前期の終わり(5)
「お二人とも、申し訳ありませんでした。」
「本当だよ、トゥワ。どうしてあんなことをしたの?」
「面目御座いません。まさか魅惑魔法にあんな掛かり方をしてしまうとは思わず…。」
「だからわざと支配魔法を自分に使って、僕の魅惑魔法に掛かったって?」
トゥワは苦笑いした。アミーの眼光は鋭いままだ。
「バレましたか。申し訳ありません。実は…。」
「僕が魅惑魔法を唱える直前に、ミオネラの言葉で自分に支配魔法を掛けて魅惑魔法に掛かるように命じた。きっと僕に自身をつけるためだったんだろうけど、僕の不完全な魅惑魔法に掛かることで、トゥワは暴走し、リェナさんを殺そうとした。違うかい?」
トゥワは内心舌を巻いた。理論一位を取る頭脳は伊達じゃない。流石の洞察力だ。
トゥワは自分が狂気に陥った原因がもう一つあることに気が付いた。そもそも、素で幻覚や幻聴に悩まされるくらいには精神的に脆いのだ。支配魔法と魅惑魔法を重ね掛けした状態で精神に異常をきたさない方がおかしい。二度と精神魔法を掛けられたくはない。
「慧眼恐れ入ります。」
「短絡的過ぎる。狂ったようでいて僕には危害を加えまいとしていたからまだよかったけど、心中しようとか思われたらどうしようもなかった。」
「お気付きか分かりませんが、アミーさんの私物も壊したり血で汚したりしないようにしていました。おかげでリェナさん相手に大幅に後れを取ってしまいましたね。ただリェナさんを殺すだけであれば、もっと威力の強い魔法を使えば無効化しきれなかったはずです。」
アミーは絶句した。あれでそんなに手加減していたとは。トゥワは上体を起こし、深々と頭を下げた。
「…本当に申し訳ありませんでした。」
「謝っているのか喧嘩を売っているのか分からないけど、二度としないで。」
「では、蛇足ついでにもう一つ申し上げます。アミーさんが最後に掛けた魅惑魔法ですけど、あれは完全でしたよ。もう自力で魅惑魔法をヒトに掛けられるはずです。」
アミーは胡散臭そうにトゥワを見ている。トゥワは平然としている。
「あれはトゥワが弱っていたから、たまたま上手くいっただけだろう?」
「違いますよ。それはそれとして、魔法自体も完璧でした。アミーさんが必死になったから、無意識にかけ続けていたリミッターが外れたのでしょうね。魔王来たれば人間も勇者と言うでしょう?」
トゥワはハッとしたように口を押さえた。
「どうした?」
「すみません。今のは種族差別発言でした。」
「ああ、そんなことか。気にしないよ。確かに吸血鬼は元人間だけど、別種族と思っているからね。人間は一握りのヒトを除いて最弱であることは周知の事実だし。」
アミーは事もなさそうに言った。トゥワはぼーっとアミーを見ている。アミーはトゥワの傍に屈むと、至近距離で顔を覗き込んだ。
「何かまだ様子が変だね。大丈夫?」
「だ、大丈夫です!お気遣いなく!本当に!」
トゥワはアミーから顔を背ける。耳が赤くなっている。
「僕の魅惑魔法は完璧だったと言ったね?」
「はい。」
「じゃあ訊くけど、トゥワ。僕のことを今、どう思ってる?」
「頭は良いし努力家ですし…。」
「僕の眼を見て言ってくれ、トゥワ。」
トゥワはその言葉にアミーの方を向いた。銀色の澄んだ瞳に自分の姿が映っているのを見て、真っ赤になって俯いた。
「…気付いているなら、言わせないでくださいよ。」
アミーは蒼ざめながらのけぞった。
「…そんなに警戒しなくても大丈夫です。きっと数日で元に戻ります。迷惑だと言うなら、魔法が解けるまで戻ってきませんから…。」
「完璧に魔法を掛けられたなら、きっと解けるでしょ。ちょっと待ってて。」
「やめてください!」
トゥワはアミーの袖を掴んだ。
「あー、失敗したら大変だよね。」
「違います。アミーさんを疑うわけではありません。ただ…。」
トゥワの声が消え入りそうになった。
「どうかこの気持ちを消さないで…。」
すっかり乙女になってしまった同居人を前にしてアミーが思ったことは、精神魔法をヒトに使ってはならない理由と、使いたくなってしまう気持ちが分かったということと、どうせならリェナに好かれた方が良かったなということだった。




