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本音を初めて認めまして

 両家立ち合いのもと、正式に婚姻が結ばれた。その婚約はすぐに公にされ、貴族達からはやはりという声が飛ぶ。その色が納得なのか落胆なのかは貴族によって異なっていたけれど、ナタリーはそんな外野の評価を気にする様子もなく、呼ばれるままに登城した。今日から王妃教育を受けるのだ。子爵家子女という立場からかなり手酷い扱いを受けることは覚悟していたのだが、国王が手を回したのか身分を理由に侮られることは一度もなかった。それどころか、王妃教育に必要な知識も振る舞いもほとんど既に身につけていたことを讃えられるくらいだった。出来て当然の家で育ったナタリーは知らぬ反応に戸惑い、褒められる度にむず痒さを覚えていた。けれど教育係は褒めて伸ばす方針のようで、ナタリーをよく可愛がって褒めてくれた。それは苦手意識のある淑女の振る舞いにおいても同様で、荒っぽい口調やすぐに手が出てしまう面においても決して否定することなく、一場面での振る舞いとして身に付けておいて損はないという"新たな知識"としてナタリーに授受を施した。その方法はナタリーに合っていたようで、するすると知識を蓄え相応しい振る舞いを身に付けた。けれどそれを実際の場面で使えるかは別問題のようで、練習として設けられた数人の茶会の場で、ナタリーはどうしても淑女の振る舞いを心掛けることが出来なかった。



 ナタリー・ドミニクは、少々特殊な生まれにある。その血には隣国の帝王と同じものが流れ、"何よりも民を守るべし"とその身に刻まれている。その為に施された教育は時代が時代なら虐待と取られても致し方ない程に苛烈で、けれどナタリーはそれに喰らいつくだけの気概があった。貪欲に知識を吸収し、それを活用せんと頭を回す。そのキレ具合は祖父が唸る程で、領地での政策として自身が考えたものが使われる度充足感に満たされた。

 けれど、(ひず)みはいつの間にか露呈するもので。

 子供らしい遊びも楽しみも知らぬまま領主としての力を身に付けたナタリーは、同世代と埋めようもない確執に苛まれていた。持ち合わせている話題は政策や国の将来ばかりで、ドレスや宝石の種類ひとつ言えない。鼻高く褒められた話題を振る子息には、身内の贔屓目という概念が理解出来ず正論ばかりを返していた。

 いつの間にか同世代から排斥され、友達と呼べるものすら出来ぬまま1人爪弾きにされた。教育時に1番耳にした言葉は語気の強いものばかりで、それが癖付いたナタリーは余計怖がられ避けられる。理由を知ることすら出来ず居場所を失い、同年代との交流を絶たれてしまった。


 話が合わない。


 怖がられる。


 何もしていないのに。


 理由なんて何でも良かった。ただ自分が仲間外れにされる原因を言葉にしたかった。漠然とした不安は幼い精神を蝕み、一種の殻を作り出してしまう。

 その殻は、他人の知識不足を蔑む方へと向かった。知らぬ間に攻撃され爪弾きにされるくらいなら、最初から迎え撃った方が早い。傷付けられた理由を後から考えるくらいなら、先に傷付けてこちらを攻撃する暇を与えない方が良い。そうしなければ、自分のことを守れなかった。そうしなければ、ずっと一方的に傷付けられるだけだった。学ぼうにも、他者との関わりの中で育むものは一度排斥されて関わりを遮断されたナタリーからは何も見えなくて、知らないものがそこにあることすら理解する暇も貰えない。そんな中で、どうやってナタリーから歩み寄れると言うのだろう。

 そうして染み付いた自衛の悪態は、どう意識しようと自然に表層に浮き出て来る。熱いものを触った手が勝手に引っ込むように、同世代との交流というだけで勝手に口が語気を強くして回る。それが怖がられ、また孤独に堕ちる悪循環だった。

 けれど、誰もその問題について気付かない。

 同世代は知る前に離れ、教育係は不得手に起因すると考えた。家族はナタリーの交流不足を知らず、大人とのやり取りばかりを取り上げる。


 誰も知らない。


 誰も気付けない。


 ナタリーすらも、その不足を訴えることが出来ない。同世代との交流によって得られる経験をそもそも知らないからだ。知らないものを欲しいと強請ることなど出来ない。知らないものを得る手段について考えることなど出来ない。

 だからナタリーはその問題を深く捉えていなかった。自衛手段は身に付けていたから。同世代との交流がなくとも生きていく手段を身に付けてしまったから。

 振る舞いが足りないことは些細なことでしかなかった。大人とのやり取りや交渉の場面では、淑女の振る舞いを一分の隙もなくやってのけることが出来たから余計だった。

 そのためナタリーは自身の不足など目もくれず、王城の問題に目を向けた。



 数ヶ月、ほぼ毎日王妃教育の為に登城して、その隙に王宮に蔓延る問題について独自に調査した。内情を整理し、念入りな根回しと情報操作によって癌を露わにする。こういった癌がいくつも積み重なって民への搾取体制が作られるのだと思うと、放っておけなかった。その改革を手伝い円滑に回るよう仕組んでいく。そうすればいつの間にかナタリーは、かつて苦労していたまともな役人達に顔を覚えられ、感謝されるようにまでなっていた。その感謝と交換で情報を引き出す。そうすればどの貴族がどの政策が民を貶めているのか見えて来るというもので、把握したそれを解決するために奔走した。けれど祖父の代から長年蔓延っている膿を取り除くには一筋縄で行かず、綿密に練り上げた計画を何度も見直し修正して早1年。各課題と進捗状況について確認しながら次のフェーズを考えていると、後ろから不意に声を掛けられた。振り返ると、ピンクブロンドの髪にストロベリー色の瞳を持った少年が視界に映る。その人物が誰かに思い当たった瞬間、ナタリーの表情筋が嫌そうに歪んだ。彼は1年前、自身を人形(もの)のように扱ったルヴァン・ヴィゼットその人である。あれから1度も顔を合わせていなかったため、存在すら忘却の彼方に飛ばしていたことを今改めて思い出し、溜め息混じりの淑女の礼(カーテシー)を行った。

「…ご機嫌よう、ルヴァン様。どうかなさいましたか」

 媚びを売るつもりもなく、刺々しい対応で挨拶をする。大抵の子息令嬢はこれだけで嫌そうに逃げていくものだが、ルヴァンは辿々しく|紳士の礼《ボウ&スクレープ》を行うと「ご機嫌よう、ナタリー様」と小さな声で返して来た。珍しい反応に、ナタリーはぱちぱちと目を瞬く。不意を突かれたかのように硬直していた間に、ルヴァンは緊張した面持ちで言葉を続けた。

「あ、あの…聞きたいことがある、んですが…」

 恐る恐るといった様子でこちらを伺っている。無意識に視線を落とせば、ルヴァンは胸元に数枚の紙を持っていた。恐らく質問内容はその書類についてのことだろう。そう当たりを付けて何故自分にと問い掛ければ、どうやらナタリーの改革に世話になった役人から「ナタリーに聞くといい」と言った内容の助言をもらったとのことだった。ナタリーは眉を顰める。

 面倒だ。一体何に悩んでいるのかと怠そうな態度を隠そうともせずに受け取って、ざっと目を通す。どうせ教育係に出された課題の答えが分からないとかそういったくだらないものだろう。自分で調べろと言いたいのを堪え、確認のために書類を読んだ。一瞬内容が理解出来なくて、慌てて最初から読み直す。じっくりと最後まで文章を読み切って、ようやくナタリーは顔を上げた。

「これは、どこで」

 紙に記されていたのは、先程ナタリーが考えていた各課題に関する次のフェーズ、その具体策だった。まだ荒く詰めの甘いところも多い。けれど子供らしい柔軟性を持った、実現すれば一気に膿を取り除けるであろう新たな視点が取り上げられている。幼い頃から大人と渡り合うよう育てられて来たナタリーからは絶対に出て来ないような、既存の枠に囚われない新しい案だった。

 信じられない気持ちで問えば、ルヴァンは恐る恐る口を開いた。

「ぼ……わ、わたしが、考えたんです」

 その返答に、言葉が出ないほど驚いた。婚約を結んだ時は甘やかされるだけ甘やかされていて、嫌なことはしなくていいと国王から許容されているような様子だったルヴァン。他者を軽んじる発言を許され、望めば望むだけ与えられる傀儡(かいらい)の王子。絶対に話が合わないと思っていたからこそ、ナタリーは必要とされるその時まで関わることすら忘れていたというのに。


 これは一体、どういうことだろうか。


「今施行されているものに矛盾とか、曖昧なところとかあったから、良くないと思って。それが影響するところを考えて…どうにか、したくて」

「……なんで?」

 驚きすぎて、そんな返答しか出て来なかった。目を限界まで丸く見開き、ルヴァンを見ることしか出来ない。その視線に困ったように眉尻を下げながら、ルヴァンは視線を彷徨わせて記憶を辿る。ぽつりと呟いた言葉に、ナタリーはますます怪訝な顔をした。

「だって、ナタリー様が言ったんじゃないですか」

「私が?」

 ナタリーの問い返しに、ルヴァンはそのまま言葉を続けて説明する。


「最初は、ナタリー様が言ってる意味が分からなくて、どうして怒られたんだろうって思ってました」


 1年前、"探し人のお触れ"に従って登城したナタリーがルヴァンを怒鳴りつけた日。ルヴァンはナタリーの怒りの意味を正しく理解することが出来なかった。他者を物のように扱ったつもりもなければ、そもそもどの扱いが同じように感じられたのかすら理解出来なかった。

 分からなかったから、他人(ひと)に聞くことにした。嫌だった勉強の場に赴いて、疑問について問い掛ける。返って来た答えは更に分からないことばかりで、それを解決する為にまた質問する。その繰り返しでようやくナタリーに対して行った無礼に気付き、反省した。すぐにでも謝りに行くべきだと考えたが、その謝罪を受け取ってもらえるだけの信頼を構築していない。初手の出会いが最悪だったこともあり、それを払拭するだけの実績が必要だと理解した。理解出来るだけ、勉強した。帝王学以外にも色々な知識を吸収し、引っ掛かった部分はすぐに調べるよう癖を付け、自分なりに問題点や解決策を出すようになった。それが合っているのかを確かめるために他者にも教えを乞うていた時、その相手がナタリーに聞くことを勧めた、という流れのようだった。

「率直な意見を教えてほしいのです」

 その真剣な瞳は嘘を言っていない。何処までも真っ直ぐにこちらを見つめている。


 ナタリーは初めて、ルヴァンのことを知った。


 ルヴァンは素直なのだ。良くも悪くも、周りの影響を受けやすい。けれどナタリーはそれを知らなかった。評判と実際に被害を受けたあの一件だけで、ルヴァンの価値を決めつけていた。それは人の思考上仕方ないことであるが、婚約者としてこれから親しくなっていくべき人への対応としては誤っているとも言える。ナタリーは、自分からルヴァンに歩み寄っていなかったのだ。


 ナタリーは、ここで初めて気が付いた。


 自分が色眼鏡を掛けていることに。


 あの日、ナタリーはルヴァンへの叱責によって、彼の態度はもっと酷い方へ向かうと考えていた。勉強嫌いの子供など、反抗的で反発的な性格をしていると見るのが一般的だろう。そうやって学びを放棄し、いつか勝手に破滅すると思っていた。そうならないよう父親である国王に進言したが、あれだけ酷い口調で罵ったのだから無視されるのだろうと考えていた。今まで、酷い口調だと認識していなかった言葉ですら、そのような態度を取られていたから。

 けれど、ルヴァンは真っ直ぐに自身を見つめている。言われた言葉の意味を理解するために苦手な勉強を始め、理解したことを早速活用している。自ら学び、それを他者のために活かそうとしている。ようやく民のために動き出す王族が、この国に誕生しようとしている。求めた王族像が、民の為に行われる政治が、ナタリーの考えに同意し共に動いてくれる存在が、初めて目の前に現れる。

 どくん、と心臓が揺れる。何か長年追い求めて来たものを得られたかのような高揚感と、手元にある政策が起こす将来の展望が、ナタリーの心を揺さぶり始める。

「はっきり言って詰めが甘い」

 初対面の時のように、いつもの口調のように、平静を装うつもりがその声は震えていた。喉がカラカラに渇き、舌が上手く回らない。ルヴァンはそれに気付いていないようだが、ナタリーははっきりと自身を客観的に見てそう思った。


 どうして平静を装う必要があったのかまでは、分からなかったけれど。


 言われたルヴァンは「やっぱり」と苦笑していたが、その後の指摘を待っているように真剣な目をしていた。その視線に耐えきれなくて、「でも」と早口で捲し立てるように言葉を続ける。

「悪くはない。理想論に近い部分もあるから実態を調査して、より現実的な策にすればかなり使える案になる」

 その言葉に、ルヴァンがぱっと笑う。先程までの緊張していた面持ちは何処へやら、安心したようにあどけなく笑う姿に、ナタリーの心臓が跳ねた。何事かと自身の胸元を押さえるが、どうにもなっていない。

「…どうしました?」

「いや、なんでも…ない」

 それからそのままルヴァンの提案について、目に付いた部分から指摘して話し合い始めた。軽く話すだけのつもりが、その指摘に対しての答えもかなり興味深いものが多く、いつの間にか長い時間が過ぎていた。役人や侍女が何度も通り過ぎ、声を掛けようとしていたらしいが気付かなかった。2人してようやく空腹に気付いた時には、窓の外は既に真っ暗になっていた。夜も遅いと夕食に誘われ、一緒にしてから馬車で帰宅する。その間もずっと、ルヴァンのことが頭から離れなかった。



 それから、度々王城で出会(でくわ)しては意見を交わすようになった。ルヴァンがナタリーの元に訪れて、教えを乞う時もあった。ルヴァンが挙げる意見は柔軟なものが多く、伝統や規制に凝り固まった思考では到底思い付かないものばかりであった。幼い頃から教育を受けて来たために大人に近い思考ばかりしてしまうナタリーにとって、新鮮な体験だった。新たな刺激に触発されるように、新たな意見や視点が湧いてくる。2人で出した案を実現可能な方向へ持っていくために、ナタリーも勉強に精を出した。ルヴァンの質問や代替案を答えられないと非常に癪に(さわ)るから、子供だと今まで馬鹿にして来た奴らを見返したいから、ナタリーは一層知識に磨きを掛けた。自ら進んで学ぶという点では、祖父から教わっていた時と変わらない筈なのに、どうしてか今までよりも学ぶことが楽しい。ルヴァンとの意見交流も、それを実現するための調査も、前よりずっとずっと楽しい。

「時間の無駄だから、敬語はいらない」

 そんな風に理由を付けて敬語をやめさせ、敬称もやめさせた後はもっとずっと楽しくなった。その頃には政策のための意見交流だけでなく互いのことも話題に上るようになり、少しずつ心を許すようになっていた。

 だから、ナタリーは忘れていたのだ。


 自分が、他者にとって異端であることを。



「ナタリーは頭が良いなぁ」



 ある日ぽつりと呟かれたルヴァンの言葉に、ナタリーはぴたりと動きを止める。その瞬間、忘れていた出来事が一瞬で脳裏を駆け巡った。



 "ナタリーの話つまんない"


 "何言ってるかわかんない。頭良いアピール?"


 "何で怒ってるの!?怖いよ!"


 "そんなに喋りたいなら大人と喋ってろよ!"



 違う。そんなつもりじゃなかった。

 今ならそう言える言葉も、当時はどうしてそうなるのか分からなくて何も言えなかった。

 だって、ナタリーはそう教えられて来たのだ。そうじゃない家があるなんて、自身の家が特殊であり普通はそうでないなんて、ナタリーは知ることが出来なかったのだ。語気の強さが迫力を与えていたことも、男勝りな性格が周りを怯えさせていたことも、何一つ気付けなかった。だから排斥された。ナタリーの苛烈な性格を疎い、ナタリーの思考を理解出来ないと一蹴した同世代の子達から、仲間外れにされるようになった。だから反発するように、ナタリーは勉強にのめり込んだ。態度も(かたく)なになって、ますます口も態度も悪くなった。自分を守るように。最初から味方など作らないように。




 1人でも、立てるように。




 けれど、いつの間にか1人じゃなくなっていたから忘れていた。忘れようとしていた。ルヴァンはナタリーを尊敬していると純粋な目で褒めてくれるから。ルヴァンはナタリーを捨てないと、心の何処(どこ)かで勝手に思っていたのだ。だから同級生と同じ言葉が出て来たことで、体の芯が凍えるように冷えた。裏切りではないけれど、裏切られたと思うくらいにはその言葉に恐怖を覚えていた。

 それを悟らせないように、強張(こわば)った顔で「…そう?」とだけ返す。どう言えば良いか分からない。気持ち悪いと後ろ指をさされたら、どう返せば良いのだろうか。



 そんなナタリーの思考とは裏腹に、ルヴァンは「そう!」と声を上げてぱっと顔を輝かせた。



「だって俺の稚拙な案を実現する為に調整とかしてくれただろう?凄く面白かったし勉強になった!やはり俺は国勢に疎いんだなって改めて思ったし、ナタリーがたくさん教えてくれるから、最近では自分で改善点も見えるようになって来たんだ。全部ナタリーのお陰だ。ありがとう!」

 素直な言葉に、不覚にも驚いて。思わず顔を上げれば、いつもと変わらない笑顔がそこにあった。優しく細められたストロベリー色の瞳に釘付けになって、じわじわと頬が熱を帯びていく。さっきまで冷え切っていた胸の中心が温かい。そこから広がるように喉の奥から温もりが込み上げて来た。忘れた言語化作業を経ればそれは"嬉しい"という感情なのだと、後から気付いた。

「何それ、アンタが頑張ったからでしょ」

 誤魔化(ごまか)すように悪態を付いてみたが、返事は返って来ない。あれ?と思って顔を見れば、ルヴァンは顔を赤く染めてオロオロと視線を彷徨わせていた。

「…何?」

 怪訝(けげん)な顔を向ければ、ルヴァンは慌てた様子で声を張り上げた。

「え、あ、だ、だって!俺が頑張ったのは、ナタリーの隣に立ちたかったからで」

「え?」

 ぱちぱちと目を瞬いて真っ直ぐ目を見れば、ルヴァンはぎゅっと目を瞑って呼吸を落ち着かせてから目を開いた。その瞳には淡く熱が灯っており、向けられたナタリーも当てられたように緊張する。

「あの日、ナタリーに怒鳴られて。変かもしれないけど、俺、嬉しかったんだ。あんなこと言われたことなくて、ずっと頑張っても比較されるだけで…ナタリーが父上に破滅させるつもりかとか、俺の将来についてとか言ってくれて、凄く嬉しかった。俺のことをそうやって言ってくれる人、いなかったから」

 甘やかされて育った第3王子、勉強も(ろく)にやらない我儘(わがまま)王子。そんな評判が聞こえて来たのはいつからだったのだろう。そんな風に振る舞い始めたのは、本当に本人が望んだ結果だったのだろうか。そんな疑問が、初めてナタリーの脳裏を滑った。

「だから、凄く惹きつけられた。あの言葉はどういう意味だったのかとか凄く知りたくて、知った後はそんな人になりたいって。いつか、隣に立ちたいって…あぁ、そうか」

 ルヴァンはぱっと笑い、ナタリーの手を取った。




「ナタリーの傍にいたいから、頑張れるんだ!」




 ルヴァンの努力の根底にはナタリーがいて。真っ直ぐな憧憬(しょうけい)と尊敬がナタリーに突き刺さる。屈託のない笑顔と直接的な表現に、ナタリーの心臓がきゅうっと声を上げた。

 その後のことを、正直ナタリーは覚えていない。適当に軽口を返したのか、それとも強引に元の話に戻したのか、それすらも定かではない。覚えているのは別れた後もあの笑顔が頭を離れなくて、馬車に揺られている間も食事中も、寝ている間もずっとルヴァンのことを考えていたことだけだ。

 そうして夢の中でルヴァンに微笑まれたところで飛び起き、ドキドキと騒がしい心臓を無意識に服の上から押さえ付けたところで気付く。

「…っ!」

 その事実に耐え切れなくて、真っ赤になりながら布団を()った。柔らかな中に拳が沈む衝撃でも、脳裏を(くす)ぐる感覚を振り払えない。


 どうして。

 なんで。


 涙目になって声にならない悲鳴を上げる。認めたくないと頭が叫ぶのに、心臓は馬鹿みたいに高鳴っていて。その中でも回転をやめない脳みそが、今までのルヴァンとの交流を繰り返し映し出す。その度に体が沸騰するように熱を帯び、泣きそうになる。初めての感覚なのにそれが気持ち悪くなくて、むしろ心臓が温まるような柔らかな快感に包まれるのが酷く(わずら)わしかった。それを振り払うように一通り暴れてみても、その感覚が晴れることはない。だからナタリーは、諦めるように自覚した。




「…っ好きに、なっちゃったじゃない…っ!」




 抵抗も出来ず空に言葉を置いたナタリーは、どうしようもなく乙女の顔をしていた。

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