真の目的を問い掛けられまして
とある公爵家が取り潰しになり、その親類縁者が次々と牢に放り込まれている頃。ルヴァンは怪訝な顔で目の前の光景を見ていた。その視線の先にいる人物は、訝しげな視線に気付いてティーカップを置くと、爽やかな笑顔をこちらに向けて来る。
「やぁ」
「やぁ、じゃないんだが。何故ここにいる、イディア・プレジール!?」
「まぁまぁ、そんなカリカリしないでよ。ほら、このお茶美味しいよ?」
最初から2人分用意されていたらしいティーカップに、イディアは何の躊躇いもなく手ずから注いでいく。淹れてもらったものをわざわざ足蹴にする理由もないので、勧められるまま席についた。
イディア・プレジールとは、隣国ジョワ王国の第一王位継承者である。そしてルヴァン自身も、この国レーヴ王国の第3王子であり、王位継承権を持つという意味ではイディアと同等の立場にある。一応ギリギリまで王位継承権は兄弟に皆平等に与えられるというのがこの国の制度だが、今のところ長兄に瑕疵はなく、他の兄弟にもずば抜けて王に相応しい素質があるわけではないので、このまま順当に行けばいつか王位についた兄を臣下として支えることになるだろう。
そんなルヴァンの婚約者であるナタリー・ドミニクは、先の卒業パーティにてその有能さと血筋が明らかとなった。パーティの最中ですら侮られていた筈の彼女は瞬く間に時の人となり、国内外問わずおべっかを使い擦り寄る者が現れるようになった。掌返しの早いことで、と舌打ちしたくなるのはルヴァンだけではない。ルヴァンは幼い頃、ナタリーと初めて出会った日にこっ酷く扱われ、散々嫌味と叱責を受けた日からナタリーのことを見て来た。有能さなど、王族であるこちらからですら婚約解消を申し込まない、申し込めないのだから分かりきったことである。王妃教育を熟し、更に王の秘書として政を回していた彼女は、誰に正体を明かすこともなく登城しては、周囲に怪しまれないほどのほんの僅かな滞在時間で山のような仕事を終え、隠密のように陰から国を支えていたのだ。ルヴァン自身も国王も、彼女には頭が上がらない。
そんなナタリーの再従兄弟を名乗ったのが、イディア・プレジールである。曰くそのあたりの説明はかなり面倒だからと省略されたが、ジョイ王国の先代国王の弟が、ナタリーの祖父だという。血筋的に何の問題もなく、更にその能力の高さや幼い頃から互いのことをよく知っているという点も加味して、ナタリーを妻にと考えているらしい。先日の卒業パーティの際にも、婚約解消を宣言したばかりの彼女に公衆の面前でプロポーズをしていた。
だがしかし。
例え見目が良くて頭が良くて地位も高くて非の打ち所がない相手だったとしても。
そんな相手は、ナタリーを婚約者だからという理由を取っ払っても本気で愛しているルヴァンにとって、憎き恋敵でしかなかった。
そもそも他国の王族が何故平然と王宮の庭園で茶を啜っているのか。そんな疑問が顔に出ていたのか、忌々しげな表情に「皺が寄ってるよ」と笑うイディアが、さらりと説明してくれた。
「今、このレーヴ王国は先のパーティで摘発された貴族達の一掃で忙しいよね?実はそれから逃げようと考えた頭の素敵な方々のせいで、他国との街道が塞がれてしまって。長い長い手続きをすればきっと通してくれるだろうけど、そんなことに手間を掛けさせて逃げ遂せる誰かさんが出るのは本意ではないから。落ち着くまでこちらで世話になろうと思ってね」
「はぁ…?」
現在レーヴ王国では、確保、そしてその先にある処刑を含めた刑罰から逃れようと多くの貴族が他国への亡命を図り、それを阻止する為に軽い鎖国状態にある。他国としても犯罪者が自国に踏み入れるのは心象が良くないため静観しているようだ。特に、その中でも最も大きいジョワ王国が何も言わないのだから、余計様子を見ているのだろう。その第一王位継承者が渦中のレーヴ王国に滞在しているなんて、夢にも思うまい。
ここにいる理由については理解出来たが、だからといって呑気に茶を啜っている現状までもが飲み込めた訳ではない。銀のスプーンでくるりと回した茶で喉を潤すが、やはり納得がいかなかった。ルヴァンは腹芸があまり得意ではないのだ。まだ学舎を卒業したばかりで経験の浅いルヴァンは、表情に疑問を浮かべてイディアを見た。その素直な様子にくすくすと笑いながら、イディアは続ける。
「折角だし、君と仲良くなろうと思ってね。あのナタリーの婚約者なんだ。きっと、絶対、面白い人だろうと思ってね」
「…その言葉に嘘偽りないのは分かるが、俺に面白みなど全く以て存在しないぞ?」
こちらも負けじと心からの本音を突きつければ、何がおかしかったのかイディアは肩を震わせて笑い出す。眉を顰めて怪訝そうに見るが、イディアは気にした様子もなく眦を指先で拭っている。
「いやぁ、やはり僕の見立ては間違ってなかったね。君は本当に面白いよ」
「褒め言葉として、受け取っておく」
居た堪れなくて、もう1度茶を口に運ぶ。ミルクも砂糖も溶けていない紅茶は渋みがあるかと思いきや、果物の風味が効いた酸味のある爽やかな味わいだ。嫌いではない。余計な味付けをするよりも余程味わい深いであろうそれは、恐らくナタリー好みだろうと考えて、後で調べようと胸に留める。
「あ、今ナタリーのこと考えたでしょう?」
「!?」
何故それが、と驚愕を顔に出せば、イディアはまた吹き出して腹を抱える。彼の付き人であろう執事や侍女は僅かな動揺を抑えつつ、主人を見守っていた。卒業パーティでの様子を見れば恐らく、イディアはあまり感情を表出するタイプではないのだろう。それが、今はどうだ。ルヴァンの仕草一つ一つに反応して、子供のように笑い転げている。腹の探り合いなどあったものではないな、と口の中で呟きながらティーカップを置くと、「ごめんごめん」と笑い混じりの謝罪をしながらイディアは姿勢を正した。
「やー、恋する少年は分かりやすいね。とっても面白い」
「…確かにまだ15になったばかりだが、レーヴ王国において学び舎の卒業後は子供と扱われない。思うのは勝手だが、口に出すのは宜しくないぞ」
「そうなのかい?それは失礼した」
「いや、自覚はあるから構わない。俺以外にするのは勧めないというだけだ」
実際、ルヴァンはまだまだ子供だ。表情から意図を読み取ることは出来ても、自身の感情が高ぶれば余程単純でない限り読み取ることが困難になる。更に苦手なのは自身の感情を相手に悟らせないことだ。腹芸は不得意で、不機嫌さはすぐに口調に滲み出てしまう。恥ずべき欠点だと分かっているため、それらが得意な者達を模倣しようと努力を重ねている最中だ。特に婚約者であるナタリーが得意としているが、少々特異過ぎる為参考にならない。4つ歳上の彼女は、ギリギリ同じ10代だというのにそうは思えない程賢く、堂々と古狸共と渡り合っていく。環境のせいか資質のせいか、大人顔負けの実力を余すところなく発揮して、いつだって憧憬と焦燥をルヴァンに抱かせるのだ。早く一人前にならなければ嫁き遅れと揶揄されるのはナタリーで、けれどそれを嘲笑う程に相応しい見合いの申し込みが届くのだろう。そんなことはさせない。絶対にだ。
ルヴァンが決意を新たにしていると、その姿を眺めていたイディアがぱちぱちと目を瞬いて、表情を和らげた。
「君は大人だねぇ」
「…どっちなんだ?」
無意識に突っ込めば、イディアはくすくすと笑って場を流す。ナタリーよりも更に1つ歳上のこの男は掴み所がない。何でもなさそうな会話で笑って、何でもなさそうに腹芸を仕掛けてくる。恐ろしい相手だが、その手腕は見事なのだから参考にするしかない。嫉妬や恐怖を抱く暇など、生憎ルヴァンには存在しないのだ。
「ところで、ナタリーと婚約を結び直したんだって?」
「あぁ!」
イディアの言葉に、内心喜びが止まらない。先の婚約解消事件後、再度申し込みを入れ本人から直々に受諾の返事を貰ったルヴァンは、その勢いのまま父である国王の元に赴き、婚約を結び直した。対外的には反乱軍の制圧のための茶番とするつもりだが、実際にルヴァンとナタリーは1度婚約を解消し、再度結び直したのだ。手続き的には何もなかったとしても。
パーティの終了後、誰の断罪もまだ始めていないくらいに素早く国王に宣言しに行ったせいで、素を曝け出したナタリーから散々遠回しな嫌味によって怒られたが、当時も今もそれを上回るくらい嬉しい。婚約解消をきっかけに本当に捨てられる可能性も大いにあったわけだが、それをしないでいてくれる程度の情は抱いてくれているらしい。喜ばしいことだ。後はそれをどうやって好意に持っていくかだが、それは追々考えていくことにする。
「全く、相変わらずナタリーは素直じゃないよねぇ。あんな回りくどいことをしなくても、きっと君なら本心から求めてくれるのに」
イディアが苦笑いで言うが、その意味がルヴァンには理解出来なかった。どういう意味かと首を傾げればイディアは目を丸く見開いて、笑い掛けた表情のまま固まる。
「え。ナタリー、から、何か聞いてないの?」
「あの婚約解消騒動は、国家を裏切った者達の摘発の為の茶番だと説明された。他に何かあるのか?」
「…そいつらの計画に君の暗殺が含まれていたことは?」
「聞いた。ナタリーからではなく人伝だが。そんなものは日常茶飯事だろう?何を今更」
「…ナタリーが、君の新たな婚約者になると告げたあの女性の父を平手打ちした理由については」
「さぁ。計画に支障が出そうだったからじゃないのか?俺はあの時裏に引っ込んでいたから、見てないんだ」
公爵を炙り出す為に囮になったともいう。流石に目の前で殺され掛ければ証拠として十分だろう。その後会場に帰って来たらイディアがナタリーを口説いていたのだから酷く驚いた。ついナタリーの計画を一部暴露してしまう程度には狼狽した。ナタリーに婚約を申し込めるのはいつだって自分だけだと、そう思っていたからだ。ナタリーの夫の座は、自分以外が座る筈がないと信じていたのに。
少し苦い気持ちになったところで、イディアがはぁぁと深い溜め息を吐く。いつも笑顔を絶やさないイディアにしては珍しいと訝しげな表情を浮かべれば、イディアは憐れむような同情するような顔で苦く笑った。
「……ほんっっっっとうにナタリーは素直じゃないよね。そして君は素直すぎる。もう少しナタリーを疑った方が良い」
「な、ナタリーが俺を裏切るということか!?」
「そうじゃない。あの子が君を裏切ることは決してない……けど、君を平然と騙すだろう?」
イディアの言葉に、間髪入れずに頷く。ナタリーは先の婚約解消騒動においても、自分との茶会を餌に決して声を上げるなと注告して来た。ルヴァンが婚約解消など飲むわけがないと理解しての先手だ。ルヴァンはまんまと引っ掛かって、婚約解消後は叶えられないであろうご褒美に釣られてしまったのだ。本当は「考え直してくれ」と声を上げたかったし、視線で訴えたかった。けれどナタリーはあの騒動の最中、1度もルヴァンと目を合わせてくれなかったのだ。
やっぱり合わないか、と心の中で泣き出しそうになったのは内緒の話だ。
「ふぅむ。君ばかりというのも面白くないだろう」
イディアは独り言のように呟いて、姿勢を低めた。まるで秘密を話すような仕草に乗って、ルヴァンも耳を傾ける。
「あの茶番にはね、ナタリーの"真の目的"があるんだ。それは公爵家の取り潰しじゃないし、反乱分子の摘発でもないよ。政に関係ない、彼女個人としての望みがあったんだ」
「…え?」
イディアの言葉に目を瞠り、ゆっくりと瞬く。イディアは悪戯っぽく片目を瞑って、そのまま席を立った。
「たまには彼女を困らせてやってくれ」
「あ、え?あ、あぁ…?」
承諾とも疑問とも取れない言葉を呟きながら、その背を見送る。ナタリーの望み、と言われても何のことか皆目見当もつかない。ナタリーが本気で望むものなど、出会ってから今まで聞いたことがなかったからだ。
そんなものがあるのなら、与えてやりたい。けれどナタリーのことだからもう手に入れているのだろうか。だとしたら、それは何だ。
好奇心と戸惑いに揺れながら、ルヴァンも茶会の席を辞することにした。
それから数日後。公務の合間に調べてみたが全く以て分からない。ナタリーの所有物についても変化はないようだし、得たとしたら確固たる地位と名声だが、それらに対しナタリーは興味がないらしい。今日も称賛の声を鬱陶しそうに蹴散らしていた。他にナタリーが得たものなどあっただろうか。いくら考えても答えは出ない。お手上げだ。こういう疑問はさっさと本人に聞くに限る。
そう考えていると、ちょうど褒美の茶会が開催されることとなった。ナタリーと2人きりになれたことに浮かれた頭のまま、注がれた紅茶の水面を眺めながら口を開く。
「あの卒業パーティで、ナタリーは"真の目的"があった筈だとイディアから聞いたんだが。何が欲しかったんだ?」
その瞬間、ナタリーの茶を注ぐ手が震えた。鎖だと称していた二つの三つ編みは解かれ、今日は緩やかに一つに束ねて肩に結い下げられている。そんな髪型も似合うなとぼんやり思いながら眺めていると、カタリと、いつもなら一音も出さず準備を終えるナタリーがティーポットを下げた。
「勿論、レーヴ王国の安寧ですわ」
「それは"目的"だろう?"真の目的"とは何だったんだ?」
「そんなものは特に御座いません。イディアは他者を揶揄うのが好きなので、思い付きで言ったのでしょう」
「そんな風には思えなかったが…」
食い下がろうとしたら、紅茶を勧められた。温かい内に飲めということだろう。礼を言って口を付ければ、仄かに甘い香りが広がる。砂糖もミルクもないのに元々が甘い。ルヴァンの好みに合った茶葉と淹れ方だ。それを覚えていてくれた上にその通りに注いでくれたナタリーに感謝を述べ、「そういえば」とイディアとの茶会後に調べた茶葉を取り出す。
「これ、ナタリーが好きそうだと思ったんだ。知っていたり、そもそも好みじゃなかったらすまない」
「…これは」
「イディアに教えてもらった時にご馳走になった紅茶だ。果実を振る舞われたような酸味と爽やかさがあって、美味しかった。ナタリーはそういう紅茶が好きだろう?」
幼い頃から側に居たのだからそれくらい知っている。常識のように当たり前に問うが、ナタリーからの返事はない。ラッピングされたプレゼントを手に、呆然としている。プレゼントだって今更だ。普段から何かと理由をつけて渡しているが、ナタリーが人前で貰うのを嫌がるようになったため最近は郵送で届けていた。けれどその理由も恐らくは、ああいったルヴァンとナタリーの婚約を軽んじる者を炙り出すためだろうと推測したルヴァンは、今なら許される筈だと直接手渡すことを選んだ。そしてその考えは、半分間違っていなかった。
「ナタリー?」
不審に思ったルヴァンが声を掛けると、ナタリーはさっと横髪を撫でてこちらを向いた。
「何でもないわ。ありがとう」
「そうか…?」
「…えぇ」
ナタリーは膝の上にプレゼントを抱え、沈黙する。そういえば外で茶会をするのは久々すぎて何を話せば良いか分からない。ナタリーは自室以外で絶対に本性を出さなかったし、その自室で茶会をした時は大体大量の資料を広げて公務や勉強の話をしていた。今は花が咲き誇る庭園で2人きり。勿論大量の資料もなければ、急ぎの公務も存在しない。
婚約者とはどういった話をすべきなのだろう、と今更ながら考える。こういう初めてのことは大体ナタリーがさりげなく補佐してくれていたから、ナタリーが全く口を開かないこの状況では全く想像が付かない。というか何故ナタリーは黙ってしまったのだろうか。何か気に障ることでもしただろうか。ナタリーは俯いて、膝にプレゼントを抱えている。
一瞬、強い風が吹いて。
水色の髪がふわりと揺れ、ナタリーの表情がはっきりと見えた。耳が、酷く赤かった気がする。
「え?」
「!」
その瞬間、ナタリーはバッと顔を背けて、今にも立ち上がりそうな姿勢になった。横顔が見られる姿勢の筈だが、緩く結んだ髪が邪魔をして全く見えない。どうしたのかとオロオロしていると、小さな声が聞こえて来た。聞き返すと、大きく息を吸ってはっきり答えてくれる。
「今度はこの紅茶を飲みましょうか」
「…え?」
「王宮の東側の庭園、確か今は薔薇が見頃だった筈です。次はそちらにしましょうか」
「え?え??」
「あら、もうこんな時間。私はそろそろ政務がありますから、失礼しますね」
「え、ちょっ、待っ……」
ナタリーの走り去るような背中を見送りながら、呆然とする。赤かった耳に大丈夫かの声一つ掛けられなかった。
それに。考えるだけで頬が熱くなる。今まではさりげなく躱され何かの褒美という名の餌でしか催されなかった2人きりの茶会について、ナタリーから誘いがあったのだ。こんなことは生まれて初めてだ。いや褒美という名の誘いならいつもナタリーからであったが、そういったこと関係なしに誘われるのは、初めてだった。これは少し距離が縮まったと解釈してもいいのではないだろうか。内心大歓喜に震え、思わず踊り出してしまいそうだ。予定より全然短く、会話すらほとんど出来ずに終わってしまった茶会だったが、次があるのであれば気にする必要など全くない。
そんな滅多にない出来事に喜びを噛み締めていたルヴァンは、すっかり忘れていた。
ナタリーの"真の目的"が何だったのかを、ヒントの一欠片すら手に入れることが出来なかったのだった。
誰もいない、国王秘書専用として秘密裏に用意された部屋に着いてすぐ、ナタリーは膝から頽れるようにしてしゃがみ込んだ。長い水色の髪が緩やかに結われているお陰で隠れていた耳は、まるで火を灯したかのように真っ赤に染まっている。ドアを背中で押さえ込むようにしてへたり込むと、大きく息を吐いた。うるさい心臓が、腕の中に抱えた貰ったばかりの紅茶の包みを大きく揺らす。
言えるわけ、ないじゃない。
ぽつりと、口の中で本音が零れた。誰に言うまでもなく抱えていた微かな不満。裏切り者一掃計画の中に見た、それを発散する機会。不満を持っていると気付いたのは計画を最終段階に移行する前で、ルヴァンの側にお似合いだと謳われる女がいたのも僥倖だった。だからナタリーは提案したのだ。婚約解消を計画に含めた、あの騒動を。そうしたら、ナタリーが長年持っていたとある不安を解消出来るかもしれないと、そう思ったから。
誰にも打ち明けて来なかった、誰にもバレていないと思っていた。それがイディアに露見していたことも羞恥心を刺激するものだが、それ以上にルヴァンに気付かれそうになったことの方が、もっとずっと恥ずかしかった。
嫌だった。気付かれたくなかった。
自分の中にそんな不満があることすら長年認めて来なかったというのに、計画に乗じて消し飛ばすことで存在を忘れようとしていた不満だったというのに、それを認めた上で人に話すなど冗談じゃない。きっとルヴァンは"真の目的"について皆目見当も付いていなくて話を切り出したのだろうが、そんな話を振られることすらナタリーにとっては我慢ならなかった。
カサリと揺れる膝上の包みに、ナタリーは戸惑う。まさか直接プレゼントを渡されると思っていなかった。ずっと郵送で頼んでいたのは、ルヴァンも想像通り2人の婚約を軽んじる者を炙り出す為だ。けれど、それだけではない。
直接渡されるとどうしても耳が熱くなって、固まってしまうから。
そのままを隠す為にずっと三つ編みで耳を覆っていたことなど、ルヴァンは想像すらしていないのだろう。
だからルヴァンは、ナタリーの"真の目的"について検討が付かないのだろう。ずっと隠して来たのだから。
ナタリーが本心から望んでいたものなど決まりきったもので。ずっと昔から欲しいと思っていたもので。物でも地位でも、名声でもなくて。言葉ですら、なくて。
婚約解消をした理由なんて、言える筈がないのだ。
見た目じゃなくて、身分じゃなくて。
"貴方に心から選ばれたかったから"、なんて。
いつまでも素直になれない少女は、幼い頃から恋焦がれて来た婚約者を思い出して、独りごちた。