【二八】約束のカレーとハンバーグ
カンヂの家が近づいてくるとカレーの匂いがした。
「ただいま。友達つれてきた」
「おかえんなさーい。ごはんできてるよー、ってうおうおうおー! カンヂ兄ちゃんオンナノコつれてきやがったうおー! しかもすげー上玉だうおー!」
カスミがのけぞってうなる。
「あ、ども。ひさしぶりっす、浅木シイナです」
カスミのいきおいにシイナがおよび腰でにあいさつする。
家族どもが地ひびきをたてて玄関におしよせた。
「なによ、カレーとハンバーグって。ガキ食じゃん。なんでこれが好物?」
シイナが食い物を目の前に言った。
長いすにずらっとならんで食い物をかきこむ面々は、シイナ一人増えても一向に気にしないたくましい奴らばかり。
「お前が食べたいって言ったものだぞ?」
「俺があ? いつう?」
「手術したとき。遅くなったけど快気祝いだ」
「てか何年前だよ。よく覚えてんな、そんなん」
「約束はわすれん。そしてかならず守る。それがうちの家訓だ。カレー、ちゃんと辛くないのにしてもらったんだぞ。食えよ。カスミの力作だ」
「甘口と中辛の間だよっ」
口をルーだらけにしてカスミが胸をはる。
「そんなんまでよくおぼえてんなー。俺のが忘れてたのに……」
シイナはまだ何か言いたそうにしていたが、ひとすくい口にはこぶと
「あ、ちゃんとうまい」
「だろう? サイコの直伝だ。ハンバーグもなかなかのもんだぞ」
それからカンヂは二度おかわりし、シイナも少しだけおかわりした。
「そんなもんでいいのか? 遠慮しないでいいんだぞ?」
「そんなに食えねえ。お前といっしょにすんな」
食事とかたづけをおえたら子供たちがトランプをだしてきた。
「お前んちゲームとかねえんかよ」
「トランプはゲームだろ」
「ちげえってPSとかスマホとか……まあいいや。ポーカーやろうぜー」
「うおー! ポーカー!」
「うおうおー!」
子供たちがムンムン興奮する。
シイナの存在はいい刺激になったようで、ゲームは大いに盛りあがった。
お客は実吉家のごちそうなのだ。
ころあいをみて風呂がわく。
「シイナも入っていけ。子供洗うの手伝ってくれ」
「ば、ヤダよ! お前となんか入れねえよ!」
「俺と入らなくてもいい。今日は男女にわけて入浴するから。カスミ、シイナをつれていけ」
「うおー、いえっさー」
実吉家最大勢力の女子軍団に揉まれ引きずられ、シイナは浴室に消えていった。
風呂屋みたいなでかい湯船で軍団からカンヂとの関係をさんざんぱらさぐられ、シイナはぐったりした。
いちはやく風呂を出た三歳のチヒロが、カンヂにこっそりと耳うちした。
「シーナねーちゃんね、おぱいね、おきかった」
「なに?」
カンヂはうろたえる。
「チヒロ。それ、みんなにはナイショだぞ」
「ん。ないしょ。わかた」
「おーい。でたよ」
足音がして障子がひらいた。
ふりかえると、シイナが立っていた。
だぶだぶサイズのワンピース。
母親のマタニティドレスだ。
ぬれた髪に大きくひらいた襟ぐりから、ほてった肌がのぞき、湯あがりの香りをふりまいている。
「なに見てんだよ」
「いや、じゃあみんな出たんだな。おい男チビども集まれ! 風呂の時間だぞ!」
うえー、と文句があがる。
風呂好きの男子なんて地球上には存在しない。
「ちょ、っとまてよ、お前も入る気かよ」
「当たり前だろう。ヒデヲ、お兄ちゃんのじゃまするんじゃない。タカキ、ケンゴつれてこい。さあ風呂だ」
「待てよ、俺が入った湯だぞ。それに入る気かよ」
「当たり前だ。湯船は一つしかない。なんだお前まさか中で小便したわけじゃあるまいな。それやったやつゲンコツだぞ」
「ばっ、んーなわけねーだろ! うわああ! カンヂ、脱ぐなってバカ!」
「こらチンチンども! 服をぬぎちらかさない! さっさと湯船できたないのおとせー!」
右往左往するシイナの横でカスミがカンヂたちを追いたてた。
「それじゃあご馳走様でした」
「えー、もうかえんのー?」
「とまってってよー」
そろそろ帰るって時間になり、玄関でシイナはずいぶん引きとめられた。
「こらみんな、無理いうな。シイナは明日もきてくれるから」
まじかよ。
「まじだ」
ちっさく漏らしたシイナの言葉を、カンヂはまっこうにぎりつぶした。
二人は夜道を歩き、シイナのマンションの自宅ドア前にたどりつく。
「なあ、お前の母親の手がかりかなんか、さがしておけ。本当にやばくなったらうちにこい。部屋はいっぱいあるんだ。小さい子とざこ寝になるが」
「うん。ありがと」
じゃあな。
バイバイ。
手をふりあって二人は別れた。
カンヂの姿が見えなくなるまで、シイナはずっとその背中を見つめていた。




