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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

チョコとまひろとときどき怪人

作者: 白川明

 人のいない港の倉庫が立ち並ぶ区画。伊東まひろは頭がタヌキ、首から下は筋肉隆々の人間の男のタヌキ怪人と戦っていた。


 タヌキ怪人の大きく振りかぶった拳をまひろは真っ正面から受け止めた。衝撃が全身に走るが、まひろは一歩も下がらなかった。

 自分の強度・・からすれば、避けるほどでもない攻撃だ。

 まひろの反応に怯んだタヌキ怪人のがら空きの腹に、すかさず二発、拳をお見舞いする。タヌキ怪人は後ろに吹っ飛んでいった。

 改造して筋力を強化したまひろの拳は重い。

 タヌキ怪人が立ち上がってこないのを確認し、まひろは手早くタヌキ怪人を拘束する。それからスマホで任務完了を報告した。

 タヌキ怪人のつぶらな瞳の愛嬌のある顔に少し心が痛んだが、敵なのだから仕方ない、とまひろは切り替える。 

 まひろは、そこから離れて、戦闘用のスーツから制服に着替えた。ブレザーとチェックのスカート。そして何食わぬ顔をして、人通りに紛れ込んだ。


「ああ、もうまた遅刻……」


 獣と人を合成した怪人と戦う改造人間のまひろは一応現役の高校生でもあった。

 朝から怪人出現の報を受け、基地から真っ直ぐ現場に急行したのだ。しかもちょうど朝御飯を食べようとしていたときに。そういうわけで朝食抜きかつ、遅刻確定でまひろは小走りで駅に向かっていた。道路も人も無視して、建物の上を全力疾走していけば、電車を使わず、しかもかなり時間を短縮出来るが、敵怪人と戦うため以外に自分の能力を使うことは許されていない。

 走った方が早いのにとイライラしながら、まひろは学校へ向かった。


 三限の途中でやっと学校に到着したまひろは空腹に苦しみながらなんとか授業を受けた。必死に耐えたが、お腹が何回か鳴ってしまった。近くの人には聞こえていただろう。

 まひろはちらりと少し離れた前の席にいる榎田えのきだ佑哉ゆうやの後姿を盗み見た。多分、彼には聞こえていないはず。


 四限が終わり、やっと昼休みになる。まひろは、学校に着く前にコンビニで買っていたパンに早速かぶりついた。コロッケパンの油とソースのハーモニーに一人感動していると、親友の日下部くさかべなぎが席にやってきた。


「おつかれ、まひろ」


 口にコロッケパンが詰まったままのまひろは手を上げて、凪に答える。

 凪は空いている前の席に腰かけると、自分の弁当を出した。


「また、アレ?」


 まひろはコロッケパンを全てごくんと飲み込んでから、口を開いた。


「うん」


 凪は、普通の人間だが、まひろの事情を知っている。以前怪人に襲われているところを助けたことをきっかけに秘密を共有している。とはいえ、教室で直接話題にすることはない。


「あんたほんとよくやるわねー」

「あははは」


 まひろは幼い頃に事故で大怪我をして、そのときに改造を受けた。通常の医療では手の施しようがなく、改造手術なら命を長らえることが出来た。まひろが子供の術例第一号だった。それによって、まひろは人間離れした身体能力を手にし、それを生かして怪人と戦っている。


「いやにならないわけ?」


 凪は卵焼きを崩しながら、そう言った。

 まひろは首を傾げながら、チョコデニッシュの包装を開けた。


「学校あんま通えないのはいやだけど、わたしこれしか取り柄無いからなあ」


 まひろは勉強が苦手だ。ここの高校も所属組織のコネで裏口入学させて貰っている。他に何か優れた技能もない。ちなみに体育の授業は力の加減ができず、運動音痴のふりをしている。


「いや、あんた、それ……」


 凪は何か言おうとしたが、結局口を噤み、卵焼きを口に放り込んだ。

 まひろはチョコデニッシュにかぶりつく。


「うわ、なにこれおいし」


 駅のコンビニで適当に買ったパンだったが、当たりのようだった。


「へえ、ここのショコラティエ、コンビニとコラボしてたんだ」

「有名なところ?」

「え、むしろなんで知らないのあんた」

「あははー」


 まひろは色々なものに疎かった。幼い頃からリハビリや訓練に明け暮れ、同世代と遊ぶこともあまりなかった。


「そういや、これ以外にもチョコ系のパン多かったなあ。いま、流行ってるの?」

「バレンタイン近いだからでしょ」

「あ……そっか」


 まひろは佑哉の席をそっと見た。そこの席にはいま誰もいない。

 二年に進級して、最初の席分けで隣同士になってからずっと榎田佑哉のことが気になっている。しかし、親しくもなく、三年になってクラスが別れたら、完全に繋がりはなくなるだろう。

 まひろにとってはいままで、バレンタインは他人事だった。でも、これが最後のチャンスだ。


「凪ちゃん」

「うん?」


 まひろはチョコパンの包装をくしゃりと片手で潰す。そして真っ直ぐ凪の目を見つめた。


「わたしに力を貸して……!」


 凪は若干引きつつ「いいけど、なんなの」と言った。


 放課後、ハンバーガーショップでまひろは凪にバレンタインの助力を頼みたいことを告げた。凪は「ああ、榎田ね」と相手の名前を伝える前にそう言った。なんでわかるのか、とまひろは焦りつつもバレンタイン作戦の立案を手伝って貰った。


「どういうチョコあげるか決めてる?」

「うん。手作りしたいの」


 まひろの発言に凪はぎょっとした。


「え……本気?」

「もちろん!」

「この前の調理実習でハンバーグ炭にしたの忘れた?」

「う……! ううん、今度はちゃんと練習するから大丈夫!」


 まひろは料理が苦手だ。調理実習は同じ班になったメンバーにいつも嫌な顔をされる。炭製造機やら炭マイスターなどと呼ばれている。


「普通に買えばよくない?」


 凪の言葉はもっともである。しかしまひろには心に決めたことがあった。


「凪ちゃん、わたし自分の全力を出したいの!」


 戦いのように自分の本気で臨みたいのだ。


「多分そこ出さない方がいいところ…… まあ、わかったよ。何作るか決めてるの?」

「ガトーショコラ作りたい!」

「却下」


 にべもない凪の言葉に、まひろは「なんで」と悲壮な声を出した。


「ネットでも簡単だって書いてあったよ~」

「自分の能力を過信しすぎ。もっと簡単なのにしな」


 そう言うと凪は自分のスマホを操作した。


「うーん、簡単な奴…… あ、生チョコとかどう?」

「生チョコ!? あれって作れるの?」

「あたしも作ったことあるけど、簡単だよ」


 凪がスマホの画面を見せる。


「おおー」

「流石にこれならいけるでしょ」


 チョコを溶かして混ぜて冷やすだけのレシピだ。オーブンも使わないから、炭化する不安もない。


 早速材料を買いに行こうとしたところ、まひろのスマホが鳴った。訓練、というタイトルで通知が出ていた。


「うわ、もうこんな時間。行かなきゃ」

「ほんとあんた大変ねー」

「凪ちゃんありがとう!!」

「試作品の結果報告待ってるわ」


 まひろは慌てて店を後にし、真っ直ぐ郊外の基地に向かった。そこがまひろの今の我が家でもあった。

 

 その日は訓練でしごかれ、あっという間に消灯時間になった。寮を抜け出してコンビニに行こうかとも思ったが、以前それをやって大騒動になったことを思いだし、素直に諦めた。戻ってくるときに侵入者と勘違いされ、基地中大騒ぎになったのだった。

 

 三日後の休日。

 まひろはやっとチョコ作りに取り組めた。出動だったり出動だったり出動だったりで、今日まで出来なかったのである。

 まひろは基地にある食堂の厨房の一角を借りさせて貰っていた。食堂のおばちゃんに恐る恐る頼んだところ、快諾して貰えた。


「よし、やるぞ!」


 と意気込んだまひろだったが、三十分後作ったものを前に腕を組んで唸っていた。


「写真となんか違う……?」


 思わず呟く。

 目の前のボウルにはチョコと生クリームを混ぜたものがある。ただしドロドロの状態だ。ネットで見たレシピの写真はもっと滑らかで艶やかだった。


「凪ちゃん助けて……」

『完全に分離してるわ』


 凪に通話しながら、出来たものを見せたところ、そのように言われた。


『生クリーム沸騰させた?』

「うん、めっちゃぐつぐつさせた」

『はい、それ駄目』

「なんで!?」

『レシピに沸騰させろと書いてないでしょ』

「え、沸騰させるって書いてあったよ……?」


 まひろは改めてレシピを読んだ。沸騰直前・・まで温めると書いてあった。


「書いてませんでした……」

『どんまい。でもここから持ち直す方法が』


 そのとき基地に怪人出現のアラートが鳴った。まひろのスマホもアラートを流す。


「ああ、もう……! 凪ちゃんごめん切るね!」

『あ、まひ』


 まひろは凪の返答を待たずに彼女との通信を切り、その場で戦闘用スーツに着替え、その足で基地を出た。怪人は街中のショッピングモールに現れたらしい。

 


 現場に到着したまひろは、モールの上に陣取り、怪人を探す。

 通行人に襲い掛かっている頭だけがウサギの怪人をすぐ見つけた。怪人が気付いていないことをいいことに死角から一撃で沈めた。少しだけ鬱憤をぶつけてしまった。

 真っ白のふわふわなウサギ怪人を縛って、人のいない方に引きずっていった。周囲の人間は安全とわかると暢気なものでしきりとカメラをこちらに向ける。

 


 怪人を応援に来た仲間に引き渡し、まひろはさっさと基地に帰還した。

 生チョコはなぜか緑色に変色し、異臭を放っていた。


「な、なぜ……?」


 凪にその写真を送ると爆笑された。

 加えて厨房にはしばらく立ち入り禁止とおばちゃんに申し渡された。


 翌日、まひろは凪と基地近くのショッピングセンターに来ていた。

 手作りは諦め、チョコを買うためである。

 催事スペースで多くの店がバレンタイン用の商品を売っているらしいと凪に教えて貰ったからだ。


「凪ちゃん、付き合ってくれてありがとー」

「あたしも買いたかったらいいってこと。とりあえず一通り回ろっか」

「うん」


 しかし、催事スペースに到着した途端まひろの顔が引きつった。


「何これ」


 休日だとしても混雑しすぎではないかとまひろは思った。ほぼ全ての店で列が作られている。


「バレンタイン前の最後の日曜だから、まあ、こうなるよね」

「そういうもんなの!?」


 こうしてまひろは人に揉まれながら、凪の後ろについて回った。


「あ、これかわいい……」


 とあるお店のショーケースにある商品を見てまひろは言った。異なる種類のチョコが六個箱に詰められたものだ。赤いハートに象られたもの、カカオがまぶされたトリュフ、アーモンドがのったものなどが淡いピンクの箱に入っていた。が、まひろは値段を見て凍り付く。


「値段がかわいくない……」


 換算すると一粒五百円相当だった。


「そういうお店だから」


 呆れたように凪が言う。

 まひろが目にしたのは高級チョコで有名な店のものだった。


 結局、まひろは高級チョコのお店で四個入りのものを買った。

 凪も別の店で目当てを買えたとのことで、催事スペースを離れ、フードコートで二人は休憩した。だが、まひろは訓練があるのですぐに別れた。


 そうして、バレンタイン当日を迎えた。

 実のところ、まひろは昨晩眠れなかった。チョコを用意するまではそのことで頭がいっぱいだったが、いざ渡すとなると、ふっと現実に戻ったのである。

 隣の席だったことはあるが、まひろは佑哉とあまり喋ったことはない。いや、何か話して仲良くなりたいとは思う。けれども本人を前にすると何を話していいかわからなくなる。実際、彼と共通の話題をまひろは思い付かない。

 そんな関係性なのに、いきなりチョコを渡したら、驚かれるのではないか。いや、それより、ドン引きされるのではないか。

 そんなことをぐるぐる考えていたら、夜が明けてしまったのである。


 その日の教室はそこかしこで、チョコが飛び交っていた。


「あんたは渡したの?」

「……まだ。放課後渡す」


 昼ごはんを食べながら、まひろは凪にそう言った。


 そして授業が終わり、そのあとのホームルームも終わり、放課後となった。

 サッカー部である佑哉はこのあと部活に向かうため、渡すなら今しかない。佑哉が席を立ったのを見て、まひろもチョコを持って立ち上がった。教室を出ようとしたそのとき、まひろのスマホが鳴った。

 出動だ。


 まひろは生まれて初めて、それを無視しようかと思った。いや、無視ではない。チョコを渡してから、行ってもいいではないか、と。


「まひろ?」


 心配そうな顔で凪がこちらに来た。

 凪を助けたときのことを思い出す。

 あのとき間に合わなければ、彼女はいまここにはいない。


 逡巡は少しの時間だけだった。


「これ、預かってて!」

「まひろ!?」


 凪にチョコが入った手提げを無理矢理渡すと、急いで戦闘用スーツの入った鞄を取り、教室を出た。

 そして、制服姿のまま、ビルからビルへ飛び移る。誰に見られてもいい、と半ば思いながら。


 二足歩行するワニ怪人がターミナル駅で暴れていた。

 まひろが到着したとき、通行人が数人倒れていた。ざっと見て、死者はいないのを確認する。少しだけほっと息をつきつつ、まひろは真っ直ぐワニ怪人に向かう。

 女性を襲おうとしていたワニ怪人を後ろから羽交い絞めにする。バタバタと怪人がもがき、そのすきに女性は逃げた。このまま怪人を落とそうとするが、滅茶苦茶に暴れるあまり手が離れてしまった。

 あ、と思った瞬間ワニ怪人の長く大きな顎がまひろの右手を呑み込む。牙が肌に食い込み、痛みが走る。

 まひろは思いっきり、腕を振り、振り払おうとする。しかし、ワニ怪人はがっぷりと食い付き、自分の身体が宙に浮くほど振り回されても、顎はびくともしなかった。

 これは久々にヤバいかもしれない、とまひろは焦る。

 けれど、諦めない。

 まだ、佑哉にチョコを渡していない。

 こんな痛み大したことない。

 まひろは自由な方の手で、ワニ怪人の目を容赦なく突く。

 ワニ怪人は怯んで、顎の拘束が弱まる。すかさず、まひろは腕を引き抜き、そのまま渾身の力で腹に連撃を加える。がはっとワニ怪人が吐いたのち、沈黙した。

 まひろはワニ怪人を地面に転がしてから、ほっと息を吐いた。



「遅い」

「ごめん……」


 学校に戻ってきたまひろは教室で待つ凪を見つけた。

 日はすっかり暮れ、部活動も終わって、学内に生徒はほとんど残っていなかった。

 凪はまひろにチョコを押し付けたが、右腕の怪我を見て、顔色を変える。あのあと、応援に来た仲間に手当をして貰い、包帯が巻かれていた。


「あんた、その傷」

「大丈夫、そんなに深くないよ。ワニに噛まれただけだし」

「いや、それ大丈夫じゃないでしょ!」


 あははとまひろ笑ってごまかした。


「榎田なら帰ったわよ」

「だよね…… あーあ、ついてないな」

「……いつか、いいことあるわよ、きっと」


 凪の言葉にまひろは顔をほころばせた。


「凪ちゃん、ありがとう」


 まひろは凪からチョコを受け取ると、それを開けた。


「よかったら、一緒に食べない?」

「明日でもいいから渡せばいいじゃない」

「今回はいいや。慣れないことはするもんじゃないね」

「あっそ」


 そう言うと、凪もチョコを出した。


「あれ、これこの前買ってたもの? 凪ちゃんも渡せなかったの」

「ううん。あんたにあげる」


 「友チョコ」と小さく言って、凪はまひろにチョコを手渡した。


「あっ、ごめん、わたし用意してなかった……」

「別にいらないわよ」

「ありがとう! ホワイトデーお返しするね」


 二人は教室で、チョコを食べてから帰宅した。

 まひろはチョコを渡せなかったにもかかわらず、なぜかすっきりとした気持ちで基地へ帰っていた。鞄の中には凪から貰ったチョコがあった。

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