カッコウとミートパイ(9)
「そんな貴重なものがよく手に入ったな。」
「大金を積みましたが、ロゼの安全のためには必要だと思ったので。」
「お袋、ゾンがこれを飲んでくれたら、死なせる必要がなくなるんじゃねえか?」
俺は訴えたが、お袋は首を横に振った。
「これが本物なのか分からないし、記憶は何かのはずみで戻ることがある。お前が飲むかどうかは任せるが、ゾンは殺さないといけない。もういいか?あまり時間を掛けられない。」
お袋はゾンの首に手を回した。俺は説得の言葉を考えたが、何も浮かばない。ゾンの小さな目が俺をじっと見ている。
「ゾン…。」
「もう…いいんだ…。ありがとう、クックー。」
次の瞬間、俺は決心した。俺は狼に変身し、鋭い爪の生えた腕を迷いなく突き出した。生温かくぬめりとした感触が腕を伝う。胸に大きく穴が開いた身体から急速に力が抜け、どさりと地面に倒れた。
「クックー…?」
お袋は苦しそうな息で、信じられないという風に俺を見ている。ゾンも驚いたような表情だ。俺はお袋の心臓を貫いた腕から血を滴らせながら、蒼白な顔で立っていた。
「悪い、お袋。俺はゾンをどうしても死なせたくねえ。」
お袋はそのまま動かなくなった。その場には、ロゼの生首と胸に大穴が開いたお袋の死体、重傷を負ったゾンと、腕が血塗れの俺が残された。
「どうするんだ、クックー。オレは騎士団長を呼んでしまった。このままだと捕まるぞ。」
ゾンが言った。俺は取り敢えずロゼの首を拾い上げた。
「確かロゼの身内はもう全員死んでいたよな。」
「…ロゼに全ての罪を被せる気か?無理があるだろう。オポッサムの獣人が一人でルー・ガルーを倒せるはずがない。」
「一人ではな。その前に、ゾン。この薬を飲んで、ヴェリテや俺のお袋の死の真相と、それに関わる全ての出来事を忘れてもらおうか。」
ゾンは言われるがままに薬を飲んだ。俺はとろんとした目をしているゾンの鳩尾を殴って気絶させ、ポケットから銅貨を取り出した。山羊の角が車輪を貫いている紋様が描かれている。俺はそれを外に転がっているロゼのポケットに突っ込んだ。
その後は大変だった。俺は騎士団長をどうにか言い包めないといけなかった。
「ロゼは仮死状態になって自殺を装い、こっそりと墓から抜け出して暗躍していたようだ。ゾンは水車小屋に監禁されていたらしい。よほど酷い目に遭ったのか、記憶が混濁しているようだ。保護してくれ。」
「夫人とクックー様はどうして水車小屋に?」
騎士団長は静かに尋ねた。
「ゾンを探していた。」
「使用人に命じず、二人きりで、ですか?」
「何やら怪しげな人物がうろついているようだったからな。ヴェリテの死に絶望したゾンが、妙な連中と手を組んでいるようだったら、大事にならないように俺とお袋だけで対処しようと思ったのだ。」
騎士団長は淡々と質問を続けた。部屋の隅で若い騎士団員が会話を記録している。
「その後は何があったのですか?」
「水車小屋には黒い服に身を包んだロゼと他にも何人かのヒトビト、負傷しているゾンがいた。俺たちは争いになって、ロゼをどうにかお袋が仕留めたが、お袋は殺され、他の黒服には逃げられた。これが全てだ。」
騎士団長が全く納得していないことが、ありありと見て取れた。
「どうして、ゾン様はその連中の拠点に連れて行かれず、すぐに発見されそうな水車小屋に監禁されたのでしょうか。また、ゾン様の傷は狼の咬み傷のようでした。申し訳ございませんが、クックー様も記憶が混濁させられているのかもしれません。無礼を承知で申し上げますが、魔法で記憶を覗かせて頂きたいと存じます。」
俺は焦ったが、元来頭のいい方ではない。どうにも説得することができそうになかった。俺が困っていると、団長室の扉が開いた。親父だ。親父は騎士団長を鋭い目で見下ろしている。




