お別れしましょう穏便に
そうやってラグからすれば貴重な、ヘルミーナからすれば無駄な時間を過ごす事しばし。
気付けば一月が経過していた。
この時点でもラグはヘルミーナの事を諦める様子も気配もない。脈がないとわかりきっているだろうに。
お付きも一月無駄にこんななんもない辺鄙な田舎で過ごしてたら退屈極まりないのではないか? と思ってふと話題を向けてみれば、自分以外の他の男に目を向けられた事に若干嫉妬を滲ませながらも、それでも答えてはくれた。
安心してほしい。別にあのお付きの方が気になるだとかではないので。獣人というだけでヘルミーナにとっては無し寄りの無しである。獣人? 大嫌いですが。という意識を植え付けた当の本人はそれすら理解できていないようだけど。
なんでも豹の獣人は既にツガイに死なれているらしい。
同じ獣人が運命であったけれど、少し前に病気で亡くなってしまって、後を追おうにもそこまでの気力もなくただ日々を抜け殻のように過ごしていたのを、とりあえずラグのお付きとして仕事を割り当てられたのだとか。
まぁ、悲しい事って忙しくしてたらずっとそればかりにかまけてられないしな……とヘルミーナもわかるので何も言うまい。
豹獣人の寿命がどれくらいかは知らないが、運が良ければ生まれ変わった運命とまた出会う可能性もある。生きているなら希望はどこかに存在するのだろう。知らんけど。
熊の獣人は運命に出会っていないけれど、獣人たちの国であるそこでは見つからなかったのもあって、異種族がそうである可能性も考えていた。
とはいえ、人が暮らしている場所はそれこそ獣人たちの国に比べればとても広いし、人間以外のエルフだとかの種族が運命の可能性も含めれば世界中のどこを探すべきか、手掛かりすらない。
故に彼は、運命との出会いは諦めているのだとか。
だからといって適当な相手とくっつくのも、そうなってからもしどこかでばったり運命と出会った場合、または自分とくっついた相手の方にこそ運命が見つかった時の事を考えたらとなると、独り身のままでいいという考えに至ったようだ。
ヘルミーナ的には熊の獣人の考え方は比較的好感度高めである。
付き合ってる相手とのデートの真っ最中に運命と出会って今の今まで付き合ってた相手を蔑ろにしようものなら、とても不誠実だとしか思えないので。せめて運命と出会ってしまったので、お別れをしたい、と穏便に別れ話を切り出すならともかくその場で熱に浮かされたようにツガイ一直線となれば、はーこれだから畜生はよぅ、という気持ちにしかならない。
獣人たちからすると熊獣人の考えは消極的が過ぎるようだが、しかし異種族に運命がいる可能性を考えるならそれくらいが良識的だと思える。
大体、積極的であればいいというものでもないのだ。
時として控えめな態度の方が好意的にみられる事なんていくらでもある。
積極的に破滅したラグを見れば一目瞭然だろうに、とヘルミーナは思うのだが。
一日にちょっとだけの時間を話して終わる。
直接顔を合わせたりはしなかった。
そりゃあヘルミーナだってずっと家にこもっているわけではない。
作った薬を納品しにいったり、薬草を調達しに行ったり、家の外に出る事は何度もあった。
そういう時、ラグは関わろうと思ったのかもしれないが話をしている時にくぎを刺しておいたので。
遠目でこちらを見ている事はあったけれど、突撃はされなかった。
話をするだけなら、まぁそれなりに上手くやれているように周囲は思えるのではないか、とヘルミーナは客観的な視点から自分たちの事を見ているが、しかし実際は何も上手くいっていない。
ラグは会話ができている事から希望を見出しているのかもしれないが、ヘルミーナは遠目だろうとラグの姿を見るたびに胸いっぱいに不快感しか広がらないのだ。
もうここまで嫌っているのなら、運命なんてどこかで捻じれて別の相手が真実の愛の相手として出てきてくれてもいいのに……なんて思うくらいには。
大体、ラグのツラは良い。
性格は知らんが、まぁ前世の頃と比べれば話が通じるようになったし、多少はマシになったのだろう。
ついでに今は王子らしいし、そういった表面上のステータスを見れば彼と添い遂げたいと願うような、夢を見るような女性はそこそこいるのではないかと思う。
まぁ仮にそんな相手がここに来て、彼を解放してちょうだい! なんて言われてこちらに迷惑をかけようものならヘルミーナも思いつく限りの嫌がらせをする所存ではあるのだが。
お付き二人が男性である、という事はそういう意味では助かったのかもしれない。もし片方が女性で、そのお付きの女性がラグに恋心を持っているようなら修羅場は確実に起きていた。
ラグと前世以来の再会を果たして大体一月。
彼と話したトータル時間を計算して、ヘルミーナはふと思ったのだ。
これ、一日予定をあけてその分時間をとった方がマシだったのでは? と。
半日くらい時間を与えて次の日からはしばらく関わらない、とかそういう方がまだ良かったのでは? と。
一月。短いとみるか長いとみるかは人それぞれだ。
だが、ラグはまだ諦める様子はない。以前の失敗もあるから、今度こそはとでも思っているのだろう。
その前回の失敗が致命的すぎて望みはないというのに。
前世のヘルミーナは、ラグのせいで自分の人生を台無しにされたようなものだ。
生まれ変わって、前世の記憶を思い出して。次こそは幸せになろう、とまでは思わずとも平穏な人生を過ごしたいという願いくらいはあった。
だが、ここでまたもラグが関わってくるのだ。
何故一度ならず二度までもこいつに自分の人生を消費しなければならないのか、という思いばかりが募っていく。
そも、絶対に愛されないというのにラグはそれでもこちらに愛を乞う。向こうがいくらこちらに愛を向けようとも、こちらが同じだけのものを返す事は決してない。そうしよう、という気持ちにそもそもならないし、むしろ向こうがこちらに好意を向ければ向けるだけ、感じるのはストレスばかりだ。
絆されて、とかそういう事にはならないだろうと思っている。
相手の顔を見ないで話をするだけならまだ、こちらも平静を保てるけれど、顔を合わせてとなれば話は別だ。
しかも、もし。
まぁ絶対ないのだけれど、もし仮にこいつと結婚するような事になったとして。
そうなるとまぁ、ヘルミーナだって何も知らない無垢なお子様ではないので、ヤるんだろうなと思っている。
単なる友人あたりのポジションならそういう行為はなくても問題ないけれど、流石に結婚して夫婦となれば避けては通れないだろう。
冗談ではないと思った。
想像しただけで吐きそうになった、というか吐いた。
そう、吐いたのだ。
想像だけでこれならばいざ実際にそうなった時、ヘルミーナは間違いなく盛大に相手にゲロをぶちかますだろう。
まぁその前に結婚式とかで誓いのキスの時点で吐瀉物噴出しそうではあるのだけれど。
地獄のウェディングとか誰得なのだろうか。そうなるのが確定していても、それでもラグは果たして喜ぶのだろうか。ちょっとそこだけ興味はあるが、しかしそういった未来に希望が持てそうなワードを含めた会話を相手に振るつもりはこれっぽっちもなかった。
どう考えても精神的にも肉体的にもヘルミーナは運命のツガイであろうラグウォールの事を完全に拒絶している状態なのだ。
前世と前前世の記憶を思い出してから、一月とちょっと。
両親が亡くなってからはそれなりに経過しているけれど、村の人たちからはようやく立ち直りつつある、みたいに思われていた。決してやって来た竜人のせいではないのだが、もしかしたらそう思われているかもしれない。遺憾の意。
昔の記憶を思い出して、当時の人格が表に出てきたというか融合しちゃったのもあって、比較的おとなしめというか控えめだった今世の自分がちょっと活発傾向に傾いただけなのだが、まぁ傍から見ればまさか前前世とか前世の記憶を思い出したから、なんて結論には至らないのも理解している。
でも、そこまで人間性に変化があったとも思われていないようだった。
正直ヘルミーナは今までの自分と比べると、過去のちょっとヤバめな部分が出てきたのもあって村でおかしな目をむけられたりしないだろうか、と少しだけ不安に思ったりもしたので、そうでないなら安心である。
あくまでも村の人から見たヘルミーナはようやく両親の死を受け入れて、一人で強く生きていこうとしているところ……なのだろう。
まぁそこにもしかしたらツガイだと言う獣人――この場合竜人と言うべきかもしれないが――が現れたので、明るくなったのがこいつのせいだと思われるのはとても業腹だが。
「ところでさ、あんた、いつまでこの村にいるの?」
「君が、私を受け入れてもいい、と思えるまで」
そんな、今日も元気に殺意を育んでまぁす!! とばかりな状態であったものの、具体的にあとどれくらいで諦めてくれんの? という疑問を口にしたというのに。
何という事でしょう、こいつ全く諦めるつもりがないときた。
御冗談でしょう? と言いたいが、間違いなくラグは本気である。
「そんな日は一生こねぇよ」
という言葉は前にも言ったと思うのだが、ラグにとってはそれはスルーしたのだろうか。
寿命が馬鹿みたいに長いのも問題なのかもしれない。
ラグは聞けばまだ竜人の中では若い方なのだという。
前世のヘルミーナが死んでから、多分大体百年くらいは経過してるはずなのだが、それでもまだ若い方に分類されるという事実にマジか……と思ったのも記憶に新しい。
前の自分が死んで生まれ変わるまで、少なくとも前前世だったら人生一回分くらいの年月が経過しているというのにだ。
となると、向こうは間違いなく長期戦を見越している。
だからロクに有意義な会話をしてるでもなく一月を過ごしたというのに、諦める気配がなかったのだ。
普通の人間同士だったら、そもそもここまで脈がなかったらさっさと諦めて次にいってるはずなのに。
え、まって?
このまま三か月、半年、一年とずっとヘルミーナの人生に関わろうとでもいうのか……? と考えると、胸のムカムカが再発しそうだった。
獣人サイドからすれば、ラグのやらかしは若気の至りで済まされてしまうのかもしれない。ツガイが生まれ変わったというのであれば。死んだままならそんな風に思われたりもしなかっただろうけれど、こうして新たなツガイが現れたとなれば、今度は失敗するんじゃないぞ、という程度のものなのかもしれない。
けれど、ヘルミーナからすれば、またこいつが人生に関わってくるのかよ……といううんざりとした気持ちしか持てなかった。
いくら前に比べてマトモになろうとも、もう身体からして拒絶しているのだ。
手をつなぐ程度なら、鳥肌たてるだけで済むかもしれない。
でも、それ以上の接触を想像するだけで吐き気がするしなんだったらマジで吐くのだ。
こいつと夫婦の契りを交わしてあげくこいつの子を産むとか、何の拷問だ? と思う程。
心も身体も拒絶している。どう足掻いても受け入れられない。
なのに、こいつは自分が振り向いてくれるまで、長期戦でこの先もずっと関わり続けるのだろう。
決定的に無理だと言っても、果たしてツガイとしてもう金輪際関わってはいけないと言われる線引きはどのあたりなのか。
そこら辺よくわからなかったから、ヘルミーナは一応役場に赴いてそこら辺いくつか質問したのだ。
けれども、明確な正解はなかったのである。
関わり方なんて人それぞれ。
傍から見て上手くいかないようでも、案外本人たちからすればそれが上手くはまっているなんて事もあるし、その逆もある。
ただ、片方がどうしてもと強く拒絶すればこれ以上望みはない、とされてやんわりと引き離される事になる……とはいうものの、それだって今まで相手がとても失礼な態度を取り続けていただとか、そういう第三者の目から見ても「あぁこれはちょっと」と思える部分が必要になってくるらしいのだ。
そう言われて、ヘルミーナは自分とラグとの関わり方を思い返してみた。
扉一枚隔てての会話だとか、屋根の上と部屋の中での顔を合わせない会話。
だが、話自体は拗れるだとか決別するほどの険悪さがあるだとかではない。
会話内容を第三者が聞く事はあまりなかったけれど、ラグの態度は人から見ても常識的な範囲内だし、それでいくらヘルミーナが嫌だと言ってもこれではまだ引き離すには決定的ではないと思われても仕方がない。
常時言い争っているだとか、そういう周囲から見てもあれはあかんて、と言うような事は一度もなかった。
最悪、ヘルミーナが常にお前の事が嫌いだが? という態度をとっているのはツンデレだと思われている可能性すら浮上する。冗談ではない。
なんだったら、ツガイのそばにいられるだけで構わない、とか言い出しかねない気すらしてきた。
なんとおぞましい。
だって前と比べれば、結ばれずともそばに居続ける事ができているだけでも大進歩、とか思われていてもおかしくはない。
そのままこっちが年を取っても、たとえば……そう、ヘルミーナに他の恋人が、みたいな事でもない限りはラグはきっとそのままずっと傍にいるかもしれない。恋人ができたら修羅場待ったなしだろうけれど。
だって運命だ。仮にヘルミーナがその事実に気付かないまま相手を作ってしまった、とかであればまだしも、既に運命のツガイである、というのを知った上でそんな事をされたなら。
ヘルミーナの相手を何としてでも引き離そうとするかもしれない。
勿論それは全てヘルミーナの偏見と妄想であって、事実とは限らない。
だが、前世の記憶があるせいで、絶対ないとも言い切れなかった。
考えれば考える程、いい加減引導を渡すしかないなと思い始める。
そうやってぐるぐると考えこんで。
ふ、と前前世の自分が趣味に走った悪魔のささやきを呟いた気がした。