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青空、シャウト!  作者: ハシバミの花
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【二九】怖いサイコの里帰り

 それから実吉家での食事はシイナの日課になった。

 食事のあとは子供たちと遊んだり勉強を教えたり。

 最後は風呂に入って家に帰った。

「シイナ、今日は客がくるから俺は早めに帰る」

 カンヂが金網ごしにプールへ声をかける。

 まわりの女子がぱっと体をかくすが、カンヂはシイナ以外の人間は見ていない。

「ああわかった。そんじゃ部活終わったらまっすぐおまえんちいくなー」

 カンヂはさっさと家路につく。

 その日水泳部であの二人はつきあっているのか? という話題が巻きおこった。



 ところでその日、実吉家は大きなフィーバーにつつまれた。

 その中心はサイコで、それも男をつれてきたというから大事だ。

葛木(かつらぎ)だ」

「葛木です」

 紹介されたのは誠実そうな青年だった。

 彼が頭をさげると、一家全員がかしこまって頭をさげかえした。

 なぜかその中には部活がえりのシイナもいた。

 会合はすぐに酒盛りになり、すぐにどんちゃんさわぎになる。

「しかし、大学でサイコが男に興味をしめすとは意外だ」

 カンヂが心から感心したように言う。

「必要に応じた。大学生が必ずやるという幼稚で反吐が出るほど下らんイベントに片っ端から参加して、四月だけで五人の男をふるいにかけた。うち三人は箸にも棒にもかからんクズだった。何とか端っこに引っかかった二人のうち、それなりに我慢できるほうがこの葛木だ」

「そんな言い方はないだろう。お前もなにか気にいったとこがあるからつれてきたんじゃないのか?」

「なくもない。研究者としての出来は十人並みだが、気が利くしよく働く。父親になるにはぴったりだ」

「父親とは気のはやい話だな」

「早いもんか。私はすでに妊娠してる。奴も春には父親だ」

 カンヂがふきだした。

 同時に父親もふきだした。

 子供たちはあっけにとられてサイコを見ている。

 葛木だけが、もじもじと身をもんでいた。

「君、葛木君、う、うちの娘を……」

「すみません。僕は避妊を強くすすめたんですが……」

 新婦予定の義理の父と、その義理の息子になる予定の男二人がややこしい話をはじめた。

「なんて展開の速いやつだ。大学はどうする気だ?」

「行くに決まっているだろう、労力と授業料がもったいない。妊娠したぐらいで人生設計を変える気は毛頭ない。この家のチビどものために私は高給取りになってやらねばならん。経済力が理由で進学をあきらめるような子はださない」

 さすがサイコ、価値観が根底からちがう。

「俺の事なら気に病むな。大学に行けなければ働く覚悟はできてる」

「お前の心配なぞだれがするか。私はとっくにお前を一人前と認めている。知っていたか? 私の初恋の相手はお前だカンヂ」

 今度はカンヂとシイナがふきだした。

 うあー、カンヂにーちゃんとサイコねーちゃんケッコンだあー。

 子供たちは大はしゃぎ。

「この子が生まれたら、次はお前の子を生む。子供は五人欲しい。父親の順番は、葛木、カンヂ、葛木、カンヂ、葛木だ。気に病むな。お前の子の数が少ないのは、まちがいなく偏屈なガキに生まれてくるのが目に見えてるからだ。その時は葛木の温厚な遺伝子が役にたつだろう。なあに心配はいらん。養育費なぞ要求せん。おいお前たち! 私の子供をちゃんとかわいがるんだぞ!」

 はあーい、と返事がかさなる。

 えー、と一人ごねたのはカスミだ。

 女の子生んでよねー、と。

 男の子は乱暴だからきらーい、だそうな。

「……一体いつからそんな、お前が俺をなんて、意外すぎておどろく」

「意外でもなかろう。いつぞやお前と拳を交しあったときからな。気絶するまで殴りかかってくるお前に、私は負けたと感じた。お前だけが私の心を屈服させた。あの日から、心に決めた男はお前だけだカンヂ」

「買いかぶりすぎだ。俺のことはわすれて幸せになれ。殴りあいから生まれた愛なんてイヤすぎる」

 カンヂの太い眉がグリグリより、デコが縦じわでバキバキ割れる。

「しかし、いい感じに育ってきたじゃないかカンヂ。もう一年も経てば私好みのいい男になる。押し倒す日が今から楽しみだ。ああ、葛木ならこのことは了承済みだから文句など言わせん」

 カンヂは親父から(あつ)つよめの説教を食らっている葛木を見る。

 葛木もカンヂの視線に気づき、気弱に笑う。

ーーこれではサイコには勝てない。

 やばいとカンヂは思う。

 本気の危険をおぼえる。

 どこかに味方はいまいかとシイナを見ると、こっちは真っ青になってコップとヒザ小僧をにぎりしめている。

「ふん。しっかし化けたな坊主。まさかお前が私の前に立ちはだかるとは思わんかったぞ。聞けばずっとうちで飯を食っているというじゃないか。子らも懐いてるって。驚いた。私も容姿には自信あるが、お前には脅威(きょうい)を感じざるをえん」

 シイナはうつむいたまま、声をかけてもサイコを見かえせない。

 サイコは面白そうにシイナをいたぶりだす。

「性転換か?」

 シイナは首をふる。

「ならインターセクシュアル、それも仮性半陰陽という奴か。そうかそれで入院してたのか。記憶では、新生児のときは男女どちらともつかない状態で、思春期ごろから性別がはっきりとしてくるらしいな。性ホルモンの投与は?」

「サイコ、止めろ。シイナがいやがってる」

「して……ません」

「子供は? 生めるのか? 確か無理だったはずだ」

「サイコよせ。それ以上やるなら、俺はお前との縁を切る」

「ふん。望むところだ。どうせ血はつながっていない」

 二人が丁々発止(ちょうちょうはっし)でにらみあう。

 それは長くつづき、サイコから視線をはずした。

「冗談だよ。すまなかったな坊主。もう坊主でもないか。シイナ。ここにいるのならお前も家族の一員だ。なにかあれば力になってやらんでもない。おいチビども集まれ! 小づかいをくれてやろう!」

 サイコは立ちあがり、子供たちを引きつれていった。

「すまん、サイコがあんなことを言いだすとは思わなかった」

「……やっぱこえーな、お前のねーちゃん」

「ところでシイナ、一体いつから酒を飲んでいる」

 ビールグラスをにぎりしめていたシイナがしまったと舌をだした。

 おどけた仕草はわざとらしかった。

「すみません、トイレはどこですか?」

 葛木がうろうろと立ちあがる。

 カンヂは彼を案内した。

「ここです」

「ありがとう、カンヂ君、と呼んでいいかい?」

「はい」

「サイコさんのあれは、本気、なんだろうね」

 葛木は博士課程の大学院生。

 サイコよりずいぶん年上なのに、婚約者から呼びすてにされたあげくさんづけまでしている。

「でしょうね。あの手の冗談は、いわないやつです」

「何とかやめさせられないかな」

「もしもサイコが本気だとしたら、俺はあいつをとめる自信はありません」

 葛木ががっくりと肩をおとし、手洗いに入っていった。

 がんばれ、戦え、乗りこえろ。

 自分側の問題はさておいて、カンヂは葛木に無言のエールを送る。

 サイコが嫌なわけではないが、カンヂは家庭の騒動を避けたがる性格なのだ。

「カンヂ……」

「ああ、どうしたシイナ。トイレは今使用中だ。勝手口のほうなら空いてると思う」

「ん、ちがう、今日はもう帰るね」

「そうか。じゃあ出よう」

「一人で帰る」

「駄目だ。こんな時間に女の子を一人歩きさせられるか」

 二人は家をでた。



 用水路を歩く道すがら、

「なあ、カンヂ」

 シイナが弱々しく切りだす。

 ぬるい風が肌をなで、夏の虫が鳴いてる。

「どうした?」

「男の人……って、やっぱり、子供欲しがるもんな……の、か?」

 カンヂが足を止め、シイナに向く。

「気にしたか? サイコが言った事」

「サイコさんは関係ない。ずっと考えてた。俺、子供つくれないんだ。精巣なくて、卵巣はすごい未熟だって。排卵はないけど、生理の周期もあって、とかって意味わかんねーよな。なんか色々切ったし、やっぱ俺の体、ヘンだよ」

「そういう体なんだろう。俺は女の子のこととかよくわからないからこたえられん」

「なあカンヂ、おまえ、子供ほしい?」

「子供は好きだ。でも自分の子がほしいとか、考えたことはない」

 シイナは口元をゆがめた。

 目じりに涙が浮いている。

「そっ、か、じゃあ、いい」

 それからシイナは、カンヂがなにを話しかけても返事しなかった。

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