狂ったお茶会(6)
一方、トゥワはリェナの腕の中で頭痛と背中の激痛に耐えながら状況を説明していた。
「翼出誘発剤を飲まされました。もう持ちそうにありません。手持ちの抑制剤を飲みましたが、足りません。どこか一人になれる所に私をおいて、抑制剤を持ってきて下さい。」
「一度翼を出して、斬り落としては駄目ですか?」
「それで治まるか分かりません。」
トゥワは聖神に祈りながら成り行きに身を任せるしかなかった。
リェナは町はずれにある聖神の教会に目を留めた。まだ明かりはついているが、静まり返っている。門を叩くと、中から六本の腕を持った神官が現れた。リェナは連れの具合が悪いため、教会を一晩貸して欲しいこと、病状が悪化するといけないので、教会の付近には近寄らないで欲しいことを伝え、金貨を寄付した。神官は快く承諾し、教会を明け渡して出て行った。中は椅子が並び、聖燭がいくつか灯っている他は何もなく、教会の貧しさが窺えた。トゥワは椅子にもたれかかり、走り去るリェナを見送った。
「ウィンド。」
トゥワが唱えると風が巻き起こり、蝋燭の火が一斉に消えた。トゥワは完全な暗闇で周囲にヒトの気配がないことを確かめて、翼を一気に出した。
それは翼とは名ばかりで、針状結晶と言った方が適切に見えた。肩口から皮膚を突き破って出てきた真っ黒で光沢のあるそれは、地面に付きそうなほどの大きさをしており、無数の針が集まっているような形をしている。
有翼の翼は皆大きさの差こそあれ、魔素の結晶でできている。ザラのような竜人の角と鱗もその一種だが、中でも有翼の翼は不純物を殆ど含まない魔素の結晶で、魔石としての価値が非常に高い。有翼は一月に一度ほど翼出期があり、呼吸を通じて体内に少しずつ溜まった魔素を一気に体外に出す。高純度の魔石は光に当たるとゆっくりと分解するため、放っておけば数日のうちに翼は消滅する。トゥワが普通の有翼なら、人目を忍んで翼を出し、激痛に耐えながら無理やり斬り落とす必要もない。問題は翼の色だ。普通は白、黄色、亜麻色などであるべき翼が真っ黒であることが他人に知られては身の破滅になる。
トゥワは頭を押さえてうつ伏せになった。普段から飲んでいる支配欲抑制剤は強い薬ではないが、翼出誘発剤はかなり強い薬で、それに加えて、誘発剤ほど強くないとはいえ、翼出抑制剤まで飲んだのだ。魔法で解毒できなければ死んでもおかしくない薬の量だ。しばらくトゥワは解毒しながら横になっていたが、不意に立ち上がった。外に誰かいる。リェナが帰ってくるには早すぎる。トゥワは身構えた。