【四四】何だ相思相愛じゃないか
実吉家には、サイコが帰っていた。
婚約者の葛木をほっぽりだし、実家でゆうゆうレポートなんかを作成している。
「ただいま。まだいたのかサイコ」
「ご挨拶だな。ここは私の家で、私の部屋だ」
「葛木さん、また泣いてるぞ」
「泣かせとけばいい。私はあいつの泣き顔が嫌いじゃない」
ひどいこと言う。
最初の顔あわせ以来、葛木は月に一度はこっちに顔を見せるようになった。
そのつど酒盛りにまきこまれ、泥酔してはカンヂに絡からんで泣きだすのだ。
「どうした。史上まれに見る不景気なツラしてるぞカンヂ」
「まあ、少しな」
「ふん。言わんでも大体わかる。シイナだろ?」
「うん」
「今なら聞いてやるぞ」
カンヂは座布団を引きよせ、サイコのそばにすわった。
「シイナが俺のことを好きだったらしいんだ」
「気づいてたんだろう?」
カンヂはだまりこむ。
「気づいてたけど、確信がもてなかった。ちがうか? だから、決定的な関係になるのを避けた。ま、わからんでもないよ。人から愛を告白された経験がなけりゃ、自分のセックスアピールに自信はもてん。それに小学校のときから、それも相手が男のときから知っていたら、そんな気にもなりにくいだろう。恋愛には幻想が必要だ。性欲は、幻想によって強化されるからな」
「お前の考え方は身もふたもないな」
「今更なにを。お前が私に魅力を感じないのだって、想像をふくらませられる箇所が少ないからだろう。一緒に生活をし、かくしごとをきらう私では、ベッドでの魅力を感じにくい。ちがうか?」
「ならお前はなんで俺に好きだって言ったんだ。あれはウソか」
「私は特別だ。いいから私の助言にしたがって、考えをすすめてみろ」
イサナを思いうかべる。
カンヂはあの笑顔のむこう側をいつも見てみたいと思っていた。
想像をふくらませて胸をときめかせていた。
それこそがサイコの言う、幻想という奴なのだろうか。
「ふうむ、どうだろう。そうかもしれん」
「それで? シイナをどうするつもりだ?」
「わからん。あいつはゆるしがたいことをした。俺はそれで腹をたてている」
「どうした。風呂で小便でもしたか?」
「くだらんことを言うな。お前のことを色情狂のように言いふらした」
「極刑に値するな!」
サイコが大笑いした。
「笑うな! 俺はまじめに言ってるんだ」
「知ってる。だから笑った。ほかのやつが言っても無視できないお前だ。ほかならぬシイナが言ったとなれば、さぞ怒り狂ったんだろうよ。胸がすくような話だ」
「これは笑い話じゃすまない。俺は、家族を傷つけるやつをゆるせない」
サイコが手をとめ、カンヂをむいた。
「なあカンヂ。お前、シイナをどう思ってるんだ? ゆるせるゆるせないじゃなくて、お前の中でどういう立場にいるんだ?」
「そりゃあ、あいつは、友達……」
「じゃあないんだろ? だから揉めてる。それじゃなんだ? ああ、今答えなくてもいい。これは宿題だ。シイナと仲なおりしたら報告にこい」
「サイコは俺がシイナと仲よくしたほうがいいっていうのか?」
「私はお前がもっといい男になって欲しいんだよ。シイナはそのちょっとしたかくし味だ。それに、お前と恋人や夫婦になれなくても、ずっと家族ではいられるからな。私は別にそれでもいいんだよ。すべてを手にいれられる人生なんてない」
「なあサイコ」
「なんだ?」
「俺の初恋の相手は、お前みたいなんだ」
「なんだ相思相愛じゃないか。さっきの発言は撤回だ。私は必ずお前を手にいれるぞ。シイナにもその旨伝えておけ」




