【九】学級会での大音声
「修学旅行、どうするつもりだ? 風呂は大浴場らしいぞ」
放課後、教室掃除の最中にカンヂはきいた。
「しってる。どーすっかな。いかねーつもりだったけど」
「いかないのか?」
机を運びながら、カンヂは小声だ。
「滑川に告白するんじゃなかったのか?」
そういう話になっていた。
いいだしたのはシイナ。
二日目か三日目の夜のよびだしてそこで、というプランまで作ってあった。
「ああ。いちおー先生にきいてみっけど、おれだけ別ってまた目だたね?」
担任教師にはシイナの体のことを伝えてある。
「仕方ない。いっしょだともっと目だつ」
「だよなー。どーすっかなー。やっとこプール終わったってのに」
「お前が行かないとさびしいな」
「うん」
シイナはうつむいた。
あれこれ悩むにはわけがある。
シイナの胸がふくらんでるって、クラスで気づかれはじめていた。
秋口になって厚着するようになったからハセやクッシーは話題にしなくなったけど、ほかの男子も気づきはじめたようなのだ。
そんな矢先だった。
ロングホームルームで、シイナが槍玉にあがった。
「シイナ君は元気なのにプールだけ休んで、ずるいと思います」
言いだしたのは齋藤チアリ。
ウワサ話が大好きでちょっとしたことでも先生に言いつけるのであちこちからひんしゅく買ってた女子だ。
「そうだよ。何でプール休んでんだよ。ズルじゃねーのか?」
「ちっげーよ! 水疱瘡だっつってんだろ!」
「ズルだズル! ズールズール!」
いっせいにズルコール。
滑川セラと年若い女性担任教師がやめろしずかにしろとさとすが火に油をそそぐだけ。
「コイツ胸でてんの。知ってた?」
「ば、でてねーよ!」
「じゃあ見せてみろよ」
「見せろ見せろ!」
「ほら見せれねーじゃねーか! やっぱズルだ!」
体のでかい中村が率先してさわぎをあおる。
自分よりも背のひくい教師の制止など、まるで聞きいれない。
中村を中心とした男子たちはさらにいきおいづき、シイナをはがいいじめにして服をぬがそうとした。
「ぬーげ! ぬーげ!」
「やめなさいあなたたち!」
割りこもうとした教師を、別の男子が邪魔する。
「おい服つかむなよ! 脱がせらんねーだろ!」
「やめろおまえら! はなせ!」
シイナは必死に身をよじるが、どうあがいても力が足りない。
中村が上着をつかんでまくりあげようとする。
「おーら行くぞ!」
「やめろ馬鹿野郎!!!!!!」
だれも聞いたことないようなでっかいどなり声が教室にぶちまけられた。
建てつけの悪い引き戸のガラスがビリビリしびれる。
全員が声のした方をむつく。
カンヂだ。
いつも温厚なカンヂが激怒していた。
たいてい無表情な顔を、この時ばかりはまっ赤にし、目をらんらん輝かはせている。
「カンヂ、おま」
「シイナをはなせ!!!」
「え、おれに向かって」
「はなせ中村!!! きこえんのか!!!」
「えっらそうに」
「は・な・せ!!!!!」
ふたたび全力で怒鳴る。
クラスの半分は耳をふさぎ、四分の一が頭をかばってしまうような大声だ。
中村が、空気がぬけたふうせんのようにへたりこむ。
ほかの者たちも毒気をぬかれ、すなおに席にもどる。
大家族の長男で、ふだんから子供をしかりつけなれているカンヂは、いざというとき大きい声のだし方もよく心得ていた。
それがこんな場面で役にたったわけだ。
「シイナ。おまえもだ。すわれ」
「あ、うん」
シイナもしたがう。
カンヂは教卓にもどりクラスをざっと見わたした。
「えー、ほかに議題はありませんか?」
いつものカンヂだった。