【二〇】そしてシイナは手術を受けオンナになった
母親は呆然としていた。
シイナは寝かしつけられ、点滴を受けている。
面会は止められていて、中の様子はうかがえなかった。
「じゃあ俺、帰ります」
カンヂが立ちあがった。
母親はまったく反応しなかった。
口もとがゆるみ、美しかった顔は一気に十歳も老けたようだった。
外はもう暗かった。
家に帰るころには八時を越えていた。
サイコにしかられ、親父からも小言をうけた。
それから風呂に入って子供を洗う。
カンヂが中学に上がったころから、サイコと風呂に入ることはなくなっていた。
下の者の世話は、カンヂとカスミの仕事になっていた。
湯あがりに牛乳を飲み、それからサイコをたずねた。
サイコは受験用の勉強部屋として、親父の書斎の使用を許されていた。
「入っていいか?」
返事はなかったが、勝手に入った。
「サイコ。相談がある」
「今忙しい。受験が終わってから聞いてやる」
まだ怒っているようだ。
ここのところたてつづけに門限をやぶってるんだから、それも無理ない。
「シイナんちの、母親のことなんだ」
サイコはなが~いため息をついた。
「深入りしたみたいだな。どんなものを見た」
サイコがシャーペンの芯を引っこめ、イスをくるりと回してカンヂを向いた。
カンヂは今日の出来事を説明する。
「思ったとおりの展開じゃないか。お前もあの坊主もその母親も、相当な甘ちゃんだな」
「俺が未熟者なのは百も承知だ。それでも俺はシイナを助けたい。たのむ。知恵をかしてくれ」
「私のこともそれぐらい真剣に助けてくれよ。やっとガキどもから開放されたってのに、ここ最近よりにもよってお前に邪魔されてる」
「たのむサイコ」
「分かったからそんな声を出すな。聞いてるこっちが切ない」
カンヂはサイコの前に正座した。
「知恵を貸せというが、お前の立場でできることはほぼ無い。なぜなら問題を引きおこしている要因はあの不安定な小僧の病状と、母親の幼児性だからだ。その二点に対するお前の影響力は、果てしなく小さい。前者は医者でなければどうにもならんし、後者は地位と財力のある成人男子でなければ説得力を持ちえん。分かるな?」
カンヂはだまりこむ。
サイコの言葉は、薄ぼんやりした不安の輪郭をくっきりと浮きぼりにした。
「カンヂ、お前は甘ちゃんだけどバカじゃない。だから分かってるはずだ。お前に出来ることは、あの小僧の支えになることだけだって。今までどおりのつきあいかたで、何とか乗り切るしかないんだって」
言葉がなかった。
たしかにそれしかないのだろう。
だが、それではシイナを助けるには足りないのだ。
「もういいか? 私にはまだ解かなきゃならん問題がある。お前の悩みまで抱えこんではやれん」
「ああ。すまない。助かったよ」
カンヂは立ちあがった。
「なあカンヂ」
「なに?」
「あの小僧はどんな病気なんだ? 命にかかわるような物なのか?」
「ごめん。言えない」
カンヂがうしろ手に障子を閉じた。
シイナが倒れたのが六月の終わりごろで、入院したまま学校は夏休みに入っていた。
カンヂは足しげく見舞いにかよったが、あれ以後母親と顔をあわせることはなかった。
「母さんならずっときてない。なんかすげー気楽。このままあの人に会わないですめばって、ホンキ思う」
シイナは疲れきったように言った。
「手術はいつだって?」
「来週。なんか、二日間ぐらいは誰とも会えないみたい。スマホはいいって。だから連絡する」
「わかった。なあ、その前になにかしてほしいこととかないか? なんでもいいぞ?」
「お前んちいって、夕飯食いたい。ニギヤカでスッゲーうらやましくて、あん時、すなおになれなかったけど、今だったら、って。ここんとこなんかよく思いだす。お前んち。田んぼにプカプカういた船みたいなあの家」
「それは、退院するまで無理だな。じゃあ快気祝いはうちでやろう。今の料理番はカスミで味はちょっとおちるが、なかなか食べられるものがでてくるようにはなったんだぞ」
「まじで。ちょっと楽しみ。ビール飲んでもいいかな」
「ダメだ。未成年の飲酒はサイコがゆるさん」
「ちぇ、やっぱかたっくるしいなお前んトコ」
「お前、酒なんて飲むのか?」
「母さんの酒、よくぬすんで飲んだ。子供のころからやってる。ベテランのヨッパライだ」
「そんなんいばんな」
そしてシイナは手術をした。
オンナになったんだ。




