【八】シイナよりも浅木家は母親が不安定
カンヂが浅木家につくと、シイナといっしょに母親がまっていた。
「いらっしゃい、カンヂ君。いつもシイナがお世話になってるわね」
上品ににっこり笑う。
カンヂが当惑してシイナを見ると、こっちも途方にくれた顔をしてた。
「いつもご飯を用意してくれてたんですってね。それで今日はお返ししたいと思って」
とまどうカンヂたちをよそに、母親はさっさと二人をつれだし黒い外車に乗せて郊外のレストランにいった。
冗談みたいに高そうな店だった。
「今日は小鹿と魚のコースがあるんですって。カンヂ君、どっちがいい?」
「小鹿がいいです」
「どうして?」
「食べたことがないから」
母親は上品に笑い、
「じゃあ私もそうしましょう。シイナはどうするの?」
「同じので、いいよ、母さん」
といった。
シイナはふさいでいたが母親はずっと上機嫌で、
「ねえカンヂ君、シイナは学校じゃどんな様子?」
「人気者、じゃないかな。女子とよく話してます」
「好きな子とかいるのかしら」
「いねーよ」
「シイナ、そんな口きくんじゃありません」
シイナはムッツリだまる。
カンヂはムシャムシャ前菜を食い、
「シイナは顔かわいいから女子に人気があるって言ってました。ハセが、長谷部って男子が」
「まあそうなの。この子、学校のこと一つも話してくれないものだから」
途中なんどもスマホが鳴って、母親はそのたび席をはなれた。
「カンヂ」
「うん?」
「ごめん」
シイナは泣きそうだ。
「べつにあやまられることなんかない。肉うまいぞ。お前も食べろよ」
シイナは骨つき肉を少し口に入れ、ちょっとだけ笑った。
「ごめんなさい。おばさん急用ができちゃったの。あなたたちはゆっくり食べていってね。帰るころには、タクシーにきてもらえるよう言っておいたから」
席にもどるなりそういいのこし、母親は出ていった。
「なあ、おれのかーさんどう思う?」
燭台に立てられたロウソクの火がゆらめく。
あわい光はシイナの不安をよくあらわしていた。
カンヂはじっとシイナを見る。
「本当のこと、言ってくれよ」
「最初はきれいな人だと思った」
カンヂは肉を一切れ食らい、
「だけど、料理をのこしてるのを見て、そう思えなくなった」
どうしてもダメとか、満腹で食べられないとかはしかたがないとカンヂは思う。
だが優雅に食べ、優雅にのこしているのに、シイナの母親にはどこか未成熟な部分がみえる。
「あの人、お嬢様育ちでさ、世の中のこと、なんもわかってないんだよな」
「おれたちだってそうだ」
「そりゃそうだけど、ってか話の腰おんなよ。じゃなくて、オトナになってもってこと。あの人キレーだけど、整形とかしてるし、オトコに好かれることしか考えてねーし、おれ、そういうとこ見ててイヤなんだよ」
やたらうまいデザートと紅茶がでて、コースはおわる。
二人は呼ばれたタクシーに乗ってきた道をもどった。
「カンヂさー、お前だけサイコさん、ねーちゃんってよばないのな」
後部座席で、シイナがいう。
ほかの兄弟はおねーちゃんとかサイコねーちゃんとかいうのに、カンヂだけは呼びすてにしている。
「ああ。おれはそうよばないとサイコが怒るんだ。ほかのチビがサイコっていうと、また怒る」
「なにそれ。イミわかんねー。なんでだよ」
「俺は戦友なんだ。サイコがいってた」
「センユーってなに?」
「しらん。サイコは教えてくれなかった。サイコは、いわないって決めたことは絶対にいわない」
「なにそれイミフじゃん」
「そうだな。でもそれがサイコだ」
タクシーがシイナのマンションにつく。
「なあ、ウチよってく?」
「いや。もう帰る。弁当明日にでも食えよ。冷蔵庫に入れとけば一日はもつだろう」
「うん。ありがとう。じゃあな」
「ああ。明日学校でな」
二学期の始業日、学校で顔をあわせるとシイナはいつもどおりだった。
その日の学級委員選出でオトコはカンヂ、オンナは滑川セラがえらばれた。
学級委員っぽいから、と言うのがその理由。
「ハナの下のばしてんじゃねーよ」
シイナがヒジでつっつくと、
「のびてないぞ?」
カンヂは鼻の下をこすってたしかめ、生マジメにいった。