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死ぬまでダイジェスト



 獣人、と言っても種族は様々。

 犬や猫といった種族はそこそこ多く、今世のヘルミーナが暮らしている村にも何度か訪れたのを見た事があるし、聞けば数も多いのでそこかしこの町や村で見かける可能性が高いのはその種族なのだとか。


 熊だとか、虎だとか、そういった種族になると数は少し減る。

 概ね動物の弱肉強食ヒエラルキーと同じく草食動物タイプの獣人は数が多く、肉食動物タイプの獣人は数が少し少ないと考えて間違いではない。


 だがしかし、その獣人の中で一際特殊な種族がいる。


 それが、竜人であった。


 竜ってそれ動物って言っていいの? とヘルミーナとしてはとても疑問に思うのだけれど、そりゃ前前世では伝説上の生物だろうと空想の中だけのものだとしても、こっちの世界には普通に存在しているのでどうやら動物の括りで合ってるらしい。



 そんな竜人は獣人たちの中でも頂点に位置するらしく、数は少ないがしかしその力は絶大。

 まぁ、他の動物と比べると段違いだもんな、色々と。とヘルミーナは思うのでそこはさもありなん。



 ちなみにこちらの世界の人間の平均寿命は詳しく調べたわけではないけれど、大体60~70あたりまでだと考えていい。前前世から見るとまだ若いとか言われてそうだけど、こっちじゃ充分お年寄り。うーん、世界の差よ……


 更に言うと、獣人たちは人間よりも少しだけ寿命が長い。

 といっても、猫獣人や犬獣人といったポピュラーなのは人間とそこまで変わらない。

 人間と比べて+10とかそこら辺が平均寿命だろうか。

 動物としても長命なタイプの種族はしれっと百年単位で生きてる者もいるようだけど。


 さて、そんな中、竜人の寿命はどうなんだ、となるわけだが。


 めっちゃ長生きする。


 下手すればエルフとタメ張る。

 場合によってはそれより長生きする個体もいるらしい。


 さて、前世のヘルミーナはなんと困ったことに、そんな竜人のツガイとして竜人に捕まってしまったのである。犬猫あたりの獣人ならまだ口八丁で言いくるめられたかもしれないけれど、竜は駄目だった。


 犬や猫なら人と密接に関わりもあるし、生活様式もそこそこ近いからそこら辺の獣人だったらまだ説得できたし家族ぐるみでお付き合いしたいなぁ、とか言えばなんだかんだツガイの事を愛してる獣人からすればそれを叶えてくれると思うのだけれど、竜は駄目だった。


 まぁ、人と共存してるイメージが正直パッと浮かんでこないのでそこはどうしようもない。


 正直ドラゴンの主食ってなぁに? って聞かれてもヘルミーナは答えられる気がしない。

 日本のサブカルチャーで得たドラゴン知識でも、草食タイプもいれば雑食とかいうのもいるし、下手すりゃ仙人みたいに霞だけ摂取してるとか言われてもおかしくはない。



 前世のヘルミーナ、そんな竜人のツガイであったのである。

 びゅんと風に乗ってひとっ飛び! とばかりにお空を飛んで、気付いたらとても高い場所につくられたお城みたいなところに監禁されたのである。


 どうやら、竜人の中でもかなりのお偉いさんだったらしい。

 力もあって権力もあるとか、ただの村娘である前世ヘルミーナにはどう足掻いても勝ち目がない。

 前前世だって、日本以外の海外とか治安が物騒なところで、権力者が金に物言わせて犯罪を揉み消すなんて事があるのは知っていた。中東とかインドとかそっち系統で割と聞いた気がする。男尊女卑で女性の立場が低いところなど特に。



 いくら愛を乞うてきても、初対面で誘拐する相手の何を好きになれというのだ。

 思い返してみれば、前世のヘルミーナを攫った竜人、見た目はほぼ人であり、何か頭からツノが生えてたり羽があったり尻尾があった気もするけれど、そういった人外部分をあえて見ないまま人間部分だけを見れば、顔は整っていたような気がしないでもない。


 だがしかし、いくらイケメンだろうとも前世のヘルミーナからすればそれはただ単に顔の良い犯罪者というだけでしかない。その顔の良さを活かしてこちらを恋に落として「貴方と一緒に行きますぅ……!」みたいにメロメロにさせてから攫っていくならまだしも、それですらなかった。

 顔が良くともコミュニケーションがマトモに取れない時点であまり関わりたいとは思えない。

 だって会話がマトモに通じないととてもイライラするから。


 顔が良いだけなら、それこそ遠くからそっと眺めるくらいで丁度良いのだ。



 家に帰して、家族に会いたい、そんな訴えはことごとく却下された。

 ここがお前の家だ。家族? 我がいるだろう。

 そんな感じで全く話が通じなかった。

 ちげぇよここは誘拐犯の居城であって自分の家じゃないし、ましてやお前は家族ではない。犯罪者が何寝ぼけた事言ってんだ? と今なら言えるが前世のヘルミーナは前前世の時の人格がログインしていなかったので、ひたすらにおびえるだけだった。我が事ながらなんて哀れな。


 そんなわけで、前世のヘルミーナはツガイを名乗る竜人が近づこうものなら手当たり次第に物を投げ近づかないでと喚き散らし、とにかく必死だった。身を守ろうとするので精一杯だった。

 好きでもない相手と肉体的な関係になど誰がなるものか! という気持ちはあった。

 ついでに誘拐犯の施しは受けたくないと出された食事にもあまり手をつけなかった。


 まぁ、何が入ってるかわかんないしね。


 マトモな料理であろうとも、信用できない相手からもたらされた物、と考えると薬の一つや二つ盛られているとか疑ったって仕方がない。そういう疑いを持たない程度の信頼関係すら築けていないのだから。

 寝ている間に襲われるのではないかと思って、ほとんど熟睡なんてしなかった。部屋の隅、家具の陰に隠れるようにしてほんの少しだけうとうとする。


 マトモに食事も摂らず、睡眠もままならない。


 となれば後はお察し。

 そんな状態で正常な思考回路になるはずもない。

 何とか逃げ出そうとして、高い山の上につくられた城だというのも忘れてどこぞの窓から身投げする形で前世は終わりを迎えたのである。



 ヘルミーナはそんな前世の事を唐突に思い出して、そのせいでとても胸がムカムカしていた。

 遅れてやってきた獣人への忌避感とでも言おうか。

 今までは特に気にせずたまに村に訪れる獣人とも会話をしていたけれど、今後はちょっと態度が変わってしまいそう。竜人以外の獣人に嫌な目に遭わされたわけではないけれど、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い理論のせいでしばらくは引きずりそうな予感がしている。


 前世のヘルミーナはとにかく家に帰りたくて、家族に会いたくて、友達に会いたくて。

 その一心で逃げ出そうとしていたのに正常な思考回路を失った結果自殺したようなものだ。

 その無念さも、今更のように胸に押し寄せていた。


 自分が攫われた後、果たして両親や友達はどうしていただろうか。

 それを知ろうにも、今のヘルミーナには悲しいかな、何の伝手もない。


 前世で過ごしていた村と似てはいても、ここは別の村なのだ。

 恐らくではあるけれど、大陸が異なっている可能性もある。そうなると、こちらの世界ではインターネットだとかの便利な検索できるものはないので、海の向こうの大陸のちっぽけな村の事など知ろうとしても難しい。

 冒険者として自分が各地を移動するのが一番無難である。人の噂でもって知ろうとしても相当な運が試される。

 とはいえ、ヘルミーナにそこまでの気力も体力もないし、更には前世で過ごしていた村の名前だって記憶に残っていない。となると、調べるのは至難の業。



 胸のムカつきはそれだけではない。


 獣人の寿命は人よりちょっと長めではあるけれど、竜人はもっと長い。

 つまり、今、まだこの世界にあのにっくきあんちくしょうが存在している可能性があるのだ。



 獣人同士であるならば、運命のツガイだとお互いわかるのでほぼ問題はない。

 それまでに付き合っていた相手がいたとしても、運命の出会いを果たした途端そちらにばかり意識がいくので付き合っていた相手がちょっと悲惨ではあるが、その付き合っていた相手も獣人なら「まぁ運命だし」で諦めがつく。


 ところが人間はそうではないので、運命だのと言われても「何言ってんだ?」となるわけで。

 いくら運命だろうとも上手くいかないパターンは大体これだ。

 運命だから、でごり押しして人間の気持ちを置いてけぼりにして迫る獣人に恐怖を感じ拒絶する。

 嫌がれば嫌がるほど獣人はどうして拒絶するのかとなるのだけれど、まぁ見事に悪循環なわけだ。


 ツガイから拒絶された獣人もそれなりに精神的に傷つきはする。

 ついでに拒絶されたままツガイが死んだ場合、喪失感がとんでもないのだとか。


 獣人の種族にもよるけれど、場合によっては後を追って死を選ぶ者もいるのだとか。


 前世ではほとんど獣人についてなんて詳しく知らなかったけれど、今世のヘルミーナは獣人を初めて見た時にまだ存命だった両親から色々と聞いて知っている。


 喪失感を抱えて生きていく獣人もいるけれど、後を追ったり、狂ってしまったり。

 どう足掻いても幸せな結果にはならない。



 運命のツガイとやらがどうやって選ばれているかはわからない。

 わからないけれど、もしもだ。


「もし、今回の私もツガイだったらどうしよう」


 魂に何か刻まれていてそれがツガイを決める何かであったなら。

 あの竜人がまだ寿命を迎えていなければ、最悪またツガイに選ばれる可能性が出てしまう。


 人間の一生は短いけれど竜人の一生は数倍長い。

 可能性は充分に存在してしまっているのである。


 魂に刻まれている何かが運命を定めるというのであれば、何度生まれ変わっても……となるわけで。

 お互いにずっと相思相愛来世も一緒になろうネッ☆ というのであればまだいいが、ヘルミーナのような場合だと忌まわしき呪いのようなもの。


 死んだ事でツガイリセットされて別の相手の運命が横滑りでやってくる可能性も勿論あるけれど、どちらにしても前世の事を思い出してしまった今、運命のツガイとかいうワードは大変地雷である。


 うるせぇ運命は自分の手で切り拓くものなんだよ。運命かどうかは知らんが好きな相手とくっついたら、そこからはお互いの努力次第で運命だろうとなんだろうとなるようになってんだよ、という気持ちであった。


 別にヘルミーナは愛のない結婚が駄目だとは思っていない。人にはいろんな事情があるし、お互いが了承した上でならビジネスパートナーとしての仮面夫婦だろうとなんだろうと問題ないと思っている。

 前前世で読んだ異世界転生物の半分くらいは貴族に転生して政略結婚がどうのこうの、という感じだったが、家のためだとか国益を鑑みた上でだとか、そういうメリットがあるからこの家とくっついてください、とかそういうのはわかる。


 愛のない結婚、とは言うもののそれだってお互いが歩み寄る努力をすれば遅ればせながら恋になるかもしれないし、愛が芽生えるかもしれない。


 だが、前世のヘルミーナの事を考えると、メリットなんぞどこにもありゃしない。

 一方的にこちらの事情も都合も無視して連れ去って、運命だから愛してくれ! は流石にない。

 頭のおかしいストーカーに拉致監禁されたとのたまっても許されると思われる。


 連れ去られたので、前世のヘルミーナの家族や友達はきっと心配しただろうし、しかも二度と帰らぬ人になってしまったのだ。

 そう考えると、デメリットしかなかった。

 竜人だってツガイに拒絶されて自分のホームで身投げされて死なれてるわけだし。


 誰一人幸せにならない結末だった。



 とはいえ、今は前世のヘルミーナが暮らしていた時代とは異なるのでそれなりに変化が生じていた。


 獣人たちが好き勝手やりすぎたせいで、人間もいい加減怒り心頭となったのかまぁ色々やらかしたらしい。

 人間だけなら獣人相手に勝ち目は薄いが、しかし人間以外の種族――エルフを含めた獣人以外の異種族たちも人間サイドについたのである。


 運命だから、で勝手に連れ去られた相手は人間だけではなかった。エルフなんて人間とかどうでもいいや、くらいの無関心でもってあまり関わる事もなかったけれど、ここぞとばかりに共通の敵と言う名の獣人がいたせいで、そりゃもうガッチリしっかり手を組んでしまったのである。


 そうなればいくらフィジカル面で優れている獣人たちの有利は、そこまで有利とも言えなくなった。

 エルフたちは魔法が使えるし、なんだったら人間たちと手を組んだ事で人と異種族連合は獣人たちの数を大きく上回ったのである。


 その後ちょっと軽めに戦争が起こったらしいが、どっちが勝ったとかではなく最終的に和平条約が結ばれる事になって終結したのだとか。


 その後は色んな約束事が出来たので、獣人たちは人間やそれ以外の種族に運命の相手を見つけても一方的に連れ去ってはいけないという縛りができてしまった。

 やったら重罪扱いだし、ツガイと引き離されるので運命の相手に二度と会えないとなれば大変な事である。バレなきゃいいだろ、と思われがちだが、無理矢理攫えば当然相手には拒絶される。殺してでも帰ってみせるという気概を見せる者もいただろうし、逃げられないならいっそ死ぬ、という結論を出した者もいただろう。


 どっちにしても、無理矢理連れ去っても何のメリットもない。

 しかもバレた時点で重罪なので、万一そこで既にツガイに死なれでもしていたら、極刑待ったなし、なのだそうだ。


 獣人以外のツガイを見つけた場合は、まずお近くの役所にツガイを見つけました。付きましてはお互いの事を知るために交流を深めたく存じます、みたいな書類を申請しなければならないらしい。

 人間や獣人以外の異種族は、その場合獣人とある程度関わりを持たねばならないらしいのだが、まぁ強制的に連れ去られるよりはマシ。


 お互いがお互いの事を知っていくうちに、人間側も相手の事が気になって……なんて感じで上手くいった案件も増えてきたのだとか。

 獣人からすればまどろっこしいかもしれないが、運命だのなんだのを感じ取れない人間からすればこのやりとりはとても大事である。


 そうでなくとも人間と獣人、と種族が異なるのだ。

 自分にとっての常識が相手の非常識だ、なんて事も有りえてしまう。

 そこら辺を擦り合わせていくのもとても重要。


 そうじゃないといざそんな場面に直面した場合、今までそこそこ上手くやれても修復できないレベルの亀裂が生じる可能性もあるのだから。


 前世のヘルミーナの時代と比べると、そう言った意味では過ごしやすくなったのかもしれない。

 前世のままだったら、間違いなく獣人と関わらないようにしようと徹底的に避けるしかなかった。

 どの相手が自分の運命なのかわかれば対策だって練る事ができたかもしれないけれど、人間にそれを理解できる本能みたいなものは備わっていないので。


 であれば、獣人を排斥して一切関わらないようにするしかない。

 とはいえ、排斥などやろうと思ってもできるわけもなく。

 村に獣人が来た時だけ家にこもって絶対に外に出ない、とかそれくらいしかできる事はない。


 だが、獣人のツガイ感知能力は建物の外からでも何となく気配を察する事ができるのだとか。

 詰んでる。


「……ま、憎たらしいあんちくしょうが生きてたとしても、こんな辺鄙な場所にやってくる可能性は低いし、そうそう会う事もないか」


 あれこれ思い返して思い出しムカつきだとかをしつつも、しかしそんな結論に至ったのでヘルミーナの機嫌はあっさりと上を向いた。



 だがしかし、よくよく思い返すとこの時のコレは、フラグだったのではないかな……と後になってから思ったのである。


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