前期の終わり(4)
リェナはふと姿を消した。リェナのいた床はずたずたに裂けている。リェナはトゥワに何発も蹴りを入れるが、いくつかは逸らされ、当たったものも深刻なダメージは与えていないようだった。トゥワが手をかざすと、リェナは息を乱しながら退いた。肩に風の刃が当たって出血している。トゥワはその隙に移動し、自分の机を背にリェナに向き合う。
「魔法を使うスピードが速すぎますね。消すのが間に合いませんよ。」
「勝てそう?」
「弑することなら可能だと思われます。手加減できる相手では御座いませんので。」
「そんな…。」
トゥワが風魔法でリェナに攻撃した。トゥワの机の上から書きかけのレポートの羊皮紙が舞い落ちる。
リェナもトゥワも殺気に満ちていた。アミーは呆然としながらも、状況の打開策を考え始めていた。
最優先で対処すべきはトゥワだ。トゥワは狂気に陥っており、自分の意思で攻撃を止めることができない。現在はアミーに魅惑されており、リェナを排除しようとしている。正気に戻すにはどうすればよいだろう。
魔力切れを待つか、制圧するのが一番良いのだが、トゥワが強すぎて難しい。これだけ戦っても魅惑されたままなら、衝撃で魔法が解けることは期待できそうにない。助けを呼びに行くことはできるだろうが、この戦いに混ざれるヒトなどそうそういない。
そうこうしているうちに、リェナがトゥワを追い詰めている。トゥワはもう満身創痍だ。それでも繰り出す攻撃は致命的で、リェナも手を抜けないことが見て取れる。
「お赦しを、殿下!」
リェナは体勢を崩したトゥワの心臓目掛けて拳を突き出している。アミーは叫んだ。
「トゥワ!」
その瞬間、トゥワは迫りくるリェナの拳からアミーへと視線を移した。それが対処を遅らせたのだろう。トゥワはリェナの拳を胸にまともに受け、盛大に血を噴いて崩れ落ちた。
「もう止めろ!」
アミーはトゥワの身体を抱え起こした。不完全とは言え、魅惑魔法はしっかりと効いている。命の危機が迫るのに術者に反応するくらい強い魔法なんて、アミーが使えるはずはない。しかし、トゥワは確かにアミーに呼ばれて警戒を解いてしまった。
トゥワは血を失いすぎて蒼い顔をしながらも、嬉しそうに笑っている。死の淵にあるのに。その異様な光景はアミーの記憶を呼び覚ました。
「殿下、すぐお手当てを致します。」
リェナが駆け寄ると、トゥワは左手に隠し持っていた羊皮紙の切れ端を広げた。血文字でミオネラの文字が書かれている。リェナにはその意味が分かった。
『死ね。』
リェナが口を開けた。アミーは咄嗟にその口に手を入れた。その手は強く噛まれて血が滲んだが、アミーは手を引っ込めなかった。リェナはアミーを乱暴に引き剥がし、虚ろな表情のまま、手近にあったペンを自分の喉に突き立てようとするが、アミーは自分の手を挟んで止める。アミーの手にはペンが突き刺さり、痛みで顔をしかめる。
「頼むから、正気に戻れ、トゥワ!」
トゥワは呆然としていた。口だけが動いている。
「私のせいでアミーさんが血を流した。私のせいで。私のせいで。」
アミーはトゥワの精神が乱れていることを知り、最後のチャンスとばかりに声を張り上げた。
『エンチャント!』
トゥワはハッとしたように目を見開いた。必死の形相で叫ぶ。
『死ぬな!』
無理して叫んだトゥワは大量に血を吐くと、そのまま目を閉じた。リェナも正気に戻り、慌ててトゥワに駆け寄る。アミーは手に刺さっているペンを引き抜いた。引き抜くや否や、アミーの怪我は完全に治っている。
「ヒトを呼んできてください。早く!」
アミーは言われるがままに部屋を飛び出した。血塗れで取り乱しているアミーを見て異常事態を察した学生たちは、言われた通りヒーラーを呼んでくれた。何だかんだ言いつつ、リェナはトゥワに致命傷を負わせることを避けていたようで、派手な出血の割に内臓の傷は少なかったトゥワは、数時間で起き上がれるほど回復した。
回復が遅いのは寧ろリェナの方だ。どうやら、回復魔法は無効化してしまうようで、薬に頼って治療をしている。医務室のヒトはまだ治療を受けるように言ったが、トゥワとリェナは歩けるようになるとすぐ帰りたいと申し出た。三人は医務室から部屋へと戻り、トゥワは自分の、リェナはアミーのベッドに横になる。




