前期の終わり(2)
「そのような事情があるのでしたら、無理に魅惑魔法を使っていただくことは望ましくありません。」
「いや、構わない。やってくれ。」
トゥワは目を円くしてアミーを見た。アミーは眉を吊り上げる。
「その意外そうな顔は何?」
「いえ、アミーさんがそう熱血になって修行する性格だとは思えませんし、その知識量なら魅惑魔法が使えないと困るわけでもないと思いまして。どうして危険を冒すのですか?」
「確かにガラじゃないんだけどね。どうせなら、誰かさんから爵位を奪ってやろうかと思って。」
リェナは横目でトゥワを見た。こういう、家族間の確執を目の前にすると、トゥワが途端に平静を欠くことを知っているからだ。トゥワから感じる魔素の気配は、先程とは打って変わって強まっていた。
「良い覚悟ですね。それなら、私も本気で指南して差し上げ…。」
「なりませんよ。」
リェナは高速でトゥワに駆け寄り、その口を塞いだ。シンプルだが効果的な支配魔法の封じ方だ。
「…ご友人を廃人になさるおつもりですか。」
「凄いな。動きが全く見えなかった。身体強化魔法?」
アミーからの問い掛けに、リェナはトゥワから顔を逸らすことなく答えた。
「私は魔法を無効化します。故に、自分で魔法を使うこともできません。」
「身体能力の差か。恐れ入ったよ。リェナさんと言ったね。種族は何?」
「三眼で御座います。魔法を無効化するがゆえに迫害され、魔法を使う者がほとんどいないミオネラ王国に落ち延びた少数種族ゆえ、知らぬ方が多いでしょう。」
魔法を使うつもりがなくなったことを察して、リェナはトゥワの口から手を放し、アミーに向き直った。
「名前しか知らないな。」
「存在を御存知だというだけで幸甚です。」
トゥワは不服そうにリェナを睨んだ。
「急にヒトの口を塞いでおいて、釈明の一言もなしですか。私が見境なく魔法を掛けるとでも思ったのですか?」
「そうは思いませんが、これほど大きなトラウマを抱えているヒトに対しては、軽い支配魔法でも掛けてはならないと判断いたしました。ご無礼をお詫びします。」
「リェナさんは私に対してご自身の判断で何をしても許される立場にいるので、詫びる必要はありません。ただ、一言言ってください。リェナさんに実力行使されると肝が冷えます。」
アミーは先程の話と照らし合わせて、リェナは単なるトゥワの従者ではなく、トゥワが暴走した時に止める役割を担っていることを理解した。どうやらそれは国が公認する立場のようで、身分はともかく立場はリェナの方が上なのかもしれない。ミオネラにおける王族の立場は随分と低いようだし。
「ええ。そうでしょう。私は殿下の天敵であるがゆえに従者となったのです。魔法を無効化され、肉弾戦に持ち込まれては殿下に勝ち目が御座いませんからね。それはミオネラ王国を離れ、魔法の大学に通ったとて同じことです。魔法の使い方にはくれぐれも気を配って頂きたいものですね、殿下。」
アミーはトゥワとリェナを交互に見ながら気をもんでいた。どうしてこうも喧嘩腰なのだろうか。
「…肝に銘じますよ。私が魔法を使うかどうかはさておき、まずは、アミーさんに普通に魅惑魔法を使ってもらいましょう。それなら問題ないでしょう?」
「アミー様さえよろしければ。」
「何度も言うけど、僕が頼んでいる立場だからね。もちろん使うよ。まだ誰も魅惑することに成功していないけど。」
アミーはトゥワの目を正面から見据えた。その眼は力強く、堂々としている。アミーが口を開くと、すかさずトゥワが言った。
『■■■■■■■■。』
『エンチャント。』
口をぽかんと開けたままのアミーの目に映ったのは、いつもは鋭いはずの濃紺の眼が妙に緩み、頬を上気させているトゥワの姿だった。




