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馴れ初めを思い出しまして

 時は遡って、10年前。父であるドミニク子爵と共に王宮を訪れていたナタリー・ドミニクは、憎しみに歪んだ顔を隠す気もないまま、王宮内を闊歩していた。

 理由は単純、先に王宮から出された"探し人のお触れ"のせいである。

 数日前、ここレーヴ王国の第3王子ルヴァン・ヴィゼットは、両親に連れられてやって来た劇場でとある演劇を鑑賞した。溌剌(はつらつ)天真爛漫(てんしんらんまん)な村娘が、様々な苦難を乗り越えて自立していく姿を描いた物語である。自立していく人物というのは男性で描かれる現代において、その演劇は物珍しさと完成度の高さから多くの注目を集めていた。悲しみや苦難を乗り越え気高く立ち上がる姿は、ルヴァンにとってとても美しく、また恋焦がれるものがあったらしい。そして、ルヴァンは舞台上の彼女にそのまま恋をしてしまった。荒波に揉まれ泥に塗れても自分を失わず、瞳に光を灯して立ち上がる姿に、激しい胸の高鳴りを覚えたのである。

 けれど、それはあくまで舞台上の彼女の話。舞台を降りれば当然、役者ではなく1人の女性へと戻る。それを理解していなかったルヴァンは、彼女に近付きたいと目に入った指輪について母親に問い掛けた。お揃いの物品を所有することが仲の良い証である、という知識を持っていたからだ。その"お揃い"を欲して、アクセサリーに詳しい母親ならば詳細が分かるかもしれないと問い掛けたのである。けれど返って来た言葉は思っていたものと全く異なっていたもので。


 指輪は、将来を決めた相手がいる証であると教えられてしまった。


 それを認識し、ゆっくりと飲み込む。知ってしまった事実はじくじくと芽生えたばかりの恋心を蝕み、齢5歳となったばかりの少年は大きく打ちひしがられた。急に泣き出した息子にどうしたのかと慌てる両親は、何とか涙の理由を聞き出し、早すぎる失恋を理解するに至った。けれど一時の感情と流すにはあまりにも嘆き悲しむものであるから、息子を溺愛する国王は王子にこう述べたのだ。


"必ず彼女に似た女性を見つけよう。そしてお前と将来結婚出来るよう、約束をしようではないか"


 こうして出されたのが、"探し人のお触れ"である。条件には女優と同じ水色の髪と蜂蜜色の瞳が出され、年齢をルヴァンに合わせた若い女が求められた。連れて来た者または本人に相応の対価が支払われることも明示されたが、該当者なんて国に数える程もいない。それくらいに珍しい色の組み合わせだったのだが、貴族達はその該当者を知っていた。出来レースだと嘆くしか出来ない程に名の知られた、1人の少女しか該当しない条件だったのである。


 そう、ナタリー・ドミニク子爵令嬢だ。


 条件の難度についてはナタリー本人も理解しており、いずれ自身が王城に呼ばれると理解していた。今更髪を染めても逃れられないと分かっていたため、嫌々ながらも父に付き添って王宮へと馳せ参じた。お触れを無視することなど、一貴族に出来る筈がない。例えその身にこの国より大きく強大な隣国の帝王と同じ血が流れていたとしても、それを盾にするだけのリターンは得られない。ならばその秘事は胸の内に隠し、国王の命に従った方が得策だ。


 けれど、だからこそナタリーは嫌だった。


 先王の時代。この国の王侯貴族は目先の利益にばかり目を(くら)ませ、国の為を謳った施策で私腹を肥やし続けた。このまま行けば罪のない民ばかりが犠牲になる。革命が起こるまでにたくさんの命が潰え、それを狙った多くの国が血を流す。それは、ようやく泰平の世を築き始めた隣国ジョワ帝国にとって都合が悪い。だからこそ彼の国は、真っ先にその対応に当たった。表舞台に姿を現すことの少なかった皇弟を、見込みのある貴族の養子として潜り込ませる。そしてレーヴ王国国内の情勢を聞きながら、他国への情報を操作しレーヴ王国を内側から瓦解されないよう気遣った。全てはジョワ帝国の為。けれど実際に赴いた皇弟は、祖国と同じくらいにその国の民を愛するようになった。幼き頃より「何より民を守るべし」と教えられて来た彼は、罪のないレーヴ王国の国民を愛するようになった。だからこそ自身や隣国による加護がなくともレーヴ王国が立ち行くように、子供や孫娘に教育を施して来た。そしてその孫娘であるナタリーは、その期待に応えるように聡明に育った。他国の情勢、関係の保ち方、その他多くの面で民の守り方とその為に必要な貴族の在り方を全て学んで来た。その学びを実際に活かし他国と渡り合える程に、ナタリーは成長した。


 だからこそ知っていた。


 この国の王侯貴族が未だ腐り果てている実情を。


 他国によって守られていても、それは表面上だけで、外部からの妨害可能性が低くなるだけのこと。内側から瓦解する可能性は、流石の皇弟もジョワ帝国も手を打つことは出来なかった。それらを担うのは次代の役目。それを担うべきと育てられたナタリーは、幼い頃は役目に燃えてたくさんの知識を吸収し活かそうとした。

 けれど、駄目だった。幼い彼女の言葉は誰にも信用されず、むしろ疎まれるものだった。正しいことを正しいと言えば言うほど拒絶される感覚。そんな中でも止むことのない愚鈍な政策の数々。民への敬意も愛もない酷薄な(まつりごと)が施される度に、ナタリーは落胆していった。何度ナタリーが民を守ろうとしても、年や性別といったどうにもならない理由を盾に彼らは全てを取り去って行く。そんな絶望にも似た暗闇の中でこの知らせが届いたのだから、苛立つのも無理はない話だ。

 教えの厳しさと知識量のせいで同年代に馴染めなかったナタリーは、感情を制御する術を学ぶ機会もないまま王宮へとやって来てしまった。

 苛立ちの原因に、直接会う機会を与えられてしまった。

 そうして通された豪奢な部屋で、ナタリーは国王とルヴァン第3王子に謁見する。上品に飾られた玉座に座る大男と、その隣で目を輝かせている小さな男の子。聡明なナタリーは言われずとも2人の名前まできちんと空んずることが出来るが、ルヴァンもナタリーもまだデビュタントをしていない年齢。紹介くらいはあるだろうと考えていたが、最低限の交流すら必要と思われていなかった。


「どうだい、ルヴァン」


 国王は、あろうことかお触れに応じて馳せ参じたドミニク子爵とその娘に対し何の挨拶もないどころか、挨拶をする暇を与えることもなく、一瞥を寄越しただけですぐに愛息子に対し口火を切った。侮辱としか思えない行動に、ナタリーは目の前が怒りで真っ白になった。

「あの女優と全く同じではないが、同じ色みを持つ女の子だよ。女優より歳も近いし何より貴族。きっとお前の良い伴侶になると思う。どうだね」

 こちらの意見は最初から聞く気のない、息子の心を第一優先としていなければ出て来ない発言。9歳という多感な時期に、見知らぬ男からいきなり値踏みをされる。その評価が良かろうと悪かろうと、心象は最悪だ。挨拶もさせてもらえず、ただ目の前で並べられ物色される。転がされた玩具(がんぐ)と、一体何が違うというのか。

 話し掛けられた第3王子、ルヴァンはキラキラと目を瞬いてそわそわと視線を彷徨わせる。目が合えば照れたように逸らされるが、それを微笑ましく見られるのは彼に対し思い入れのある人間だけだ。いきなり呼び付けられて値踏みをされたナタリーは、目眩がするほどの無礼な態度に手を震わせた。


「とても、綺麗な方だと思います! ()()()()()()()!」


 その、言葉に。

 こちらのことを物としか思っていない言い方に。


 ナタリーは、とうとう限界を迎えてしまった。



「は?」



 裾を摘んでいた手を離し、王の御前であるにも関わらず許可無しに頭を上げる。父が小声で止める声も、全く耳に入って来なかった。


「ふざけんなよ。他人(ひと)のこと何だと思ってんだ」



 底冷えするような、ドスの効いた低い声。9歳の少女が発したとは到底思えない、嫌悪感と憎悪に塗れた憤怒の声音だった。

「は」

「忙しい中呼び出した挙句挨拶も無しに値踏みして、高いところから見下ろして"気に入った"? 私は目の前に並べられた玩具(おもちゃ)か何か? はっ───馬鹿にするのも大概にしろよ」

 大凡(おおよそ)貴族とは思えない口調の崩れ方。けれどその語気の強さが、それを咎めることすら忘れさせる。一種の威厳にも似た気迫を、少女は放っていた。呆気に取られた国王を見て、ナタリーは少しだけ冷静さを取り戻す。けれど苛立ちの炎は依然として燻り、脳を回すごとに勢いを増して行く。

「少々勘違いなさっているご様子。私はナタリー・ドミニク。由緒正しいドミニク子爵家の長女であり、レーヴ王国に生まれた1人の人間です。他者の我儘(わがまま)で将来の伴侶や人生を決められる謂れのない、民の1人。勿論(もちろん)家の都合で決まることもあるでしょうけど、挨拶も出来ないようなクソガキに飾られるだけの人生を、黙って受け入れるような殊勝な精神は生憎持ち合わせてねぇんだよ!」

 挑むように、ナタリーは彼らを睥睨(へいげい)する。見下すように、自身より高い位置に座する王達を睨み付ける。その地位に胡座(あぐら)をかいて他者を軽んじるような者に、自身を傷付けられる謂れはない。ありったけの想いを込めて、ナタリーは叫んだ。

 息が切れて、怒りのせいか目眩(めまい)がする。けれど負けられない。ナタリーはキッと視線を移し、ルヴァンに目を合わせた。

「大体、一目惚れした初恋の女性に似てるから何なの? 代わりに出来るとでも思ったの? そこに必要なのはナタリー・ドミニクではなく、水色の髪に蜂蜜色の目を持った女でしょう。そんなガワだけが欲しいなら、人形でも手配すれば良いじゃない」

 言葉で詰めて行くナタリーは、どんどんヒートアップして行く。玉座に繋がる階段をどうでもいいと言わんばかりの態度で登り、ルヴァンの前まで進み出た。

「アンタがしてるのはそういうことよ。望めば手に入る、宝石や玩具と一緒。私のことなんて何一つ見ていないし何一つ必要としていない。ただ人間である必要があったから、適合した私に決めただけ」

 ナタリー自身は求められていない。求められたのは条件だけだ。それに偶然合致したからナタリーが呼ばれただけで、そこにナタリー・ドミニクという個は必要ない。人間という器は必要だけれど、その中身は僅かたりとも必要とされていない。ナタリーがナタリーとして培って来た知識も経験も成長も、感情も尊厳も心だって必要ではない。それを侮辱と言わずして何というのか。侮辱以上の(おぞ)ましい何かと言わずして何と表せば良いのか。生きて来たことを否定された恐怖が、憤慨が、熱となって身体中を巡る。沸騰した血液が行き場のないエネルギーを発散するように、ルヴァンの胸ぐらを掴み上げた。




他人(ひと)のこと人形(もの)扱いしてんじゃねぇぞ」




 何千秒にも感じる程の長い一瞬が硬直を解き、ナタリーはパッと手を離した。重力に従って、解放されたルヴァンは豪奢な椅子へと崩れ落ちる。はー、はーっと息を荒げたナタリーは、くるりと振り向いて王の方を向いた。呆気に取られていた国王は、標的が自身に向いたことに気付いて顔を青白く染める。

「他家の教育に、口を出すのは宜しくないと存じ上げておりますが。皆の上に立つべき王家がここまで甘ったれた教育を施してるとなれば、臣下として進言せざるを得ません」

 ナタリーは蜂蜜色の瞳を鋭く(すが)めて、じとりと()めつけるように国王を見た。

「ルヴァン様が今回舞台女優のような女性を、と望んだ時点で父である陛下は止めるべきでした。むしろ物のように他者を望む行為を叱るべきでした。けれど実際はそれを成さず、むしろ助長したのです。望めば望むだけ手に入ると学習した権力ある者の末路など、数ある国の歴史さえ学んでいれば分かることでしょう。貴方は息子可愛さに、息子の人生を破滅させるところだったのです」

 整わない呼吸の中で、早口で言い切る。滑らかな滑舌は嫌でもその言葉と意味を脳内に殴り付け、強い言葉に王は視線を彷徨わせた。

「破滅、など」

「では一体どうなるとお思いで? 私が従順な性格をしていてルヴァン殿下の婚約者に大人しく収まったとして、永遠に私がルヴァン様に愛されると? 幼き日に女を望む男が、これから先他に女を望むわけがないと? それとも望んだとして、それを受け入れろと。そう言いたいのですか」

 冷たく固まったような蜂蜜色の瞳が、冷酷なまでに己の過ちを突きつけて来る。

 望めば手に入る者が一つのもので満足する訳がないことなど、数ある歴史が証明している。欲望というのは叶えられる数が増えれば増えるほど増して行くものなのだ。叶えられない数が少ければ少ないほど、叶えたものを顧みなくなる。また新しいものを望めば与えられるのに、古いものを大切にする理由がないからだ。余程古いものに愛着を示す者でない限り、古いものに目を向ける必要がなくなるからだ。そうして古いものに数えられるだろう彼女の人生を、どうして受け入れろと簡単に言えるのだろうか。

 他者の人生を軽んじ、生を侮辱した罪を、国王は今正しく認識する。

「望めば望むだけ手に入る。この経験は我儘がまだ小さい時ならば許されるかもしれません。けれど他人の人生に手を出した時点でそれはただの我儘ではなくなります。助長し続ければ、いつか他国すら手に入れよと騒ぐでしょう。人を、国を、敵に回します。それらを統治するだけの力があるならば許されるでしょう。ですが幼き頃より甘やかされ育った子供に、そんな能力が備わるとは思えません。その先にあるのが破滅と言わぬのなら何というのでしょう。賢明な判断を」

 捲し立てるようなナタリーの言に、言い返すことすら出来ない。「たかが9歳の小娘が」、「無礼だ」などと(なじ)るには余程自身の行いの方が酷い。かつて望むだけ全てを手に入れようと欲望のままに手を出して、その末に破滅を迎えた数々の歴史が脳内を駆け巡った。それと同じ結末を誰よりも愛する息子に迎えさせようとしていたことに、寒気すら感じる。心臓を壊すような嫌な汗が背筋を伝い、訪れかけた未来という幻覚を振り払うように深く長い息を吐いた。


「…すまなかった」


 本来、何があろうと頭を下げてはいけない立場。けれど謝らざるを得なかった。自身の過ちを、公に認めざるを得なかった。愛息子の人生すら壊しかけた自分が怖くて、やり直すきっかけが欲しかった。

 国王の謝罪に、ナタリーは息を吐く。何も言わずに階段を降り、父の隣で(こうべ)を垂れた。

「出過ぎた真似をお許しください。慣れぬ王宮で緊張してしまいました。以後は口を慎みましょう」

 その後、誰が話すことも出来ず、その場はお開きとなった。

 帰りの馬車の中で、ナタリーは窓の外を眺めながら事もなげに呟く。

「首が飛ぶかもしれません。連坐(れんざ)を免れるために私と縁を切りませんか」

 そんな娘を、父であるドミニク子爵は頭を小突くことで叱責の代わりとした。他にも今回のナタリーの態度には思うところがあったであろうに、他の叱責は一つもなかった。今回の王族の暴挙には、父としても子爵としても許せぬものがあったのだろう。

 もし今回の咎を受けるのなら、これを咎とする国で生きるよりもきっとずっと幸福な終わりを迎えられると思えたのだった。





 それから数日後。ドミニク子爵家に改めて書簡が届いた。中には、ルヴァン第3王子からナタリー・ドミニクへの婚約の申し込みが書かれていた。断っても責は問わず、それに関する負の遺産として"お触れ"に関する噂が飛び交おうとも全て王宮が引き受けるとの旨が繰り返し記されていた。公式書類にのみ用いられる透かし彫りと玉璽(ぎょくじ)が施されており、ナタリーは父と顔を見合わせる。

「今更後に引けなくなったとか?」

「さぁ。何度も書かれてるように断ることも出来るが」

「そうですね。けどこれで婚姻を結ばなかったらそっちの方が勘繰られそうです」

 第3王子が舞台女優に恋をし、同じ見目の者を求めているというのは有名な話だ。そしてそんな見目を持つ同世代の貴族はナタリーしかいない。これでナタリーとルヴァンが婚約をしなかったら、王子の心変わりより先に何かあったのかと疑われることになるだろう。それに関する噂も王城が請け負うと述べているが、人の口に戸は建てられない。好奇の目がナタリーに向くのは、どっち道避けられないだろう。

「まぁ逆に王家を乗っ取ってやれば良いと思います」

「…お前なら本当にやりそうな気がするから断りたいのだが」

「私に乗っ取られるような杜撰な管理体制の王家に仕えたいんですか?変わってますね、お父様」

 さらりと返って来る皮肉は、一体誰の影響で身に付いたものなのだろう。王城で王族に啖呵を切った時もそうだったが、この娘は口が悪すぎる。王族の婚約者ともなればそうはいかないため、何とか矯正の機会を設けなければならない。そう考えると、ここ数日悩まされている頭痛が更に酷くなった。

「話は終わったの~?」

 ふらりとやって来た母に、ナタリーがくすくすと笑みを返す。何と説明すべきかと悩む父の心情など露知らず、ナタリーはサラサラと了承のサインを書いた。

 こうして、ナタリー・ドミニクはルヴァン第3王子との婚約を結ぶことになったのだった。

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