いとは思う。けれど、仕方ないと思うんだ。だって明らかに孤独な過去とかある感じじゃなかったし。明らかに日頃のイメージトレーニングの成果が発揮されて発された一言だったし。しかも相手が人形なんだし。俺達目線からしたらヤンキーに憧れた厨二病が、ずっと言いたかったセリフを超キメ顔で人形相手に言ってカッコつけてるという……。
「やばいわ。心優しきリーゼントどころか厨二病のリーゼントだったなんて……。想像の斜め上よ。爆笑必至ね。」
「いや〜でも傍から見たら俺達結構な下衆ですよ。」
「大丈夫よ。彼は言いたかったセリフを言えて幸せ。私達は面白いものが見れて幸せ。ほら、Win-Winじゃない。」
いや〜。坂見に関してはあの場面を見られ、爆笑されたという最大級のloseがあるからなぁ……。
「テメェら……何してやがんだ……?」
「「あ、」」
先ほど散々笑わせてもらった声がした方を見ると、顔を真っ赤に染め、パンダというより猿に近い見た目になってしまった坂見が、人形を右手に持ち、怒りの形相で俺達の前に立っていった。考えてみればあれだけデカい声て笑ったんだし、見つかるのが普通だろう。いやはや、迂闊だった。
「自由研究の排水溝の観察よ。ここの排水溝は他のところより鉄の光沢が約3%高いのよ。」
先輩がしゃがみ、足元の排水溝を指でツーとなぞりながら言った。
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ……?こんな人形用意して、俺にあんなこと言わせた挙句笑いやがったよなぁ?アアン!?」
いや、言ったのは完全に坂見自身の意思で俺達には関係ない。まあ、火に油を注ぐだけなので言わないが。
「いや?アレは完全に貴方自身の厨二心が言わせたものよ?私達は関係ないわ。」
「チョッ!先輩!本当のことでも言っちゃいけないことが!…………あ。」
「殺す。」
怒りのせいか、将又羞恥心のせいは分からないが顔をさらに真っ赤に染めた坂見が、恐ろしい形相でこちらを睨んでいた。
「さて、宮村くん。こういうときにどうすれば良いか。分かるかしら?」
「まあ……なんとなく。」
「なんだ、かかってくるつもりか?やれるもんならやってみろよ!」
「「逃げ一択!」」
俺と先輩が声と同時に走り出し全速力で坂見から逃げる。
「……は?…………いや、テメェら逃げんな!待ちやがれ!」
後ろでは坂見の悲しき怒号が響く。一瞬止まった思考を回し、慌てて追いかけてくるが、距離は開く一方だ。
「畜生!覚えてやがれーーーー!」
「それは逃げる側のセリフよ!厨二リーゼントーーーー!」
坂見から逃げ切り、もといた喫茶店の近くに着いた頃には辺りは夕日の暖かな光に包まれていた。
「ふぅ……。ここまでくれば大丈夫ですかね。」
「そうね。にしても良いもの見れたわ。」
「驚きましたよ。ゴリゴリのヤンキーだと思っていた坂見が、バリバリの厨二病だったなんて。」
学校で常に人を睨み、言葉の端には、いつもオオン!?とか、アアン?!とかつけていたもんだから、頭のおかしいやつだと思って距離を取っていた。いやまあ、頭のおかしい人ではあったのだけど。
「あら、人を偏見で判断したわ駄目よ。普段は真面目な優等生でも実はBLが好きで同じ学校の先輩を崇める変態だっているのよ。」
「もし本当にそんな奴がいるなら、むしろ会ってみたいですがね……。」
「それは良かったわね。貴方のところのクラス委員長よ。」
「…………へぁ?」
初めて小説を書きました。つまらないかもしれませんが、よろしければ感想お願いいたします。批判的なものでも大歓迎です!