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幸せは不揃いな欠片  作者: 猫宮蒼


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3/8

ここで会ったがフルスイング



 前前世と前世の記憶を思い出す、なんていうどうしようもないイベントが発生してしまったとはいえ、ヘルミーナの日常は続いていく。


 正直もうずっと家の中に引きこもってお外に出たくなぁい、と言いたい気持ちもあるのだけれど、しかし両親亡き今、働かなければ食べていけない。

 流石にそこら辺に生えている雑草だけで食事をどうにかできるはずもないのだ。昆虫とか食べる気もしないし。


 人間ではなく草食動物に生まれ変わっていたならば、そこら辺の草を食む事にも何の疑問も持たなかっただろうけれど、しかしヘルミーナは人間として生まれてしまったので、流石にそこら辺の雑草だけを食べていく、というのはとても遠慮したかった。


 というか、前前世の記憶とか思い出したせいで、食生活がしょぼすぎるのは我慢がならなかった。


 では、どうするか。


 働いてお金稼いで食べ物を買うしかない。調理済みの物にしろ、材料を買って自分で調理するにしろ、ともあれ金がなければ始まらない。辺鄙な村ではあるけれど、時たま行商の人がやってこないわけでもないのだ。

 そういう時にこの村周辺では手に入らない珍しい食材だとかも手に入る。けれどもまぁ、そういうのは珍しいのもあってどうやって調理すればいいのか、だとか、はたまた珍しい分そこそこのお値段がする。


 たまの贅沢品と思えるようなものだとしても、どっちにしても金がなければ始まらないのだ。


 故に、引きこもりてぇなぁ、なんて思うヘルミーナであったがしぶしぶ村の周辺の森に入って薬草を摘み、せっせと自宅で薬を作り、そしてそれを売るのである。


 大体家の中に引きこもっても娯楽もロクにないので暇を持て余す。

 両親が遺してくれた物の中にはお薬図鑑っぽいものもあって、材料さえ集めれば作り方もある程度わかるようになっているが、そのレシピを制覇しようとか、そこまでは思っていなかった。ゲームだったらそりゃまぁ材料集めて一通り全種類一度は作っておくか、と考えたかもしれないが、村周辺で手に入る材料と、自宅で作れる物、と考えるとレシピ全制覇は難しい。どうしたってこの辺りじゃ採れない材料があるが、だからといってそのためだけに遠出をしようとも思っていない。


 ただ、いつも作っている回復薬以外にも、たまにはちょっと攻めた感じでゲームで言うところのステータス回復系のお薬にも挑戦してみようかなとは思ったので。



 ヘルミーナは早朝から森の中へ行き、せっせと薬草採りに精を出していたのである。


 そうしてすっかり太陽が真上に登ってきた頃、いい加減お腹も空いてきたし、カゴの中もだいぶ一杯になってきたしでぼちぼち帰るか……と思って村への道を歩いていたら。


 ざわり、と身体の内側をやすりで撫でられたようないやぁな感覚がした。

 激痛が走った、とかそういう事はないけれどとても嫌な不快感。

 何だかとっても嫌な予感がしたものの、だからといってまだ森の中でうろうろするのもな、と思った。何故って疲れてきたし家に帰って一息いれたかったので。


 この嫌な予感は気のせいだと思い込もうとして歩いて行けば、村の外れの方が何やら騒がしい。



 どうやらたまに訪れる獣人の誰かがやって来たのかもしれない。

 うへぇ……と露骨に顔に出さないようにしながらも、それでも前世の記憶を思い出してからはあまりいい印象を持たなくなってしまったので。

 なるべく目を合わさないようにしよ……と何やら騒がしい事に関しては全く興味もないし無関係ですよとばかりにスルーしようとしていたのに。



「っ!? 待ってくれ!」


 弾かれたような声。

 それは間違いなくこちらに向けて発せられたものだった。

 うわなんだか面倒な予感、と思いつつもヘルミーナは知っている。今のを聞かなかった事にして無視して進めば、きっと後ろから誰かが追いかけてきて、そうしてヘルミーナの肩か腕を掴んで足を止めさせようとするのだという事を。


 だからこそしぶしぶヘルミーナは声のした方へ視線を向けたし、そこで見たものを脳で把握した途端――


「あっ」


 とギリギリわざとらしくない声を上げて、手にしていたカゴを思い切り相手の顔面めがけてぶん投げたのである。


 声に驚いて振り返ろうとしたものの、バランスを崩してその拍子に――と言えばギリギリ通用しそうな自然な動きであった。だがしかし、ぶん投げられたカゴの勢いは明らかに不自然である。

 カゴの上側から行けば精々ちょっと匂いのきつい薬草が顔にぶちまけられる程度で済んだかもしれない。けれどもヘルミーナはカゴの底面がぶち当たるように計算して投げた。

 結果として――


「ぶっ!?」


 カゴは、狙い通り相手の顔面にヒットしたのである。


 そのままよろけてバランスを崩したけどどうにか立て直しましたよ、という体を装ってヘルミーナは「まぁ」と口元に手を当てて声を上げた。思わぬ事態に驚いているといった様子である。


「あっ、あの、すみません。手が滑ってしまって」

「いや、構わない。急に声をかけ驚かせたこちらも悪かった」


 なん……だと……!? とヘルミーナは困惑した。

 だって、声をかけてきた相手は、前世でヘルミーナを攫った竜人とそっくりな顔をしていたのである。前世の自分から故郷も家族も友人も、何もかもを奪った憎いあんちくしょうと同じ顔をしていたので、つい殺意がフルスロットルしちゃったので咄嗟に手元にあったカゴをぶん投げたし、それは勿論わざとだけれど、相手の竜人はそれに怒るでもなくむしろ急に声をかけて驚かせた事に対して謝罪してきたのだ。

 ヘルミーナの驚きが、お分かりいただけただろうか。


 前世のくそったれ野郎だったなら、きっと何をすると激昂していた可能性もあった。


 顔だけ似た別人か? と思いながらも心にもない謝罪をする。カゴからぶちまけられてしまった薬草を拾い集めカゴに戻していく竜人は、一通り集め終わった後そのカゴをヘルミーナへと差し出した。ヘルミーナが手を出す隙もない程に素早い動きだった。

 そのカゴを受け取って、中を見る。

 ぶちまけたから、そりゃあ多少は傷む可能性もあったけれど、拾う時に丁寧に拾われたからかそこまで目立つ損傷はない。


 世の中には自分に似た人間が三人はいるというし、顔だけ似た別人だな、とヘルミーナは納得しようとした。

 そう、した、のである。


「私の名はラグウォール。ラグ、と呼んでくれて構わない」

「おっとすいません手が滑りましたァ!!」


 その名を聞いて、ヘルミーナは受け取ったばかりのカゴの底面を再びラグへ向けてスパーキンッ!! した。

 何故って、前世の憎いあんちくしょうと同じ名前だったからである。


 顔がそっくりなだけの別人だというのなら、まぁ、前世と今世は別だから……でどうにか受け流そうと思った。

 けれども、名前まで同じとなれば、もうこれ間違いなく同一人物である。子孫、という可能性もよぎったけれど、しかし竜人は長命種族。人間なら偉大なるご先祖様と同じ名前つけて二世だの三世だのというのもあるけれど、長命種族でそれをやれば普通にややこしいだけだ。


 そしてヘルミーナは自覚した。

 先程身体の内側がざわつくような感覚を覚えたのは、間違いなくこいつのせいだと。


 くそっ、よりにもよってやっぱりこいつのツガイなのかよ……と悪態が出そうになった。


 本来ならば、人間にツガイを感知する能力はない。けれどもヘルミーナは前世の記憶を思い出した事で、かつてのツガイに抱いた負の感情を思い起こしてしまったのである。


 くそが、と叫ばなかっただけでも褒め称えたいくらいだ。



 明らかにわざとでしかないカゴ底面によるスパーキンッ!! を食らいながらも、しかしラグは怒らなかった。多分お付きだろう二名ほどいた獣人――こちらは豹っぽいのと熊っぽい――がオロオロとしていたが、そんな事はヘルミーナにとって些事だ。

 仮にここでお付きが何をする! と怒ったところで逆切れかます自信しかない。

 竜人死すべし慈悲はない、というヘルミーナであるけれど、それはそれとしてツガイとかいうクソみたいな本能だかなんだかしらんものを搭載している獣人とか全体的に敵認識。前世を思い出さなければ、きっと友好的な関係を築けたかもしれないが、今のヘルミーナはもう以前のヘルミーナには戻れなかった。知ってしまった以上は敵である。



「その、良ければ貴方の名前をお聞かせ」

「死ねクソ野郎。てめぇに名乗る名前はねぇ」


 言葉を遮るように吐き捨てていた。何かを考えるどころか、脳直状態である。


 ところで今世のヘルミーナは前世でもそうだが普通の村娘である。

 だがしかし、ヘルミーナはそれなりに美少女であった。


 活発そうな印象よりも、どこか深窓の令嬢めいたか弱い見た目の守ってあげたいなぁ、と思える容姿をしている。


 森に薬草を採りに出かけても、それ以外はほとんど家の中で作業をするのであまり日焼けをする事もなく、それ故にそこらで活発に行動している他の娘と比べれば色白であった。


 そんな薄幸そうな美少女に突然罵られたラグは、何かに気付いたように「ハッ」とした表情を浮かべる。

「ま、まさか……」

「おっと失礼再び手が滑りましたぁ! このままだと永遠に手が滑り続けるので失礼させていただきますね」


 ぶぉん! と拾ったカゴの中身をざっと集めてからヘルミーナは遠心力を利用するかのようなフルスイングをかましてラグにカゴの側面を横っ面に叩きつけた。

 手が滑ったとは……? と口を挟む隙も生じない程の勢い。

 横っ面、というかこめかみ狙ったフルスイングでラグがよろけたその隙に、ヘルミーナはとっとととんずらかましたのである。


 といっても、困った事に家が割と近くなので、現住所が割れてしまったが。


 バタン! と勢いよく音を立てて扉を閉めて、そうしてしっかりと鍵をかけた。

 まぁ、獣人が本気出したらこんな小屋の鍵など一網打尽だろうけれど。

 もしそんな感じでお邪魔しますされた場合はいっそ家に火でも放って焼き殺そう。そんな覚悟でもってヘルミーナは家の中に入るなり、燃えそうな素材を一か所にまとめ始める。



 なんだか家の外が若干騒がしかったけれど、しかしラグは前世のようにこちらの都合を一切無視するでもなく、押し入る事もないままに。


 その日は終了したのである。



 ラグがやってきたのは、翌日だった。


 扉をコンコンとノックして、ラグウォールだ、話がしたい、と声をかける。

 その少し後ろの方から、

「あの、本気ですか?」

「昨日のアレでまだ関わろうとかいくらツガイでもさぁ……」

 といった声が聞こえたので、お付きの者もいるらしい。


 正直居留守を使いたかったが、しかし中にいる、とわかっていての行動だろう。


 どうしたものかな、と考える。


 正直ガン無視でもいいんじゃないか? と思ったものの前世と違って今世では獣人たちのツガイ関連はそこそこ法が存在しているので、向こうがそれを守っているのならこちらもある程度歩み寄らねばならない。

 ある程度関わって、それでも無理だやっていけない、となったならその獣人がツガイに拒絶されて衰弱するだとかもあるけれど、そうならないように相手も運命の心を射止めるために誠意を尽くさねばならない。



 つまりそれって……一種のバトルみたいなものよね、とヘルミーナは思った。


 いやそもそも、普通に考えたら異種族恋愛だろう、という話なのだがしかし前世の事を思い出したヘルミーナは。


 前世自分を死に追いやったあんちくしょうと恋に落ちるなど言語道断である。

 だが向こうは再びまみえた運命のツガイ。今度こそ、と臨むだろう。

 そう、つまりこれは、お互いの我を賭けた魂の……デュエルッ!!


 なんて事を考えながらも、ヘルミーナはとりあえず扉の近くまでは移動した。扉は開けない。


「何の御用でしょうか。用件を五秒以内に伝えてどうぞ」

「君と話がしたい! ここを開けてくれないだろうか」

「お話しですか。ではその場でどうぞ。扉は開けません」

「どうしても、駄目だろうか?」

「顔を見た時点で最初の一言目で即終了して家から追い出していいなら構いませんよ。話にならないけどそれでいいならどうします?」

「……扉はそのままで」

「はい。では、ご用件をどうぞ」


 とんでもねぇ塩対応であるが、ヘルミーナからすれば破格の対応であった。

 家に入れてその間昨夜ふと思い立って作った釘バットでぶんなぐってる間は会話をしてやる、みたいなルールでも適応させようかとも思ったのだが、そもそも竜人の頑丈度合がどれくらいなのかよくわからないし、ましてやぶん殴り続けても正直早々にヘルミーナの体力が尽きるだけの気しかしない。


 一発ぶん殴ってスッキリするようなものではないのだ。


 前世の一生分の恨みがある。

 あの時、こいつと出会わなければ前世のヘルミーナはきっと、普通に村で仲の良かった青年と結婚していたかもしれないし、子供も産んだかもしれないし、山も谷もなくともそこそこ平凡で幸せな人生を全うできたかもしれなかったのだ。

 親の死を看取る事だってできただろうし、友達とだって村にいる限りはずっと仲良くやっていったかもしれない。


 ありきたりで平凡で特に面白みもないような人生になったかもしれないけれど、しかしそのもしもを奪ったのは今扉の向こうにいるくそったれだ。

 一発ぶん殴って気が済むはずもない。


 許せたとするのなら、それは前世の時点でだ。

 家族や友人のいる故郷へ帰してくれていたならば、そうしてその後でお互いの事を知るべく歩み寄ってくれたならば。

 そうしたら、最初に勢い余って誘拐された事は許せたかもしれない。

 もしかしたら、その後で彼に惚れる事もあったかもしれない。


 けれどもそんなものはもうとっくの昔の幻想である。

 許せる機会も期間もとうに終わりを迎えている。

 だって前世の自分は死んでしまったのだから。


 生まれ変わって目の前にいるからいいだろう? なんて言われたら、まず間違いなく今後も何もあったものではない。完全に決裂するのは確定だった。


 扉一枚隔てているので、多少声を張らなければ聞こえないかもしれないが、まぁそんな事はどうでもよかった。

 獣人たちは基本的に五感も優れているので、こちらは別に腹から声を出せ、とかしなくともきっと聞き取っているだろう。

 向こうの声がこちらに聞こえなくなったのであれば、それはそれで構わない。

 だが、ラグはそれを良しとしないはずだ。故に、彼は扉の向こうに声が届くように気持ち声を張る必要がある。


 傍から見たら扉に話しかけてる人なんだよな……なんて思ったけれど、別にラグがちょっと怪しいおかしな人に見られたところでヘルミーナには何も不都合はない。


「……君は、その、もしかして生まれ変わる前の記憶を……?」


 だがしかし流石に内容が内容なのか、ラグはそっと声を潜めた。

 まぁ流石に前世の記憶があるのかい? なんて事を大声で言ったら頭のおかしい人かな? と周囲は思う。


 前世の記憶とかまたまた~、と草でも生やす勢いで笑い飛ばせればいいのだが、しかしこの世界には魂に刻まれた運命だとかの、妙ちきりんな代物が存在しているくらいだし、エルフは魔法を使ったりするし、そう考えると前世の記憶があります、とかいうのはそこまでおかしなものではないのかもしれない。


「えぇ、覚えているからこそ、恨み骨髄です」


 だからこそヘルミーナは、扉で見えやしないのは承知の上でとてもいい笑顔で言ってやったのだ。

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