カッコウとミートパイ(3)
クックーはカッとなってトゥワを思いっきり殴った。トゥワは避けようともせず殴られて倒れた。バキッという嫌な音が響き、トゥワの顔面からは血がどくどくと流れている。体重が軽くすぐに吹っ飛ばされたためか、殴った力の大部分が受け流されたようだ。
「クックー、止めろ!」
アミーが叫んでトゥワに駆け寄った。トゥワはアミーを手で制して、上体を起こした。
「俺には嫌いなものが二つあった。一つ目はカッコウ、二つ目はミートパイだ。今日三つ目ができた。トワ、あんただ。」
クックーはそれ以上殴りかかる様子はなかった。トゥワは意識が朦朧としているようだ。
「あらひはあらはおこほ、きあいらあいえふお。」
トゥワは歯が折れていてまともに発音できていなかったが、クックーは何と言ったか分かったようで、舌打ちをして踵を返した。
「ありがとおおぉ、すぐ医務室に運ぶねえぇ。」
アスラは涙目を擦ると、トゥワを両手でそっと持ち上げて医務室に走っていった。アミーは飛び散った歯を拾い上げ、走ってアスラの後を追ったが、全く追い付けなかった。
クックーは苛々と自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ。同室のゾンが心配そうにクックーの様子を見ている。
「どうした?クックー。」
「別に。俺は寝る。」
「お、おお…。」
クックーは眠ることもできずに、布団にくるまってじっとしていた。クックーは過去の嫌な記憶を思い出していた。
俺はディフォンス家の長男として生まれた。俺のお袋は良い家柄の出で俺自身も優秀であったため、何不自由ない暮らしをしていた。そして、俺には妹が一人いた。ヴェリテ・ディフォンスという可愛らしい異母妹は、俺と十歳年齢が離れており、母親は違ったが、とても仲が良かった。
ヴェリテとその母親が住んでいたのは、俺とお袋が住んでいた家から歩いて15分ほどの近所だった。庭には純白の花弁が何枚も折り重なって甘い香りを放つ八重百合や、黒い五枚の花弁の奥にある橙色の雄蕊や雌蕊から眠くなる香りを放っている催眠花などが咲き誇っていた。ヴェリテの母親は年中花を絶やしたことのないヒトで、柔和な人物だった。
ヴェリテの母親は身体が弱く、ヴェリテが年齢十歳になる前に病死した。それ以降、ヴェリテはますます俺たちと一緒にいる時間が長くなっていった。
ヴェリテは純真で愛らしい女の子だった。灰赤の髪はゆったりとしたウェーブがかかっており、ターコイズブルーの大きな目と血色のいい頬は、今でも鮮やかに瞼の裏に甦る。
「ヴェリテが好きなものの一つ目はね、ゾンよ。それで、二つ目はポンムママの焼いたミートパイ。三つ目がクックーお兄ちゃんなの。」
「俺はお袋の焼いたパイより下かよ。」
ヴェリテと俺はそう言ってよく笑ったものだった。ヴェリテはゾンの婚約者であり、ポンムとは俺のお袋だ。ゾンと俺はすぐ親友になり、たくさん喧嘩もした。その度によくヴェリテを引き合いに出していた。
「ヴェリテと結婚したら、ゾンは俺の義弟になるんだ。義兄をしっかり敬えよ。」
「兄貴ってガラかよ。それに、兄は弟に花を持たせるもんだ。」
あの日々は本当に楽しかった。俺は実際、母親が違うことなど気にしていなかった。ヴェリテのことは妹として心から愛していたと思う。ただ、今となってはもう、ヴェリテが妹でなければ良かったと思わずにいられない。それほどあの事件は、俺の人生に大きな影を落としている。
あれはヴェリテが年齢十歳になる日のことだった。




