初授業(8)
―なあ、トゥワ・エンライト。聞こえているんだろう?
トゥワの目の前に、黒翼を広げたトゥワ本人が現れた。トゥワは無視している。
―授業は面白いか?トゥワ・エンライト。魔法変換率の話なんて初めて聞いたよなあ。どうして今まで知らなかったのか不思議なくらいだ。皆知っていたのに。
黒翼のトゥワはニヤニヤ笑いながら本物のトゥワの顔を覗き込んだ。
―まるで、クァリア・エンライトが意図的に情報を隠していたかのようだ。そう思わないか?
「ミオネラ王国には魔法を使える者が少ないから、陛下も御存知なかったのだろう。」
黒翼のトゥワは噴き出した。
―そう思いたいよなあ、トゥワ・エンライト。クァリア・エンライトがこんな重要な情報をわざと隠したまま、何度も危険な任務に当たらせたとなると、心の奥底に封じ込めていた疑念が再び頭をもたげるから。
『失せろ。』
トゥワは虚空を睨んだ。何も変化はない。
―無駄だ。俺はトゥワ・エンライトの心の声だから。毎回思うけど、こんな幻覚が見えるトゥワ・エンライトは異常だって。俺と話す暇があったら病院に行けよ。
トゥワは幻覚を消そうと耳を塞いで目を閉じたが、瞼の裏に黒翼がちらつく。
―今回は仕方ないよな。父親が自分を殺そうとしているという疑いがほとんど確信に変わったから。違うか?いやあ、信心深い陛下はご立派だよ。御自分ではなく、龍に自分の息子を殺させようとするのだから!
『黙れ!』
トゥワの拳は黒翼のトゥワの顔をすり抜け、空を切った。黒翼のトゥワは笑っている。
―嗚呼、悪かった。そもそもクァリア・エンライトは実の父親ですらないんだったか?全ての元凶はツェラ・エンライトだよなあ。あの女のせいでクァリア・エンライトもトゥワ・エンライトも苦しんでいる。
トゥワの表情は完全に怒りの形相になっていた。
―このままぼーっとしていては身の破滅だ、トゥワ・エンライト。家族から逃れたつもりだろうが、ルーカス・エクルーとアレッタ・エクルー、ザラ・テーラーもトゥワ・エンライトのことを探っている。何者かに黒翼を握られているし、アミー・コートも随分聡いようだ。
「どうすることもできないじゃないか…。」
―いいや、トゥワ・エンライトは分かっている。全て解決するのに最上の方法はミオネラ王国に帰って、クァリア・エンライトとツェラ・エンライトを殺害することだ。
「私はそんな非道なことはしない。」
―本当に一度もそんなことを考えたことがないなら、俺がこうして提案できるはずがない。トゥワ・エンライトは心の中でいつも思っていたのだ。いつかあの身勝手な連中を得意の魔法でひっそりと暗殺して、平穏な暮らしを手に入れたいと。
「違う!」
―トゥワ・エンライトにはその権利がある。生まれ落ちた瞬間から、本人には何の罪も落ち度もなく、荊の道を行くことが決まっていた。それもこれもツェラ・エンライトのせいで!あの女を殺したからと、誰がトゥワ・エンライトを責められるだろうか?ただこの世に生を享けただけで神に呪われた哀れなヒトを。
トゥワの心の中で静かに殺意が燃えている。トゥワにとって不幸なことは、彼にとってそれを実現させることが如何に簡単なことか、彼自身が一番よく知っているということだった。精神力の他には何のブレーキもなく、良心以外の如何なる障害もない。
――自分を憐れむのは止せ、トゥワ・エンライト。




