【四八】シイナ、もういいだろ
最終回です。
次の日の朝。
シイナは学校にあらわれなかった。
カンヂは校長室によばれた。
そこには例のサッカー部員たちと体育教師仲迫がならんでて、カンヂは彼らから型どおりの謝罪をされた。
「君はどういう処分を望むかな?」
校長が訊いたので、
「下着一枚で『私たちは最低の卑劣漢です』と書いたプラカードを首から下げ校内をねり歩いたあとに川で寒中水泳をしてもらいたいです」
とバカマジメに答えると、
「それは、無理だねえ」
校長はこまったように言った。
カンヂも、
「でしょうね」
と答えるにとどめておいた。
腹の底ではそれだけさせてもおさまりがつかなかったが。
ところでカンヂのテレビ録画分は、無神経な第三者による本人の特定をふせぐためシイナの名前と体質をふせ、サッカー部員と仲迫たちの部分は完全にカットして放送することになったそうだ。
その措置の意味は理解できなかったが、カンヂにとってはどうでもいいことだった。
なにせその番組を見たこともないし、見るつもりもないのだから。
昼休みになって弁当を片手にカンヂが美術室へ向かう途中、うしろから肩にとびげりを食らった。
「痛いじゃないか」
「うるっせ、こっち来い!」
シイナだった。
「お前またずる休みか? ただでさえサボりが多いのに、単位が取れなくなったらどうする。進級できんぞ」
「なにしれっとしてやがるバカ。そんなんより、言うことあるだろ!」
「耳を引っぱるな。いたい」
シイナはカンヂを引きずって廊下をずんずん歩く。
耳をつかまれ首からついてゆく形のカンヂは、ずっと姿勢が苦しい。
「おー、ラブラブの二人だー」
からかいの声がライスシャワーのように二人にふりかかる。
「ありがとう。俺は一生涯シイナを大切にするとちかうぞ」
「ばっ、ちかうな!」
美術室前まで引っぱってくると、ようやくカンヂの耳をはなす。
そこは階段をのぼったつきあたりで、ふだんから人の目のない場所だった。
「おまえ、あんな大人数の前で、あんな恥ずかしいこと言いやがって、俺、死ぬかと思ったぞ……」
「生きてるじゃないか」
「あたり前だ! あれで死んだら本っ気のバカじゃねえか!」
「それでシイナ、お前はなにが言いたいんだ?」
シイナはまごつき、
「昨日、おまえ、言ってたあれ、本当かよ」
「どれだ? たくさんしゃべっているからな、あれ、だけじゃわからん」
「あれ、つったら……あれ、で……、……かれよ、んなの」
シイナは口の中でもにょもにょなんか食ってしゃべってるみたいに歯ぎれがわるい。
「はっきり言え。わかれよ、ではわからん」
「おまえが俺のこと好きって言ったの、本気かよって!」
半ばやけくそでシイナが言った。
顔真っ赤。
「俺はそんな嘘はつかん。それこそ、それぐらい知っとけ、だろう」
シイナがすねた顔をする。
「じゃあ、してよ」
「なに?」
「キっ、あっ、キス、してよ」
「ダメだ」
「ば、お前なんで、イミわかんねーじゃん! 俺のこと好きなんじゃねーのかよ!」
シイナはまくしたてるがカンヂは動じない。
「俺はお前がサイコをおとしめたこと、まだゆるしてない。それがすむまで、お前とはいがみあいがつづいていると思ってる」
「……どうしたら、ゆるしてくれんの」
「まず、きちんと俺にあやまれ。それからサイコにも。ちゃんと、本人に面とむかって謝罪しろ」
「……、わかった」
カンヂはじっとシイナを見つめる。
シイナはへどもどし、それから、
「ご、めん、なさい。サイコさんバカにして、ごめんなさい。俺がわるかった。ゆるして、くれ、……る?」
「いいだろう。俺はゆるす。次はサイコだ。きちんとあやまると約束しろ」
「うん。サイコさんにもちゃんとあやまる。顔あわせて、頭さげて、すみませんでしたって言う。ごめんなさい」
「よし。えらいぞ」
カンヂが頭をなでる。
「子どもあつかいすんな」
シイナはすねるが、手をはらおうとはしない。
カンヂが手をおろすと、シイナは顔をあげた。
眼と眼があって、二人はたがいに引きこまれるように近づく。
「じゃ、するから」
カンヂから言った。
「……うん」
「どうしようシイナ」
「なんだよ」
「お前がかわいすぎて緊張してきた」
「うううっうるさい早くしろおっ」
俺もだよ、と小さく小さくささやいてシイナは顔をあげ、まつ毛の長いまぶたをふせた。
唇と唇がちかづき、その距離はのこり五センチ、三センチ、二センチとちぢまる。
一センチ。
五ミリ。
三ミリ。
のこり一ミリ、そしてすぐわきの美術室の扉がガーンとひらいた。
「えーっ!」
イサナが二人のま横にいた。
「わーっ!」
そしてさけんだ
「あはははははははは!」
それから笑いだす。
「ぎゃあっ見られた!」
シイナはうれたリンゴぐらい赤くなって、走ってどっかいった。
カンヂも恥ずかしかったが、走ってにげるほどではなかった。
「こんにちはイサナ先輩。早いですね」
「今日は四限が美術の日だよー?」
「ならどうして鍵をとじるんですか?」
イサナは美術室の施錠をおえ、鍵をスカートのポケットにすべりいれた。
「だってー、開けておいたらカンヂ君美術室にはいっちゃうじゃん? でしょー?」
「そりゃもちろん。そのために昼休みごとにここまできてるんですから」
「だからダメー、はい回れ右ー、さあおいかけてー、シイナ君まってるー」
とシイナが消えたほうを指さし、カンヂの体を両手であおいだ。
仕方がないので弁当を持ったままシイナのあとをおう。
「ねえカンヂくーん、私もねー。カンヂ君に恋してたかもー」
「ウソですね」
「うん。じゃあ急いでねー、シイナ君と仲なおりできなかったらー、美術部出入り禁止だからー、これブチョー命令ーでーす」
カンヂは校内を走りまわってシイナをさがした。
シイナは一階の廊下を歩いていた。
「シイナまてよ」
シイナはカンヂにかまわずずんずん歩く。
「あーもー俺明日っから学校これねーっ、イサナ先輩だったらゼッテー言いふらすっ」
それはまごうことなき未来図だった。
「どうせそうなるなら、気にしてもムダじゃないか。そうだ今日は部活休むからうちにこい。ちょうど今サイコが家にいるんだ。昨日のあのとき、学校にもいたらしいぞ」
カンヂがはなされまいと小走りで言うと、シイナがギャーとさけぶ。
「ばっか、ばっかやろっ、そんなら余計おまえんとこなんか行けっかよっ、サイコさん見てたなんて最悪っ、この上チビたちにテレビ見られたら、俺もう死んじまうー」
「そんなんで死ぬとか言うな。お前が死んだら俺が悲しむ。お前の愛する俺が悲しんだら、お前も悲しいだろう」
「うっせ、愛するとかゆーなっ、お前すこしは恥とか思えよっ、ああー、もう泣きてー」
まわりの注目をあびないよう、声をひそめてののしるシイナ。
「お前が泣くなら、俺の胸をいつでもかす」
カンヂはいつものバカマジメ。
「大体なんであんなみんなの前で言わなきゃならないんだってーのっ、おかげで俺全国的に有名人じゃんかっ」
シイナが乱暴に階段をあがる。
カンヂもそれにつづく。
「お前の顔とか名前はかくすらしい。今日校長室でそうきいた。俺のはそのまま流すって。うちは田舎だからどのみちみんなに知られたし、どっちも大差ない。そうだ言ってたか? 今ケンゴがトイレトレーニングしてるんだ。お前もほめてやってくれ。この時期いいかげんに育てると時間にルーズな子になるんだ」
「うっさい、そんなんしるかっ……あ、ケンゴ、元気なのかよ」
「ああ、もうハイハイおぼえて、壁に手をついてすこし歩くんだ。言葉も口にしはじめた。最近は名前よんでくれる。子供はこの時期が一番かわいいんだ。見たいだろう? 会いたくないのか?」
「そうだな……そりゃあ、会いたいけどってじゃねーよっ、ああもうおまえわけわかんねー、誰かたすけてっ」
「俺がいつでもたすける。お前がピンチならどこにいてもかけつける」
「そーじゃねーってのっ、おまえ以外だってっ」
三階にたどりつき、二人は昼休みの教室を横目に校舎を猛烈に縦断する。
「おいかけてくんなよっ」
「いやだ。お前が足をとめるまで俺はずっとついていく。もう二度とお前を一人にしない」
「なんでっ、今っ、こんなときにそんなカッコいいことゆーんだよっ、もっと前にくれよその言葉っ、二人っきりのときとかっ」
「ならあとでたっぷり言う。いっておくが俺は愛情表現をいっさい容赦はしないからな」
早足で歩きながら言いあう二人を、廊下でだべってた生徒たちがふしぎそうに見た。
その視線ぜんぶが肌に刺さってくる。
するとシイナはいたたまれなくて前傾になる。
「そうだ、サイコがお前に伝えろって言ってた」
「ええ、あ、なっ、サイコさんなんてっ」
「かならず俺を手にいれるって。お前は俺がいい男に育つための調味料? みたいなことも言ってた」
「なっ、ばっ、だめだ!」
「やっとふりむいた」
「うっせ、こっち見んな、こっちくんな」
「お前は俺がお前を見てないといったが、俺はずっとお前を見ていたぞシイナ。じゃなきゃおまえの不調に一番な気づくわけないだろ。ただ、友達でいたら自然に接することができるだろうって思ってた。自分でも気づかないぐらいふかいところで。だから男友達のようにあつかってた」
「ウソだっ、ウソつけっ、わーっ、もうなにも聞かないっ、聞こえないっ、カンヂがんなコト言ってくれるわけねーっ、わーっ」
「本当だ。でももうおそい。俺はお前をかわいいと思った。一度そう思ったら自分でもとめられん。お前のいろんな所がかわいく見えてきてる。なあ、俺はお前が好きだ。しかも、どんどん好きになっている」
「ばっ、だ、だまれっ、もうっ、こんな人目があるところでいうな……っ」
カンヂが何か言うたびに恥ずかしくなって前のめりがグイグイまして、シイナの上体はいまや床と水平ちかい。
ちいさな脳天で魚雷のみたいに空気と生徒をわってつっきるシイナ。
人目をひくまいという気持ちからそういう姿勢になっているんだが、ふつうに歩くよりだんぜん目立ってる。
通路終わり階段をまたのぼり、シイナは美術室へむかう。そしてそのまま中にはいろうとし、
「あっ、開いてねーじゃんか! なんで!」
「イサナ先輩がカギとじたんだ。さあどうする? ここは袋小路だ。もう逃げ場はない」
シイナはあわてふためき、それから立ちすくんだ。
カンヂはその手を優しくとる。
「やっとつかまえた」
そのときシイナは初めて、カンヂの満面の笑みがこっちをむいているのを見た。
家族にだけ見せる、カンヂの一番幸福な表情だ。
「シイナ、もういいだろ。俺といっしょにいよう」
シイナはうつむいて言った。
「うん」
その日も空は底抜けに青くて、二人の間にはなにか面白いことが起こるような予感がふしぎとあった。
おしまい
以上でカンヂとシイナの物語は、おしまいと相成ります。
おつきあいただきまして、誠にありがとうございました、




