カッコウとミートパイ(5)
「お前の父親はどうしてお前を『クックー』と名付けたと思う?」
「はぐらかすな!何の話だ?」
俺は声を荒げたが、お袋は俺の目を見つめるばかりだった。
「…俺が生まれた時にカッコウでも鳴いていたんじゃねえのか?」
クックーとはオラクルの言葉でカッコウを意味する。俺は自分の名前についてそれまで深く考えたことがなかったため、適当に答えた。
「カッコウは他の鳥の巣に卵を産むんだ。カッコウの雛は卵から孵ると、その巣の持ち主から餌を貰い、その子どもであるかのように育てられていく。」
俺は苛立ちが抑えられなくなって机を叩いた。
「俺は生物学の講義を聞きに来たわけじゃねえ。これ以上はぐらかすようなら、このまま騎士団に突き出して…。」
「この行動になぞらえて、既婚女性が夫以外の男性との間に授かった子どもを、夫の子どもであると偽って養育させる行為を『托卵』と称す場合がある。」
俺の心臓が凍り付いたかと思った。目の前の女が急に見知らぬ悍ましい生き物になって、俺を蝕もうとしているように見えた。俺は絞り出すような声で言った。
「…相手の男性は?」
「殺された。」
誰に?とは聞く必要もなかった。全てが繋がった。親父が『クックー』と名付けた時点で、俺は爵位を継ぐどころか、親父に殺されてもおかしくない存在であることが運命づけられていたわけだ。
「どうして…。どうして、托卵などしたんだ?」
「貴族として育つ方が幸せだろうと言われたから。あのヒトは私の使用人だった。重婚が認められているこの国で、恋人が何人いようと構わないと思っていたから、私たちは簡単に深い関係になった。でも、ディフォンス子爵は使用人と私の結婚を許さないと分かっていた。ましてや、子爵より先に使用人の子どもを産むなど許されるはずがないと。」
俺だって、恋愛も結婚も個人の自由だという文化の中で、それなりに遊んできたし、それについて深刻になることもなかった。現実が急に実体を纏って目の前に醜悪な姿を晒すことが、その時の俺にとっては頭が真っ白になるほどの衝撃だった。
「だからと言って、ヴェリテを殺すなんて…。ヴェリテには何の罪もないのに…。」
「…。」
お袋は黙り込んだ。俺はもうお袋の顔も見たくなくて、お袋を置いて家の外に飛び出した。ヴェリテの姿が脳裏にチラつくが、お袋を告発することもできそうになかった。お袋は動機として俺の出自まで包み隠さず話すだろう。俺は近くの湖の畔に腰掛けて水面にいる水鳥を眺めて物思いに耽っていた。
「クックー。」
俺が振り向くと、喪服姿のゾンが立っていた。ゾンは俺の隣に腰掛けた。
「ヴェリテのこと、辛いだろう。追い打ちをかけるようで悪いんだが、話がある。いいか?」
「何だ?」
ゾンは俺の方を見ようとせずに言った。
「もし、ヴェリテの死が事故ではなく、殺人だったとしたら?」
「どういうことだ?」
俺は平然と訊き返した。ゾンでなくても、お袋がヴェリテを殺したと疑うヒトがいるだろうとは思っていた。
「もしもの話だ。そうだとしたら、クックーはどうする?」
「馬鹿馬鹿しい。仮に殺人だったなら、とっくに騎士団が暴いているはずだ。」
「だから、もしもの話だと言っているだろう。騎士団は事故だと言ったが、本当は殺人だとしたら、どうする?」
俺は少しの間何も言えなかった。ゾンは俺を疑っているのかもしれないと思ったためだ。




