魔物討伐(5)
「た、助けてくれ…。もうあの村は襲わない。誓う。」
『あの村から攫われたヒトの生き残りはいますか?』
「全員喰っちまった。でも、もうしないから。」
トゥワは再び手を組んだ。今度はヒトのための祈りだ。すっかり半狂乱になったオーガが叫ぶ。
「どうか命だけは!今、ダンジョン内が荒れていて、獲物を狩れる状況じゃないんだ。危険を承知でヒトを狩らないとならなかった。身を護るためには仕方がなかったんだよ。俺が帰ってこなかったら、幼い子どもたちが飢え死にしちまう。どうかお慈悲を!」
「参りましたね。これでは私がすっかり悪者です。」
トゥワは筆談するために土をならした。
「先に私たちヒトに手を出したのは貴方たちです。その理屈なら、私も身を護るために貴方を殺すことは仕方がないことでは?」
「あんたの言う『ヒト』だって、ダンジョンに押し入って魔物を狩るじゃないか。俺らが地上に出てヒトを狩るのも同じことだ。」
「まるで魔物側は大人しく身を差し出しているかのような言い方をしますね。狩られる側の抵抗で、狩人が命を落とすこともあることくらい覚悟の上でしょう。」
オーガは言葉を詰まらせた。
「しかし、あんたは村のヒトじゃねえ。狩る側でも狩られる側でもない、第三者だ。どうして村側について、俺らを殲滅するんだ?」
「私がヒトだからでしょうね。」
オーガは小さな目を見開いてトゥワに訴えかける。
「ヒトだなんて一括りにして、あんたの行いには正統性があるのか?これがヒト同士の争いだったと考えてみろ。長年住処を侵略され、魔石を持ち出されたり、殺されては死体を持ち帰られたりするばかりだったヒトと、つい数日数人攫われて喰われたヒトの争いだ。関係のないヒトが、どうして後者に味方する?」
今度はトゥワが返答に詰まった。瞬時に明確な答えを示せなかった。オーガはチャンスとばかりに懇願する。
「頼む。もう俺は抵抗の意思も、この先ヒトを襲うつもりもない。心配なら、腕でも何でも持っていってくれ。命だけでも助けてもらえないか?」
トゥワは頭を抱えた。正直、言葉が通じる相手を一方的に虐殺するだけでもかなりの精神的なストレスなのに、こんな交渉をされては殺意が失せるというものだ。
「貴方はこれまで、何人のヒトを食べましたか?」
「五人。」
『正直に話せ。』
「五十人。」
オーガの顔色がみるみる悪くなる。トゥワは相手に聞こえていないと分かりつつ、筆談ではなく声に出して話した。
「これは最後の慈悲でした。正直に答えて懺悔する様子を見せれば或いは…。貴方の誠意とやらは生き残るための詭弁だったようですね。」
「この性悪なヒトめ!結局、あんたのやっていることは俺たちと何も変わらない!むしろ生きるために必要な行為でない分、よりタチが悪いからな!地獄で仲間と待っておくぜ。あんたが来たら相応の報いを覚悟することだ…。」
トゥワは途中でオーガの話を遮り、風の弾丸を放った。トゥワはオーガの死体と自分の掌を交互に眺めた後、村の方に足を進めた。
結果的に言うと、トゥワの想定より早くヒトビトと再会することとなった。オーガの襲撃が遅いため、捜索範囲を広げた冒険者たちは、その居場所を突き止めて警戒しながら向かってきていたのだ。トゥワが一人で現れたのを見て、彼らは警戒を強めた。
「客人、ここら辺にオーガたちがいたはずだが?」
「全て屠りました。この先です。」
トゥワは踵を返した。
「待て!罠じゃないのか?」
「おい!」
「だって怪しいだろう。」
トゥワはゆっくりと振り返った。
「疑われるのももっともです。では、オーガの死体を一つお持ちしましょう。少しお待ちください。」
トゥワはオーガの死体がある所まで戻り、風魔法で一体だけ運んで戻った。冒険者たちは驚きながら死体を確かめた。
「脳天を一撃で貫かれています。」
「他に五十体ほど死体がありますよ。まだ私のことが信用できないのでしたら、首に剣を突き付けてでもいいので確認に行きませんか?」
トゥワは敵対する意思がないことを示すために両手を上げた。冒険者たちは互いに顔を見合わせ、トゥワに先導してもらう形で死体の所へ向かった。無論、トゥワに剣を突き付ける者などいなかった。
「なんてこった。」
無数のオーガの死体を前に、誰かが呟いた。暫く死体を確認し、どれも絶命していることが分かると、彼らの表情がパッと明るくなった。
「信じられねえや、一人でオーガの群れを壊滅させるなんて。どこかの高名な冒険者さんですかい?」
「詮索や噂話は固くお断りさせていただきます。その代わり、報酬はいただきません。オーガの群れは、ある日を境に襲撃しに来なくなったということにしてください。」
皆が口を揃えて、トゥワの言葉に従うと誓い、先程の非礼を詫びた。感極まって泣き崩れる者もいた。トゥワは気にしていないと答え、共に帰路に就いた。




