何故今ここで思い出す
主要な街道からかなり外れた所謂田舎。
小さな村は皆が皆顔見知り。
そんな村が、ヘルミーナの生まれた場所だった。
ヘルミーナの両親は本来王都で暮らす貴族であったらしい。
とはいえ、二人は許されざる恋をして何もかもを捨てて駆け落ちしてこの村にやって来たらしいのだが。
ヘルミーナは詳しくは知らない。
何せ、詳しく聞く前に両親は病に倒れてぽっくり逝ってしまったので。
泣いて、悲嘆に暮れていても、それでも明日はやってくる。
たった一人になってしまったけれど、それでもヘルミーナには今まで両親が教えてくれた知識だとか、村の人の助けだとかで一人で生きていくだけならどうにかなっていた。
三人で暮らしていた家に今ではたった一人、というととても寂しく聞こえるが、しかし両親が本来王都で暮らしていた家と比べれば、きっとこの家はとても小さい。
ヘルミーナが一人で生活するには確かに少し広いかな、と思わなくもないけれど、木造二階建ての小屋と言っても過言ではない。
村は大きな街道からは離れた場所にあるからか、こんな場所にやってくる旅人だとかの物好きはそこまでいない。けれども、まったくいないわけではなかった。
村を囲む森の中で薬草を採取して、ヘルミーナはそれらを調合し回復薬を作って生計を立てていた。
とはいっても、一人で採取して一人で調合して、と全部一人でやるので一日に作れる量は限られているし、一月の稼ぎなどたかが知れている。
まだ若いヘルミーナではあるが、それでも村の人たちと助け合って生きていくだけなら何も問題はなかった。
このままここでずっと一人で細々と暮らしていくのだろうな、とヘルミーナは若いうちから枯れ果てた思考でいたのだが。
ある日の事だ。
今日も今日とて薬草を採りに行こうとして家から出た直後。
ふと上の方に視線を向けたら、思った以上に晴れ渡った青空とそこに輝く太陽をうっかり直視してあまりの眩しさに思わず目を閉じて――
そこで、ふら、と平衡感覚を一瞬ではあるが失って危うく倒れそうになった。まだ完全に家を出る前だったため開けかけていた扉に掴まるようにして倒れるのだけはどうにかなったが、数秒そこで深呼吸を繰り返してからヘルミーナは何事もなかったかのように家の中に引き返した。
そうして扉をしっかりと締めて、よろよろとした足取りで椅子のある場所まで移動して座り込む。
テーブルに肘をついて、低い声で呟いた。
「前世の記憶ってもっとこう、頭ぶつけるとか衝撃的な事を知ったとか気付いたとか、ともあれそういう状況で思い出すもんじゃないの……?」
家から出ようとしてうっかり空に輝く太陽を直視してしまった、というだけで前世の記憶が蘇るとか全くの想定外であった。いやもっとこう、転んで頭ぶつけるとか木に登ってそこから落ちて頭ぶつけるとか、うっかり池の水の中に落っこちた衝撃でだとか、近所の子たちがうっかり大暴投したボールが後頭部に直撃してだとか……あとは前世で見た記憶がある創作物の中だと気付いた時だとか、ともあれそういう時に前世の記憶というものは蘇るものではないのか、とヘルミーナは思ってしまったのである。
そりゃあ確かにちょっと太陽の光が眩しすぎて、それはそれで衝撃ではあったかもしれない。
けれど、その一瞬の「うわまぶし!」で前世の記憶がぽんっと思い出されるとか、予想外すぎてバランス感覚も一瞬消失する羽目になってしまった。
それだけではない。
ヘルミーナが生まれ変わったのは、思い出した記憶によるとどうやら三度目らしいのだ。
前世の記憶のみならず、なんと前前世の記憶も思い出してしまった。
しかもだ。
前世で生きていた時は、前前世の事なんてなぁんにも思い出してなかったのに、何故今ここで纏めて思い出すのか。
前世だけならまだ、そんな事もあるかしら……で自分を納得させていたのに、前前世の記憶が蘇った事でそれどころではない。
前前世、ヘルミーナはここではない世界で生きていた。
地球と呼ばれる惑星の、日本という小さな島国。
とても平和な場所だった。
犯罪がなかったわけじゃない。戦争だって海外の国でやっていた。けれども、自分が過ごしていたその国は、景気が悪かろうとも犯罪率が上昇傾向にあろうとも、それでもそれなりに平和であった。
そんなところでのびのびと過ごしていた記憶。
うん、まぁ、のびのびしてたわ……とどこぞの司令官のようなポーズのままヘルミーナは「はは」と乾いた笑いを漏らした。
思い出さなきゃよかったなぁ、とも思った。
何故って、平和な世界で過ごしてたはずなのに、表向き犯罪とかはしてなかったけれど。
前前世のヘルミーナの趣味が問題だったからだ。
もし、もしもだ。
前々前世の記憶もあったなら、もしかしなくても私、エリザベート・バートリーだったのかもしれないな……とか思ってしまったもので。
うん、その、うん。
前前世の私は、スプラッタとかグロとかそういうのをこよなく愛していた。
血しぶき飛んだらキャッキャしてた。
とっても不謹慎だけど、海外のテロリストとかが自らの正当性を声高に叫びつつ見せしめに人を殺す動画だとか、そういうのを心高ぶらせて見ていた。
血はいっぱい出るなら出した方が良い、くらいのノリで赤が散る光景を頬を紅潮させて見ていた。
流石にバスタブに処女の血を集めて、そこに浸かろうとは思わないけれど。
でも、前前世の私はどれくらいの血をそうすればバスタブに一杯になるのか、とかいらん興味は持っていた。
マジかよ私最低だな……とか思うものの、それどころではない。
そんな前前世の記憶が蘇った事で、何というかそういうのが自分の中にインストールされた気がすごくするのだ。
前世で思い出さなかったくせに何故今思い出してしまうのか。
神様か閻魔様か知らんけど、生まれ変わらせるならきちんと前世の記憶も前前世の記憶も綺麗さっぱりリセットしておいてほしいものだ。
だって、スプラッタが好き、とかで済む話じゃないもの。
なんだったら前前世の私もしかしなくてもネクロフィリアとか拗らせてたんじゃないかなとか思ってる。
そしてそれが別におかしくないよね? みたいに思いつつある今の自分よ……
勿論、異常だという自覚はある。
ある上で、それでもそれすら自分であると自分の中で肯定してしまっている。
世間一般からしたら受け入れられないようなものだろうけれど、それでも自分はそれが好き、という風になりつつあるのだ。
大っぴらにしたら駄目だな、というのはわかっている。
だから、それはいい。
ただ、今現在どうにも胸がムカムカしているのだ。
主に前世の記憶のせいで。
前世も今世も、どうやら同じ世界のようである。
日本と比べると治安はあまりよろしくないし、生活水準だって高いわけじゃない。不便なのは否定できない。
それでも別に日本での生活の事なんて思い出していなかったから、不満なんてなかった。
そういうものだという認識で生きていたのだ。
知らない物を勝手に想像してここが不便だ、あれが面倒だ、なんて思うような余裕もそもそもなかった。
この世界には、人間以外の種族が存在している。
そう言われるととてもファンタジーな空気があるけれど、実際のところどうなのか、と問われると別にそこまででもない。
そうでなくともこの村は田舎で、外から来る人もそういない。
前世で生活していたところも、小さな村だった。
そこで、家族と裕福ではないけれど、そこまで貧しくもない程度に、ほどほどの暮らしをしていたのだ。
とはいえ、今世はとっくに両親が亡くなってしまったのだけれど。
「……もっと早くに思い出してたら、死体とか綺麗に飾ってただろうな」
あまりにも自然にそんな考えが口から出て、思わずパッと片手で塞いだ。
完全に無意識だった。危ない。
うっかり外で口にして、誰かに聞かれていたら大問題であった。
前前世のとても人様に堂々と言えそうにない人間性が軽率にログインしたせいで、とんでもない事になってしまった。しかも、ヤバイとはいえ前前世、つまりはどう足掻いても自分なのだ。これが、まったくの赤の他人の記憶だとかであればこうもしれっと自分の中で根付いたりはしなかっただろうに、と思える。
前世だろうと前前世だろうと魂は自分のままで。だからこそしれっと適合してしまったのだと思うしかない。
流石に両親の墓を掘り起こして今から二人を家の中に、とはならないけれど、前前世の自分のヘキがいつぽろっと人前で飛び出るかもしれないと考えると中々にスリリング。
独り暮らしで良かった~~~~! と思う部分もあれば、一人だからこそ歯止めがきかなくなるんじゃないかという恐怖もある。
いやでもまぁ、こっちの世界、インターネットとかないから! 家にこもってても正直そこまでやる事はない。気付いたら一日ネットやゲームで時間が消えてたというのがないのは救いかもしれなかった。
まぁ、それ以前に娯楽で一日消費できるほどの余裕がないんだけどね。
前世、つまりこっちの世界に転生した前の生についてだが。
ロクでもない終わり方をしている。
前前世の人間性がクソすぎて、その業を背負ったのではないかと言われたら否定できないけど、でも前世の時はその前の人生の事なんてまったく思い出さなかったから、それはそれでとても理不尽みを感じる。
こちらの世界には、人以外にも異種族がいる。
それは我らがお馴染みエルフさんであったり。
ただ、こっちの世界、人間の次に多い種族は、って聞かれると獣人なんですよ。
獣人。
そう聞いてどういったものを想像するかは人それぞれ。
人間にケモミミと尻尾がついただけの存在を思い浮かべるか、はたまたシル〇ニアファミリー等身大がそのまま動いていると思うか。
一応両方いるらしい。
獣の性質が強めだとシルバ〇アファミリーみたいな、二足歩行する動物たち、みたいな感じになるようだけど、そちらは少数らしい。
聞いた話で実際見たわけじゃないから知らんけど。
どちらかといえば、普通の人間の見た目にケモミミとか尻尾とかが生えてるとかのがよく見かける。
犬っぽいのも猫っぽいのも全部ひっくるめて獣人って称されてるけど、もうちょっと細かく言うのなら犬獣人だとか猫獣人だとか、虎獣人、みたいに見たままを言う事もあるらしい。
前世、そんな獣人たちと人間との関係はとっても最悪であった。
獣人たちにはどうやら運命の相手がわかるツガイと呼ばれるシステムが魂にでも刻まれているのか、そんな相手と添い遂げる事ができたなら繁栄間違いなしらしい。
大抵の動物は子孫を残すのが本能であるからして、そういった相性のいい相手とくっつけば安泰、というのとあとは幸せになれる可能性が爆上がりともなれば、そんな相手とくっつかないなんてはずもなく。
とはいえ、生まれて早々その運命の相手がわかるか、というとそうでもない。
ある程度大きくなって、大人になるちょっと手前くらいになってからツガイかどうかの感知ができるようになるのだとか。
人間でいうところの二次性徴に伴うあれこれ、みたいな感じだろうか? 具体的にどうやって判明させているのかはわからない。フェロモンを感じ取って、とかかもしれないし、本当に魔法だとか奇跡みたいに魂に刻まれた運命を感じ取っているのかもしれない。
正直目に見えるものでもないし、具体的にこう、と説明できる程ヘルミーナは獣人に詳しいわけでもない。
獣人同士で運命の相手だとわかればまだいい。
お互いがお互いにわかりあっているのだから。
けれども、人間は違う。
人間は確かに一目惚れだとか、会った直後に運命感じた、なんてこともあるけれど、それはツガイどうこうというわけではない。ただ、恋に落ちる度合の差だ。どれだけ運命感じてもその後次第ではわかれたりもするし、くっつかないままの場合だってある。
ツガイの場合は違う。
お互いがツガイと認識していたらもうその相手以外愛する事はないし、死ぬまでずっとラブラブである。
そういう点だけ見れば素敵ね、と言えるかもしれないけれど、しかしツガイという概念を知識として知ってても魂に感知能力があるでもない人間からすれば、他人事と言ってもいい。
けれども、獣人の運命の相手に人間が選ばれる事もそれなりにあった。
想像してみてほしい。
初対面の獣人にいきなり「おぉ運命のツガイよ!」とかいきなり言われる場面を。
人間からしたらさ、はぁ? って感じなんだわ。ぽかーんとして状況把握するのに数秒要するわけである。
前世のヘルミーナはその一瞬の「はぁ?」の間に獣人に連れ去られてあれよあれよという間に相手のホームへ拉致監禁された。
相手からしたら最愛の妻を見つけて丁重に家に連れ帰っただけ、と言えるのかもしれないが、人間サイドからすればいきなり現れた獣人に無理矢理連れ去られたわけだ。
獣人からすれば正当な行為であっても人の側から見ると完全に犯罪である。
例えば前々からの知り合いでお互いに好きあってるけど周囲の環境から二人が結ばれるのは難しい……みたいな感じでお互い手に手を取って愛の逃避行、つまりは駆け落ちしました、とかであればまだ両者合意の上だから、周囲にかかる迷惑とか無視してしまえばそれはそれで有りなのかもしれない。
けれども、人間サイドから見れば初対面の相手がどんな人かもわからない状態でいきなり運命の相手扱いされて、強制的に連れ去られるのだ。
恋に落ちるどころか恐怖しかない。
前世のヘルミーナはそれ故に、運命の相手らしき獣人を受け入れる事など到底できるはずもなかった。
泣いて喚いて家に帰してとそりゃもう喉から血が出る勢いで叫んで主張したけれど、相手はきょとんとした顔でここが君の家だとのたまう。
言葉が通じても話が通じない。
相手を無視して家に帰ろうにも、それも阻止される。力尽くで、と思っても獣人の方が圧倒的に人より力があるのでそれも難しい。
腕力も速度も、人に比べれば圧倒的なのが獣人である。
いかにもか弱そうなウサギ獣人の少女であっても、大男の二、三人程度ならかる~くノせる程度には力があるのだ。
あまり走るのが得意ではない、なんていう獣人だって、それでも人間から見ればそこそこの速さを持っている。
フィジカル面でただの人間が獣人と真っ向からやりあおうとすると、勝ち目は薄い。
鍛えに鍛えた人間であれば勝ち目はあったかもしれないけれど、しかし前世のヘルミーナは今世と同様ただの村娘であったので。
連れ去られて相手のホームに置かれた時点で詰みだったのである。