【三八】シイナの失踪
十月の半ばに入っても、カンヂはまだ絵に手をくわえていた。
他の絵を描きながらなのですすみはさらにおそくなったが、こうなったら完成までつきあうつもりだった。
もちろん両端の文字部分には、全く手をつけなかった。
「カンヂくーん。今職員室で聞いたんだけど、シイナ君休んでるって本当―?」
「ええ。もう一週間になります。家に行ったし電話もかけたけど、だれもいないらしくて」
「お母さんが事故を起こしたんだってねー。大変だねー」
カンヂが驚いて立ちあがる。
「もしかして、知らなかったの?」
大きく深呼吸し、筆とパレットを片しはじめる。
「……俺に言えっていったのに」
口ぶりはくやしそうだ。
「あの人なら知ってるかなあ、シイナ君の先輩って人」
「そうですね。聞いてみます」
カンヂは荷物をかかえて美術室を飛びだした。
プールにいくと、水泳部は体力づくりで走っているといわれた。
校庭をランニングする例の三年生においついて声をかける。
「シイナ、の家の、ことを、ききたいんですが」
三年生は妙な顔をした。
「俺はしらないよ。あれから一度も会ってないから」
「どうして会ってないんですか! あなたシイナの彼氏でしょう!」
つい声がきつくなる。
「ちがうよ。俺はふられたんだ」
三年生はいう。
「つきあえないと言われた。でも、文化祭までならいっしょにいてもいいって。文化祭がおわってから浅木はすぐ退部届けを出した。だからもう会ってない。浅木になにかあったのか?」
カンヂは今度こそ声を失った。
「だったら、あいつ、なんで、あんな」
まとまりのない言葉がこぼれだす。
「君の展示を見にいって、部屋に入るときに、怖いから手をつないでくれって浅木にたのまれた。なにか大切な話をするんだろうなって思ったからそうした。出るときにも手をつないだけど、廊下に出てすぐにはなした。浅木シイナはたぶん、君に俺と手をつないでるとこを見せたかったんじゃないのかな」
「どうして?」
三年生はカンヂを見、何も答えずにランニングにもどった。
「なにか聞いてませんか? あいつの家のこと!」
カンヂが食いさがる。
「しらないな」
「なんかしようって思わないのか! シイナはあんたをすごくいい奴だっていってた! なのに、ふられたらそれまでか! もう用ずみなのか!」
「うるさいよ! 俺だって傷ついてる!」
「シイナはもっと傷ついた! くそ! 俺はバカだ!」
カンヂは三年生をおいこし、そのままグラウンドを出てシイナの家にむかった。
インターホンをめちゃくちゃに押したが、高級マンションの浅木家には、だれもいる気配がなかった。
カンヂはついにへたりこむ。
陽がおちてもまだ待ってて、となり近所の住人にけわしい目をむけられたが気にしなかった。
夜がふけてもうさすがに会えないとあきらめ、やっとカンヂは腰をあげた。
家に帰って小言を食らい、メシ風呂抜きで寝た。
「兄ちゃん、カンヂ兄ちゃん」
真夜中、子供におこされる。
寝汗をびっしょりかいていた。
「どうした? トイレか?」
言ってからそんな雰囲気ではないと気づいた。
子供たちはみんな心配そうにカンヂをのぞきこんでいる。
「お兄ちゃん、すっごいうなされてたよ?」
「うんうんいってた」
「おなかいたい?」
「シイナ君のこと、ずっとよんでたよ? 学校でなんかあった?」
カスミが顔をのぞきこむ、思っていたより自分はずいぶんまいってたらしい。
カンヂはしばらく心を落ちつけ、
「いや、もう大丈夫だ。さあみんな寝な。寝ぼすけ遅刻はゆるさないぞ」
子供たちはしばらくぐずっていたが、そのうちいうこと聞いて横になった。
カンヂは夜が明けるまで短くまどろんでは起きることをくりかえし、ついに眠るのをあきらめた。




