狂ったお茶会(1)
2話以降は既出でその話に登場する主な登場人物の情報を書きます。
すっかり暮れゆく空の下、まだまだ活気のある街中を一台の豪華な白い馬車が走っていた。それはこのオラクル帝国の中心部においてさほど珍しい光景ではなかった。オラクルは世界の中心であり、その傘下にある王国や公国から貴族が訪れることは日常の一部で、興味を持つ者もなかった。
馬車の窓は開けられており、中には一見黒と見紛う濃紺の髪を風になびかせた小柄な少年が、髪の色と同じ濃紺の瞳で憂鬱そうに街並みを眺めては時折溜息を漏らしていた。その向かいには顔に大きな白い紙を貼って表情の全く分からない人物が座っている。その紙には額に当たる部分に目玉が、左右の目に当たる部分にハの字を逆にしたような紋様が描かれている。見る人が見ればこの人物は三眼と呼ばれる種族であることが分かっただろう。これはオラクルでもあまり見ない光景だっただろうが、その人物は少年を始終気にしており、窓の外に顔を出す気配はなかった。
「気分が優れないのでしたら、休憩いたしやしょうか、若旦那。」
御者席から妙に訛ったオラクル公用語のだみ声が聞こえてきた。そこに座っているのは長い顎鬚の小さな老人で、少年の様子を鏡で確認しながら白馬に鞭を当てている。彼はドワーフである。
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。馬車の乗り心地はお陰様で申し分ありません。田舎者なので、活気づいた街並みに緊張が高じているだけです。」
少年は不自然なほど丁重に答えた。着ているものは細やかな装飾の施された絹製のもので、かなり身分が高そうだが、明らかに身分の低い御者に対して礼儀を守っている。
「トゥワ殿下なら大学におかれましても、優秀な成績を修められますよ。あまりご案じになりませぬよう。」
顔の見えない人物は少年を励ました。トゥワは力なく笑う。
「リェナさん、私が心配しているのが成績でないことは重々承知でしょう?」
「何もかも上手くいきます。聖神の導きがありますよ。」
トゥワはクスクス笑った。
「そうかもしれませんね。困ったら助けて下さい。私はもうリェナさんしか頼れないのですから。」
「そろそろ着きやすぜ、若旦那。」
窓の外には巨大な城のような建造物が見えた。尖塔がいくつかそびえ立っており、その大きさは丘くらいある。トゥワの顔から更に血の気が引いた。リェナはトゥワの手を握った。二人は御者に礼を言って馬車から降りた。入口には透き通った美しい女性が立っていた。その輪郭はおぼろげで、周囲には絶えず風が吹いている。