前期の終わり(3)
「え、何。どういうこと?トゥワ。」
「嗚呼、アミーさん。何と惚れ惚れするようなお声でしょう。その藤色の髪の何と上品なこと、その瞳は宝石より美しく、魔法より神秘的です。他の誰にも見せたくありません。私だけのものにしなければ。」
「まさか、僕なんかの魔法で魅惑されたなんて言わないよね、トゥワ?」
アミーはたじろいだ。リェナは顔の前の紙に手を掛けた。その途端、トゥワはアミーを見つめたまま、リェナに手を伸ばした。
「エアブレード。」
「リェナさん!」
アミーはリェナの方を向いたが、リェナの姿はなかった。アミーの眼が捉えられたのは、トゥワが風を放つ所までだった。
「アミーさん、私以外のヒトの名前を呼ばないでください。」
「何を言っているんだ、トゥワ。自分の従者に攻撃するなんて正気か?」
トゥワの眼は不気味に濁っている。アミーはゾッとして息を呑んだ。
「貴方様こそ何を仰せです。どう見ても正気ではないでしょう。」
声のする方を向いて、アミーは顔を綻ばせた。そこにはリェナがいた。傷一つない状態で。先程との違いはただ一つ、顔を曝け出しているということだけだった。三眼というだけあって、額にも眼があった。そして、三つの眼はいずれも強膜(白目)が黒く、虹彩が赤かった。
「無事だったのか。よかった。」
「斬られる前にどうにか無効化できました。それはそうと、すぐ魅惑魔法を解いてくださいませんか?」
「できたらとっくにしているさ。何せまともに掛かったのはトゥワが初めてなんだ。」
「ではどうやって元に戻すのです?」
トゥワはしばらく黙ってやり取りを見ていたが、我慢できないという様子で口を開いた。
『黙れ。』
「…私を支配してどうなさるおつもりで?」
『死…。』
アミーは間一髪でトゥワの口を塞いだ。
「やめて、トゥワ。リェナさんに危害を加えるような真似は赦さない。」
理論上は、これでトゥワは大人しくなるはずだ。魅惑魔法を掛けた相手の命令に逆らうことなどできるはずがない。それなのに…。
トゥワはアミーの手を振り解いた。トゥワの力は人間の子ども並みだが、暴れられたら口から手が外れてしまうくらいには、アミーも非力だった。
「エアブレット。」
空気の弾がリェナに向かって飛び出した。リェナはそこに突っ込んでいった。空気の弾はリェナに当たる寸前に消えた。リェナは瞬きもせず、トゥワに蹴りを放った。
「スカンダ!」
トゥワはリェナの攻撃をサッと避ける。せっかく詰めた距離がまた遠ざかった。
『死ね。』
リェナは舌を出したが、噛み切る前に引っ込めた。トゥワの机に羊皮紙と共に置かれていたペンを全力で投げつける。
「エアシールド。」
「遅いですよ。」
リェナはペンを防いだ風の盾を消しながら距離を詰め、トゥワの喉を蹴り飛ばした。トゥワは吹っ飛んで壁に打ち付けられ、口からは血を流している。もう声は出せないだろう。よく首の骨が折れなかったものだ。
「アミー様の魅惑魔法に問題があることはよく分かりました。」
「いっそ効かない方がよかったよ。完全にヒトが変わってしまったな。」
「本来なら、術者の意のままに行動するはずです。正しい魅惑魔法を掛け直せませんか?」
トゥワは恨めしそうにリェナを見上げ、苦しそうに息を整えている。アミーは深呼吸した。トゥワが元に戻るよう念じながら詠唱する。
『エンチャント。』
トゥワの顔に一瞬後悔の色が見えた。しかし、大きく頭を振ったかと思うと、リェナをキッと睨みつけた。口をパクパクと動かしている。
「アミーさんを唆すな。」
唇の動きだけで何を言いたいのか読み取れる者はなかったが、表情から内容は何となく想像がついた。
「…無理そうですね。殿下は無詠唱でも魔法が使えます。今のうちにお逃げください。」
「リェナさんはどうするの?」
「ご心配なく。あの負傷なら無力化できます。」
アミーは顔を引きつらせた。
「無力化って…?」




