魔物討伐(4)
「来ました。」
リェナがトゥワにだけ聞こえるように囁いた。彼女の魔力探知能力は群を抜いている。恐らくカルムのヒトビトは、誰もオーガが迫っていることに気付いていないだろう。
「どこですか?」
「北東、3km先です。」
「行ってきます。貴女はここで皆さんを守ってあげてください。」
「ご武運を。」
トゥワはそっと持ち場を離れ、北東に向かった。鬱蒼と茂った森の中に大きな二本角の鬼たちの群れが、ざっと五十は集まっていた。いずれも棍棒やモーニングスターなどで武装しており、その体躯と数も相まって、冒険者パーティーを寄せ集めても勝ち目がないほどの戦力を生み出している。
「御機嫌よう、オーガの皆様。」
トゥワはオーガに声を掛けた。オーガは武器を構え、警戒する素振りを見せた。彼らからしたら小柄なヒト一人現れたからといって警戒に値しないかと思われたが、そこは見た目に反して賢い彼らのこと、未知のヒトが武装したオーガの群れを前に余裕を見せている様子から、只者ではないことを察したようだ。
「実に賢明な方々ですね。私としても、本来なら無用な争いは避けたいところです。特に知性がある方々とは。しかし、ある少年から戦う意思を託されておりますので…。」
トゥワは珍しく真剣な表情になり、低い声で宣言した。
『全員ここで息絶えろ。』
流石にこの一言で全員が死ぬことはなかった。正確に言えば、トゥワが敢えて力を抑えていた。攫われたヒトビトがまだ生きているかもしれないのに、情報を聞き出さずに殲滅するほど頭に血が上っているわけではなかった。
「言霊使いか。」
「やけに古風な言い回しですが、そうですね。私はあまり残忍なやり口を好みませんので、手早く済ませましょう。」
オーガはトゥワを囲み、一斉に襲い掛かってきた。トゥワは動こうともせず一言呟いた。
『眠れ。』
五十人のオーガが一斉に倒れ伏したことで、地面が揺れた。地面に立っているのは、トゥワともう一人、両耳から血を流したオーガだけになった。トゥワはそのオーガを見て微笑んだ。
「素晴らしい。私が精神系の魔法を使うと知って、躊躇いもなく自分の鼓膜を破るとは。この際筆談でも構わないので、貴方とお話しすることにしましょう。」
トゥワはそのオーガに近付いた。オーガは恐怖に満ちた表情でモーニングスターを振りかざす。重量に反して機敏な動きではあったが、トゥワは難なく躱す。そのまま、身振りで投降を促す。オーガは首を横に振り、トゥワに向かっていった。トゥワは身体強化で樹の上に飛び上がった。早くしないと他のオーガが起きる。
「アップドラフト。」
トゥワはオーガの周りに上昇気流を発生させた。オーガはモーニングスターでトゥワが上った樹の幹を叩き折った。トゥワは無様に地面に叩きつけられた。そこに振り下ろされたモーニングスターを転がって避けたトゥワは、立ち上がるとオーガから距離を取った。モーニングスターが振り下ろされた地面は大きく抉れている。
地面に落ちた後、即座に追撃が来たら躱せなかっただろうが、攻撃は僅かに遅れた。オーガは頭を押さえている。酸素濃度が薄くなったことで眩暈がしたのだろう。
「やれやれ、何て威力でしょう。ヒトに当たったら即死ですね。」
オーガは自らの不調が周囲を取り巻く風魔法の影響だと判断したようで、強引に抜け出した。傷一つ負っていないのは流石の種族特性であり、人間たちが苦戦した原因だろう。
「シムーン。」
トゥワはまだ荒い息をしているオーガに毒風を放った。オーガは苦しそうに咳き込むと、がくりと膝を付いた。
トゥワはオーガから見えるように、上下逆さまの文字を書いた。
『動くな。』
それを目で追ったオーガの身体がぴくりとも動かなくなった。トゥワはホッと息を吐いた。
地面に倒れて眠ったままのオーガたちを前にして、トゥワは目を瞑り、手を組んで祈った。祈り終わったトゥワはオーガ一人一人に丁寧に狙いをつけ、風の弾丸で頭蓋を撃ち抜いて回った。最後に動けなくなったままのオーガの所に戻ってくると、再び地面に文字を書いた。
『発言を許可する。』




